『日本医史学雑誌』(1954年~)
1979以前の論文は『日本医史学雑誌 〈索引〉』(思文閣出版、1980年)にも掲載
2014年2月更新

区分論文著者
原著国立国会図書館所蔵『新刊黄帝明堂灸経』の書入れについて天野陽介(2014年)第60巻第4号,
389-397頁
研究ノート医療宣教師“John C. Berry” がめざした医学校設立運動について布施田哲也(2014年)第60巻第4号,
399-415頁
ひろば加治時次郎について多賀須幸男(2014年)第60巻第4号,
417-419頁
ひろば大阪府医師会が開催してきた「なにわ医学史蹟めぐり」竹中裕昭(2014年)第60巻第4号,
421-424頁
資料池田文書の研究(50)池田文書研究会(2014年)第60巻第4号,
425-434頁
追悼長門谷洋治先生のご逝去を悼む小曽戸洋(2014年)第60巻第4号,
435-436頁
追悼巨星また落ち関西の医史学は暗夜行路に田中祐尾(2014年)第60巻第4号,
436-437頁
例会記録(2014年)第60巻第4号,
439頁
例会抄録ゼンネルトと臨床医学の歴史坂井建雄(2014年)第60巻第4号,
439-440頁
例会抄録医学教育カリキュラムにみる“ドイツ医学”“ アメリカ医学”の変容―近代日本医学の通奏(執拗)低音―逢見憲一(2014年)第60巻第4号,
441-442頁
書評アン・ジャネッタ著,廣川和花・木曾明子訳『種痘伝来―日本の〈開国〉と知の国際ネットワーク―』渡部幹夫(2014年)第60巻第4号,
442-443頁
書評深瀬泰旦著『伊東玄朴とお玉ヶ池種痘所』青木歳幸(2014年)第60巻第4号,
443-444頁
書評鈴木則子編『歴史における周縁と共生―女性・穢れ・衛生―』三﨑裕子(2014年)第60巻第4号,
445-446頁
書評桐野高明著『医療の選択』坂井建雄(2014年)第60巻第4号,
446-448頁
書籍紹介八木聖弥著『近代京都の施薬院』渡部幹夫(2014年)第60巻第4号,
448頁
書籍紹介尾脇秀和著『近世京都近郊の村と百姓』永島剛(2014年)第60巻第4号,
449頁
書籍紹介ジョエル・F・ハリントン著,日暮雅通訳『死刑執行人 残された日記と,その真相』坂井建雄(2014年)第60巻第4号,
449-450頁
書籍紹介浦山きか著『中國醫書の文獻學的研究』坂出祥伸(2014年)第60巻第4号,
450-451頁
原著昭和21 年の天然痘流行と対策に関する考察田中誠二、杉田聡、丸井英二(2014年)第60巻第3号,
247-259頁
原著江戸幕府寄合医師 添田玄春の医学と医療深瀬泰旦(2014年)第60巻第3号,
261-284頁
資料華岡青洲(3 代随賢)末裔(本家)所蔵の国別門人録について(4)梶谷光弘(2014年)第60巻第3号,
285-296頁
資料池田文書の研究(49)池田文書研究会(2014年)第60巻第3号,
297-306頁
例会記録(2014年)第60巻第3号,
307頁
例会抄録明代の太医院組織と『 御製本草品彙精要』 の編纂について土屋悠子(2014年)第60巻第3号,
307-308頁
例会抄録ワンヘルスの潮流山田章雄(2014年)第60巻第3号,
309-310頁
例会抄録歯科医院があった街角―東アジア編竹原直道(2014年)第60巻第3号,
311-312頁
例会抄録占領期の看護技術教育 ―使用されたテキストと当事者の証言から―滝内隆子、大津廣子、伊藤友美、岡本千尋(2014年)第60巻第3号,
312-313頁
例会抄録佐賀藩が安政五年に購入したオランダ語の医学書について小澤健志(2014年)第60巻第3号,
313-314頁
例会抄録祖父 三浦謹之助の思い出三浦恭定(2014年)第60巻第3号,
315-316頁
例会抄録我が国における抗生物質医薬品の発展八木澤守正(2014年)第60巻第3号,
316-317頁
例会抄録19世紀初頭の日本における『 温疫論』 の受容西巻明彦(2014年)第60巻第3号,
317-319頁
例会抄録片山國嘉の精神病学講義岡田靖雄(2014年)第60巻第3号,
319-321頁
書評森川 潤著『青木周弼の西洋医学校構想』亀田一邦(2014年)第60巻第3号,
321-322頁
書籍紹介家本誠一著『金匱要略 訳注』松村紀明(2014年)第60巻第3号,
322-323頁
書籍紹介小形利彦著『山形県初代県令三島通庸とその周辺 ~来形一四〇年~』澤井直(2014年)第60巻第3号,
323頁
書籍紹介獨協医科大学とちぎメディカルヒストリー編集委員会編『とちぎメディカルヒストリー』澤井直(2014年)第60巻第3号,
324頁
書籍紹介石原 明著『漢方 中国医学の精華』天野陽介(2014年)第60巻第3号,
325頁
医史学関係文献目録(平成24 年,2012 年)順天堂大学医史学研究室編(2014年)第60巻第3号,
328-379頁
抄録近世日本の医学・医療と異文化交流ヴォルフガング・ミヒェル(2014年)第60巻第2号,
117-121頁
抄録軍医たちの無念帚木蓬生(2014年)第60巻第2号,
122頁
抄録医学教育における課題と展望―医学教育学における医史学との接点とその重要性―吉田素文(2014年)第60巻第2号,
123頁
抄録予防接種の日本の始まりは「福岡の秋月」にあり―秋月藩医・緒方春朔の人痘種痘法から―富田英壽、木村專太郎(2014年)第60巻第2号,
124-125頁
抄録近代以前ヨーロッパにおける医学実地書の系譜坂井建雄(2014年)第60巻第2号,
126頁
抄録マイルドメイ夫人の医学的貢献 ― 16 世紀・17 世紀イギリスの家庭の医学―遠藤花子(2014年)第60巻第2号,
127頁
抄録ニコラウス・ステノによる脳の解剖学講義 ― 17 世紀の解剖学への批判と提言―安西なつめ(2014年)第60巻第2号,
128頁
抄録幕末の徳山藩医・四熊宗庵の医療活動について中澤淳、亀田一邦(2014年)第60巻第2号,
129頁
抄録エヴェリーナ・ロンドン小児病院の設立について柳澤波香(2014年)第60巻第2号,
130頁
抄録英国の輸血機構と血液型群の研究について香戸美智子(2014年)第60巻第2号,
131頁
抄録設立趣意書から見た近世藩立医育施設の理念鈴木友和(2014年)第60巻第2号,
132頁
抄録海上随?(1758~1811 稲村三伯)の医書について町泉寿郎(2014年)第60巻第2号,
133頁
抄録華岡青洲の一番弟子・鎌田玄台の容貌について土手健太郎、長櫓巧(2014年)第60巻第2号,
134頁
抄録箴言「獅膽鷹目女手」の日本への伝播とその漢訳者松木明知(2014年)第60巻第2号,
135頁
抄録日本の近代科学技術の先駆者ファン・デン・ブルックの耳科学と物理学の業績山下龍、相川忠臣(2014年)第60巻第2号,
136頁
抄録ライシャワ大使刺傷事件と精神科医療 ―戦後精神科医療史覚え書き(その2)― 岡田靖雄(2014年)第60巻第2号,
137頁
抄録戦後の医療政策で見られた「合成の誤謬」福永肇、山内一信(2014年)第60巻第2号,
138頁
抄録WHOによる健康の定義の歴史 ―東アジアの言語と政治―津谷喜一郎(2014年)第60巻第2号,
139頁
抄録荻野吟子の医術開業免状下付願 ―東京都公文書館蔵「明治十八年回議録」より―樋口輝雄(2014年)第60巻第2号,
140頁
抄録神経鞘腫における切除法の変遷大幸俊三、早川智(2014年)第60巻第2号,
141頁
抄録九州帝國大學醫學部附属醫院出土の病院食器に関する考古学的考察田尻義了(2014年)第60巻第2号,
142頁
抄録日本医学専門学校の学生騒動の端緒となった瀧澤竹太郎と磯部検三との闘争殿﨑正明、唐沢信安、志村俊郎、山本鼎(2014年)第60巻第2号,
143頁
抄録Alexander Madison Vedder の生涯について布施田哲也(2014年)第60巻第2号,
144頁
抄録統治下朝鮮における日本人医学者の肺ジストマへの取り組み大西雄二(2014年)第60巻第2号,
145頁
抄録台灣の病理学史の発展回顧容世明(2014年)第60巻第2号,
146頁
抄録台湾総督府による中国華南地域への医療支援末永恵子(2014年)第60巻第2号,
147頁
抄録中国医学「近代化」の試み:蘇州国医医院(1939?1941 年)の事例を基に大道寺慶子(2014年)第60巻第2号,
148頁
抄録『太素』の日本伝来と阿倍仲麻呂・吉備真備の関与真柳誠(2014年)第60巻第2号,
149頁
抄録孔穴に関する引用による『医心方』と『外台秘要方』の比較島山奈緒子(2014年)第60巻第2号,
150頁
抄録小坂元祐の経穴学加畑聡子(2014年)第60巻第2号,
151頁
抄録多紀元堅手校『鼎彫銅人?穴鍼灸図経』について宮川隆弘(2014年)第60巻第2号,
152頁
抄録「渇」について渡部栄輝(2014年)第60巻第2号,
153頁
抄録『杉山真伝流』における穴性概念の萌芽について浦山久嗣(2014年)第60巻第2号,
154頁
抄録中国佚書『医学全書』と日本古医籍による引用文郭秀梅(2014年)第60巻第2号,
155頁
抄録杉山流按摩術の流儀書『杉山真伝流按摩舞手』および大澤周益の残した書籍類について大浦宏勝、長野仁、市川友理(2014年)第60巻第2号,
156頁
抄録『鍼灸抜萃大成』の基礎理論について斉藤宗則(2014年)第60巻第2号,
157頁
抄録『古今医統大全』の鍼灸について(第4 報)田中利江子(2014年)第60巻第2号,
158頁
抄録尾池恭庵・薫陵の事蹟と著述について ―讃岐に伝承された後藤流古医方―長野仁(2014年)第60巻第2号,
159頁
抄録『医家要語集』察脈要語について中川俊之(2014年)第60巻第2号,
160頁
抄録国立市谷保・本田家の馬医資料と医薬資料について岩間眞知子(2014年)第60巻第2号,
161頁
抄録桃山時代の家庭医学:本願寺西御方(1562?1616)を例にしてアンドリュウ・ゴーブル(2014年)第60巻第2号,
162頁
抄録研医会図書館所蔵の森立之著『温疫論剳記』安部郁子(2014年)第60巻第2号,
163頁
抄録香月牛山の処方に関する研究星野卓之、小曽戸洋、花輪壽彦(2014年)第60巻第2号,
164頁
抄録点眼容器の発展経過について園田真也(2014年)第60巻第2号,
165頁
抄録薬用植物の基原の再考―牡丹・芍薬を例として―久保輝幸(2014年)第60巻第2号,
166頁
抄録温経湯の命名と原義に関する考察荘明仁、平崎能郎(2014年)第60巻第2号,
167頁
抄録明治前期日本における薬用人参の輸出について童徳琴(2014年)第60巻第2号,
168頁
抄録村井琴山と亀井南冥の事績と墓所黒川達郎(2014年)第60巻第2号,
169頁
抄録日本新薬(株)所蔵神農像厨子扉絵に描かれている人物について周防一平、小曽戸洋(2014年)第60巻第2号,
170頁
抄録いわゆる『儒醫』についての考察―III 土葬(埋葬)田中祐尾(2014年)第60巻第2号,
171頁
抄録歌川派絵師の描いた外眼部の特徴について田中孝男、高橋雅夫(2014年)第60巻第2号,
172頁
抄録「吾園叢書」の「女医開業許否之議」および「中央衛生会臨時会」について三﨑裕子(2014年)第60巻第2号,
173頁
抄録福沢諭吉の脳卒中発作における病床日誌と手習い反古志村俊郎、都倉武之(2014年)第60巻第2号,
174頁
抄録東京府病院(明治7 年~14 年)における医師の月給稲松孝思、松下正明(2014年)第60巻第2号,
175頁
抄録心臓刺激伝導系の発見への道程島田達生、須磨幸蔵(2014年)第60巻第2号,
176頁
抄録刺激伝導系(das Reizleitungssystem)の田原淳による邦名は『刺撃傳導筋系統』であった須磨幸蔵、島田達生、島田宗洋(2014年)第60巻第2号,
177頁
抄録大阪医蹟めぐりガイド(大阪市内版)の作成(第2 報)竹中裕昭(2014年)第60巻第2号,
178頁
抄録九州大学医学部における史料研究―1997 年調査―丸山マサ美、Wolfgang Michel 、吉田眞一、小宗静男(2014年)第60巻第2号,
179頁
抄録医史学教育の可能性―順天堂大学医学部医史学研究室M3 ゼミナールでの実践―月澤美代子(2014年)第60巻第2号,
180頁
抄録欧米諸国の看護婦の紹介記録の歴史を辿る(その2) ―「福田作太郎筆記」を中心に―鈴木紀子(2014年)第60巻第2号,
181頁
抄録占領期日本の衛生教育に関する考察 ―「公衆衛生列車」の概要について(3)―田中誠二、杉田聡、丸井英二(2014年)第60巻第2号,
182頁
抄録地域健康指標としての乳児・新生児死亡の精度 ―戦前・占領期・復帰後の沖縄の分析例―逢見憲一(2014年)第60巻第2号,
183頁
抄録精神予防性無痛分娩法による自学自習妊婦教育用教材『痛くないお産』藤原聡子、月澤美代子(2014年)第60巻第2号,
184頁
抄録占領期の公衆衛生 ―W. エドワーズ・デミングのSQC 戦略と結核死亡率の低下―佐藤晶子(2014年)第60巻第2号,
185頁
抄録占領期の日本脳炎対策についてのGHQ/SCAP/PHW 文書を用いた考察杉田聡、田中誠二、丸井英二(2014年)第60巻第2号,
186頁
抄録占領期の特設旧制高校,東洋高等学校(理科乙類)その3(終)永藤欣久(2014年)第60巻第2号,
187頁
抄録竹内茂代と日本優生結婚普及会佐藤ゆかり(2014年)第60巻第2号,
188頁
抄録医業類似行為について清野充典(2014年)第60巻第2号,
189頁
抄録富士川游の宗教活動 ―正信協会における事業を中心に―土屋久(2014年)第60巻第2号,
190頁
抄録明治・大正期における家政書での入浴の記述について川端美季(2014年)第60巻第2号,
191頁
抄録衛生博覧会の電飾展示装置「工場化せる人体模型」とその系譜―拡散するフリッツ カーン―竹原直道(2014年)第60巻第2号,
192頁
抄録戦前における民間精神病者収容所について橋本明(2014年)第60巻第2号,
193頁
抄録原南陽の医療とその立脚点松岡尚則、別府正志、田中耕一郎、山口秀敏、頼建守、中田英之、安部郁子、並木隆雄、秋葉哲生、牧角和宏(2014年)第60巻第2号,
194頁
抄録『医家千字文註』の構成と引用浦山きか(2014年)第60巻第2号,
195頁
抄録国立国会図書館所蔵の『柳?文稾』について竹内尚(2014年)第60巻第2号,
196頁
抄録『新刊針灸指南』について寺川華奈(2014年)第60巻第2号,
197頁
抄録江戸時代末の産科の記録:中島友玄の「回生鈎胞( 代) 臆」を読む板野俊文、中島洋一(2014年)第60巻第2号,
198頁
抄録養生書『延寿撮要』(曲直瀬玄朔)と『養生訓』(貝原益軒)の関連性について葉山美知子(2014年)第60巻第2号,
199頁
抄録『葛氏方』輯佚と葛洪の医方の伝承について多田伊織(2014年)第60巻第2号,
200頁
抄録中国国家図書館蔵の『龍樹菩薩眼論』抄本と馮水校訂『龍樹菩薩眼論』について永塚憲治(2014年)第60巻第2号,
201頁
抄録国立国会図書館所蔵『新刊黄帝明堂灸経』の書入れについて天野陽介、舘野正美、小曽戸洋、花輪壽彦(2014年)第60巻第2号,
202頁
抄録安政版『素問』の刊行意図吉岡広記(2014年)第60巻第2号,
203頁
抄録『医方類聚』所収の『急救仙方』について上田善信(2014年)第60巻第2号,
204頁
抄録道教と中国伝統医学(第34 回 道教医学へのアプローチ) 吉元昭治(2014年)第60巻第2号,
205頁
抄録労働科学研究所所蔵「温知堂文庫」資料について清水信子(2014年)第60巻第2号,
206頁
抄録ベトナム南北分断期(1954~75 年)南北ベトナムにおける伝統医学の制度化小田なら(2014年)第60巻第2号,
207頁
抄録『内経抜書』と『内経病機撮要弁証』における修辞法吉川澄美(2014年)第60巻第2号,
208頁
抄録秦封泥の泰医丞について猪飼祥夫(2014年)第60巻第2号,
209頁
抄録『御製本草品彙精要』編纂の終幕 ―太医院医官に対する弾劾訴追との関わりを中心に― 土屋悠子(2014年)第60巻第2号,
210頁
抄録「孫子」等の兵法理論が,漢方医学に与えた影響権藤寿昭(2014年)第60巻第2号,
211頁
抄録日本近代医学の魁オットー・モーニッケの多彩な業績相川忠臣(2014年)第60巻第2号,
212頁
抄録種痘医 大野松斎の事績鈴木達彦、荻原通弘(2014年)第60巻第2号,
213頁
抄録日本の予防接種法前史としてのワクチン・血清療法史渡部幹夫(2014年)第60巻第2号,
214頁
抄録江戸に伝わった八丈島の疱瘡に関する情報 ―その入手経緯と背景―對馬秀子、酒井シヅ(2014年)第60巻第2号,
215頁
抄録緒方春朔にみる伝染概念の考察西巻明彦(2014年)第60巻第2号,
216頁
抄録日本における人痘接種の意義酒井シヅ(2014年)第60巻第2号,
217頁
抄録冠名の淵源となったランゲルハンスの二大主要論文の背景を読み解く佐藤裕(2014年)第60巻第2号,
218頁
抄録新しく発見された坪井信道から緒方洪庵への書簡高橋伸明(2014年)第60巻第2号,
219頁
抄録本邦において正統の整形外科学を確立した神中正一(1890-1953)(その二)小林晶(2014年)第60巻第2号,
220頁
抄録Ibn Nafis の脈拍論と肺末梢循環の論理藤倉一郎(2014年)第60巻第2号,
221頁
抄録『甲乙経』に見える小児科鍼灸条文川端かおり(2014年)第60巻第2号,
222頁
抄録刊本『鍼灸五蘊抄』について岩田源太郎(2014年)第60巻第2号,
223頁
抄録足利学校における『素問』の講義をめぐって ―周曰校校刊本―野澤隆幸、小曽戸洋(2014年)第60巻第2号,
224頁
抄録『幼々新書』宋版巻38 零本(内閣文庫)は金沢文庫本ではない小曽戸洋(2014年)第60巻第2号,
225頁
抄録『五行大義』に見える医経の引用について橋本典子(2014年)第60巻第2号,
226頁
抄録西鶴作品にみる身体に関する語(二)計良吉則(2014年)第60巻第2号,
227頁
抄録『千金方』におけるいわゆる「経外奇穴」について橋本史代(2014年)第60巻第2号,
228頁
抄録近世の医家が病家へ向けて著した教訓書『病家教訓草』(1781)平尾真智子(2014年)第60巻第2号,
229頁
抄録国際ロータリー元会長・精神科医 向笠廣次について川嶌眞人(2014年)第60巻第2号,
230頁
抄録江戸期刊行の出版書籍目録における鍼灸書について木場由衣登(2014年)第60巻第2号,
231頁
抄録『幼々新書』引用医籍の検討堀田広満、小曽戸洋、花輪壽彦(2014年)第60巻第2号,
232頁
抄録小石川養生所初期の医療活動について山口静子(2014年)第60巻第2号,
233頁
書籍紹介緒方洪庵記念財団除痘館記念資料室編『大阪の除痘館』〈改訂・増補 第2 版〉渡部幹夫(2014年)第60巻第1号,
101頁
書籍紹介池本卯典・吉川泰弘・伊藤伸彦監修『獣医学概論―獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠』逢見憲一(2014年)第60巻第1号,
101-102頁
書籍紹介若木太一編『長崎 東西文化交渉史の舞台―ポルトガル時代 オランダ時代―』渡部幹夫(2014年)第60巻第1号,
102-103頁
原著ニコラウス・ステノによる筋の幾何学的記述―17 世紀における筋運動の探究―安西なつめ、澤井直、坂井建雄(2014年)第60巻第1号,
21-35頁
原著『御製本草品彙精要』編纂の序幕―『孝宗実録』弘治16 年8 月9 日の条をめぐって― 土屋悠子(2014年)第60巻第1号,
3-20頁
原著華岡青洲門人石堂鼎と妹背家―華岡家を支え続けた功労者― 梶谷光弘(2014年)第60巻第1号,
37-48頁
原著精神予防性無痛分娩法の導入と施設分娩における妊婦管理への影響―1953 ~ 64 年の日本赤十字本部産院および大森赤十字病院における実践―藤原聡子、月澤美代子(2014年)第60巻第1号,
49-64頁
ひろば近代ギリシャの啓蒙期における解剖学・生理学の受容菅野幸子(2014年)第60巻第1号,
65-69頁
資料華岡青洲(3 代随賢)末裔(本家)所蔵の国別門人録について(3) 梶谷光弘(2014年)第60巻第1号,
71-85頁
資料池田文書の研究(48)池田文書研究会(2014年)第60巻第1号,
87-96頁
消息山手病院(Bluff Hospital)の銘板に刻まれた人名を巡って―元英国領事Malcolm Edwards 氏の手記より―井出研(2014年)第60巻第1号,
97-100頁
原著長谷川泰と慶応義塾―福沢諭吉との接点を中心に― 志村俊郎、都倉武之(2013年)第59巻第4号,
469-485頁
原著ゼンネルト(1572-1637)の生涯と業績坂井建雄、澤井直(2013年)第59巻第4号,
487-502頁
原著Patents as a Source for the History of Medicine: The Example of the Japanese Medical Instrument Industry, 1885-1937Pierre-Yves DONZE(2013年)第59巻第4号,
503-515頁
原著華岡青洲の春林軒膏薬と李靖十二辰陣鈴木達彦、足立理絵子、並木隆雄、平崎能郎、花輪壽彦(2013年)第59巻第4号,
517-532頁
原著明治初期日本における西洋解剖学的人体像の民衆への普及―1875~7(明治8-10)年刊行「人体問答」書掲載の内臓図―月澤美代子(2013年)第59巻第4号,
533-546頁
原著「治療と絶滅」から「過去との対話と改革」へ―20世紀ドイツ精神医療史―梅原秀元、ハンス-ヴァルター・シュムール(2013年)第59巻第4号,
547-563頁
ひろばイギリス・マンチェスターで開催された第24回国際科学史・技術史・医学史会議(iCHSTM: International Congress of the History of Science, Technology and Medicine in Manchester)参加報告月澤美代子(2013年)第59巻第4号,
565-569頁
資料華岡青洲(3代随賢)末裔(本家)所蔵の国別門人録について(2)梶谷光弘(2013年)第59巻第4号,
571-585頁
資料ゼンネルト(1572-1637)の書誌 坂井建雄、澤井直(2013年)第59巻第4号,
587-610頁
資料池田文書の研究(47)池田文書研究会(2013年)第59巻第4号,
611-620頁
記事例会記録(2013年)第59巻第4号,
621頁
書評小堀桂一郎著『森?外 日本はまだ普請中だ』岡田靖雄(2013年)第59巻第4号,
621-623頁
書評佐藤雅浩著『精神疾患言説の歴史社会学―「心の病」はなぜ流行するのか―』橋本明(2013年)第59巻第4号,
623-625頁
書籍紹介Bay, Alexander R.:“Beriberi in Modern Japan: The Making of a National Disease"(ベイ『近代日本における脚気:国民病の形成』)坂井建雄(2013年)第59巻第4号,
625頁
書籍紹介京都橘大学女性歴史文化研究所編『医療の社会史―生・老・病・死』松村紀明(2013年)第59巻第4号,
625-626頁
書籍紹介片桐一男著『蘭学家老 鷹見泉石の来翰を読む ―蘭学篇―』松村紀明(2013年)第59巻第4号,
626頁
原著近代日本における精神科作業療法の歴史的考察―榊俶を中心に―日下部修(2013年)第59巻第3号,
365-377頁
原著マラリア予防教育映画「翼もつ熱病」とその変遷―第二次世界大戦後の彦根市におけるマラリア対策―田中誠二、杉田聡、丸井英二(2013年)第59巻第3号,
379-389頁
原著明治最初の翻訳看護書の原著解明と看護史上の意義―田代基徳閲・岡田宗訳『看病心得草』(明治7年)―平尾真智子(2013年)第59巻第3号,
391-405頁
例会抄録聞き取りあれこれ(抄)岡田靖雄(2013年)第59巻第3号,
407-410頁
例会抄録方法としての聞き取り(抄)橋本明(2013年)第59巻第3号,
411-414頁
例会抄録聞き取りの効用(抄)中村治(2013年)第59巻第3号,
415-418頁
ひろば法医学と検死の歴史石原憲治(2013年)第59巻第3号,
419-424頁
資料華岡青洲(3代随賢)末裔(本家)所蔵の国別門人録について(1)梶谷光弘(2013年)第59巻第3号,
425-440頁
資料池田文書の研究(46)池田文書研究会(2013年)第59巻第3号,
441-450頁
記事例会記録(2013年)第59巻第3号,
451頁
例会抄録大正11年制定,昭和2年施行の健康保険法についての一考察―関東大震災と医療体制史を含めて―渡部幹夫(2013年)第59巻第3号,
451-452頁
例会抄録日本における精神科医療・医学史研究の歩み(その1)―戦前岡田靖雄(2013年)第59巻第3号,
453-454頁
例会抄録八丈島の疱瘡史對馬秀子、土屋久、酒井シヅ(2013年)第59巻第3号,
455-456頁
例会抄録陶烈と日本医学界藤田梨那(2013年)第59巻第3号,
456-457頁
書評多賀須幸男著『医者たちの跫音―日本医家の苦労話―』渡部幹夫(2013年)第59巻第3号,
458-459頁
書籍紹介財団法人日本国際医学協会編『黎明期の日本近代医学・薬学:日独交流150周年記念出版』澤井直(2013年)第59巻第3号,
459頁
書籍紹介田中智子著『近代日本高等教育体制の黎明:交錯する地域と国とキリスト教界』澤井直(2013年)第59巻第3号,
460頁
抄録19世紀初頭の日本における痘瘡対策(抄)西巻明彦(2013年)第59巻第2号,
161-163頁
抄録外的表象としての史料―医史学における批判地図学の応用可能性について―(抄)鈴木晃志郎(2013年)第59巻第2号,
164-170頁
抄録漢方医学の特質(抄)花輪壽彦(2013年)第59巻第2号,
171-174頁
抄録19世紀の武士社会と医学・歯科医学をめぐって―『武士の家計簿』からみた医薬消費―(抄)磯田道史(2013年)第59巻第2号,
175-177頁
抄録江戸時代の病い(抄)酒井シヅ(2013年)第59巻第2号,
178-180頁
抄録近代医学・薬学発祥史(抄)辰野美紀(2013年)第59巻第2号,
181頁
抄録明治期の日本における入浴に対する認識の変容(抄)川端美季(2013年)第59巻第2号,
182頁
抄録フランス領インドシナのベトナム北部における「産婆」の活用(抄)小田なら(2013年)第59巻第2号,
183頁
抄録江戸時代の産科手術―回生術の展開と受容をめぐって―(抄)鈴木則子(2013年)第59巻第2号,
184頁
抄録過去33年間(1980~2012)に報道機関紙(誌)が取り上げた歯科医療事故について(抄)加來洋子、山口秀紀、卯田昭夫、石橋肇、渋谷鉱(2013年)第59巻第2号,
185頁
抄録華岡直道の外科の師岩永氏と華岡青洲の外科の師岩永氏について(抄)松木明知(2013年)第59巻第2号,
186頁
抄録乃木希典大将の総義歯と上顎石膏模型(抄)大野粛英、羽坂勇司、齋藤眞且、高橋滋樹、安藤嘉明(2013年)第59巻第2号,
187頁
抄録ジョージ・ワシントンと曲亭馬琴の義歯の比較(抄)新藤恵久(2013年)第59巻第2号,
188頁
抄録ピエール・フォシャール著『歯科外科医』第2版に見られる歯肉疾患,その2(抄)髙山直秀(2013年)第59巻第2号,
189頁
抄録富士川游と昭和前期の思潮―1930年代後半を中心に―(抄)土屋久(2013年)第59巻第2号,
190頁
抄録大川周明と進行麻痺(抄)金川英雄(2013年)第59巻第2号,
191頁
抄録精神衛生法制定以前に廃院となった私立精神病院―鵜森と鷺の湯のケース・スタディ―(抄)橋本明(2013年)第59巻第2号,
192頁
抄録ウィッティントン病院の設立(抄)柳澤波香(2013年)第59巻第2号,
193頁
抄録岡山県邑久郡中島家資料にみる蘭学関係書について(抄)酒井シヅ、中島洋一(2013年)第59巻第2号,
194頁
抄録『胎産新書』諸本について―中島家所蔵本を中心に―(抄)清水信子(2013年)第59巻第2号,
195頁
抄録中島家にある「解体新書」とその書き込みからわかること(抄)板野俊文、中島洋一(2013年)第59巻第2号,
196頁
抄録公害・労働災害・医害の精神医学的側面―戦後精神科医療史覚え書き(その1)―(抄)岡田靖雄(2013年)第59巻第2号,
197頁
抄録本邦において正統の整形外科学を確立した神中正一(1890-1953)(その一)(抄)小林晶(2013年)第59巻第2号,
198頁
抄録九州大学医学部・日本甲状腺学会共催「橋本病百周年記念事業」報告(抄)佐藤裕(2013年)第59巻第2号,
199頁
抄録外科起廃図譜―世界で最初の全身麻酔の図譜は日本で著された!―(抄)土手健太郎、長櫓巧(2013年)第59巻第2号,
200頁
抄録眼科手術用メスの開発経過について(抄)園田真也(2013年)第59巻第2号,
201頁
抄録トマス・シデナム(1624-1689)の『処方集約Processus integri』(抄)坂井建雄(2013年)第59巻第2号,
202頁
抄録レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖手稿KP162rの制作プロセス(抄)永田和弘(2013年)第59巻第2号,
203頁
抄録16世紀におけるガレノス解剖学の受容の多様性(抄)澤井直(2013年)第59巻第2号,
204頁
抄録Leiden大学に所蔵されるレメリン解剖書2書と『和蘭全躯内外分合図』について(抄)渡部幹夫(2013年)第59巻第2号,
205頁
抄録ポンぺの講義録,外科手術篇の原典はディーフェンバッハの『外科手術学』である(抄)相川忠臣(2013年)第59巻第2号,
206頁
抄録『布列私觧剖圖・完』(全二巻)とその原著であるFlesの解剖学書について(抄)島田和幸(2013年)第59巻第2号,
207頁
抄録近代中国におけるpancreasの受容について(抄)松本秀士、坂井建雄(2013年)第59巻第2号,
208頁
抄録明治初期日本における西洋解剖学的人体イメージの普及過程―上田文齋の内臓図―(抄)月澤美代子(2013年)第59巻第2号,
209頁
抄録営衛と両焦―三焦概念の変遷についての考察―(抄)林孝信(2013年)第59巻第2号,
210頁
抄録『診切枢要』の脈法(抄)中川俊之(2013年)第59巻第2号,
211頁
抄録「下竄」について(抄)奥野繁生(2013年)第59巻第2号,
212頁
抄録「口乾」と「口渇」について(抄)渡部栄輝(2013年)第59巻第2号,
213頁
抄録江戸時代における毒の言説と病:『養生訓』の事例をもとに(抄)大道寺慶子(2013年)第59巻第2号,
214頁
抄録天応穴について(抄)宮川浩也(2013年)第59巻第2号,
215頁
抄録「三人図」について(抄)寺川華奈(2013年)第59巻第2号,
216頁
抄録杉山流鍼治御用学問所の由来を記した『杉山先生御伝記』の調査研究(抄)大浦宏勝、市川友理(2013年)第59巻第2号,
217頁
抄録『高等鍼灸学講義』の「鍼治学・灸治学」について(抄)宮川隆弘(2013年)第59巻第2号,
218頁
抄録歯科充填材料の発展(抄)平田幹男(2013年)第59巻第2号,
219頁
抄録日本大学歯学会機関誌の発行と変遷について(抄)工藤逸郎、三宅正彦、見崎徹、小室歳信、若松佳子、下山哲夫、会田卓久、松江高光、小田泰之、関根光治、和田雅彦、武田秋生、岩成進吉(2013年)第59巻第2号,
220頁
抄録日本歯科口腔科学会創立総会議事録について―学会名称に関する議事を中心に―(抄)山口秀紀、加來洋子、下坂典立、鈴木正敏、渋谷鉱(2013年)第59巻第2号,
221頁
抄録北宋の医官教育と医書出版(抄)真柳誠(2013年)第59巻第2号,
222頁
抄録『幼幼新書』宋版巻38と明抄本巻38との比較(抄)川端かおり(2013年)第59巻第2号,
223頁
抄録『御製本草品彙精要』編纂の序幕―『孝宗実録』弘治16年8月9日の条をめぐって―(抄)土屋悠子(2013年)第59巻第2号,
224頁
抄録新出の『素女妙論』写本二種について(抄)永塚憲治(2013年)第59巻第2号,
225頁
抄録『医心方』巻三における引用書の配列についての考察(抄)島山奈緒子(2013年)第59巻第2号,
226頁
抄録『万安方』所引の『可用方』について(抄)郭秀梅(2013年)第59巻第2号,
227頁
抄録『内経抜書』(内閣文庫所蔵)と『内経病機撮要』(森嶋玄勝訓釈)の比較(抄)吉川澄美(2013年)第59巻第2号,
228頁
抄録『病名纂』について(抄)竹内尚(2013年)第59巻第2号,
229頁
抄録『体雅』の編纂と諸本の関連(抄)浦山きか(2013年)第59巻第2号,
230頁
抄録研医会図書館所蔵の林用之稿本『辛酉漫録』(抄)安部郁子(2013年)第59巻第2号,
231頁
抄録中国本草の中心地について(抄)岩間眞知子(2013年)第59巻第2号,
232頁
抄録田代三喜の察証弁治における刻と牛八の意義(抄)鈴木達彦(2013年)第59巻第2号,
233頁
抄録『医学天正記』に記された人物たちの治験録とその時代背景(抄)葉山美知子(2013年)第59巻第2号,
234頁
抄録脈学における曲直瀬道三の業績(抄)吉岡広記(2013年)第59巻第2号,
235頁
抄録秦宗巴(1550-1607)に関する新知見(抄)アンドリュー・ゴーブル(2013年)第59巻第2号,
236頁
抄録曲直瀬玄朔の門人について(抄)山田恵美(2013年)第59巻第2号,
237頁
抄録古方派黎明期における張仲景関連書の扱い(抄)松岡尚則、別府正志、並木隆雄、山口秀敏、中田英之、頼建守、笛木司、安部郁子、岩井祐泉、牧角和宏、秋葉哲生(2013年)第59巻第2号,
238頁
抄録防長の医家四熊家および浅山家の旧蔵書資料について(抄)中澤淳、亀田一邦(2013年)第59巻第2号,
239頁
抄録下張り文書から垣間みた今泉元甫(抄)鈴木友和(2013年)第59巻第2号,
240頁
抄録小島寶素堂の終焉―小島尚絅と森?外『小嶋寶素』―(抄)多田伊織(2013年)第59巻第2号,
241頁
抄録高松凌雲訳“保嬰新書 舌帯之説の章"について(抄)福本雅文、池田貴裕、田中晃伸(2013年)第59巻第2号,
242頁
抄録『回回薬方』の鍼灸門について(抄)猪飼祥夫(2013年)第59巻第2号,
243頁
抄録『古今医統大全』の鍼灸について(第3報)(抄)田中利江子(2013年)第59巻第2号,
244頁
抄録『瘍医證治準縄』の鍼灸(抄)上田善信(2013年)第59巻第2号,
245頁
抄録福岡縣立醫學齒學專門学校の短い歴史(抄)小林繁、倉沢良典、上瀉口武(2013年)第59巻第2号,
246頁
抄録『福岡醫科大学醫院耳鼻咽喉科 手術候補簿』明治40(1907)年-明治44(1911)年(抄)丸山マサ美、小宗静男、吉田眞一(2013年)第59巻第2号,
247頁
抄録慶應義塾出身名流列傳に見られた済生学舎長谷川泰と泰に纏わる幾らかの書簡(抄)志村俊郎、都倉武之、西澤直子、唐沢信安、山本鼎、殿﨑正明(2013年)第59巻第2号,
248頁
抄録日本医科大学初代学長中原徳太郎について(抄)殿﨑正明、唐沢信安、山本鼎、幸野健、志村俊郎(2013年)第59巻第2号,
249頁
抄録学生騒動で存亡のかかった日本医学専門学校における評議委員会の果たした役割(抄)山本鼎、唐沢信安、志村俊郎、幸野健、殿﨑正明(2013年)第59巻第2号,
250頁
抄録占領期の特設旧制高校,東洋高等学校(理科乙類)(2)(抄)永藤欣久(2013年)第59巻第2号,
251頁
抄録川嶌ミツヱと東洋女子歯科医学専門学校(抄)川嶌眞人(2013年)第59巻第2号,
252頁
抄録東京医科歯科大学歯学部解剖学教室が収蔵するゾウの頭蓋骨について(抄)秋本和宏、阿部達彦(2013年)第59巻第2号,
253頁
抄録一井正典・生誕150周年―維新の若きサムライ―(抄)松本晉一、井手祐二(2013年)第59巻第2号,
254頁
抄録新島迪夫著「口腔組織学 口腔編」について(抄)阿部達彦、秋本和宏(2013年)第59巻第2号,
255頁
抄録王朝文学時代の歯科医療~その2(抄)東智(2013年)第59巻第2号,
256頁
抄録サメの歯と天狗(抄)松山知明(2013年)第59巻第2号,
257頁
抄録明治18年に東京府が実施した郡区医採用試験について(抄)樋口輝雄(2013年)第59巻第2号,
258頁
抄録公益法人改革の結果(1)―戦前からの法人の消長―(抄)宮武光吉(2013年)第59巻第2号,
259頁
抄録医療宣教師“John C. Berry"がめざした医学校設立運動について(抄)布施田哲也(2013年)第59巻第2号,
260頁
抄録男産婆と見做された産科医山本玄齊(抄)佐藤ゆかり(2013年)第59巻第2号,
261頁
抄録渋沢榮一の第三回パリ万博参加体験と明治前期の福祉・医療事業への関与について(抄)稲松孝思、松下正明(2013年)第59巻第2号,
262頁
抄録パリにおける医学史関連史跡・博物館の現況(抄)牧野洋(2013年)第59巻第2号,
263頁
抄録歯科医院があった街角―近代都市景観の構成要素としての歯科医院の変遷を追って―(抄)竹原直道(2013年)第59巻第2号,
264頁
抄録本学の学生・教職員を対象とした「歯科医学歴史散歩」について(抄)石橋肇、那須郁夫、渋谷鉱(2013年)第59巻第2号,
265頁
抄録道教と中国伝統医学(第33回 道教医学の歴史─2)(抄)吉元昭治(2013年)第59巻第2号,
266頁
抄録古代中国における名医伝の系譜(抄)坂出祥伸(2013年)第59巻第2号,
267頁
抄録いわゆる『儒醫』についての考察―Ⅱ 儒葬(抄)田中祐尾(2013年)第59巻第2号,
268頁
抄録近世後期の秋田藩による医療政策の展開(抄)藤本大士(2013年)第59巻第2号,
269頁
抄録濃州郡上城下『医師成願之事』(抄)森永正文(2013年)第59巻第2号,
270頁
抄録江戸後期における病気見舞と医療情報交換について(抄)ウィリアム・エヴァン・ヤング(2013年)第59巻第2号,
271頁
抄録『八丈島年代記』からみた疫病・疱瘡の歴史(抄)對馬秀子(2013年)第59巻第2号,
272頁
抄録幕末の佐賀藩が所有していたオランダ語の医学書(抄)小澤健志(2013年)第59巻第2号,
273頁
抄録華岡青洲に宛てた杉田玄白書簡 続報(抄)長谷川弥(2013年)第59巻第2号,
274頁
抄録服部宗賢(1752~1820)文書の研究(抄)町泉寿郎(2013年)第59巻第2号,
275頁
抄録明治・大正期の『家政学』出版書にみる終末期の看取り観(抄)上坂良子、水田真由美、窪島領子(2013年)第59巻第2号,
276頁
抄録緒方洪庵『虎狼痢治準』(安政5年)にみるコレラの看護法(抄)平尾真智子(2013年)第59巻第2号,
277頁
抄録アトピー性皮膚炎の「ア」と阿弥陀仏の「阿」は同じ意味である(抄)藤岡彰、藤岡和美(2013年)第59巻第2号,
278頁
抄録戦前・占領期を含む沖縄の平均寿命の年齢構造―水島生命表,琉球政府生命表を用いて―(抄)逢見憲一(2013年)第59巻第2号,
279頁
抄録ペスト菌(PX)撒布による「細菌戦」戦果の実相―「陸軍軍医学校防疫研究報告」掲載の高橋正彦論文から―(抄)莇昭三(2013年)第59巻第2号,
280頁
抄録占領期の日本脳炎対策に関するGHQ/SCAP/PHWの活動についての考察(抄)杉田聡、田中誠二、丸井英二(2013年)第59巻第2号,
281頁
抄録冠動脈;Ibn NafisからJennerまで(抄)藤倉一郎(2013年)第59巻第2号,
282頁
抄録東京市における明治女医の臨床研修病院(抄)三﨑裕子(2013年)第59巻第2号,
283頁
抄録出雲岩崎家所蔵の古医書(抄)天野陽介、小曽戸洋(2013年)第59巻第2号,
284頁
抄録『針別伝奥義之次第』について(抄)岩田源太郎(2013年)第59巻第2号,
285頁
抄録歴代漢方処方集の比較検討(第1報)(抄)大津幸恵、小曽戸洋、渡辺浩二、野澤隆幸、星野卓之、花輪壽彦(2013年)第59巻第2号,
286頁
抄録西鶴作品にみる身体に関する語(一)(抄)計良吉則(2013年)第59巻第2号,
287頁
抄録金沢文庫旧蔵の医薬書(抄)小曽戸洋、花輪壽彦(2013年)第59巻第2号,
288頁
抄録『類証弁異全九集』の鍼灸条文(抄)木場由衣登(2013年)第59巻第2号,
289頁
抄録橋田邦彦の音楽論(抄)佐々木(勝井)恵子(2013年)第59巻第2号,
290頁
抄録医業類似行為者について(抄)清野充典(2013年)第59巻第2号,
291頁
抄録『骨度正穴考図』について(抄)鶴田泰平(2013年)第59巻第2号,
292頁
抄録足利学校遺蹟図書館所蔵の医薬書(抄)野澤隆幸、小曽戸洋、花輪壽彦(2013年)第59巻第2号,
293頁
抄録『類説』に見える医経の引用について(抄)橋本典子(2013年)第59巻第2号,
294頁
抄録慶長古活字版『重編医経小学』の鍼灸歌賦について(抄)橋本史代(2013年)第59巻第2号,
295頁
抄録『医心方』における当帰の応用(抄)星野卓之、小曽戸洋、花輪壽彦(2013年)第59巻第2号,
296頁
抄録『鍼法秘伝鈔』について(抄)山﨑陽子(2013年)第59巻第2号,
297頁
抄録服部甫庵編『医官要編』と浅田宗伯(抄)渡辺浩二(2013年)第59巻第2号,
298頁
抄録華佗の治療にみる夾脊穴の運用(抄)周防一平、小曽戸洋、天野陽介(2013年)第59巻第2号,
299頁
医史学関係文献目録(平成23年,2011年)順天堂大学医史学研究室編(2013年)第59巻第2号,
306-358頁
資料池田文書の研究(45)池田文書研究会(2013年)第59巻第1号,
105-114頁
資料ガレノス『身体諸部分の用途について』第2巻の翻訳坂井建雄、池田黎太郎、澤井直、安西なつめ(2013年)第59巻第1号,
115-136頁
記事例会記録(2013年)第59巻第1号,
137頁
例会抄録中島友玄の京遊備忘 其の二―京遊廚費録より見た遊学生活―(抄)中島洋一(2013年)第59巻第1号,
137-139頁
例会抄録MRの歴史―日本最初のプロパー誕生から百年―(抄)西川隆(2013年)第59巻第1号,
139-140頁
例会抄録口蹄疫の歴史―その流行と防疫の変遷,現在の課題―(抄)杉浦勝明(2013年)第59巻第1号,
140-141頁
例会抄録伊澤信平と歯科医術―ハーバード大学に留学した蘭軒の孫―(抄)樋口輝雄(2013年)第59巻第1号,
141-142頁
例会抄録第二次世界大戦におけるビルマの兵站病院と日本赤十字社救護班(抄)川原由佳里(2013年)第59巻第1号,
143-144頁
例会抄録江戸時代の労●(結核)~病にみるジェンダー(抄)鈴木則子(2013年)第59巻第1号,
144-145頁
書籍紹介C.J.S.トンプソン著(川満富裕 訳)『手術器械の歴史』澤井直(2013年)第59巻第1号,
145-146頁
書籍紹介藤倉一郎著『瀉血の話』澤井直(2013年)第59巻第1号,
146頁
書籍紹介石田眞著『秋田医学史散歩』澤井直(2013年)第59巻第1号,
146頁
書籍紹介末永恵子編『新聞にみる福島の医療』澤井直(2013年)第59巻第1号,
147頁
原著江戸医学館における臨床教育町泉寿郎(2013年)第59巻第1号,
17-33頁
原著Psychiatry in the Land of Suicide:Medicalization of Self-killing in Early Twentieth-Century JapanAkihito SUZUKI(2013年)第59巻第1号,
3-15頁
原著明治期健康思想と社会・国家意識瀧澤利行 (2013年)第59巻第1号,
35-55頁
研究ノート戦後日本の医療映画・ドラマに見られる医者像の概観王敏東(2013年)第59巻第1号,
57-73頁
ひろば台中の「宮原眼科医院」から「宮原眼科アイスクリーム」への歩み王敏東(2013年)第59巻第1号,
75-82頁
ひろばIbn al-Nafis は解剖をしたか?藤倉一郎(2013年)第59巻第1号,
83-86頁
ひろば京都大学整形外科学教室初代教授松岡道治の人間関係廣谷速人(2013年)第59巻第1号,
87-95頁
資料華岡鹿城末裔所蔵の「華岡門人録」について(4) 梶谷光弘(2013年)第59巻第1号,
97-104頁
例会抄録先輩たちの筆跡岡田靖雄(2012年)第58巻第4号,
423-424頁
原著日本における食塩水皮下注入から静脈内持続点滴注入法の定着までの歩み岩原良晴(2012年)第58巻第4号,
437-455頁
原著明治初期日本における医療情報の伝達―西南戦争・コレラと皮下注射法の普及―月澤美代子(2012年)第58巻第4号,
457-470頁
原著上山藩医 奥山玄育と荻野元凱深瀬泰旦(2012年)第58巻第4号,
471-484頁
抄録富士川游先生のこと(抄)岡田靖雄(2012年)第58巻第4号,
485-486頁
抄録富士川英郎と日本医史学富士川義之(2012年)第58巻第4号,
487-488頁
抄録京都大学附属図書館「富士川文庫」と安藤昌益研究石渡博明(2012年)第58巻第4号,
491-492頁
資料華岡鹿城末裔所蔵の「華岡門人録」について(3)梶谷光弘(2012年)第58巻第4号,
493-501頁
資料池田文書の研究(44)池田文書研究会(2012年)第58巻第4号,
503-512頁
消息第20回日韓東洋医学シンポジウム松岡尚則,頼建守,山口秀敏,笛木司,並木隆雄(2012年)第58巻第4号,
513-514頁
記事例会記録(2012年)第58巻第4号,
515頁
書評寺澤捷年著『吉益東洞の研究―日本漢方創造の思想―』安井廣迪(2012年)第58巻第4号,
515頁
書評太田由佳著『松岡恕庵本草学の研究』岩間眞知子(2012年)第58巻第4号,
517頁
書評橋本明著『精神病者と私宅監置―近代日本精神医療史の基礎的研究―』岡田靖雄(2012年)第58巻第4号,
518頁
書評"神谷昭典著『植民地医育論―台湾,朝鮮,“満蒙地域""を中心として―』"泉孝英(2012年)第58巻第4号,
521頁
原著お玉ヶ池種痘所の設立に参加した上山藩医奥山玄仲深瀬泰旦(2012年)第58巻第3号,
301-308頁
原著イブン・ナフィースの血液理論再考矢口直英(2012年)第58巻第3号,
309-319頁
原著エフェドリンの歴史―歴史遺産と現代社会への影響―齋藤繁(2012年)第58巻第3号,
321-329頁
原著「哺乳瓶の子」それとも「おっぱいの子」?―20世紀ドイツにおける乳児保護,乳児の栄養状態と乳児死亡―イェルク・フェーゲレ,訳:梅原秀元(2012年)第58巻第3号,
331-344頁
原著『史記』倉公伝における医学理論の検討鈴木達彦,遠藤次郎,花輪壽彦(2012年)第58巻第3号,
345-356頁
原著ブールハーフェ(1668~1738)の『医学教程』坂井建雄,澤井直(2012年)第58巻第3号,
357-372頁
原著晩年の存覚と『看病用心鈔』の書写小山聡子(2012年)第58巻第3号,
373-383頁
ひろばガレノスと古代ギリシア・ローマ医学史研究の現在―ガレノス『解剖学論集』の刊行によせて―今井正浩(2012年)第58巻第3号,
385-388頁
ひろば適塾記念会緒方洪庵全集編集委員会編『緒方洪庵全集』第一巻・第二巻(『扶氏経験遺訓』上下)―刊行によせて―浅井允晶(2012年)第58巻第3号,
389-392頁
ひろば京都大学整形外科学教室初代教授松岡道治の生い立ち廣谷速人(2012年)第58巻第3号,
393-400頁
資料華岡鹿城末裔所蔵の「華岡門人録」について(2)梶谷光弘(2012年)第58巻第3号,
401-409頁
資料池田文書の研究(43)池田文書研究会(2012年)第58巻第3号,
411-420頁
記事例会記録(2012年)第58巻第3号,
421頁
例会抄録東京・青山霊園ハルツホルン(Henry Hartshorne:華爾都保崙;乞治呵倫)の墓樋口輝雄(2012年)第58巻第3号,
421-422頁
例会抄録先輩たちの筆跡岡田靖雄(2012年)第58巻第3号,
423-424頁
書評新村拓著『国民皆保険の時代―一九六〇,七〇年代の生活と医療―』宮武光吉(2012年)第58巻第3号,
425頁
書評香月牛山原著,中村節子翻刻・訳注『老人必用養草―老いを楽しむ江戸の知恵―』平尾真智子(2012年)第58巻第3号,
426頁
書評坂井建雄編『日本医学教育史』神津忠彦(2012年)第58巻第3号,
427頁
抄録"富士川游“醫箴""“醫五不可""の心を現代医療に役立てる"桑原正彦(2012年)第58巻第3号,
489-490頁
抄録獨協医科大学の「温故知新」(抄)寺野彰(2012年)第58巻第2号,
131-132頁
抄録獨逸学協会学校の転換―法律学校から医学予備門へ―(抄)新宮讓治(2012年)第58巻第2号,
133-134頁
抄録「転機」を超え,今に生きる医史を(抄)小出五郎(2012年)第58巻第2号,
135-136頁
抄録看護のあゆみ―トレインドナース 大関和―(抄)加藤光寳(2012年)第58巻第2号,
137-138頁
抄録石﨑家の医療史(抄)石﨑道治(2012年)第58巻第2号,
139頁
抄録『報徳全書』にみる齋藤玄昌について―二宮尊行の二児に早期種痘―(抄)中野正人(2012年)第58巻第2号,
140頁
抄録感染症と闘った医師たち―塩谷地区の例から―(抄)岡一雄(2012年)第58巻第2号,
141-142頁
抄録栃木(縣)医学校の推移(抄)日野原正(2012年)第58巻第2号,
143頁
抄録女性看護師の初穂―壬生養生局からトレインドナース大関和―(抄)加藤光寳(2012年)第58巻第2号,
144頁
抄録栃木県歯科事情―栃木県歯科医師会創立まで―(抄)牟田紀一(2012年)第58巻第2号,
145-146頁
抄録江戸幕府と日光の医療(抄)本田幹彦,中西公司,本田雅巳,石川美知子,緑川由紀夫,原澤寛,中元隆明(2012年)第58巻第2号,
147頁
抄録江戸後期の岡山県邑久郡周辺における地域医療研究―中島家文書をもとに―(抄)松村紀明,木下浩,梶谷真司,鈴木則子(2012年)第58巻第2号,
148頁
抄録中島友玄の京遊備忘 其の一―京都での文人・儒者との交流―(抄)中島洋一(2012年)第58巻第2号,
149頁
抄録中島家蔵書資料について(抄)清水信子(2012年)第58巻第2号,
150頁
抄録アブー・バクル・アッ=ラージー(ラーゼス)のガレノス批判(抄)矢口直英(2012年)第58巻第2号,
151頁
抄録Ibn Nafisは人体解剖をしたか?(抄)藤倉一郎(2012年)第58巻第2号,
152頁
抄録ガスパール・ボアンの人体構造の記述における命名法と分類法(抄)澤井直(2012年)第58巻第2号,
153頁
抄録17世紀における筋運動の原理の探求―ニコラウス・ステノによる筋の幾何学的記述―(抄)安西なつめ,澤井直,坂井建雄(2012年)第58巻第2号,
154頁
抄録ブールハーフェ(1668~1738)の『箴言』における疾患概念について(抄)坂井建雄(2012年)第58巻第2号,
155頁
抄録チアジド系利尿剤の副作用の歴史―配合利尿剤の副作用の経験から―(抄)藤岡彰,藤岡和美(2012年)第58巻第2号,
156頁
抄録ミドルセクス病院・医学校の軌跡(抄)柳澤波香(2012年)第58巻第2号,
157頁
抄録ボツリヌス治療の原点―ドイツ人医師J・ケルナーによる190年前の予見―(抄)澤田麻衣子(2012年)第58巻第2号,
158頁
抄録満洲語西欧薬品使用マニュアル『西洋薬書』について(抄)渡辺純成(2012年)第58巻第2号,
159頁
抄録シェイクスピアの時代の薬剤師と『ロミオとジュリエット』(抄)遠藤花子(2012年)第58巻第2号,
160頁
抄録緒方洪庵と適塾に宿るフーフェラントの精神―日独交流150周年をふりかえって―(抄)鈴木重統(2012年)第58巻第2号,
161頁
抄録南蛮渡来のポルトガル医療が,江戸時代の医学に与えた影響について(抄)葉山美知子(2012年)第58巻第2号,
162頁
抄録緒方惟準による解剖学講義ノートについて(抄)島田和幸(2012年)第58巻第2号,
163頁
抄録済生学舎廃校宣言に到るまでの長谷川泰に対する山県有朋の政治的圧力(抄)殿﨑正明,唐沢信安,山本鼎,幸野健,志村俊郎(2012年)第58巻第2号,
164頁
抄録小金井良精と長谷川泰(抄)幸野健,唐沢信安,殿﨑正明,山本鼎,志村俊郎(2012年)第58巻第2号,
165頁
抄録廃校寸前となった日本医学専門学校の学校騒動への山県有朋・入沢達吉等の圧力(抄)山本鼎,唐沢信安,殿﨑正明,幸野健,志村俊郎(2012年)第58巻第2号,
166頁
抄録女医丸茂むねの一生と明治期の女子医学生達の教育(抄)志村俊郎,唐澤信安,殿﨑正明,山本鼎,幸野健,寺本明(2012年)第58巻第2号,
167頁
抄録佐藤精一郎と東京医学院(抄)樋口輝雄(2012年)第58巻第2号,
168頁
抄録妙鍼流からの影響を色濃く示す新資料『杉山流伝法地巻』(抄)大浦宏勝,市川友理(2012年)第58巻第2号,
169頁
抄録『橘窓書影続編』の所在と『橘窓書影』編纂過程について(抄)渡辺浩二(2012年)第58巻第2号,
170頁
抄録後世方派の刊行著作数について(抄)山田恵美(2012年)第58巻第2号,
171頁
抄録『福田方』の鍼灸(抄)寺川華奈(2012年)第58巻第2号,
172頁
抄録曲直瀬道三の‘運気論'研究(抄)町泉寿郎(2012年)第58巻第2号,
173頁
抄録曲直瀬玄朔自筆処方集の研究(抄)星野卓之,天野陽介,小曽戸洋,花輪壽彦(2012年)第58巻第2号,
174頁
抄録曲直瀬玄朔の医書出版―『医学正伝』について―(抄)天野陽介,小曽戸洋(2012年)第58巻第2号,
175頁
抄録曲直瀬道三の『鍼灸集要』について(抄)木場由衣登(2012年)第58巻第2号,
176頁
抄録中国伝統医学と道教(第32回 道教医学の歴史)(抄)吉元昭治(2012年)第58巻第2号,
177頁
抄録森●外『小嶋寶素』と小島尚絅『日新録』(抄)多田伊織(2012年)第58巻第2号,
178頁
抄録江戸時代の「被膜胎」をめぐる社会文化(抄)内野花(2012年)第58巻第2号,
179頁
抄録『留真譜』の医部について(抄)竹内尚(2012年)第58巻第2号,
180頁
抄録本居宣長『送藤文輿還肥序』における『黄帝内経』関連用語の分析(抄)吉川澄美(2012年)第58巻第2号,
181頁
抄録中国鍼灸歌賦について(抄)浦山きか(2012年)第58巻第2号,
182頁
抄録『万病回春病因指南』の成立過程と構成(抄)渡部栄輝(2012年)第58巻第2号,
183頁
抄録近世後期の秋田院内銀山における医療環境―『門屋養安日記』を手がかりとして―(抄)藤本大士(2012年)第58巻第2号,
184頁
抄録『家庭衛生及び治病』(大正4年刊)にみる高木兼寛の医療観(抄)蝦名總子,平尾真智子,芳賀佐和子(2012年)第58巻第2号,
185頁
抄録『看病手引歌』(文政10年刊)にみる仏教思想に基づく看護(抄)平尾真智子,中村節子(2012年)第58巻第2号,
186頁
抄録日本初の女性看病人誕生の背景―戊辰戦争時壬生の看病人―(抄)日下修一(2012年)第58巻第2号,
187頁
抄録欧米諸国の看護婦の紹介記録の歴史を辿る―幕末から明治初年―(抄)鈴木紀子(2012年)第58巻第2号,
188頁
抄録第二次世界大戦における日本赤十字社救護看護婦の活動―ビルマ派遣の救護班に焦点を当てて―(抄)川原由佳里(2012年)第58巻第2号,
189頁
抄録近代看護婦は終末期看護をどうとらえていたか(第1報)―8人が著した看護書から―(抄)上坂良子,水田真由美,松本知子(2012年)第58巻第2号,
190頁
抄録昭和22年刊「公衆衛生叢書全7輯」について(抄)渡部幹夫(2012年)第58巻第2号,
191頁
抄録占領期の日本におけるGHQ/SCAP/PHWの組織と職員の変遷に関する考察(抄)杉田聡,田中誠二,丸井英二(2012年)第58巻第2号,
192頁
抄録戦後精神医療史の再検討(2) 精神障害者家族会の盛衰(抄)橋本明(2012年)第58巻第2号,
193頁
抄録戦後占領期における天然痘の流行と対策(抄)田中誠二,杉田聡,丸井英二(2012年)第58巻第2号,
194頁
抄録「東京府下死亡一週表」等の新資料にみる明治中期東京の週(月)・年齢・地区別死亡(抄)逢見憲一(2012年)第58巻第2号,
195頁
抄録信濃衛生会発行による月刊『信濃衛生』について(抄)湯本敦子(2012年)第58巻第2号,
196頁
抄録日露戦争期の広島予備病院の患者を取り巻く環境―本院と分院の比較―(抄)坂村八恵,岡本裕子,隅田寛,千田武志(2012年)第58巻第2号,
197頁
抄録渡辺清絵日記に見る明治期の農村の医療衛生事情(抄)岡一雄,戸村光宏(2012年)第58巻第2号,
198頁
抄録新出の写本「遁花秘訣」(山岸本)について―白鳥雄蔵,板垣利斎,そして津軽との接点―(抄)松木明知(2012年)第58巻第2号,
199頁
抄録野田光蔵と『満洲植物誌』(抄)郭秀梅(2012年)第58巻第2号,
200頁
抄録眼科手術器具の変遷について(抄)園田真也(2012年)第58巻第2号,
201頁
抄録明治初期日本における医療情報の移入と伝達―西南戦争と皮下注射法の普及―(抄)月澤美代子(2012年)第58巻第2号,
202頁
抄録高松凌雲(1836~1916)が創立した「同愛社」について(抄)小林晶(2012年)第58巻第2号,
203頁
抄録大久保忠寛の「病幼院創立意見」(安政4年)と東京府病院(明治6~14年)について(抄)稲松孝思,松下正明(2012年)第58巻第2号,
204頁
抄録福島甲種医学校助教諭 村地研三『裁判医学』講義中の精神病学(抄)岡田靖雄(2012年)第58巻第2号,
205頁
抄録釜山済生医院(抄)金川英雄(2012年)第58巻第2号,
206頁
抄録鶴見三三教授と国際聯盟保健委員会報告(抄)青木國雄(2012年)第58巻第2号,
207頁
抄録黄疸出血性レプトスピラの発見により,ノーベル賞候補に推薦された井戸 泰(1881~1919)(抄)佐藤裕(2012年)第58巻第2号,
208頁
抄録"九州大学耳鼻咽喉科学教室初代教授 久保猪之吉の業績―第1報 “同門の語り""にみられる久保像―(抄)"丸山マサ美,小宗静男,吉田眞一,下川元継,副島忠弘,末松孝文(2012年)第58巻第2号,
209頁
抄録"九州大学耳鼻咽喉科学教室初代教授 久保猪之吉―第2報 同門の語りにみられる“医の倫理""―(抄)"丸山マサ美,小宗静男,吉田眞一,副島忠弘,末松孝文,下川元継(2012年)第58巻第2号,
210頁
抄録郡上の植疱瘡(抄)森永正文(2012年)第58巻第2号,
211頁
抄録「解体新書」扉絵を画かせた人物をめぐって(抄)板野俊文(2012年)第58巻第2号,
212頁
抄録オットー・モーニッケの教えた最新の西洋医学(抄)相川忠臣(2012年)第58巻第2号,
213頁
抄録幕末在村医と天然痘―栃木県塩谷町道下村青木家文書から―(抄)戸村光宏,岡一雄(2012年)第58巻第2号,
214頁
抄録いわゆる『儒醫』についての考察―初探(抄)田中祐尾(2012年)第58巻第2号,
215頁
抄録奥田謙蔵の家譜の調査(抄)松岡尚則,栗林秀樹,別府正志,山口秀敏,中田英之,岩井祐泉, 並木隆雄,秋葉哲生,牧角和宏,三浦於菟(2012年)第58巻第2号,
216頁
抄録華岡青洲14種の膏薬と李靖十二辰陣(抄)鈴木達彦,足立理絵子(2012年)第58巻第2号,
217頁
抄録麻沸湯論―世界で最初の臨床麻酔の教科書は日本で著された!(抄)土手健太郎,長櫓巧(2012年)第58巻第2号,
218頁
抄録『金匱要略』大黄黄連瀉心湯条における「心気不足」に関する考証(抄)荘明仁(2012年)第58巻第2号,
219頁
抄録「温疫論」と伝染概念(抄)西巻明彦(2012年)第58巻第2号,
220頁
抄録『皇漢医学』における「鬱」の用法(抄)大道寺慶子(2012年)第58巻第2号,
221頁
抄録陽虚としての盗汗について(抄)吉岡広記(2012年)第58巻第2号,
222頁
抄録紹興本『素問』と王継先(抄)真柳誠(2012年)第58巻第2号,
223頁
抄録研医会図書館所蔵の森立之稿本『千金方疏証』(抄)安部郁子(2012年)第58巻第2号,
224頁
抄録幻の宋版『孫真人玉函方』―金沢文庫旧蔵本(抄)小曽戸洋,長野仁,星野卓之,天野陽介(2012年)第58巻第2号,
225頁
抄録熊慶笏の著作について(抄)宮川隆弘(2012年)第58巻第2号,
226頁
抄録劉完素と『西山記』(抄)奥野繁生(2012年)第58巻第2号,
227頁
抄録『診脈口伝集』の脈法(抄)中川俊之(2012年)第58巻第2号,
228頁
抄録『古今医統大全』の鍼灸について(第2報)(抄)田中利江子(2012年)第58巻第2号,
229頁
抄録『鍼灸資生経』の引用文献について(抄)足立美穂(2012年)第58巻第2号,
230頁
抄録『骨度正誤図説』について(抄)鶴田泰平(2012年)第58巻第2号,
231頁
抄録『かなめいし』の中の身体に関する語(抄)計良吉則(2012年)第58巻第2号,
232頁
抄録神農伝説成立の経緯の考察(抄)岩間眞知子(2012年)第58巻第2号,
233頁
抄録『経穴密語集』について(抄)橋本史代(2012年)第58巻第2号,
234頁
抄録『意心流百病指南』について(抄)岩田源太郎(2012年)第58巻第2号,
235頁
抄録『天中記』に見える医経の引用について(抄)橋本典子(2012年)第58巻第2号,
236頁
抄録『隧穴啓蒙』について(抄)山﨑陽子(2012年)第58巻第2号,
237頁
抄録『外科百効全書』の鍼灸(抄)上田善信(2012年)第58巻第2号,
238頁
医史学関係文献目録(平成22年,2010年)順天堂大学医史学研究室編(2012年)第58巻第2号,
245-293頁
原著"『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』の翻訳書としての不完全さ―訳出されなかった語の視点から― "計良吉則,酒井シヅ(2012年)第58巻第1号,
3-14頁
原著"厥の原義とその病理観―扁鵲による●の太子の治療の意義― "鈴木達彦,遠藤次郎(2012年)第58巻第1号,
15-28頁
原著"蕎麦に関する日中両国の認識の差異 ―古典医書を中心に― "辰巳洋,丸井英二(2012年)第58巻第1号,
29-37頁
原著仏教文献『療痔病経』の背景について山中行雄,山下勤,赤羽律,室屋安孝(2012年)第58巻第1号,
39-51頁
ひろば"台湾の医学史の本で見られる“日本"""王敏東(2012年)第58巻第1号,
53-58頁
ひろば"《特別寄稿》日本泌尿器科学会100周年を迎えて 日本泌尿器科学会創設者 朝倉文三先生の足跡と学生名簿の謎 "保坂義雄(2012年)第58巻第1号,
59-65頁
ひろば文献にみる砥石―医療器械の研磨に使用された砥石―髙岡真美(2012年)第58巻第1号,
67-74頁
資料華岡鹿城末裔所蔵の「華岡門人録」について(1)梶谷光弘(2012年)第58巻第1号,
75-84頁
資料フランス人医師ヴィダルの報告「日本の温泉」須長泰一(2012年)第58巻第1号,
85-92頁
資料池田文書の研究(42)池田文書研究会(2012年)第58巻第1号,
93-102頁
記事例会記録(2012年)第58巻第1号,
103頁
例会抄録お玉ヶ池種痘所あれこれ(抄)深瀬泰旦(2012年)第58巻第1号,
103-104頁
例会抄録切手で辿る薬学の歴史(抄)平林敏彦(2012年)第58巻第1号,
104-105頁
例会抄録"占領期における日本の看護改革―保健婦助産婦看護婦法改正をめぐって―(抄) "田中幸子(2012年)第58巻第1号,
106-107頁
例会抄録『口歯類要』における口歯の意味的考察(抄)西巻明彦(2012年)第58巻第1号,
107-108頁
例会抄録新たに判明した忠犬ハチ公の死因について(抄)中山裕之(2012年)第58巻第1号,
108頁
書評横田陽子著『技術からみた日本衛生行政史』渡部幹夫(2012年)第58巻第1号,
109-110頁
書評青木歳幸編『小城の医学と地域医療―病をいやす―』深瀬泰旦(2012年)第58巻第1号,
110-112頁
書評宝月理恵著『近代日本における衛生の展開と受容』瀧澤利行(2012年)第58巻第1号,
112-113頁
書評田口喜久恵著『近代教育黎明期における健康教育の研究』瀧澤利行(2012年)第58巻第1号,
113-114頁
書籍紹介"佐賀大学・佐賀学創成プロジェクト編『佐賀学 佐賀の歴史・文化・環境』 "澤井直(2012年)第58巻第1号,
115頁
書籍紹介小高健著『日本近代医学史』澤井直(2012年)第58巻第1号,
116頁
書籍紹介G.ペルトナー著,枡形公也監訳『医療倫理学の基礎』澤井直(2012年)第58巻第1号,
116-117頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授 松岡道治の事績,業績―第7報 松岡道治の学歴:小学校から大学院まで―廣谷速人(2011年)第57巻第4号,
403-418頁
原著1850~70年代における医療情報の伝達・普及―欧米と日本の皮下注射法に関する情報を中心に―月澤美代子(2011年)第57巻第4号,
419-431頁
原著マルチン・ルターの病歴滝上正(2011年)第57巻第4号,
433-449頁
ひろば近代ギリシャの学術誌『ヘルメス・オ・ロギオス』に見られる医学研究菅野幸子,本田克也(2011年)第57巻第4号,
451-454頁
資料ガレノス『身体諸部分の用途について』第1巻の解題と翻訳坂井建雄,池田黎太郎,澤井直,安西なつめ(2011年)第57巻第4号,
455-481頁
資料池田文書の研究(41)池田文書研究会(2011年)第57巻第4号,
483-492頁
例会抄録精神科医・小林靖彦(1919-2007)が遺した精神医療史資料の意義を考える(抄)橋本明(2011年)第57巻第4号,
493-494頁
書評森本武利編著,酒井謙一訳『京都療病院お雇い医師ショイベ―滞日書簡から―』山上勝久(2011年)第57巻第4号,
495-496頁
書評青柳精一著『近代医療のあけぼの―幕末・明治の医事制度―』坂井建雄(2011年)第57巻第4号,
496-497頁
書評廣川和花著『近代日本のハンセン病問題と地域社会』平井雄一郎(2011年)第57巻第4号,
497-499頁
書評吉元昭治著『老荘とその周辺古代―中国医学の源流および道家・道教との関り―』猪飼祥夫(2011年)第57巻第4号,
499-500頁
書評岡田靖雄著『吹き来る風に―精神科の臨床・社会・歴史―』坂井建雄(2011年)第57巻第4号,
500-501頁
原著Was Citrulline First a Laxative Substance?: The Truth about Modern Citrulline and Its IsolationKonstantinos C. FRAGKOS,Alastair FORBES(2011年)第57巻第3号,
275-292頁
原著仏教文献『療痔病経』とその関連文献について山中行雄,山下勤,赤羽律,室屋安孝(2011年)第57巻第3号,
293-304頁
原著ニュージーランドの保健制度改革と日本の「つながり」―フレデリック・T・キングの1904年日本訪問とその影響―ジェームズ・ビーティー(James Beattie),及川 敬貴(2011年)第57巻第3号,
305-323頁
原著19世紀ヨーロッパの鍼灸の受容におけるシーボルトと石坂宗哲の貢献について―シーボルト旧蔵の鍼灸関係資料の比較調査を中心に―ヴィグル・マティアス,町泉寿郎(2011年)第57巻第3号,
325-342頁
研究ノート弘前藩『御国日記』にみる乱心および自害岡田靖雄(2011年)第57巻第3号,
343-350頁
ひろば第54回医家先哲追薦会について岡田靖雄(2011年)第57巻第3号,
351頁
ひろば13世紀,イブン・ナフィス(Ibn Nafis)による肺循環の発見藤倉一郎(2011年)第57巻第3号,
353-356頁
資料池田文書の研究(40)池田文書研究会(2011年)第57巻第3号,
357-366頁
例会抄録戦争のなかの精神障害者(抄)岡田靖雄(2011年)第57巻第3号,
367-368頁
例会抄録元海軍軍医・野上八十八の「経歯的結核感染の研究」―加賀乙彦の自伝的小説『永遠の都』をテキストに―(抄)樋口輝雄(2011年)第57巻第3号,
369-370頁
例会抄録結核実態調査の戦後史における検討(抄)渡部幹夫(2011年)第57巻第3号,
370-371頁
例会抄録光明皇后の施薬院・悲田院と施浴伝説―看護史の視点からの考察―(抄)平尾真智子(2011年)第57巻第3号,
371-372頁
書評黒羽根洋司著『病者の心を心として―庄内の医人たち―』西巻明彦(2011年)第57巻第3号,
373-374頁
書評深瀬泰旦著『小児科学の史的変遷』七木田文彦(2011年)第57巻第3号,
374-375頁
書評七木田文彦著『健康教育教科「保健科」成立の政策形成―均質的健康空間の生成―』杉浦守邦(2011年)第57巻第3号,
375-376頁
書評鈴木七美・藤原久仁子・岩佐光広編著『高齢者のウェルビーイングとライフデザインの協働』瀧澤利行(2011年)第57巻第3号,
377-378頁
書評小田泰子著『スペイン風邪流行とその時代―東北地方と第二師団での流行を中心に―』逢見憲一(2011年)第57巻第3号,
378-379頁
書評汪正仁著『東洋医学の真髄』天野陽介(2011年)第57巻第3号,
380-381頁
書評Gabor Lukacs: Extensive Marginalia in Old Japanese Medical Booksヴィグル・マティアス(2011年)第57巻第3号,
381-382頁
書評秦温信著『北辰の如く』島田保久(2011年)第57巻第3号,
382-384頁
書評荒井保男著『日本近代医学の黎明(あけぼの)―横浜医療事始め―』高安伸子(2011年)第57巻第3号,
384頁
書籍紹介麻布大学(編)『獣医資料館寄贈選定図書目録』澤井直(2011年)第57巻第3号,
385頁
書籍紹介阪上正信著『蘭学者 川本幸民の「化学新書」解読・実験の手引き』澤井直(2011年)第57巻第3号,
385頁
記事東日本大震災で被災した文化財資料救済にご協力を酒井シヅ(2011年)第57巻第3号,
386-387頁
会告一般社団法人日本医史学会の登記完了のお知らせ(2011年)第57巻第3号,
390頁
会告一般社団法人日本医史学会 定款(2011年)第57巻第3号,
391-399頁
抄録我が国の近代医学教育の源流―明治初期の公立医学校―(抄)坂井建雄(2011年)第57巻第2号,
109-112頁
抄録大学令と大正昭和期の医師養成(抄)天野郁夫(2011年)第57巻第2号,
113-118頁
抄録江戸時代の医学教育(抄)海原亮(2011年)第57巻第2号,
119頁
抄録明治期におけるドイツ醫学の受容と普及(抄)吉良枝郎(2011年)第57巻第2号,
120頁
抄録明治期における私立医学校の医学教育(抄)志村俊郎(2011年)第57巻第2号,
121頁
抄録戦時下における外地の医学教育(抄)泉孝英(2011年)第57巻第2号,
122頁
抄録戦後における医学教育制度改革(抄)福島統(2011年)第57巻第2号,
123頁
抄録岩国市芦山家に所蔵される「婦人臓図」―東京大学本,千葉大学本との比較―(抄)片岡勝子(2011年)第57巻第2号,
124頁
抄録本多錦吉郎による美術教育の為の解剖学書について(抄)島田和幸(2011年)第57巻第2号,
125頁
抄録辛亥革命までに刊行された中国語解剖学書・生理学書について(抄)松本秀士,坂井建雄(2011年)第57巻第2号,
126頁
抄録満州語西欧解剖学書『欽定格體全録』について(抄)渡辺純成(2011年)第57巻第2号,
127頁
抄録近代日本の海外展開における第一歩としての日本人ペスト調査団海外派遣(抄)大山卓昭(2011年)第57巻第2号,
128頁
抄録野口英世の横浜海港検疫所赴任の時期について(抄)中村澄夫(2011年)第57巻第2号,
129頁
抄録井口乗海著「痘瘡及種痘論」による20世紀初頭の各国と日本の種痘法規について(抄)渡部幹夫(2011年)第57巻第2号,
130頁
抄録近代朝鮮における宣教医療と植民地医学―その類似点と相違点について―(抄)小田敏花(2011年)第57巻第2号,
131頁
抄録衛生展覧会と中心感染説(抄)竹原直道(2011年)第57巻第2号,
132頁
抄録"“A""レポート及び“G""レポート(「ダグウェイ文書」)について(抄)"莇昭三(2011年)第57巻第2号,
133頁
抄録戦後占領期における性感染症―GHQ/SCAP文書にみる軟性下疳の流行―(抄)田中誠二,杉田 聡,丸井英二(2011年)第57巻第2号,
134頁
抄録戦後沖縄の保健・医療行政 その5―本土復帰にともなう制度の「一体化」―(抄)杉山章子(2011年)第57巻第2号,
135頁
抄録江戸時代の婚姻と「癩」(抄)鈴木則子(2011年)第57巻第2号,
136頁
抄録優生保護法における優生審査の実際にふれて(抄)岡田靖雄(2011年)第57巻第2号,
137頁
抄録戦前の「行旅病者救護所」(抄)金川英雄,堀みゆき(2011年)第57巻第2号,
138頁
抄録戦後精神医療史の再検討(1)ライシャワー事件の読み方(抄)橋本明(2011年)第57巻第2号,
139頁
抄録心臓刺激伝導系発見者・田原淳の顕彰(抄)須磨幸蔵,島田宗洋,島田達生(2011年)第57巻第2号,
140頁
抄録長谷川泰論―済生学舎廃校宣言前後を中心に―(抄)殿﨑正明,唐沢信安,山本鼎,幸野健,志村俊郎(2011年)第57巻第2号,
141頁
抄録長谷川泰の晩年の生活及び人生の苦悩と悟りについての手紙と詩文(抄)唐沢信安,志村俊郎,殿﨑正明,山本鼎,幸野健(2011年)第57巻第2号,
142頁
抄録眼科手術における消毒法の変遷(抄)園田真也(2011年)第57巻第2号,
143頁
抄録旧鈔本『難経集注』にみえる「持」の訓について(抄)宮川浩也,矢吹杏子,天野陽介(2011年)第57巻第2号,
144頁
抄録『医心方提要』について(抄)小曽戸洋,天野陽介(2011年)第57巻第2号,
145頁
抄録浅田宗伯門人の研究(抄)渡辺浩二(2011年)第57巻第2号,
146頁
抄録『医学天正記』異本類の比較研究(第2報)(抄)天野陽介,小曽戸洋,町泉寿郎(2011年)第57巻第2号,
147頁
抄録『素問』の早期版本について(抄)真柳誠(2011年)第57巻第2号,
148頁
抄録唐代『張仲景傷寒論』の検討(抄)楊歓(2011年)第57巻第2号,
149頁
抄録唐代の散逸医書『古今録験方』から見た六朝期の散逸医書『僧深方』(抄)多田伊織(2011年)第57巻第2号,
150頁
抄録新発見の医書『江春記抜書』と田代三喜(抄)遠藤次郎,鈴木達彦(2011年)第57巻第2号,
151頁
抄録曹炳章著『中国医学大成総目提要』について(抄)宮川隆弘(2011年)第57巻第2号,
152頁
抄録聿修堂の蔵書目録について(抄)竹内尚(2011年)第57巻第2号,
153頁
抄録中泉行正博士と研医会図書館(抄)安部郁子(2011年)第57巻第2号,
154頁
抄録UCSF図書館所蔵の福井済生館文書(抄)町泉寿郎(2011年)第57巻第2号,
155頁
抄録北里研究所に所蔵される三木栄作成の研究資料(抄)郭秀梅(2011年)第57巻第2号,
156頁
抄録"「紅毛医言」の“あとがき""について(抄)"板野俊文(2011年)第57巻第2号,
157頁
抄録18-19世紀ベトナム産肉桂の流通からみた東アジアの生薬交易(抄)岡田雅志,内野 花(2011年)第57巻第2号,
158頁
抄録18,19世紀のフランスにおける鍼灸医学の受容について(抄)ヴィグル・マティアス(2011年)第57巻第2号,
159頁
抄録温庭●,李商隠疾病攷(抄)小髙修司(2011年)第57巻第2号,
160頁
抄録明治期における「杉山真伝流百法鍼術」の成立と変遷について(抄)大浦宏勝,市川友理(2011年)第57巻第2号,
161頁
抄録秦伯未批校『医学見能』について(抄)浦山きか(2011年)第57巻第2号,
162頁
抄録和田東郭の腹診における表現について(抄)大道寺慶子(2011年)第57巻第2号,
163頁
抄録医学,数学,物理学におけるパラダイム転換―特に医学へのその概念の使用の問題について―(抄)藤岡彰,藤岡和美(2011年)第57巻第2号,
164頁
抄録イブン・ナフィス(Ibn Nafis)による肺循環の発見(抄)藤倉一郎(2011年)第57巻第2号,
165頁
抄録セント・バーソロミュー病院の創設と発展(抄)柳澤波香(2011年)第57巻第2号,
166頁
抄録近世イギリスにおける偽医者の文化と演劇(抄)遠藤花子(2011年)第57巻第2号,
167頁
抄録ブルックリンにおける医学教育(抄)泉彪之助(2011年)第57巻第2号,
168頁
抄録GHQ/SCAP文書にみる戦後日本の歯科医学教育改革(抄)樋口輝雄(2011年)第57巻第2号,
169頁
抄録小川鼎三『医学の歴史』を教科書とする「薬学史」講義の試み(抄)牧純(2011年)第57巻第2号,
170頁
抄録松本良順と近代教育―『養生法』の開明性と近代教育への意義―(抄)田口喜久恵(2011年)第57巻第2号,
171頁
抄録西南戦争と大阪陸軍臨時病院(抄)鈴木紀子(2011年)第57巻第2号,
172頁
抄録『高く尊き看護婦の使命』(昭和8年刊)にみる医師二木謙三の看護観(抄)平尾真智子(2011年)第57巻第2号,
173頁
抄録私立東京看護婦学校の設立とその動向(抄)上坂良子,水田真由美,黒田裕子(2011年)第57巻第2号,
174頁
抄録香月牛山『老人必用養草』(1716)にみる老人の保養観(抄)中村節子,平尾真智子(2011年)第57巻第2号,
175頁
抄録ジャン・マルタン・シャルコーと神経障害性関節症(抄)小林晶(2011年)第57巻第2号,
176頁
抄録新島襄の持病「リウマチズム」について(抄)布施田哲也(2011年)第57巻第2号,
177頁
抄録橋本病の歴史―その始まりと冠名病名「橋本病」の定着過程―(抄)佐藤裕(2011年)第57巻第2号,
178頁
抄録日本における静脈内注入療法の始まりから定着までの流れ(抄)岩原良晴(2011年)第57巻第2号,
179頁
抄録日本最初のベルリン大学医学部卒業生・佐藤進について(抄)酒井シヅ,ヴォルフガング・ミヒェル(2011年)第57巻第2号,
180頁
抄録ポンペ・ファン・メールデルフォールトと牛痘種痘(第2報)(抄)松木明知(2011年)第57巻第2号,
181頁
抄録ポンペのオランダ語解剖学講義ノートの原典はボックの人体解剖学書と解剖図譜である(抄)相川忠臣,ハルメン ボイケルス,酒井シヅ(2011年)第57巻第2号,
182頁
抄録フーフェラントの「医戒」と済生学舎の建学の精神について(抄)幸野健,唐沢信安,山本鼎,志村俊郎,殿﨑正明(2011年)第57巻第2号,
183頁
抄録中国伝統医学と道教(第31回 道蔵)(抄)吉元昭治(2011年)第57巻第2号,
184頁
抄録萬病萬毒論と萬病一毒論(抄)西巻明彦(2011年)第57巻第2号,
185頁
抄録橘南谿をめぐる考察(抄)成瀬勝俊(2011年)第57巻第2号,
186頁
抄録本居宣長記念館所蔵『諸疾目録回春病門次第』―本居宣長の医学への味岡三伯の影響―(抄)吉川澄美(2011年)第57巻第2号,
187頁
抄録逆子の灸―至陰と張文仲―(抄)奥野繁生(2011年)第57巻第2号,
188頁
抄録『啓廸集』の脈法(抄)中川俊之(2011年)第57巻第2号,
189頁
抄録『啓廸集』の鍼法と灸法(抄)木場由衣登(2011年)第57巻第2号,
190頁
抄録『古今医統大全』の鍼灸について(抄)田中利江子(2011年)第57巻第2号,
191頁
抄録『灸譜』について(抄)鶴田泰平(2011年)第57巻第2号,
192頁
抄録『瘡瘍経験全書』の鍼灸(抄)上田善信(2011年)第57巻第2号,
193頁
抄録研医会図書館所蔵の脈学書『切脈小言』について(抄)吉岡広記(2011年)第57巻第2号,
194頁
抄録『医談抄』の鍼灸(抄)寺川華奈(2011年)第57巻第2号,
195頁
抄録『牛山活套』の婦人部について(抄)山田恵美(2011年)第57巻第2号,
196頁
抄録『新修本草』の薬名(項目名)について(抄)岩間眞知子(2011年)第57巻第2号,
197頁
抄録脾肝薬王圓と『小児養育金礎』―京都の薬屋石田家の売薬業と育児書の頒布―(抄)梶谷真司(2011年)第57巻第2号,
198頁
抄録目付海防掛(蕃書調書総裁)大久保忠寛の「病幼院創立意見」安政4年(1857)について(抄)稲松孝思(2011年)第57巻第2号,
199頁
抄録濃州郡上藩に於ける藩医事情(抄)森永正文(2011年)第57巻第2号,
200頁
抄録中島友玄の患者の通院圏(抄)木下浩,中島洋一(2011年)第57巻第2号,
201頁
抄録中島宗仙の阿蘭陀取油法について―文政2年宗仙長崎遊学時の写本―(抄)中島洋一,松村紀明(2011年)第57巻第2号,
202頁
抄録彌性園第十二代当主田中太一良(1873~1932)の医績について(抄)田中祐尾(2011年)第57巻第2号,
203頁
抄録明治17年の女子の医術開業試験受験許可について(抄)三﨑裕子(2011年)第57巻第2号,
204頁
抄録『浮世物語』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2011年)第57巻第2号,
205頁
抄録ジョン・ハンターとホーム家の人々〈3世代〉(抄)青木國雄(2011年)第57巻第2号,
206頁
抄録橋田邦彦における「格医」(抄)勝井恵子(2011年)第57巻第2号,
207頁
抄録『史記』扁鵲倉公列伝の張守節注に見える引用経文(抄)橋本典子(2011年)第57巻第2号,
208頁
抄録『経絡正統』『引経口訣』について(抄)山﨑陽子(2011年)第57巻第2号,
209頁
抄録『灸法口訣指南』について(抄)橋本史代(2011年)第57巻第2号,
210頁
抄録『(獅子流秘本)西村鍼灸秘録』について(抄)岩田源太郎(2011年)第57巻第2号,
211頁
抄録プランゲ文庫所蔵新聞にみられる「看護」に関する広告記事の分析―九州の場合―(抄)大石杉乃(2011年)第57巻第2号,
212頁
抄録大阪の『人体問答』―明治8~12年刊行初等教育教科書における人体像―(抄)月澤美代子(2011年)第57巻第2号,
213頁
記事医史学関係文献目録(平成21年,2009年)順天堂大学医史学研究室編(2011年)第57巻第2号,
219-263頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授 松岡道治の事績,業績―第6報 松岡の留学と教室の公開,診療および研究―廣谷速人(2011年)第57巻第1号,
3-17頁
原著19世紀における臨床医学書の進化坂井建雄(2011年)第57巻第1号,
19-37頁
原著「脳為元神之府」をめぐって―李時珍から張錫純へ―奥野繁生(2011年)第57巻第1号,
39-50頁
原著『傷寒論』傷寒例に見られる四時正気の病と変成病の意義鈴木達彦,遠藤次郎(2011年)第57巻第1号,
51-61頁
研究ノート医学研究における被験者保護―倫理規程の歴史的展開を視点として―関根透,島田道子(2011年)第57巻第1号,
63-70頁
資料池田文書の研究(39)池田文書研究会(2011年)第57巻第1号,
71-80頁
消息群馬メディカルセンター 地域医療資料館蔵方宏昌(2011年)第57巻第1号,
81-82頁
例会抄録ライデンのシーボルト旧蔵の鍼灸関係資料について(抄)ヴィグル・マティアス(2011年)第57巻第1号,
83-84頁
例会抄録日本独自の本草学の誕生について―17世紀後半の再考―(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(2011年)第57巻第1号,
85-86頁
例会抄録歯科医史学(歯科医学史)教育カリキュラム・プランニングの試み(抄)石井拓男,渋谷 鉱,西巻明彦(2011年)第57巻第1号,
86-87頁
例会抄録大阪・道修町の製薬産業史の一端―イノベーション・セレンディピィティの視点から―(抄)松本和男(2011年)第57巻第1号,
87-88頁
例会抄録牛海綿状脳症(BSE)の発生の経緯と対策(抄)小野寺節(2011年)第57巻第1号,
89-90頁
例会抄録看護歴史研究におけるプランゲ文庫の意義(抄)大石杉乃(2011年)第57巻第1号,
90-91頁
書籍紹介小野蘭山没後二百年記念誌編集委員会編『小野蘭山』岩間眞知子(2011年)第57巻第1号,
91-93頁
書籍紹介家本誠一著『黄帝内経素問訳注』・『黄帝内経霊枢訳注』宮川浩也(2011年)第57巻第1号,
93-94頁
書籍紹介橋本明編著『治療の場所と精神医療史』岡田靖雄(2011年)第57巻第1号,
94-95頁
書籍紹介油井富雄著『現代に蘇る漢方医学界の巨星 浅田宗伯』松岡尚則,別府正志,中田英之,栗林秀樹(2011年)第57巻第1号,
96頁
原著橋田邦彦における「医」の三要素勝井恵子(2010年)第56巻第4号,
473-483頁
原著下関開業時代における岡研介の事績及び寄寓背景に関する考察―本州西端の海港に見る文政末蘭学医の展開―亀田一邦(2010年)第56巻第4号,
485-500頁
原著渋江抽斉著『霊枢講義』所引「古抄本」について永塚憲治(2010年)第56巻第4号,
501-511頁
原著『千金方』傷寒門所引の華佗方にみられる原始的な傷寒の治方遠藤次郎,鈴木達彦(2010年)第56巻第4号,
513-526頁
研究ノート橋田邦彦研究―ある「葬られた思想家」の生涯と思想―勝井恵子(2010年)第56巻第4号,
527-538頁
資料池田文書の研究(38)池田文書研究会(2010年)第56巻第4号,
539-548頁
記事例会記録(2010年)第56巻第4号,
549頁
例会抄録『断毒論』と『国字断毒論』,『翻訳断毒論』の比較―漢方医学の立場から―(抄)西巻明彦(2010年)第56巻第4号,
549-551頁
書籍紹介水谷惟紗久著『18世紀イギリスのデンティスト』宮武光吉(2010年)第56巻第4号,
551-552頁
書籍紹介篠田達明著『日本史有名人の臨終図鑑 2』杉浦守邦(2010年)第56巻第4号,
552-553頁
書籍紹介小川浩司著『近代医学を切り拓いた人々』上巻・下巻渡部幹夫(2010年)第56巻第4号,
554-555頁
書籍紹介梶谷光弘著『松江藩校の変遷と役割』亀田一邦(2010年)第56巻第4号,
555-556頁
書籍紹介吉良枝郎著『明治期におけるドイツ医学の受容と普及―東京大学医学部外史―』坂井建雄(2010年)第56巻第4号,
556-557頁
書籍紹介W・ミヒェル,鳥井裕美子,川嶌眞人共編『九州の蘭学―越境と交流―』原敬二郎(2010年)第56巻第4号,
557-558頁
書籍紹介ルース・リチャードソン著,矢野真千子訳『グレイ解剖学の誕生―二人のヘンリーの1858年―』坂井建雄(2010年)第56巻第4号,
559-560頁
記事日本医史学会会報46号(2010年)第56巻第4号,
572-600頁
原著"Eugenics, Environment, and Acclimatizing to Manchukuo: Psychiatric Studies of Japanese Colonists"Janice MATSUMURA(2010年)第56巻第3号,
329-350頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授 松岡道治の事績,業績―第5報 松岡教授の教室員と受け入れ内地留学生―廣谷速人(2010年)第56巻第3号,
351-366頁
原著初期紅毛流外科と儒医向井元升についてヴォルフガング・ミヒェル(2010年)第56巻第3号,
367-385頁
原著小児鍼の起源について―小児鍼師の誕生とその歴史的背景―長野仁,髙岡裕(2010年)第56巻第3号,
387-414頁
研究ノート岩手県金ヶ崎町(城内諏訪小路重要伝統的建造物群保存地区)より輩出せる明治女医2名福嶋正和(2010年)第56巻第3号,
415-426頁
研究ノート新出の平沢屏山のアイヌ種痘図に関する一考察―オムスク造形美術館所蔵の「種痘図」を巡って―松木明知(2010年)第56巻第3号,
427-436頁
シンポジウム戦後の日本漢方医学界の展望―日本東洋医学会及び東亜医学協会を中心として―原桃介(2010年)第56巻第3号,
437-440頁
シンポジウム大塚恭男先生の人と仕事小曽戸洋(2010年)第56巻第3号,
441-448頁
シンポジウム大塚恭男先生の思い出岡田靖雄(2010年)第56巻第3号,
449-453頁
消息日本医史学会月例会について酒井シヅ,岡田靖雄(2010年)第56巻第3号,
455頁
記事例会記録(2010年)第56巻第3号,
456頁
例会抄録母乳をめぐる自然概念の歴史的変遷(抄)梶谷真司(2010年)第56巻第3号,
456-457頁
例会抄録日本における金瘡治療の展開―白朝散を中心に―(抄)森田まゆ,鈴木達彦(2010年)第56巻第3号,
458-459頁
例会抄録『資料集 日本の精神障害者(戦前篇)』編集にむけて(抄)岡田靖雄(2010年)第56巻第3号,
459-461頁
書籍紹介篠田達明著『日本史有名人の臨終図鑑』杉浦守邦(2010年)第56巻第3号,
461-462頁
書籍紹介海原亮著『近世医療の社会史 知識・技術・情報』瀧澤利行(2010年)第56巻第3号,
462-463頁
書籍紹介泉孝英著『外地の医学校』瀧澤利行(2010年)第56巻第3号,
464-465頁
書籍紹介ミュリエル・ラアリー著,濱中淑彦監訳『中世の狂気 十一~十三世紀』鈴木晃仁(2010年)第56巻第3号,
465-466頁
抄録日韓越の医学と中国医書(抄)真柳誠(2010年)第56巻第2号,
151頁
抄録水戸藩の医学と医療(抄)鈴木暎一(2010年)第56巻第2号,
160頁
抄録日露戦争期の広島予備病院における活動―日赤救護班の看護活動を中心として―(抄)岡本裕子,坂村八恵,隅田寛,千田武志(2010年)第56巻第2号,
163頁
抄録明治期の医師―近藤常次郎による看護管理体制の示唆―(抄)上坂良子(2010年)第56巻第2号,
164頁
抄録日本赤十字社における支部選出看護婦―京都支部選出看護婦 高木ハルの事例をもとに―(抄)川原由佳里,鷹野朋美,山崎裕二,殿城友紀,高橋朋子,川嶋みどり(2010年)第56巻第2号,
165頁
抄録明治24年濃尾地震における東京慈恵医院の救護・看護活動(抄)平尾真智子,芳賀佐和子,蝦名總子(2010年)第56巻第2号,
166頁
抄録日本陸軍における看護卒と磨工卒の関係(抄)鈴木紀子(2010年)第56巻第2号,
167頁
抄録満蒙開拓青少年義勇軍訓練生に対する医療と看護(抄)額賀せつ子(2010年)第56巻第2号,
168頁
抄録プランゲ文庫所蔵新聞記事にみられるGHQ看護課長オルトの記者会見の分析(抄)大石杉乃(2010年)第56巻第2号,
169頁
抄録戦後沖縄の保健・医療行政―その4 保健所の活動―(抄)杉山章子(2010年)第56巻第2号,
170頁
抄録韓国ジャーナルに載せられた補完代替医学関連研究の動向分析(抄)李太亨,金南一(2010年)第56巻第2号,
171頁
抄録近年の政治及び経済政策が我が国の医療に与えた影響(抄)藤岡彰,藤岡和美(2010年)第56巻第2号,
172頁
抄録心臓移植は医療として正しいか(抄)藤倉一郎(2010年)第56巻第2号,
173頁
抄録医学研究における被験者保護の流れ(抄)関根透,島田道子(2010年)第56巻第2号,
174頁
抄録"超過死亡にみる戦前期日本(旧植民地を含む)における“スペインかぜ""世界流行の影響(抄)"逢見憲一,丸井英二(2010年)第56巻第2号,
175頁
抄録日本の結核史における第二次世界大戦とBCG研究について(抄)渡部幹夫(2010年)第56巻第2号,
176頁
抄録戦後占領期における性感染症―GHQ/SCAP文書にみる梅毒の流行―(抄)田中誠二,杉田聡,安藤敬子,丸井英二(2010年)第56巻第2号,
177頁
抄録江戸時代の医学書にみる結核観の変遷(抄)鈴木則子(2010年)第56巻第2号,
178頁
抄録王室記録に見られる『東医宝鑑』関連記載の分析―正祖時代までの記録を中心として―(抄)姜棹現,車雄碩,金南一(2010年)第56巻第2号,
179頁
抄録本草効能用語に関する研究(抄)金恩瑕,呉龍澤,李丙旭(2010年)第56巻第2号,
180頁
抄録『東医宝鑑』湯液篇の本草分類に対する研究(抄)呉在根,金容辰(2010年)第56巻第2号,
181頁
抄録『郷薬集成方』から『東医宝鑑』にみられる朝鮮半島医学の変遷―本草を中心として―(抄)朴智世(2010年)第56巻第2号,
182頁
抄録『大同類聚方(寮本・延喜本)』に見える古代朝鮮の国名と関係のある薬方(抄)後藤志朗(2010年)第56巻第2号,
183頁
抄録「燕行使」「通信使」と明末清初における東アジア医学知識の連動(抄)陳明(2010年)第56巻第2号,
184頁
抄録近代中国における西洋解剖学の初期的伝播について(抄)松本秀士,坂井建雄(2010年)第56巻第2号,
185頁
抄録宋大仁が三木栄にあてた1通の手紙で得た励まし(抄)郭秀梅(2010年)第56巻第2号,
186頁
抄録『脾胃論』に記載された述語の分類に関する研究(抄)李丙旭,金明姫,金恩瑕(2010年)第56巻第2号,
187頁
抄録李東垣の陰火論に対する研究(抄)方正均(2010年)第56巻第2号,
188頁
抄録王清任の補気観―李東垣との比較から―(抄)越智秀一(2010年)第56巻第2号,
189頁
抄録江戸時代の考証学と折衷派に対する考察(抄)殷晳●(2010年)第56巻第2号,
190頁
抄録ベトナム近現代史における「伝統医学」(抄)小田なら(2010年)第56巻第2号,
191頁
抄録釈迦時代における出家僧の健康管理について(抄)杉田暉道(2010年)第56巻第2号,
192頁
抄録治癒神としてのカナヤマサマ―八丈島での事例から―(抄)土屋久(2010年)第56巻第2号,
193頁
抄録中山城山の『黄庭内景経略註』について(抄)坂出祥伸(2010年)第56巻第2号,
194頁
抄録常陸の郷医・山田甫庵の事蹟―《百腹図説》の成立と伝播に関する考察―(抄)長野仁(2010年)第56巻第2号,
195頁
抄録清代医案における外感病と内傷病の舌象特徴の研究(抄)梁嶸,王盛花,李燕,王召平,侯楊方,官君達,李方玲(2010年)第56巻第2号,
196頁
抄録日本における舌診思想の一考察(その1)(抄)西巻明彦(2010年)第56巻第2号,
197頁
抄録20世紀初期韓医学の診療録に見る傷寒診療例の考察(抄)車雄碩(2010年)第56巻第2号,
198頁
抄録江戸期在村医の製売薬―岡山県邑久郡中島家の関連文書の分析から―(抄)梶谷真司(2010年)第56巻第2号,
199頁
抄録安藤昌益学派の『真斎漫筆』にみる乱神病(抄)岡田靖雄(2010年)第56巻第2号,
200頁
抄録奄美諸島の私宅監置と医介輔問題(抄)金川英雄,堀みゆき(2010年)第56巻第2号,
201頁
抄録小林靖彦の資料研究―ミクロの視点から見た日本の精神医療の歴史―(抄)小林ひとみ(2010年)第56巻第2号,
202頁
抄録日本の近代外科黎明期における胃癌手術(抄)佐藤裕(2010年)第56巻第2号,
203頁
抄録県立福岡病院外科部における3年間(明治23年~25年)の手術について(抄)小林晶(2010年)第56巻第2号,
204頁
抄録"“養育院""成立における第5代東京府知事・大久保一翁の役割(抄)"稲松孝思(2010年)第56巻第2号,
205頁
抄録近代日本の「防疫の制度化」においてコレラ流行は「決定実験」となりえたか?(抄)大山卓昭(2010年)第56巻第2号,
206頁
抄録中島友玄の閑谷并医学館入学諸事留―明治初年の医家継承事情―(抄)中島洋一(2010年)第56巻第2号,
207頁
抄録浅田宗伯門人,藤田謙造の学統(抄)渡部浩二,小曽戸洋,花輪壽彦(2010年)第56巻第2号,
208頁
抄録「医業」とは別のいとなみで―橋田邦彦の「医行」論―(抄)勝井恵子(2010年)第56巻第2号,
209頁
抄録ハンセン病医学者・菅井竹吉の履歴,特に東京市養育院時代の事績について(抄)平井雄一郎(2010年)第56巻第2号,
210頁
抄録中国伝統医学と道教(第30回 「医道」と「医家」)(抄)吉本昭治(2010年)第56巻第2号,
211頁
抄録茶と『神農本草経』について(抄)岩間眞知子(2010年)第56巻第2号,
212頁
抄録五味説新考(抄)猪飼祥夫(2010年)第56巻第2号,
213頁
抄録傷寒論における「堅」と「鞭」と「卯」(抄)松岡尚則,栗林秀樹,別府正志,山口秀俊,中田英之,岩井●泉,牧甬和宏(2010年)第56巻第2号,
214頁
抄録毒―中日の医家で解釈が異なる病因術語(抄)朱建平(2010年)第56巻第2号,
215頁
抄録●廷賢方の清代医学文献における引用―日中医学の相違―(抄)星野卓之,天野陽介,小曽戸洋,花輪壽彦(2010年)第56巻第2号,
216頁
抄録耳聾について(抄)吉岡広記(2010年)第56巻第2号,
217頁
抄録肝臓にたいする認識の変遷―江戸から明治期にかけて―(抄)大道寺慶子(2010年)第56巻第2号,
218頁
抄録綴合する4組の敦煌医薬巻子断簡について(抄)沈●農(2010年)第56巻第2号,
219頁
抄録「千金方」の名称をめぐって(抄)矢数芳英,小曽戸洋(2010年)第56巻第2号,
220頁
抄録『難経集注』について(抄)宮川浩也,天野陽介,小曽戸洋,花輪壽彦(2010年)第56巻第2号,
221頁
抄録柳宗元疾病攷(抄)小髙修司(2010年)第56巻第2号,
222頁
抄録損至について(抄)中川俊之(2010年)第56巻第2号,
223頁
抄録『女科證治準縄』における鍼灸条文の典拠について(抄)田中利江子(2010年)第56巻第2号,
224頁
抄録『外科理例』の鍼灸(抄)上田善信(2010年)第56巻第2号,
225頁
抄録『素問』『霊枢』における三焦概念の変遷(抄)林孝信(2010年)第56巻第2号,
226頁
抄録『僧深方』―『医心方』『外台秘要方』からの輯佚(抄)多田伊織(2010年)第56巻第2号,
227頁
抄録『医心方』に記載されている九虫に関する考究(抄)牧純(2010年)第56巻第2号,
228頁
抄録『殿暦』の鍼灸(抄)寺川華奈(2010年)第56巻第2号,
229頁
抄録『文正草子』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2010年)第56巻第2号,
230頁
抄録『鍼灸要法』について(抄)宮川隆弘(2010年)第56巻第2号,
231頁
抄録『一原三岐』について(抄)鶴田泰平(2010年)第56巻第2号,
232頁
抄録『鍼灸施治姓名禄』について―幕末の岡山県邑久郡周辺における鍼灸記録―(抄)松村紀明,中島洋一(2010年)第56巻第2号,
233頁
抄録京都府立盲学校資料室所蔵の『杉山真伝流』関連写本類について(抄)大浦宏勝,市川友理(2010年)第56巻第2号,
234頁
抄録『家伝預薬集』の研究(抄)鈴木達彦,砥上京子,森田まゆ(2010年)第56巻第2号,
235頁
抄録青山道醇の『鍼灸備要』について(抄)木場由衣登(2010年)第56巻第2号,
236頁
抄録木内政章(原南陽・小野蘭山門人)の事蹟と学績(抄)町泉寿郎(2010年)第56巻第2号,
237頁
抄録田中彌性園収蔵小野蘭山書簡およびその学統について(抄)田中祐尾(2010年)第56巻第2号,
238頁
抄録『体雅』諸本10種の関係について(抄)浦山きか(2010年)第56巻第2号,
239頁
抄録国立国会図書館所蔵『体雅』について(抄)竹内尚(2010年)第56巻第2号,
240頁
抄録東博所蔵の江戸医学館旧蔵書に関する検討(抄)天野陽介,小曽戸洋,町泉寿郎,星野卓之(2010年)第56巻第2号,
241頁
抄録江戸医学館蔵書集散の顛末(抄)小曽戸洋,天野陽介,町泉寿郎,星野卓之(2010年)第56巻第2号,
242頁
抄録解剖学の脱動物化―ガレノス解剖学の伝承と解剖学の変化―(抄)澤井直(2010年)第56巻第2号,
243頁
抄録クイーン・スクエア・ホスピタルの創設と発展(抄)柳澤波香(2010年)第56巻第2号,
244頁
抄録『百科全書医学篇』(明治7年文部省刊)とChambersの原本(1857年)について(抄)樋口輝雄(2010年)第56巻第2号,
245頁
抄録眼科顕微鏡開発史―カールツアイス社の開発経過について―(抄)園田真也(2010年)第56巻第2号,
246頁
抄録緒方洪庵と種痘―その人脈を探る―(抄)古西義麿(2010年)第56巻第2号,
247頁
抄録郡上藩醫學校と種痘・施療事業(抄)森永正文(2010年)第56巻第2号,
248頁
抄録ポンペ・ファン・メールデルフォールトの日本における西洋医学教育についての報告(抄)相川忠臣,ハルメン・ボイケルス,酒井シヅ,山之内夘一(2010年)第56巻第2号,
249頁
抄録ポンペ・ファン・メールデルフォールトと牛痘種痘(第1報)(抄)松木明知(2010年)第56巻第2号,
250頁
抄録司馬凌海―日本人執刀最初の病理解剖(抄)髙橋昭(2010年)第56巻第2号,
251頁
抄録森林太郎(森 ●外)と解剖学講義について(抄)島田和幸(2010年)第56巻第2号,
252頁
抄録本木良意訳『阿蘭陀経路筋脈臓腑図解』をめぐる考察(抄)成瀬勝俊,片山昇,片山誠二郎(2010年)第56巻第2号,
253頁
抄録金澤大学所蔵キンストレーキの解組と新たに確認されたオランダ語・日本語ラベル(抄)月澤美代子(2010年)第56巻第2号,
254頁
抄録医術開業後期試験問題と済生学舎の臨床技能教育(抄)志村俊郎,唐澤信安,殿﨑正明,寺本明(2010年)第56巻第2号,
255頁
抄録磯部檢三と加藤時次郎について(抄)唐澤信安,志村俊郎,殿﨑正明(2010年)第56巻第2号,
256頁
抄録塩田広重学長と「磯部検三日記」(抄)殿﨑正明,唐澤信安,志村俊郎(2010年)第56巻第2号,
257頁
抄録医学校数推移の基礎資料としての文部省年報の統計について(抄)坂井建雄(2010年)第56巻第2号,
258頁
抄録宋代の漢籍に見える『内経』経文(抄)橋本典子(2010年)第56巻第2号,
259頁
抄録『鍼法秘粹』について(抄)岩田源太郎(2010年)第56巻第2号,
260頁
抄録饗庭東庵『首書十四経』の鼇頭について(抄)山﨑陽子(2010年)第56巻第2号,
261頁
抄録近年の北海道に於ける明治女医史研究と新知見(抄)宮下舜一(2010年)第56巻第2号,
262頁
記事医史学関係文献目録(平成20年,2008年)順天堂大学医史学研究室編(2010年)第56巻第2号,
269頁
原著Historical Development of Modern Anatomy Education in JapanTatsuo SAKAI(2010年)第56巻第1号,
3-23頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授松岡道治の事績,業績―第4報 医師および市民への講演活動―廣谷速人(2010年)第56巻第1号,
25-38頁
原著昭和初期解剖学用語の改良と国語運動 澤井直,坂井建雄(2010年)第56巻第1号,
39-52頁
原著イスラム医学における「非自然要素」矢口直英(2010年)第56巻第1号,
53-66頁
研究ノート近代ギリシャにおける『ヒポクラテス全集』の継承 菅野幸子,本田克也(2010年)第56巻第1号,
67-76頁
ひろば医史学の伝統復活薩摩琵琶酒井シヅ,岡田靖雄(2010年)第56巻第1号,
77-78頁
資料池田文書の研究(37)池田文書研究会(2010年)第56巻第1号,
79-88頁
追悼大塚恭男先生を悼んで 医史学と先生 酒井シヅ(2010年)第56巻第1号,
89頁
追悼矢部一郎先生を偲んで 蔵方宏昌(2010年)第56巻第1号,
91-92頁
記事例会記録(2010年)第56巻第1号,
93頁
例会抄録戦前の日本赤十字社看護人の救護活動(抄)山崎裕二(2010年)第56巻第1号,
93-94頁
例会抄録日本のワクチン受容史―ジェンナー博物館にて予防接種法を考える―(抄)渡部幹夫(2010年)第56巻第1号,
95-96頁
例会抄録日本在来馬と西洋馬 ―日欧獣医学交流史と関連して―(抄)小佐々学(2010年)第56巻第1号,
96-97頁
書籍紹介中田雅博著『緒方洪庵―幕末の医と教え―』芝哲夫(2010年)第56巻第1号,
98頁
書籍紹介石井拓男・渋谷鉱・西巻明彦著『スタンダード歯科医学史』関根透(2010年)第56巻第1号,
99-100頁
書籍紹介石井拓男・渋谷鉱・西巻明彦著『スタンダード歯科医学史』宮武光吉(2010年)第56巻第1号,
100-101頁
書籍紹介Gabor Lukacs: KAITAI SHINSHO The single most famous Japanese book on medicine & GEKA SODEN An early very important manuscript on surgeryヴォルフガング・ミヒェル(2010年)第56巻第1号,
101-102頁
書籍紹介防衛ホーム新聞社編纂『彰古館―知られざる軍陣医学の軌跡―』谷中誠(2010年)第56巻第1号,
103-104頁
資料長沢道寿『藪医問答』の解題と翻刻 アレッサンドロ・ビアンキ,町泉寿郎(2010年)第56巻第1号,
136-106頁
原著高杉晋作の主治医、石田精一について―変革期草医の「雅」と「侠」―亀田一邦(2009年)第55巻第4号,
411-425頁
原著東京市養育院「回春病室」設置時期の再検討─「1899年」説は正しいか?─平井雄一郎(2009年)第55巻第4号,
427-443頁
原著光田健輔と「回春病室」という記憶―設置時期はなぜ明言されえなかったのか?―平井雄一郎(2009年)第55巻第4号,
445-461頁
原著『全体新論』に掲載される解剖図の出典について松本秀士、坂井建雄(2009年)第55巻第4号,
463-497頁
原著近世後期における「伝染病」学説―「市川橋本伯寿著断毒論一件」の分析を通じて―香西豊子(2009年)第55巻第4号,
499-508頁
原著明治初期の衛生政策構想―『内務省衛生局雑誌』を中心に―竹原万雄(2009年)第55巻第4号,
509-520頁
研究ノート台湾における近代医学に影響を与えた日本人―産婦人科の場合―王敏東(2009年)第55巻第4号,
521-528頁
追悼追悼 小石秀夫先生酒井シヅ(2009年)第55巻第4号,
529頁
追悼中西淳朗先生を悼む荒井保男(2009年)第55巻第4号,
531-532頁
記事例会記録(平成21年9月~11月)(2009年)第55巻第4号,
533頁
例会抄録在ドイツ森林太郎あて書簡にみる帝国大学医科大学事情(抄)岡田靖雄(2009年)第55巻第4号,
533-535頁
例会抄録仏教思想と穢れとの関係(抄)杉田暉道(2009年)第55巻第4号,
535-536頁
例会抄録森●外と原田直次郎(抄)荒井保男(2009年)第55巻第4号,
536-537頁
原著『善那余話』からみた東京国立博物館ジェンナー像建立の経緯深瀬泰旦(2009年)第55巻第3号,
291-301頁
原著王念孫『素問新語易林合韻譜』と銭超塵『素問合韻譜』林克(2009年)第55巻第3号,
303-316頁
原著明治初頭日本における医療技術の移入・受容過程―外科器具「イクラセウル」と「燃灼電気器」を中心に―月澤美代子(2009年)第55巻第3号,
317-328頁
原著和田正長の残した『杉山真伝流』全巻の検証大浦宏勝、市川友里(2009年)第55巻第3号,
329-345頁
原著共慣義塾の研究―東京検梅史の補遺として―中西淳朗、樋口輝雄(2009年)第55巻第3号,
347-364頁
ひろば仏教における内科疾患杉田暉道(2009年)第55巻第3号,
365-367頁
ひろば仏教における外科疾患杉田暉道(2009年)第55巻第3号,
369-370頁
ひろば石龍子と相学提要中山茂春(2009年)第55巻第3号,
371-376頁
資料池田文書の研究(36)武家華族の書簡(その1)池田文書研究会(2009年)第55巻第3号,
377-386頁
記事例会記録(平成21年3月~5月)(2009年)第55巻第3号,
387頁
例会抄録ナイチンゲール伝染病論の社会性(抄)友松憲彦(2009年)第55巻第3号,
387-388頁
例会抄録慢性胃炎の歴史―我われは何故ピロリ菌を発見できなかったのか―(抄)多賀須幸男(2009年)第55巻第3号,
389-390頁
紹介武田科学振興財団杏雨書屋編『杏雨書屋所蔵 医家肖像集』通覧抄田中祐尾(2009年)第55巻第3号,
390-391頁
紹介カール・ヴィーニンゲル著植木絢子訳『知られざる科学者ペッテンコーフェル―環境医学の創始者―』青木國雄(2009年)第55巻第3号,
392-395頁
紹介杉田米行編『日米の医療―制度と倫理―』渡部幹夫(2009年)第55巻第3号,
395-396頁
紹介篠田達明著『戦国武将の死生観』杉浦守邦(2009年)第55巻第3号,
397頁
紹介吉元昭治著『日本全国神話・伝説の旅』高山真一郎(2009年)第55巻第3号,
398頁
紹介安室芳樹著『切手で綴る医学の歴史』山之内夘一(2009年)第55巻第3号,
399-400頁
紹介兵頭晶子著『精神病の日本近代―憑く心身から病む心身へ―』昼田源四郎(2009年)第55巻第3号,
400-401頁
紹介渕上恭子著『バイオ・コリアと女性の体―ヒトクローンES細胞研究『卵子提供」の内幕―』杉山章子(2009年)第55巻第3号,
402-403頁
抄録幕末から明治期佐賀の指導医たち―お雇い学国人医師を含めて―(抄)前山隆太郎(2009年)第55巻第2号,
133-134頁
抄録佐賀藩医 相良知安とドイツ医学(抄)相良隆弘(2009年)第55巻第2号,
135-138頁
抄録落語のなかの幕末医療人(抄)三遊亭竜楽(2009年)第55巻第2号,
139頁
抄録先見の人 佐野常民(抄)福岡博(2009年)第55巻第2号,
140-141頁
抄録全国へ広がった佐賀の種痘(抄)青木歳幸(2009年)第55巻第2号,
142頁
抄録江戸時代、温泉水の化学分析の進展について(抄)大沢眞澄(2009年)第55巻第2号,
143頁
抄録上方蘭学者 吉雄元吉の「遠西奇水抜萃」について(抄)ミヒェル ヴォルフガング(2009年)第55巻第2号,
144頁
抄録帆足萬里の顕彰記念会について(抄)寺畑喜朔(2009年)第55巻第2号,
145頁
抄録佐倉藩の種痘の事跡(抄)酒井シヅ(2009年)第55巻第2号,
146頁
抄録種痘医 松本文斎について(抄)小西義麿(2009年)第55巻第2号,
147頁
抄録中島友玄の「種痘諸事留」―岡山県邑久郡における江戸後期~明治初期の種痘の変遷―(抄)中島洋一、木下浩(2009年)第55巻第2号,
148頁
抄録文政7年(1824)佐賀における麻酔手術─華岡門人 井上友庵の事例─(抄)青木歳幸(2009年)第55巻第2号,
149頁
抄録江戸時代の体重管理と養生(抄)鈴木則子(2009年)第55巻第2号,
150頁
抄録渋江家所蔵の史料と●外の「渋江抽斎」(抄)松木明知(2009年)第55巻第2号,
151頁
抄録「千住の●外碑」建立される(抄)木村繁(2009年)第55巻第2号,
152頁
抄録宮入慶之助―日本住血吸虫中間宿主の発見(抄)宮入源太郎(2009年)第55巻第2号,
153頁
抄録済生学舎講師 石川清忠と女子医学生の教育(抄)志村俊郎、唐澤信安、殿﨑正明、岩﨑一、寺本明(2009年)第55巻第2号,
154頁
抄録藩閥政治の日本医学校に与えた影響―日本医学校創立者 山根正次校長と苦難の学校経営―(抄)岩﨑一、唐澤信安、殿﨑正明、志村俊郎(2009年)第55巻第2号,
155頁
抄録藩閥政治から見た済生学舎廃校の真の原因:山県有朋、池田謙斎、入沢達吉との関係(抄)殿﨑正明、唐澤信安、岩﨑一、志村俊郎(2009年)第55巻第2号,
156頁
抄録岩手県金ヶ崎町(城内諏訪小路重要伝統的建造物群保存地区)より輩出せる明治女医2名(抄)福嶋正和(2009年)第55巻第2号,
157頁
抄録「陸軍軍医学校防疫研究報告」Ⅱ部(その三)―鼠と蚤とペスト菌の関連論文の分析―(抄)莇昭三(2009年)第55巻第2号,
158頁
抄録戦後占領期における感染症報告の方法(抄)田中誠二、杉田聡、安藤敬子、丸井英二(2009年)第55巻第2号,
159頁
抄録戦後沖縄の保健・医療行政―その3 琉球政府の成立過程―(抄)杉山章子(2009年)第55巻第2号,
160頁
抄録豆腐小僧と天然痘について(抄)竹原直道(2009年)第55巻第2号,
161頁
抄録若狭小浜の霊場小澤寺における滝治療(抄)對馬秀子(2009年)第55巻第2号,
162頁
抄録わが国における精神科ソーシャルワーカーの黎明(その2)(抄)橋本明(2009年)第55巻第2号,
163頁
抄録肥前療養所の伊藤正雄―精神科病院全面開放の先駆者―(抄)岡田靖雄(2009年)第55巻第2号,
164頁
抄録『ドン・キホーテ』にみる保護の三つの型について(抄)小曽戸明子(2009年)第55巻第2号,
165頁
抄録「日本におけるコレラ流行報告」について―明治初期の米国人によるコレラ報告―(抄)松村紀明(2009年)第55巻第2号,
166頁
抄録[高血圧が脳卒中の最大危険因子]の認識(抄)西村謙一(2009年)第55巻第2号,
167頁
抄録わが国における第二次大戦前のインフルエンザ超過死亡―スペインかぜ以前と以後―(抄)逢見憲一(2009年)第55巻第2号,
168頁
抄録1960年代の日本における人工水晶体の開発経過について(抄)園田真也(2009年)第55巻第2号,
169頁
抄録明治16年(1883)に東京府が行った整骨師、入歯師等の調査について(抄)樋口輝雄(2009年)第55巻第2号,
170頁
抄録解剖学書における解剖図の類型と歴史的変遷(抄)坂井建雄(2009年)第55巻第2号,
171頁
抄録明治初頭日本における医療情報の伝達・普及・定着―皮下注射法を中心に―(抄)月澤美代子(2009年)第55巻第2号,
172頁
抄録筋弛緩薬の変遷―発見から臨床応用までの140年を追って―(抄)高田敦子(2009年)第55巻第2号,
173頁
抄録岩国市芦山家に伝わる婦人臓図についてⅡ(抄)片岡勝子(2009年)第55巻第2号,
174頁
抄録顕微解剖学の歴史、三浦梅園が愛用した木製顕微鏡(抄)島田達生(2009年)第55巻第2号,
175頁
抄録シルヴィウスによるヴェサリウス批判についての検討(抄)澤井直(2009年)第55巻第2号,
176頁
抄録近代整形外科学の先駆者、レオポルド・オリエ(1830ー1900)の業績と生涯(抄)小林晶(2009年)第55巻第2号,
177頁
抄録『劉涓子鬼遣方』の鍼灸について(抄)宮川隆弘(2009年)第55巻第2号,
178頁
抄録『医学天正記』異本類の比較研究(抄)天野陽介、小曽戸洋(2009年)第55巻第2号,
179頁
抄録『医道日用綱目』の版種について(抄)野澤隆幸、天野陽介、小曽戸洋(2009年)第55巻第2号,
180頁
抄録戦前の雑誌『医道』について(抄)渡辺浩二、小曽戸洋、星野卓之、天野陽介、花輪壽彦(2009年)第55巻第2号,
181頁
抄録「緒方春朔文書」の考察(抄)西巻明彦(2009年)第55巻第2号,
182頁
抄録江戸考証医家の蔵書目録について(抄)木場由衣登(2009年)第55巻第2号,
183頁
抄録『杉山流三部書』の成立経過について(抄)大浦宏勝、市川友理(2009年)第55巻第2号,
184頁
抄録『熙載録』の鍼法(抄)鶴田泰平(2009年)第55巻第2号,
185頁
抄録山田図南と千金方―千金方から傷寒論序文を考える―(抄)松岡尚則、山下幸一、栗林秀樹、牧角和宏、岡田研吉、山口秀敏、別府正志(2009年)第55巻第2号,
186頁
抄録『傷寒論』における煎液の量と服用量に関する問題(抄)石●、鈴木達彦、遠藤次郎(2009年)第55巻第2号,
187頁
抄録馬王堆出土『五十二病方』にみられる薬の作り方の意義(抄)遠藤次郎、鈴木達彦(2009年)第55巻第2号,
188頁
抄録古代日本の出産における白色(抄)内野花(2009年)第55巻第2号,
189頁
抄録歯科外科医シュバリエ・ラスピーニのビジネス(抄)水谷惟紗久(2009年)第55巻第2号,
190頁
抄録N.S. コロトコフの系譜(抄)藤倉一郎(2009年)第55巻第2号,
191頁
抄録ロンドン外科学史瞥見―ジョン・ハンターと王立外科医協会―(抄)佐藤裕(2009年)第55巻第2号,
192頁
抄録ロイヤル・ロンドン病院の創設と発展(抄)柳澤波香(2009年)第55巻第2号,
193頁
抄録医科器械に対する橋田邦彦の見解(抄)勝井恵子(2009年)第55巻第2号,
194頁
抄録オランダ大使ヴァン・グーリック博士と解馬新書(抄)松尾信一(2009年)第55巻第2号,
195頁
抄録石龍子と相学提要―筑後久留米藩で最初に解剖をした医師 酒井義篤が病相を担当執筆―(抄)中山茂春(2009年)第55巻第2号,
196頁
抄録佐賀出身江戸初期の医傑・向井元升(1609ー1677)・貝原益軒の主治医・去来の父(抄)木村專太郎(2009年)第55巻第2号,
197頁
抄録"陸軍衛生隊編制に向けた""担架卒""の成立過程(抄)"鈴木紀子(2009年)第55巻第2号,
198頁
抄録北清事変期の医療と看護―広島陸軍予備病院を例として―(抄)千田武志、坂村八恵、岡本裕子、隅田寛(2009年)第55巻第2号,
199頁
抄録北清事変期の広島陸軍予備病院における外国人傷病者の医療と看護(抄)隅田寛、岡本裕子、坂村八恵、千田武志(2009年)第55巻第2号,
200頁
抄録山本良吉著『看護婦の心得』にみる看護倫理観と明治後期の看護界の状況(抄)上坂良子、水田真由美(2009年)第55巻第2号,
201頁
抄録プランゲ文庫史料による占領下日本における医療・看護の社会的活動の分析(1)(抄)大石杉乃(2009年)第55巻第2号,
202頁
抄録『大正新脩大蔵経』の仏教教典にみる「看護」の文字の使用―中華電子仏典協会の電子テキストから―(抄)平尾真智子(2009年)第55巻第2号,
203頁
抄録高木兼寛の健康教育観に関する研究(第4報)―臨時教育会議での女子教育改善に関する発言内容から―(抄)芳賀佐和子、平尾真智子、蝦名總子(2009年)第55巻第2号,
204頁
抄録ペリー来航後に平野重誠が著した救急書『軍陣備要救急摘方』(1853)(抄)中村節子、平尾真智子(2009年)第55巻第2号,
205頁
抄録ポンペの眼科とボードウインの眼科(抄)山之内夘一(2009年)第55巻第2号,
206頁
抄録中国伝統医学と道教(第29回 甲骨文)(抄)吉元昭治(2009年)第55巻第2号,
207頁
抄録岡西為人『宋以前医籍考』の校訂出版にあたって(抄)郭秀梅(2009年)第55巻第2号,
208頁
抄録通行本『崔氏脈訣』と原書『玄白子西原正派脈訣』との異同について(抄)吉岡広記(2009年)第55巻第2号,
209頁
抄録『啓迪集』の書誌研究(抄)小曽戸洋、町泉寿郎、天野陽介(2009年)第55巻第2号,
210頁
抄録『小右記』の鍼灸(抄)寺川華奈(2009年)第55巻第2号,
211頁
抄録『素問玄機原病式』素問玄機原病式例の研究(抄)中川俊之(2009年)第55巻第2号,
212頁
抄録薛己の用いた隔物灸(抄)上田善信(2009年)第55巻第2号,
213頁
抄録天理図書館所蔵の明刊本『素問糾略』について(抄)長野仁(2009年)第55巻第2号,
214頁
抄録韓国国立中央図書館の古医籍(抄)真柳誠(2009年)第55巻第2号,
215頁
抄録米国カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校医学部図書館所蔵の日本古医書の概要(抄)梶谷真司(2009年)第55巻第2号,
216頁
抄録Yale 大学 Cushing 図書館 Fry Collection の漢方刷り物について(抄)渡部幹夫(2009年)第55巻第2号,
217頁
抄録北米国立医学図書館に所蔵する日本古医書(善本類を中心に)(抄)町泉寿郎(2009年)第55巻第2号,
218頁
抄録『沙石集』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2009年)第55巻第2号,
219頁
抄録江戸中期の鍼灸における腹部診察と施術について(抄)山﨑陽子(2009年)第55巻第2号,
220頁
抄録北宋以前の漢籍に見える『内径』経文(抄)橋本典子(2009年)第55巻第2号,
221頁
記事医史学関係文献目録 平成19年(2007)年(2009年)第55巻第2号,
227-283頁
原著"Cookery, Diet and District Nursing in Late Nineteenth-Century London""AKIYAMA, Yuriko"(2009年)第55巻第1号,
003-13頁
原著風土病マラリアはいかに撲滅されたか―第二次大戦後の滋賀県彦根市―田中誠二、杉田聡、安藤敬子、丸井英二(2009年)第55巻第1号,
015-30頁
原著近世大坂における回生術と産科学内野花(2009年)第55巻第1号,
031-42頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授松岡道治の事蹟、業績―第3報 著書について―廣谷速人(2009年)第55巻第1号,
043-55頁
原著「関格」名義変遷攷小髙修司(2009年)第55巻第1号,
057-75頁
原著仏教文献に見られる呪術的療法の伝統について―概説―山中行雄、山下勤(2009年)第55巻第1号,
077-96頁
シンポジウム"""統計論争""をとおしてみた森林太郎―シンポジウムへの導入をかねて―"岡田靖雄(2009年)第55巻第1号,
097-100頁
シンポジウム森林太郎の医学大業績―臨時脚気病調査会の創設とその成果―山下政三(2009年)第55巻第1号,
101-103頁
シンポジウム森●外と「北游日乗」、「北遊記」―函館、青森を中心として―松木明知(2009年)第55巻第1号,
104-107頁
シンポジウム森●外と医学留学生たちの交流山崎光夫(2009年)第55巻第1号,
108-110頁
記事2008日中張仲景学説交流会シンポジウム松岡尚則、別府正志、頼建守、山口秀敏(2009年)第55巻第1号,
111-112頁
例会抄録医療倫理教育と『信頼される歯科医師Ⅱ』(抄)関根透(2009年)第55巻第1号,
113-114頁
例会抄録"馬醫の祖""伯楽""と""伯楽鍼経""の展開(抄)"亀谷勉(2009年)第55巻第1号,
114-115頁
例会抄録マリー・キュリー夫人と放射能研究に殉じた最初の日本人研究者・山田延男―日仏修好150周年に因んで―(抄)山田光男(2009年)第55巻第1号,
115-116頁
紹介新村拓著『日本医療史』瀧澤利行(2009年)第55巻第1号,
117-118頁
紹介片桐一男著『それでも江戸は鎖国だったのか―オランダ宿日本橋長崎屋―』中西淳朗(2009年)第55巻第1号,
118-119頁
原著小石元俊の水軍術伝授とその周辺亀田一邦(2008年)第54巻第4号,
325-337頁
原著中川五郎次の弟子と彼らによる北日本における種痘の実施松木明知(2008年)第54巻第4号,
339-358頁
原著魯迅が仙台で受けた解剖学史の講義について坂井建雄(2008年)第54巻第4号,
359-372頁
原著明治初期における医療の一分野としての看護―医師太田雄寧訳纂『看護心得』の原著解明と比較検討―樋野恵子(2008年)第54巻第4号,
373-386頁
資料中島宗仙の「筑紫行雑記」について―文政二年一医師の長崎遊学日記―中島洋一、松村紀明(2008年)第54巻第4号,
387-391頁
資料仙台の医学校において1900年と1901年に講義された解剖学史坂井建雄(2008年)第54巻第4号,
393-398頁
資料池田文書の研究(35)公家華族の書簡(その2)池田文書研究会(2008年)第54巻第4号,
399-408頁
記事"オレゴン大学におけるワークショップ""曲直瀬道三―古医書の漢文を読む""の開催"町泉寿郎(2008年)第54巻第4号,
409-411頁
記事例会記録(平成20年9月~11月)(2008年)第54巻第4号,
411頁
抄録医師の装束(抄)天野陽介、町泉寿郎、小曽戸洋(2008年)第54巻第4号,
411-412頁
記事ジェイムス・ライリー著、門司和彦・金田英子・松山章子、駒澤大佐訳『健康転換と寿命延長の世界誌』渡部幹夫(2008年)第54巻第4号,
412-413頁
紹介岡田研吉、牧角和宏、小髙修司著『宋以前傷寒論考』松岡尚則(2008年)第54巻第4号,
414頁
紹介川越修・友部謙一編著『生命というリスク』杉山章子(2008年)第54巻第4号,
414-416頁
記事日本医史学雑誌第54巻 総目次(2008年)第54巻第4号,
420-424頁
記事日本医史学会会報44号(2008年)第54巻第4号,
426-450頁
原著八甲田雪中行軍遭難事件の医学的研究─「歩兵第五聯隊雪中遭難ニ関スル衛生調査報告」に見られる凍死者と生存者─松木明知(2008年)第54巻第3号,
215-230頁
原著『千金方』─遣唐使将来本の書写について松岡尚則、山下幸一、栗林秀樹、牧角和宏、山口秀敏(2008年)第54巻第3号,
231-238頁
原著生体実験を拒否した生理学者 横山正松末永恵子 (2008年)第54巻第3号,
239-248頁
研究ノート中世の医学者アルナウ・ダ・ビラノバ泉彪之助(2008年)第54巻第3号,
249-258頁
ひろば続・医史学における複言語主義のすすめ泉彪之助(2008年)第54巻第3号,
259-263頁
ひろば医書における「鬼(神)」について―諸子との比較を含めて―小髙修司(2008年)第54巻第3号,
265-274頁
ひろば台湾の医学に影響を与えた日本人―耳鼻咽喉科の場合―王敏東(2008年)第54巻第3号,
275-280頁
資料明治女医の基礎資料三﨑裕子(2008年)第54巻第3号,
281-292頁
資料池田文書の研究(34)公家華族の書簡(その1)池田文書研究会(2008年)第54巻第3号,
293-302頁
記事例会記録(平成20年4月~5月)(2008年)第54巻第3号,
303頁
例会抄録貝原益軒 未公開『用薬日記』の養生処方(抄)山崎光夫(2008年)第54巻第3号,
303-305頁
例会抄録薬事衛生の歴史的変遷と薬学教育6年制改革の開始(抄)宮本法子(2008年)第54巻第3号,
305-306頁
例会抄録テレビドラマ「ER」に見るアメリカ社会と医療の現代史(抄)渡部幹夫(2008年)第54巻第3号,
307-308頁
例会抄録新刊の医家肖像集(杏雨書屋)(抄)天野陽介、町泉寿郎、小曽戸洋(2008年)第54巻第3号,
308-309頁
例会抄録方伎雑誌の訳注研究(抄)寺澤捷年(2008年)第54巻第3号,
309-310頁
紹介新村拓著『健康の社会史―養生、衛生から健康増進へ―』日野秀逸(2008年)第54巻第3号,
311-312頁
紹介香西豊子著『流通する「人体」―献体・献血・臓器提供の歴史―』新村拓(2008年)第54巻第3号,
312-313頁
紹介トルステン・デッカート著、大森安恵・成田あゆみ訳『ハーゲドン 情熱の生涯―理想のインスリンを求めて―』藤倉一郎(2008年)第54巻第3号,
313-314頁
紹介酒井耕造著『近世会津の村と社会―地域の暮らしと医療―』竹原万雄(2008年)第54巻第3号,
314-315頁
紹介梅溪昇著『続 洪庵・適塾の研究』小田晧二(2008年)第54巻第3号,
315-317頁
抄録江戸時代、鉱物に関する諸問題―田村藍水、平賀源内、シーボルト、ビュルガー、ポンペの事績を中心に―(抄)大沢眞澄 (2008年)第54巻第2号,
097-101頁
抄録佐倉と順天堂の人びと(抄)酒井シヅ(2008年)第54巻第2号,
102-103頁
抄録笠間藩医結解庸徳による全身麻酔下の上顎腫瘍摘出術(抄)松本明知、佐藤裕(2008年)第54巻第2号,
104頁
抄録橋本宗吉(曇斎)の西洋医事集成宝鑑とエレキテルについて(抄)渡部幹夫(2008年)第54巻第2号,
105頁
抄録家伝本「紅夷外科宗傳」(1706)ほか二部についての考察(抄)田中祐尾(2008年)第54巻第2号,
106頁
抄録せん(抄)松尾信一(2008年)第54巻第2号,
107頁
抄録兵士が学んでいた包帯法に関する知識と技術-明治7年発行『三角繃帯用法』より-(抄)鈴木紀子(2008年)第54巻第2号,
108頁
抄録明治初頭日本における医療技術の受容過程─順天堂大学所蔵の外科器具を中心に─(抄)月澤美代子(2008年)第54巻第2号,
109頁
抄録松本順の医学関連資料(抄)寺畑喜朔(2008年)第54巻第2号,
110頁
抄録佐藤泰然一族とヘボン(抄)高安伸子(2008年)第54巻第2号,
111頁
抄録1私宅監置例の精神鑑定(抄)岡田靖雄(2008年)第54巻第2号,
112頁
抄録京都の岩倉において精神障害者家族的看護を可能にした社会的条件(抄)中村治(2008年)第54巻第2号,
113頁
抄録わが国における精神科ソーシャルワーカーの黎明(その1)(抄)橋本明(2008年)第54巻第2号,
114頁
抄録勝沼精蔵先生-日本神経学の開拓者(抄)高橋昭(2008年)第54巻第2号,
115頁
抄録明治初期出版の小学生用に使用された人体構造に関する教科書について(抄)島田和幸(2008年)第54巻第2号,
116頁
抄録長与専斎と二見海水浴場(抄)西井易穂(2008年)第54巻第2号,
117頁
抄録内務省衛生局長・窪田静太郎にとっての「癩予防ニ関スル件」(抄)平井雄一郎(2008年)第54巻第2号,
118頁
抄録高木兼寛の健康教育観に関する研究(第3報)-臨時教育会議での師範教育・実業教育改善に関する発言内容から-(抄)平尾真智子、芳賀佐和子、蝦名總子(2008年)第54巻第2号,
119頁
抄録「陸軍軍医学校防疫研究報告」II部─(その二)─研究に加担した医学者(嘱託)たち(抄)莇昭三(2008年)第54巻第2号,
120頁
抄録産婆規則公布以降の産婆の管理─神奈川県を事例にして─(抄)小川景子(2008年)第54巻第2号,
121頁
抄録明治期における速成看護婦養成の状況-伝染病予防法公布の前後-(抄)上坂良子、水田真由美(2008年)第54巻第2号,
122頁
抄録明治34年(1901)の医師・薬剤師調査と工藤鉄男編『日本東京医事通覧』(抄)樋口輝雄(2008年)第54巻第2号,
123頁
抄録厚生省看護課設置にみる第二次世界大戦後の看護改革の評価(抄)大石杉乃(2008年)第54巻第2号,
124頁
抄録戦後沖縄の保健・医療行政 その2-初期軍政下の保健・医療システム-(抄)杉山章子(2008年)第54巻第2号,
125頁
抄録語られない歴史─沖縄の保健婦駐在制に埋もれた助産婦の実践─(抄)東亜紀、丸井英二(2008年)第54巻第2号,
126頁
抄録彦根市のマラリア対策─小林郁と小林弘の役割─(抄)田中誠二、杉田聡、森山敬子、丸井英二(2008年)第54巻第2号,
127頁
抄録古記録の鍼灸─鎌倉時代・近衛家二代の日記より─(抄)寺川華奈(2008年)第54巻第2号,
128頁
抄録幕末の頃、利根川流域に広凡に販売されていた秘伝のめぐすり「家傳開明散」、「家傳青眼膏」(抄)青木道夫(2008年)第54巻第2号,
129頁
抄録忘れ得ぬ植物・漢方薬の学者-佐藤潤平(抄)郭秀梅(2008年)第54巻第2号,
130頁
抄録岩国市芦山家に伝わる婦人臓図について(抄)片岡勝子(2008年)第54巻第2号,
131頁
抄録雷火鍼法について(抄)上田善信(2008年)第54巻第2号,
132頁
抄録『名家灸選』所収の隔物灸(抄)鶴田泰平(2008年)第54巻第2号,
133頁
抄録江戸期の経穴学工具書について(抄)天野陽介、小林健二、石野尚吾、花輪壽彦(2008年)第54巻第2号,
134頁
抄録『洪氏集験方』の鍼灸について(抄)宮川隆弘(2008年)第54巻第2号,
135頁
抄録中国明代までの症状と脈状(抄)中川俊之(2008年)第54巻第2号,
136頁
抄録『决脈精要』の考察(抄)木場由衣登(2008年)第54巻第2号,
137頁
抄録国立公文書館内閣文庫所蔵の脈書『紫虚崔真人脈訣秘旨』について(抄)吉岡広記(2008年)第54巻第2号,
138頁
抄録アンドレアス・ヴェサリウスとフィレンツェ公コジモ・ディ・メディチ(抄)泉彪之助(2008年)第54巻第2号,
139頁
抄録ニコラ・アンドリ(1658-1742)の「オルトペディ」について(その二)(抄)小林晶(2008年)第54巻第2号,
140頁
抄録16世紀前半の解剖学用語について-脱アラビアの試み-(抄)澤井直(2008年)第54巻第2号,
141頁
抄録John Hunter 「補遺」について(抄)水谷惟紗久(2008年)第54巻第2号,
142頁
抄録"""ヒポクラテスの木""2007─コス島の""ヒポクラテスの木""の来歴と現状─(抄)"稲松孝思(2008年)第54巻第2号,
143頁
抄録アトキンソン・モーリー病院の創設と発展(抄)柳澤波香(2008年)第54巻第2号,
144頁
抄録本邦初の頭部単純レントゲン撮影を行った済生学舎教師の丸茂文良医学士(抄)志村俊郎、唐沢信安、殿﨑正明、岩﨑﨑一(2008年)第54巻第2号,
145頁
抄録田原の原著からみる知られざる業績(抄)島田達生(2008年)第54巻第2号,
146頁
抄録魯迅が受けた藤野厳九郎による解剖学史の講義について(抄)坂井建雄(2008年)第54巻第2号,
147頁
抄録済生学舎出身の旧制金沢医科大学学長須藤憲三に関する新事実(抄)殿﨑正明、岩﨑一、志村俊郎、唐沢信安(2008年)第54巻第2号,
148頁
抄録戦前の東京の精神科病院と精神科看護(抄)金川英雄、堀みゆき(2008年)第54巻第2号,
149頁
抄録フーフェランドの「医戒」から引用した校是「克己殉公」を実践した小此木信六郎(抄)岩﨑一、殿﨑正明、志村俊郎、唐沢信安(2008年)第54巻第2号,
150頁
抄録道教と中国伝統医学(第28回黄庭経)(抄)吉元昭治(2008年)第54巻第2号,
151頁
抄録『大同類聚方(寮本・延喜本)』に見える古代の医術(抄)後藤志朗(2008年)第54巻第2号,
152頁
抄録『十訓抄』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2008年)第54巻第2号,
153頁
抄録荻生徂徠の死因(抄)杉浦守邦(2008年)第54巻第2号,
154頁
抄録南宋五巻本『和剤局方』の再検討(抄)鈴木達彦(2008年)第54巻第2号,
155頁
抄録龍谷大学蔵大谷文書5467号の『本草集注』(抄)猪飼祥夫(2008年)第54巻第2号,
156頁
抄録『宗板傷寒論』の系諸版の検討(抄)真柳誠(2008年)第54巻第2号,
157頁
抄録『戴曼公唇舌図訣』の思想について(抄)西巻明彦(2008年)第54巻第2号,
158頁
抄録江島杉山神社の御神像について(抄)大浦宏勝、市川友理(2008年)第54巻第2号,
159頁
抄録医家肖像に関する考察(抄)小曽戸洋、天野陽介、町泉寿郎、花輪壽彦(2008年)第54巻第2号,
160頁
抄録本居宣長記念館所蔵『挨穴会志』について(抄)山﨑陽子(2008年)第54巻第2号,
161頁
抄録『医説』巻第二・鍼灸の典拠について(抄)田中利江子、橋本典子(2008年)第54巻第2号,
162頁
抄録江戸前期の医学辞典における収録病證の変遷(抄)永嶋泰玄、岩田源太郎、大井康敬、杉浦雄(2008年)第54巻第2号,
163頁
原著Transforming Public Health?:A Critical Review of Progress Made Against Enteric Diseases during the American-led Occupation of Japan (1945-52)Chris ALDOUS(2008年)第54巻第1号,
003-017 頁
原著近代イギリス陸軍の衛生改革―実践的ヘルス・ケア知識の導入―秋山ゆり子(2008年)第54巻第1号,
019-029頁
原著『和剤局方』の増補年代の問題鈴木達彦(2008年)第54巻第1号,
031-038頁
原著18世紀の下関医界と香月牛山門の三医について亀田一邦(2008年)第54巻第1号,
039-047頁
ひろば奨進医会―『医談』から『刀圭新報』へ岡田靖雄(2008年)第54巻第1号,
049-055頁
資料池田文書の研究(三十三)宮家家扶・家従の書簡池田文書研究会(2008年)第54巻第1号,
057-065頁
記事西洋医学教育発祥百五十年・長崎大学医学部創立百五十周年記念事業報告相川忠臣(2008年)第54巻第1号,
067-074頁
記事例会記録(平成20年1月-3月)(2008年)第54巻第1号,
074頁
例会抄録江戸時代における鍼灸医学―その思想の沿革―(抄)Vigouroux MATHIAS(2008年)第54巻第1号,
074-076頁
例会抄録明治28年に翻訳出版されたビルロートの看護書について(抄)平尾真智子(2008年)第54巻第1号,
076-077頁
例会抄録猫免疫不全ウイルス感染症(抄)石田卓夫(2008年)第54巻第1号,
077 -078頁
例会抄録歯科治療と麻酔の歴史―絵画を中心に―(抄)別部智司(2008年)第54巻第1号,
079-080頁
例会抄録魯迅が『藤野先生』に書かなかったこと(抄)坂井建雄(2008年)第54巻第1号,
080-081頁
例会抄録大隈重信と日本の精神衛生運動(抄)岡田靖雄(2008年)第54巻第1号,
082-084頁
紹介池本卯典・小方宗次編『獣医学概論』松尾信一(2008年)第54巻第1号,
085-086頁
紹介亀田一邦著『幕末防長儒医の研究』中西淳朗(2008年)第54巻第1号,
086-087頁
紹介陳明著『殊方異薬―出土文書与西域医学』永塚憲治(2008年)第54巻第1号,
087-088頁
原著近世日本の屍体供養香西豊子(2007年)第53巻第4号,
531-544頁
原著清末刊行の中国文人体解剖学書について松本秀士(2007年)第53巻第4号,
545-568頁
総説中川五郎次による北方系の種痘法―京都における日野鼎哉の最初の種痘法との接点―松木明知(2007年)第53巻第4号,
569-625頁
記事文庫めぐり(30)九州大学附属図書館医学分館 貴重古医書コレクションミヒェル・ヴォルフガング(2007年)第53巻第4号,
626頁
研究ノート日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医学史と文学―吉村昭氏を追悼して」 一、「医史学と文学」論序説―司会にあたって―岡田靖雄(2007年)第53巻第4号,
627-634頁
研究ノート日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医史学と文学―吉村昭氏を追悼して」 二、吉村昭作品考 医学史関係酒井シヅ(2007年)第53巻第4号,
635-641頁
研究ノート日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医史学と文学―吉村昭氏を追悼して」 三、医療史に支えられて時代小説・歴史小説をかく篠田達明(2007年)第53巻第4号,
642-649頁
研究ノート日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医史学と文学―吉村昭氏を追悼して」 四、森鴎外の脚気問題と遺書荒井保男(2007年)第53巻第4号,
650-658頁
ひろば「蠱」病攷小髙修司(2007年)第53巻第4号,
659-671頁
資料フランス人医師ムリエの養蚕研究について―帝国動植物環境馴化協会の講演から―須長泰一(2007年)第53巻第4号,
672-678頁
記事「相良知安先生記念碑」(東大附属病院構内)移転を慶ぶ相良隆弘(2007年)第53巻第4号,
679-681頁
記事例会記録(平成19年9月~12月)(2007年)第53巻第4号,
681頁
紹介石田純郎著『オランダにおける蘭学医書の形成』坂井建雄(2007年)第53巻第4号,
682-683頁
紹介平野重誠原著・看護史研究会編『病家須知』翻刻訳注篇(上・下)研究資料篇石原力(2007年)第53巻第4号,
683-684頁
紹介秦温信著『北国から、さわやかな風を』島田保久(2007年)第53巻第4号,
684-686頁
記事日本医史学雑誌第五十三巻総目次(2007年)第53巻第4号,
686-693頁
記事日本医史学会会報四三号(2007年)第53巻第4号,
693-715頁
近世日本の屍体供養香西豊子(2007年)第53巻第4号,
清末刊行の中国文人体解剖学書について松本秀士(2007年)第53巻第4号,
中川五郎次による北方系の種痘法―京都における日野鼎哉の最初の種痘法との接点―松木明知(2007年)第53巻第4号,
文庫めぐり(30)九州大学附属図書館医学分館 貴重古医書コレクションミヒェル・ヴォルフガング(2007年)第53巻第4号,
日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医学史と文学―吉村昭氏を追悼して」 一、「医史学と文学」論序説―司会にあたって―岡田靖雄(2007年)第53巻第4号,
日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医史学と文学―吉村昭氏を追悼して」 二、吉村昭作品考 医学史関係酒井シヅ(2007年)第53巻第4号,
日本医史学会平成一九年六月例会 シンポジウム「医史学と文学―吉村昭氏を追悼して」 四、森鴎外の脚気問題と遺書荒井保男(2007年)第53巻第4号,
「蠱」病攷小髙修司(2007年)第53巻第4号,
フランス人医師ムリエの養蚕研究について―帝国動植物環境馴化協会の講演から―須長泰一(2007年)第53巻第4号,
「相良知安先生記念碑」(東大附属病院構内)移転を慶ぶ相良隆弘(2007年)第53巻第4号,
例会記録(平成19年9月~12月)(2007年)第53巻第4号,
石田純郎著『オランダにおける蘭学医書の形成』坂井建雄(2007年)第53巻第4号,
平野重誠原著・看護史研究会編『病家須知』翻刻訳注篇(上・下)研究資料篇石原力(2007年)第53巻第4号,
秦温信著『北国から、さわやかな風を』島田保久(2007年)第53巻第4号,
日本医史学雑誌第五十三巻総目次(2007年)第53巻第4号,
日本医史学会会報四三号(2007年)第53巻第4号,
原著ガレノス『骨について初心者のために』―ギリシャ語原典からの翻訳と考察坂井建雄、池田黎太郎、澤井直(2007年)第53巻第3号,
353-421頁
原著本邦牛痘種痘法の鼻祖 中川五郎次研究の歩み(下)―(6)平成時代―松木明知(2007年)第53巻第3号,
423-440頁
資料池田文書の研究(三十二)児玉少介・愛二郎の書簡について池田文書研究会(2007年)第53巻第3号,
441-454頁
記事韓国医史学会第九回学術大会真柳誠(2007年)第53巻第3号,
455頁
記事例会記録(平成19年6月)(2007年)第53巻第3号,
455頁
例会抄録「池田文書」の薬について(抄)遠藤正治(2007年)第53巻第3号,
456-458頁
紹介"Akimitsu Naruyama 編 ""Dr. Ikkaku Ochi Collection"""鈴木則子(2007年)第53巻第3号,
458-459頁
紹介奥沢康正・園田真也共編著『眼科医家人名辞書』山之内夘一(2007年)第53巻第3号,
459-460頁
記事医史学関係文献目録(平成17年度)(2007年)第53巻第3号,
461-523頁
原著本邦牛痘種痘法の鼻祖中川五郎次研究の歩み(上)―(1)江戸時代から(5)昭和時代後期まで―松木明知(2007年)第53巻第2号,
191-228頁
原著占領期における急性感染症の発生推移田中誠二、杉田聡、森山敬子、丸井英二(2007年)第53巻第2号,
229-248頁
原著「法闡院病中日記」と島田筑波深瀬泰旦(2007年)第53巻第2号,
249-270頁
原著柳川家文書による華岡青洲系譜の検証柳川泰彦、柳川和一郎(2007年)第53巻第2号,
271-283頁
ひろば「物のあはれ」攷―舜庵・本居宣長の医学思想との関わりから―小高修司(2007年)第53巻第2号,
285-302頁
ひろばヴェサリウスの家計泉彪之助(2007年)第53巻第2号,
303-310頁
資料池田文書の研究(三十一)竹山屯の書簡について(その四)池田文書研究会(2007年)第53巻第2号,
311-316頁
資料適塾の塾頭松下元芳の系図について―福沢諭吉の一代前の塾頭で親友の久留米藩医―中山茂春(2007年)第53巻第2号,
317-321頁
追悼三輪卓爾先生を想う小曽戸洋(2007年)第53巻第2号,
322-325頁
記事"""シーボルトの足跡を辿る旅""ドイツ各地で歓迎を受ける"中西淳朗(2007年)第53巻第2号,
326-327頁
記事例会記録(平成十九年一月~五月)(2007年)第53巻第2号,
327頁
例会抄録江戸時代の家庭医学・看護書『病家須知』の現代語訳に取り組んで(抄)中村節子(2007年)第53巻第2号,
328-329頁
例会抄録わが国初の狂犬病人体用ワクチン開発の経緯(抄)唐仁原景昭(2007年)第53巻第2号,
329-331頁
例会抄録医学史に見る歯科の歴史―「咬合と全身」の過去と現在―(抄)永田和弘(2007年)第53巻第2号,
331-332頁
例会抄録最近二十年の中国における医学文化史研究の概要(抄)朱建平(2007年)第53巻第2号,
333-334頁
紹介福田安典編著『伝承文学資料集成第二一輯 医説』真柳誠(2007年)第53巻第2号,
335-338頁
紹介中村禎里著『中国における妊娠・胎発生論の歴史』鈴木千春(2007年)第53巻第2号,
338-339頁
紹介三枝純郎著『肛直外科迫害史』中西淳朗(2007年)第53巻第2号,
339-340頁
紹介川村純一著『文学に見る痘瘡』小田泰子(2007年)第53巻第2号,
340-342頁
紹介清水寛編著『日本帝国陸軍と精神障害兵士』岡田靖雄(2007年)第53巻第2号,
342-346頁
紹介溝入茂著『明治日本のごみ対策―汚物掃除法はどのようにして成立したか―』中西淳朗(2007年)第53巻第2号,
346-348頁
抄録近世自家医学遺産の諸分析(抄)田中祐尾(2007年)第53巻第1号,
007-010頁
抄録大坂の蘭学 解剖を中心に(抄)酒井シヅ(2007年)第53巻第1号,
011-015頁
抄録大坂の蘭学と適塾(抄)芝哲夫(2007年)第53巻第1号,
016-017頁
抄録大坂蘭学の実験的・実証的性格(抄)浅井允晶(2007年)第53巻第1号,
018-019頁
抄録大坂の蘭学における大坂の除痘館の役割―現地調査をした分苗所を中心に(抄)古西義麿(2007年)第53巻第1号,
020-021頁
抄録大坂蘭学発祥の背景(抄)小石秀夫(2007年)第53巻第1号,
022-023頁
抄録人・モノ・情報―医学と医療の近代化からみた大阪について(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(2007年)第53巻第1号,
024-025頁
抄録陸軍々医学舎長緒方惟準講述の「陸軍医務沿革史」(抄)中山沃(2007年)第53巻第1号,
026-027頁
抄録奨進医会―『医談』から『刀圭新報』へ―(抄)岡田靖雄(2007年)第53巻第1号,
028-029頁
抄録大阪病院の人体模型―高橋正純訳『紙塑人体解剖譜』と大江伊兵衛の木製人体模型(抄)月澤 美代子(2007年)第53巻第1号,
030-031頁
抄録黎明期の京都市学校医会(抄)八木聖弥(2007年)第53巻第1号,
032-033頁
抄録大阪宣教師会議から京都看病婦学校へ-「もう一つの近代医療・看護」の細い系譜をたどる(抄)小野尚香(2007年)第53巻第1号,
034-035頁
抄録ポンペの病理学総論オランダ語講義ノートの研究(抄)相川忠臣、ハルム・ボイケルス(2007年)第53巻第1号,
036-037頁
抄録適塾門下生「備中窪屋郡中嶌 別府真敬悴 別府琴松」について(抄)木村丹、松田俊悟(2007年)第53巻第1号,
038-039頁
抄録緒方章公裁譯稿「舎密便蒙」について(抄)有田 浩和(2007年)第53巻第1号,
040-041頁
抄録適塾の塾頭 松下元芳の系図について-福沢諭吉の一代前の塾頭で親友の筑後久留米藩医-(抄)中山茂春(2007年)第53巻第1号,
042-043頁
抄録杉田玄白所蔵のターヘル、アナトミアの所在(抄)寺畑喜朔(2007年)第53巻第1号,
044-045頁
抄録病院医療の歴史的始原―わが国の療病院と古代インドの福徳医薬舎(抄)亥口勝彦(2007年)第53巻第1号,
046-047頁
抄録けがれの思想の歴史的観察(抄)杉田暉道(2007年)第53巻第1号,
048-049頁
抄録中国伝統医學と道教(第二十七回覺世真経)(抄)吉元昭治(2007年)第53巻第1号,
050-051頁
抄録『医籍考』による『四庫全書提要』の考証(抄)郭秀梅(2007年)第53巻第1号,
052-053頁
抄録田中彌性園の古医書(抄)小曽戸洋、天野陽介、友部和弘、町泉寿郎、田中祐尾(2007年)第53巻第1号,
054-055頁
抄録小腹と少腹の位置(抄)木場由衣登(2007年)第53巻第1号,
056-057頁
抄録『挨穴法』 『挨穴明弁』について(抄)田中利江子、橋本典子、山崎陽子(2007年)第53巻第1号,
058-059頁
抄録『名家灸選』所収の紐状物を使用した取穴法(抄)鶴田泰平(2007年)第53巻第1号,
060-061頁
抄録垣本鍼源の刺絡(抄)友部和弘、石野尚吾(2007年)第53巻第1号,
062-063頁
抄録謝観(利恒)と『中国医学大辞典』(抄)天野陽介、小曽戸洋、石野尚吾、花輪壽彦(2007年)第53巻第1号,
064-065頁
抄録明治大正までに創設された東京の私立精神科病院(抄)金川英雄(2007年)第53巻第1号,
066-067頁
抄録名古屋大学医学部の濫觴(抄)高橋昭(2007年)第53巻第1号,
068-069頁
抄録高木兼寛の健康教育観に関する研究(第二報)-臨時教育会議での高等・大学教育改善に関する発言内容から(抄)芳賀佐和子、平尾真智子、蝦名總子(2007年)第53巻第1号,
070-071頁
抄録本邦においてヘボンが用いた教科書『衛生・生理学』書について(抄)島田和幸(2007年)第53巻第1号,
072-073頁
抄録公衆浴場法における営業者の役割(抄)川端美季(2007年)第53巻第1号,
074-075頁
抄録大正期学校衛生史の研究(四)石原喜久太郎(抄)杉浦守邦(2007年)第53巻第1号,
076-077頁
抄録江戸時代の電気療法-伊藤慎蔵譯本『改正磁石霊震気療説』について(抄)渡部幹夫(2007年)第53巻第1号,
078-079頁
抄録日本医薬・博物著述年表の編纂(抄)真柳誠(2007年)第53巻第1号,
080-081頁
抄録大坂薬種中買仲間と唐薬の江戸流通(抄)羽生和子(2007年)第53巻第1号,
082-083頁
抄録江戸・明治期の貿易・販売資料に見られる西洋式医科器械について(抄)ミヒェル・ヴォルフガング(2007年)第53巻第1号,
084-085頁
抄録高野六郎-衛生行政の専門性に関する考え方の形成をめぐって-(抄)横田陽子(2007年)第53巻第1号,
086-087頁
抄録ベルツ博士の精神とヘルテル(大阪医科大学)教授(抄)山上勝久(2007年)第53巻第1号,
088-089頁
抄録コロトコフ法による血圧測定の普及(抄)藤倉一郎(2007年)第53巻第1号,
090-091頁
抄録フロレンス・ナイチンゲールは我が国にどのように紹介されてきたか(抄)上坂良子、水田真由美(2007年)第53巻第1号,
092-093頁
抄録ハンガリー医学史瞥見―ゼンメルワイス医学史博物館訪問記(抄)佐藤裕(2007年)第53巻第1号,
094-095頁
抄録「オルトペディ」の造語者、ニコラ・アンドリ(一六五八―一七四二)(その一)(抄)小林晶(2007年)第53巻第1号,
096-097頁
抄録中世の医学者アルナウ・ダ・ビラノバ(抄)泉彪之助(2007年)第53巻第1号,
098-099頁
抄録占領期の医療・看護に関する出版物の検閲(三)-長野県における保健婦の活動(抄)大石杉乃、喜多加奈子、平尾真智子、芳賀佐和子(2007年)第53巻第1号,
100-101頁
抄録脊椎麻酔事故予防に対する医史学的対策とその効果(抄)松木明知(2007年)第53巻第1号,
102-103頁
抄録占領期における急性感染症の発生推移(一九四五年―一九五一年)(抄)田中誠二、杉田聡、森山敬子、丸井英二(2007年)第53巻第1号,
104-105頁
抄録戦後沖縄の保健・医療行政(その一)―アメリカ統治下の保健・医療システム―(抄)杉山章子(2007年)第53巻第1号,
106-107頁
抄録大正・昭和初期における鍼灸医師法制定請願運動(抄)奥津貴子(2007年)第53巻第1号,
108-109頁
抄録野口英世訳カールデン著『病理学的細菌学的検究術式綱要』の原書について(抄)殿﨑正明、唐澤信安、岩﨑 一(2007年)第53巻第1号,
110-111頁
抄録野口英世の左手の「わが国初の有茎皮弁移植術」(抄)志村俊郎、唐澤信安、殿﨑正明、岩﨑一、寺本明(2007年)第53巻第1号,
112-113頁
抄録済生学舎の山田良叔講師と山田訳「蘭氏生理学」について(抄)岩﨑一 、殿﨑正明、唐澤信安(2007年)第53巻第1号,
114-115頁
抄録日本の口中科免許第一号 佐治職(さじ・つかさ)(抄)樋口輝雄(2007年)第53巻第1号,
116-117頁
抄録口内炎の病因に関する変遷(抄)西巻明彦(2007年)第53巻第1号,
118-119頁
抄録グラム医師の研究の経過について(抄)会田恵(2007年)第53巻第1号,
120-121頁
抄録ヴォランタリ・ホスピタルが拓く地平(一)―セント・ジョージ病院の設立と発展―(抄)柳澤波香(2007年)第53巻第1号,
122-123頁
抄録京都岩倉における精神病者家族的看護の衰退理由―ベルギーのヘールとの比較において(抄)中村治(2007年)第53巻第1号,
124-125頁
抄録ガレノスとヴェサリウスの解剖学の比較研究(五)―骨を例にとって―(抄)坂井建雄(2007年)第53巻第1号,
126-127頁
抄録シルヴィウス解剖学書の情報源―ガレノスとの比較から―(抄)澤井直(2007年)第53巻第1号,
128-129頁
抄録『四海同春』について(抄)宮川隆弘(2007年)第53巻第1号,
130-131頁
抄録宋代の脈状分類―七表八裏九道脈の変遷(抄)中川俊之(2007年)第53巻第1号,
132-133頁
抄録神灯照法について(抄)上田善信(2007年)第53巻第1号,
134-135頁
抄録『明月記』の鍼灸(抄)寺川華奈(2007年)第53巻第1号,
136-137頁
抄録『南冥問答』にみる「哺」について(抄)小曽戸明子(2007年)第53巻第1号,
138-139頁
抄録『古今方彙』各種版本の検討(抄)鈴木達彦、遠藤次郎、中村輝子(2007年)第53巻第1号,
140-141頁
抄録『馬琴日記』にみる病と宗教(抄)井川道子(2007年)第53巻第1号,
142-143頁
抄録大江雲澤と合水堂(抄)川嶌眞人(2007年)第53巻第1号,
144-145頁
抄録『今昔物語集』の中の身体に関わる表現(二)(抄)計良吉則(2007年)第53巻第1号,
146-147頁
抄録平野重誠の『玉の卯槌』(一八三七)にみる凶年後の心得と看護(抄)中村節子、平尾真智子(2007年)第53巻第1号,
148-149頁
抄録曲直瀬道三『薬性能毒』の研究(抄)野口大輔、遠藤次郎、中村輝子、真柳誠(2007年)第53巻第1号,
150-151頁
抄録道三の姓「曲直瀬」と玄朔の号「東井」に関する考察(抄)遠藤次郎、中村輝子、真柳誠(2007年)第53巻第1号,
152-153頁
抄録田中彌性園の古文書・書画(抄)町泉寿郎、小曽戸洋、田中祐尾(2007年)第53巻第1号,
154-155頁
抄録『病論俗解集』について(抄)永嶋泰玄、岩田源太郎、大井康敬(2007年)第53巻第1号,
156-157頁
抄録谷川士清とその処方集に見られる水銀製剤(抄)西井易穂(2007年)第53巻第1号,
158-159頁
抄録私宅監置擁護論の思想的背景―精神医学者ワイガントの日本観を通して―(抄)橋本明(2007年)第53巻第1号,
160-161頁
抄録南小柿寧一とその家系(二)―南小柿宗宅(抄)石原力(2007年)第53巻第1号,
162-163頁
抄録「癘」についての一考察(抄)吉岡広記(2007年)第53巻第1号,
164-165頁
抄録佐藤方定と『大同類聚方』(抄)後藤志朗、根本幸夫(2007年)第53巻第1号,
166-167頁
抄録近世大坂の産科学と堕胎術(抄)内野花(2007年)第53巻第1号,
168-169頁
抄録愛日文庫蔵「魯西亜漂流之記」は山片蟠桃の著作か(抄)飯塚修三(2007年)第53巻第1号,
170-171頁
抄録塩見脩也と蘭方膏薬(抄)中西淳朗(2007年)第53巻第1号,
172-173頁
抄録英国医史、中世の例(抄)栗本宗治(2007年)第53巻第1号,
174-175頁
抄録出土した中国古代医学文物(展示)(抄)猪飼祥夫(2007年)第53巻第1号,
176-177頁
抄録冬虫夏草(広義)渡来の歴史と薬物としての受容(抄)奥沢康正(2007年)第53巻第1号,
178-179頁
抄録"From the Capital of Smoke (Kemuri no Miyako) to the Livable City (Sumigokochiyoki Toshi): ""Doctoring"" to the Industrial Metropolis of Osaka"Jeffrey E.HANES(2007年)第53巻第1号,
183-187頁
原著中神琴渓『生生堂論語説』について―文献学・書誌学的、更に医学思想の観点から―舘野正美(2006年)第52巻第4号,
541-559頁
原著馬場貞由訳「遁花秘訣」写本一六種の書誌学的検討松木明知(2006年)第52巻第4号,
561-600頁
原著ガスパール・ボアンにおける筋の名称について澤井直、坂井建雄(2006年)第52巻第4号,
601-630頁
ひろば移民の医学史への展望―中野卓・中野進共編『昭和初期一移民の手紙による生活史―ブラジルのヨッチャン』(京都:思文閣出版、二〇〇六)に思うこと鈴木晃仁(2006年)第52巻第4号,
631-636頁
追悼江川義雄先生を偲んで原田康夫(2006年)第52巻第4号,
637-638頁
資料池田文書の研究(三十)竹山屯の書簡について(その三)池田文書研究会(2006年)第52巻第4号,
639-645頁
記事例会記録(平成十八年九月~十二月)(2006年)第52巻第4号,
646頁
紹介深瀬泰旦著『わが国はじめての牛痘種痘・楢林宗建』(肥前佐賀文庫〇〇二)中西淳朗(2006年)第52巻第4号,
647-648頁
紹介篠田達明著『歴代天皇のカルテ』杉浦守邦(2006年)第52巻第4号,
648-649頁
紹介鈴木晃仁・石塚久郎編『身体医文化論Ⅳ 食餌の技法』瀧澤利行(2006年)第52巻第4号,
650-652頁
紹介神谷昭典著『日本近代医学の展望 医科大学民主化の課題』岡田靖雄(2006年)第52巻第4号,
652-653頁
記事日本医史学雑誌第五十二巻総目次(2006年)第52巻第4号,
655-660頁
記事日本医史学会会報42号(2006年)第52巻第4号,
662-687頁
原著Revisiting Moral Treatment:Psychiatric Therapeutics in England 1750-1850鈴木晃仁(2006年)第52巻第4号,
690-704頁
原著安土桃山時代における代用人蔘松岡尚則、山下幸一、村崎徹(2006年)第52巻第3号,
349-360頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授 松岡道治の事績、業績―第二報 松岡道治の学術論文廣谷速人(2006年)第52巻第3号,
361-394頁
原著インド伝統医学書『チャラカ・サンヒター』における病理論―『チャラカ・サンヒター』第二篇第一章第一~十五節訳解―山下勤(2006年)第52巻第3号,
395-424頁
シンポジウム日本医史学会平成一八年一月例会 シンポジウム「個人情報保護と医学史研究」一、「個人情報保護と医学研究のはじめに」岡田靖雄(2006年)第52巻第3号,
425-434頁
シンポジウム日本医史学会平成一八年一月例会 シンポジウム「個人情報保護と医学史研究」二、個人情報保護法と個人史研究森田明(2006年)第52巻第3号,
435-442頁
シンポジウム日本医史学会平成一八年一月例会 シンポジウム「個人情報保護と医学史研究」三、個人情報保護と学会誌編集瀧澤利行(2006年)第52巻第3号,
443-450頁
資料池田文書の研究(二十九)竹山屯の書簡について(その二)池田文書研究会(2006年)第52巻第3号,
451-460頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(一〇・完)深瀬泰旦(2006年)第52巻第3号,
461-464頁
記事"野口英世の横浜海港検疫所赴任の時期を特定―""ペスト騒動""の前日だった―"中村澄夫(2006年)第52巻第3号,
465-467頁
記事例会記録(平成十八年四月、六月)(2006年)第52巻第3号,
467頁
例会抄録イエスの治療と釈迦の治療(抄)杉田暉道(2006年)第52巻第3号,
468-469頁
紹介川嶌眞人著『水滴は岩をも穿つ』小林晶(2006年)第52巻第3号,
470-471頁
紹介二宮陸雄著『新編 医学史探訪』荒井保男(2006年)第52巻第3号,
472-473頁
紹介池田文書研究会編『東大医学部初代綜理池田謙斎池田文書の研究』(上)岩崎鐵志(2006年)第52巻第3号,
473-475頁
紹介寺畑喜朔編『絵葉書で辿る日本近代医学史』西巻明彦(2006年)第52巻第3号,
475-476頁
紹介鈴木厚著『世界を感動させた日本の医師 信念を貫いた愛と勇気の記録』渡部幹夫(2006年)第52巻第3号,
476-479頁
記事医史学関係文献目録(2004年)(2006年)第52巻第3号,
480-537頁
原著作業療法士職の職業形成・専門化過程の研究―作業療法士身分法制定以前の精神科領域従事者の取り組み及び理念を中心として―栁田純子(2006年)第52巻第2号,
165-198頁
原著千金方における畳字についての考察松岡尚則、山下幸一、村崎徹(2006年)第52巻第2号,
199-210頁
原著ガレノス『静脈と動脈の解剖について』―ギリシャ語原典からの飜訳と考察坂井建雄、池田黎太郎、澤井直(2006年)第52巻第2号,
211-272頁
原著文禄の役(壬辰の乱)における日本、朝鮮、明医学の交わり松岡尚則、山下幸一、村崎徹(2006年)第52巻第2号,
273-292頁
研究ノートヴェサリウスの父アンドリエスの、神聖ローマ皇帝カール五世による嫡出承認書泉彪之助(2006年)第52巻第2号,
293-304頁
ひろば古医方から蘭方・蘭学へ―江戸時代中期の医療の動き―長与健夫(2006年)第52巻第2号,
305-314頁
ひろばキナ渡来伝説の戯曲、ホセ・マリア・ペマン「聖なる副王妃」泉彪之助(2006年)第52巻第2号,
311-314頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(九)深瀬泰旦(2006年)第52巻第2号,
315-318頁
追悼和田和代史先生を偲ぶ奥沢康正(2006年)第52巻第2号,
319-320頁
追悼杉立義一先生を偲んで奥沢康正(2006年)第52巻第2号,
321-323頁
記事第五回韓日東洋醫學シンポシウム松岡尚則(2006年)第52巻第2号,
324頁
記事大石良英墓所・顕彰碑落成式前山隆太郎(2006年)第52巻第2号,
325-327頁
記事例会記録(平成17年10月~平成18年3月)(2006年)第52巻第2号,
327-328頁
例会抄録星薬科大学創立者星一の生涯(抄)三澤美和(2006年)第52巻第2号,
328-330頁
例会抄録齋藤茂吉におkる病いと老いと(抄)岡田靖雄(2006年)第52巻第2号,
330-333頁
紹介高島文一著『続・鍼の道 一内科医の熟年』末中哲夫(2006年)第52巻第2号,
334-336頁
紹介近藤均著『医療人間学のトリニティ- 哲学・史学・文学』新村拓(2006年)第52巻第2号,
336-338頁
紹介安藤優一郎著『江戸の養生所』瀧澤利行(2006年)第52巻第2号,
338-339頁
紹介カイプル編、酒井シヅ監訳『疾患別医学史1・Ⅱ・Ⅲ』蒲原宏(2006年)第52巻第2号,
339-341頁
抄録精神医学の先達・国際人向笠広次(抄)鈴木二郎(2006年)第52巻第1号,
007-009頁
抄録日本整形外科の歴史と田代家(抄)蒲原宏(2006年)第52巻第1号,
010-019頁
抄録中津藩蘭学とパイオニア精神―明治前後の中津医学史を中心にして―(抄)川嶌眞人(2006年)第52巻第1号,
020-023頁
抄録「天然の奇士」前野良沢(抄)鳥井裕美子(2006年)第52巻第1号,
024-025頁
抄録シーボルトと奥平昌高(抄)石田純郎(2006年)第52巻第1号,
026-027頁
抄録中津藩医村上玄水と大江春塘―地方藩学者の条件と可能性について(抄)ミヒェル・ヴォルフガング(2006年)第52巻第1号,
028-029頁
抄録日本の歯科免許第一号者 小幡英之助(抄)樋口輝雄(2006年)第52巻第1号,
030-031頁
抄録田原淳と心臓刺激伝導系―原著からみる知られざる事実―(抄)島田達生(2006年)第52巻第1号,
032-033頁
抄録明治十四年出版佐藤英白訳「華氏電気療法」とA.M.Hamilton の原著について(抄)渡部幹夫、筒井淳治(2006年)第52巻第1号,
034-035頁
抄録『傷寒金鏡録』の思想についての考察(抄)西巻明彦(2006年)第52巻第1号,
036-037頁
抄録コロトコフの「血圧測定の問題について」第二報と討議(抄)藤倉一郎(2006年)第52巻第1号,
038-039頁
抄録華岡流の麻酔法はなぜ幕末に急速に衰退したのか(抄)松木明知(2006年)第52巻第1号,
040-041頁
抄録石原忍と心理学(抄)鈴木聡志(2006年)第52巻第1号,
042-043頁
抄録Sylvius の解剖学書における分類と名指し(抄)澤井直(2006年)第52巻第1号,
044-045頁
抄録ガレノスとヴェサリウスの解剖学の比較研究(四)―皮静脈を例にとって(抄)坂井建雄(2006年)第52巻第1号,
046-047頁
抄録模倣の中の創意―九州大学医学部所蔵人体模型の結紮部位表現(抄)月澤美代子(2006年)第52巻第1号,
048-049頁
抄録江戸時代に制作された木骨に関する研究―星野木骨、各務木骨、奥田木骨の比較―(抄)片岡勝子(2006年)第52巻第1号,
050-051頁
抄録『今昔物語集』の中の身体に関わる表現(一)(抄)計良吉則(2006年)第52巻第1号,
052-053頁
抄録占領期の医療・看護に関する出版物の検閲(二)―九州で発行された保健婦の雑誌―(抄)大石杉乃、喜多加奈子、平尾真智子、芳賀佐和子(2006年)第52巻第1号,
054-055頁
抄録大正時代都市政策として導入された大阪市学校看護婦事業(抄)杉浦守邦(2006年)第52巻第1号,
056-057頁
抄録本邦嚆矢の産院設立者 村松志保子の安生堂とその慈善事業(抄)石原力、原島早智子(2006年)第52巻第1号,
058-059頁
抄録明治期の一避病院における看護管理の状況(抄)上坂良子、水田真由美(2006年)第52巻第1号,
060-061頁
抄録高木兼寛の健康教育観に関する研究(第一報)―臨時教育会議での小学校教育改善に関する発言内容から―(抄)蝦名總子、平尾真智子、芳賀佐和子(2006年)第52巻第1号,
062-063頁
抄録「陸軍軍医学校防疫研究報告」Ⅱ部―(その一)―その概略について(抄)莇昭三(2006年)第52巻第1号,
064-065頁
抄録占領期における急性感染症の発生推移(一九四六年―一九四八年)(抄)田中誠二、杉田聡、森山敬子、丸井英二(2006年)第52巻第1号,
066-067頁
抄録衛生技術官の主張とその背景―『日本公衆保健協会雑誌』の記事を中心に(抄)横田陽子(2006年)第52巻第1号,
068-069頁
抄録『大日本私立衛生会雑誌』にみる公衆浴場(抄)川端美季(2006年)第52巻第1号,
070-071頁
抄録『病名彙解』所載の鍼灸(抄)杉浦雄(2006年)第52巻第1号,
072-073頁
抄録明治期における医学図書館の設立(抄)寺畑喜朔(2006年)第52巻第1号,
074-075頁
抄録日本医科大学の前身済生学舎が突然廃校になった真実の経緯―東京帝国大学教授陣の圧力(抄)殿崎正明、唐沢信安、岩崎一(2006年)第52巻第1号,
076-077頁
抄録済生学舎から日本医科大学への懸橋となった第三代学長 塩田廣重(抄)岩崎一、殿崎正明、唐沢信安(2006年)第52巻第1号,
078-079頁
抄録収蔵『刀圭雑誌』創刊号(明治十一年)について(抄)田中祐尾(2006年)第52巻第1号,
080-081頁
抄録「野口英世」と済生学舎で同級であった石川東悦医師の残した写真と試験問題について(抄)志村俊郎、唐沢信安、石川康悦、寺本明(2006年)第52巻第1号,
082-083頁
抄録関東大震災における佛蘭西寄贈病院(抄)小林晶(2006年)第52巻第1号,
084-085頁
抄録エリザベス・ガレット・アンダーソン病院の設立について(抄)柳澤波香(2006年)第52巻第1号,
086-087頁
抄録住民による健康増進活動の形成(その三)―沖縄県「佐敷町」における実践から―(抄)杉山章子(2006年)第52巻第1号,
088-089頁
抄録京都岩倉において精神病者家族的看護を可能にしたもの―大岩、阿波井との比較において(抄)中村治(2006年)第52巻第1号,
090-091頁
抄録戦前における精神病者の公立監置室について(抄)橋本明(2006年)第52巻第1号,
092-093頁
抄録精神障害者通院医療費公費負担制度の四〇年―活動しながらの歴史について―(抄)岡田靖雄(2006年)第52巻第1号,
094-095頁
抄録占領期の婦人雑誌に掲載された灸に関する記事「プランゲ文庫」より見る(抄)奥津貴子(2006年)第52巻第1号,
096-097頁
抄録桑木灸について(抄)上田善信(2006年)第52巻第1号,
098-099頁
抄録『名家灸選』所収の救急の灸法(抄)鶴田泰平(2006年)第52巻第1号,
100-101頁
抄録中国における内障に対する外科的治療について(抄)宮川隆弘(2006年)第52巻第1号,
102-103頁
抄録「刺絡」の名称に関する考察(抄)友部和弘、小曽戸洋(2006年)第52巻第1号,
104-105頁
抄録晋代から宋代における「七死脈」の成立(抄)木場由衣登(2006年)第52巻第1号,
106-107頁
抄録「脈経」中に見える脈状の相関関係(抄)中川俊之(2006年)第52巻第1号,
108-109頁
抄録国立公文書館内閣文庫所蔵の脈書『診脈要捷』について(抄)吉岡広記(2006年)第52巻第1号,
110-111頁
抄録「法闡院病中日記」と島田筑波(抄)深瀬泰旦(2006年)第52巻第1号,
112-113頁
抄録杉田玄白と因伯の漢方医師(抄)高橋伸明(2006年)第52巻第1号,
114-115頁
抄録ドイツ留学中の森鴎外とザクセン軍団―ザクセン州立中央文書館の資料から―(抄)武智秀夫(2006年)第52巻第1号,
116-117頁
抄録C.Wフーフェランドの長生法と日本の養生書の沿革(抄)山田英雄(2006年)第52巻第1号,
118-119頁
抄録平野重誠『養性訣』(一八三五)にみる実践的医療者の養生観(抄)中村節子、平尾真智子(2006年)第52巻第1号,
120-121頁
抄録生体実験を拒否した生理学者横山正松(抄)末永恵子(2006年)第52巻第1号,
122-123頁
抄録ヒポクラテスの木・二〇〇六―アンケート、現地踏査による現状の調査―(抄)稲松孝思(2006年)第52巻第1号,
124-125頁
抄録新宮凉庭訳述の「続内科則」について(抄)中西淳朗(2006年)第52巻第1号,
126-127頁
抄録死生観の歴史的観察(抄)杉田暉道(2006年)第52巻第1号,
128-129頁
抄録適々斎薬室膠柱方について―村上医家史料館蔵品を中心に―(抄)古西義麿(2006年)第52巻第1号,
130-131頁
抄録江戸時代における輸入漢薬の流通について―江戸送り漢薬八品を中心に―(抄)羽生和子(2006年)第52巻第1号,
132-133頁
抄録田原養伯の往診用薬箱について(抄)中村輝子、遠藤次郎、ミヒェル・ヴォルフガング、奥村武(2006年)第52巻第1号,
134-135頁
抄録竹川竹斎と軽粉雑記(抄)西井易穂(2006年)第52巻第1号,
136-137頁
抄録中国伝統医学と道教(第二十六回)陰隲文(抄)吉元昭治(2006年)第52巻第1号,
138-139頁
抄録「初学人身窮理」松山棟庵・森下岩楠訳本のオリジナル本について(抄)島田和幸(2006年)第52巻第1号,
140-141頁
抄録豊後杵築の医学史・補遺(抄)佐藤裕(2006年)第52巻第1号,
142-143頁
抄録趙開美の『仲景全書』と『宋板傷寒論』(抄)真柳誠(2006年)第52巻第1号,
144-145頁
抄録「西医学東漸史話」の仮製本について(抄)秦温信、島田保久(2006年)第52巻第1号,
146-147頁
抄録菊池東水著『解馬新書』について(抄)松尾信一(2006年)第52巻第1号,
148-149頁
抄録『五輪砕』の検討(抄)遠藤次郎、中村輝子(2006年)第52巻第1号,
150-151頁
抄録『診病奇●』中の「無名氏」は島浦和田一である(抄)大浦広勝(2006年)第52巻第1号,
152-153頁
抄録日本古医書と漢文―大塚文庫資料の文体別・形態別分類(抄)町泉寿郎、小曽戸洋(2006年)第52巻第1号,
154-155頁
抄録曲直瀬養安院文書の研究(四)―補遺(抄)小曽戸洋、町泉寿郎(2006年)第52巻第1号,
156-157頁
抄録医学古典における「大指間」の意味について(抄)天野陽介、宮川浩也、小曽戸洋、石野尚吾(2006年)第52巻第1号,
158-159頁
原著医家合田家の歴史と蔵書町泉寿郎、小曽戸洋、天野陽介、花輪壽彦(2005年)第51巻第4号,
527-548頁
原著近代解剖制度史補遺―『明治四十四年九月 屍体ニ關スル記事 東京醫科大學解剖學教室』の分析から香西豊子(2005年)第51巻第4号,
549-568頁
研究ノート現代中国の農村社会の変遷における郷村医の形成―はだしの医者の形成と「再生」―三橋かほり(2005年)第51巻第4号,
569-592頁
研究ノート『病草紙』制作と後白河法皇の思想小山聡子(2005年)第51巻第4号,
593-614頁
研究ノート郷土史家 寺石正路の燈火与兒談における明治期の漢洋治療松岡尚則、山下幸一(2005年)第51巻第4号,
615-626頁
ひろば医史学における複言語主義のすすめ泉彪之助(2005年)第51巻第4号,
627-640頁
追悼名誉会員 日比野進先生のご逝去を悼む高橋昭(2005年)第51巻第4号,
641-644頁
資料池田文書の研究(二十八)池田文書研究会(2005年)第51巻第4号,
645-654頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(八)深瀬泰旦(2005年)第51巻第4号,
655-659頁
記事例会記録(平成17年9月例会)(2005年)第51巻第4号,
660頁
例会抄録ウルソデキシコール酸(UDCA)の発見佐分利保雄(2005年)第51巻第4号,
660-661頁
例会抄録矯正給食から窺える庶民日常食の史的観察日野英子(2005年)第51巻第4号,
661頁
例会抄録明治期の精神病院に於ける看護婦養成について―府立巣鴨病院の実態から澤田恵子(2005年)第51巻第4号,
661-662頁
例会抄録黒死病はペストか―黒死病の謎滝上正(2005年)第51巻第4号,
662頁
記事第十一回国際東アジア科学史会議真柳誠(2005年)第51巻第4号,
663-665頁
記事Chinese Medicine: A Visual History(中国医学史図像国際会議)真柳誠(2005年)第51巻第4号,
665-667頁
記事アジア医学史学会第参回学術大会および谷口賞の案内真柳誠(2005年)第51巻第4号,
668-669頁
紹介高島文一著『続・鍼の道 一内科医の熟年』杉浦守邦(2005年)第51巻第4号,
670-672頁
紹介栗山茂久・北澤一利編著『近代日本の身体感覚』瀧澤利行(2005年)第51巻第4号,
672-673頁
紹介武田科学振興財団杏雨書屋編『宋版 備急総効方』真柳誠(2005年)第51巻第4号,
673-675頁
紹介WJビショップ著、川満富裕訳『外科の歴史』小林晶(2005年)第51巻第4号,
675-677頁
紹介酒井シヅ編『女医吉岡弥生の手紙「愛と至誠に生きる」』三崎裕子(2005年)第51巻第4号,
677-678頁
日本医史学雑誌第五十一巻 総目録(2005年)第51巻第4号,
680-685頁
原著緒方洪庵と添田玄春―西洋医学所頭取役宅の新築をめぐって深瀬泰旦(2005年)第51巻第3号,
337-354頁
原著華岡青洲研究史松木明知(2005年)第51巻第3号,
355-384頁
原著京都大学整形外科学教室初代教授 松岡道治の事績、業績―第一報 京都大学整形外科学教室の創立廣谷速人(2005年)第51巻第3号,
385-408頁
総説三宅秀とその周辺佐々木恭之助(2005年)第51巻第3号,
409-430頁
資料池田文書の研究(二十七)池田文書研究会(2005年)第51巻第3号,
431-439頁
追悼評議員 津山直一先生の御逝去を悼む蒲原宏(2005年)第51巻第3号,
440-442頁
記事矢数道明先生顕彰碑建立小曽戸洋(2005年)第51巻第3号,
443-444頁
記事例会記録(平成17年3-5月)(2005年)第51巻第3号,
444頁
例会抄録昭和二十六年のBCG論争―武見太郎と日本学術会議渡部幹夫(2005年)第51巻第3号,
445-446頁
例会抄録アーチボルド・ガロッドのパラダイム―先天代謝異常症の歴史深瀬泰旦(2005年)第51巻第3号,
446-448頁
例会抄録「バージニア・オルソン物語」執筆で得たGHQ看護改革に関する情報大石杉乃(2005年)第51巻第3号,
448-449頁
例会抄録大分県公文書館所蔵『昭和十五年監置精神病者に関する綴』解題橋本明(2005年)第51巻第3号,
449-451頁
紹介浦上國義編『日露戦争従軍記―軍医の陣中日記』莇昭三(2005年)第51巻第3号,
451-452頁
紹介奥沢康正著『眼病に効く温泉』鈴木則子(2005年)第51巻第3号,
453-454頁
紹介壬生町歴史民族資料館『みぶ蘭学人あらわる』中西淳朗(2005年)第51巻第3号,
454頁
紹介日本学校保健会編『日本学校保健会八十年史』寺畑喜朔(2005年)第51巻第3号,
454-455頁
紹介篠田達明著『徳川将軍家十五代のカルテ』杉浦守邦(2005年)第51巻第3号,
455-457頁
記事医史学関係文献目録(平成15年)(2005年)第51巻第3号,
458-523頁
抄録北里柴三郎と適塾(抄)芝哲夫(2005年)第51巻第2号,
145-147頁
抄録三宅秀とその周辺(抄)佐々木恭之助(2005年)第51巻第2号,
148-149頁
抄録日本漢方の伝統(抄)花輪壽彦(2005年)第51巻第2号,
150-157頁
抄録シンポジウムⅠ「江戸のモノづくり」における医史学研究―拡充と越境1-1器物・文献資料総合データベースを用いた医史学研究の試み(抄)月澤美代子(2005年)第51巻第2号,
158-159頁
抄録1-2岡山県邑久郡中島家史料調査報告(一)(抄)中山学、黒澤学、酒井シヅ(2005年)第51巻第2号,
160-161頁
抄録1-3明治期の医療器械商―大阪の白井松之助について(抄)ヴォルフガング・ミヒェル、遠藤次郎、中村輝子(2005年)第51巻第2号,
162-163頁
抄録1-4北條家(佐渡市)の薬箱の検討(抄)遠藤次郎、中村輝子、ヴォルフガング・ミヒェル(2005年)第51巻第2号,
164-165頁
抄録1-5新宮凉庭の薬箱の検討(抄)中村輝子、遠藤次郎、ヴォルフガング・ミヒェル(2005年)第51巻第2号,
166-167頁
抄録1-6曲直瀬養安院文書の研究(一)―家系と肖像(抄)町泉寿郎、小曽戸洋、花輪壽彦(2005年)第51巻第2号,
169-170頁
抄録1-7曲直瀬養安院文書の研究(二)―文書の概要(上)(抄)小曽戸洋、友部和弘、町泉寿郎(2005年)第51巻第2号,
171-172頁
抄録1-8曲直瀬養安院文書の研究(三)―文書の概要(下)(抄)友部和弘、町泉寿郎、小曽戸洋(2005年)第51巻第2号,
173-174頁
抄録シンポジウムⅡ人をみる医師を育てる―医学史・医哲学を現代の医学教育に生かす2-1医学教育の流れ(抄)福島統(2005年)第51巻第2号,
175-176頁
抄録2-2医のこころを先人の足跡と社会に学ぶ(抄)相川忠臣(2005年)第51巻第2号,
177-178頁
記事文庫めぐり(29)東京大学薬学図書館内・日本薬史学会文庫山川浩司(2005年)第51巻第2号,
179頁
抄録収蔵楢林外科書とパレ(一六二七)及びスクレテタス(一六五七)との絵図における比較(抄)田中祐尾(2005年)第51巻第2号,
180-181頁
抄録大江玄仙の栗崎流金瘡外科免許状について(抄)川嶌眞人、カタリーナシバタ(2005年)第51巻第2号,
182-183頁
抄録高岡長崎家の『家方抄』について―宝永期からの蘭方外科医の繁用薬方集―(抄)正橋剛二(2005年)第51巻第2号,
184-185頁
抄録杏蔭斎正骨要訣の校訂者和田謙堂の家系と同書の成立年代(抄)蒲原宏(2005年)第51巻第2号,
186-187頁
抄録「身幹儀」(星野木骨)の制作過程に関する研究(抄)片岡勝子(2005年)第51巻第2号,
188-189頁
抄録「乳巖治験録」をだれが書いたか(抄)松木明知(2005年)第51巻第2号,
190-191頁
抄録「革谿医?」(一八五四)にみる平野重誠の医療観(抄)中村節子、平尾真智子(2005年)第51巻第2号,
192-193頁
抄録北里研究所東洋医学総合研究所所蔵多紀元堅書き込み入り『医?』について(抄)舘野正美(2005年)第51巻第2号,
194-195頁
抄録関宿町桐ヶ作の眼科医 高野敬仲(抄)青木道夫(2005年)第51巻第2号,
196-197頁
抄録南小柿寧一とその家系(抄)石原力(2005年)第51巻第2号,
198-199頁
抄録江戸時代の「癩」と梅毒(抄)鈴木則子(2005年)第51巻第2号,
200-201頁
抄録江戸幕府の法定伝染病―疱瘡・麻疹・水痘―(抄)川部裕幸(2005年)第51巻第2号,
202-203頁
抄録日本最古のマラソン競争 安政の遠足(抄)清水英一(2005年)第51巻第2号,
204-205頁
抄録ポンペ・ファン・メールデルフォールトの教えた近代臨床検査学(抄)相川忠臣、酒井シヅ(2005年)第51巻第2号,
206-207頁
抄録済生学舎開校前後の川上元治郎の手紙と報告書及び当時使われた教科書(抄)岩崎一、殿崎正明、唐沢信安(2005年)第51巻第2号,
208-209頁
抄録明治一二年に東京府病院が実施した医術開業旧試験について(抄)樋口輝雄(2005年)第51巻第2号,
210-211頁
抄録格識順天堂医院手術傍観録(抄)西井易穂(2005年)第51巻第2号,
212-213頁
抄録一八八六年におけるリンダ・リチャーズの上海から京都への足跡(抄)岡山寧子、依田和美(2005年)第51巻第2号,
214-215頁
抄録小野豊三郎の解剖学ノート(抄)浦山きか(2005年)第51巻第2号,
216-217頁
抄録私立日本医学校設立者・山根正次の医学教育の失敗(抄)殿崎正明、唐沢信安、岩崎一(2005年)第51巻第2号,
218-219頁
抄録「マギー夫人来日」の記事にみられる高木兼寛の看護婦観―明治三七年『成医会月報』より―(抄)芳賀佐和子、平尾真智子、蝦名總子(2005年)第51巻第2号,
220-221頁
抄録近代日本におけるコレラの伝播(一)(抄)鈴木晃仁(2005年)第51巻第2号,
222-223頁
抄録近代日本におけるコレラの伝播(二)(抄)永島剛(2005年)第51巻第2号,
224-225頁
抄録近代日本におけるコレラの伝播(三)(抄)市川智生(2005年)第51巻第2号,
226-227頁
抄録コレラ禍と内務省の広報活動(抄)笠原英彦(2005年)第51巻第2号,
228-229頁
抄録ハンセン病および精神病の比較法制・処遇史(抄)岡田靖雄(2005年)第51巻第2号,
230-231頁
抄録朝敵としての癩病(抄)ベイアレキサンダー(2005年)第51巻第2号,
232-233頁
抄録細菌グラム染色の本邦における初期の紹介について(抄)会田恵(2005年)第51巻第2号,
234-235頁
抄録高峰譲吉いわく、私は適塾生だった(抄)中山沃(2005年)第51巻第2号,
236-237頁
抄録京都大学整形外科学講座初代教授松岡道治先生の生涯(抄)廣谷速人(2005年)第51巻第2号,
238-239頁
抄録医僧・大日方大乘の略伝(抄)中西淳朗(2005年)第51巻第2号,
240-241頁
抄録医学史家・小川政修(抄)佐藤裕(2005年)第51巻第2号,
242-243頁
抄録日本医師協会と小川劍三郎(抄)寺畑喜朔(2005年)第51巻第2号,
244-245頁
抄録『善那余話』からみたジェンナー画像収集の経緯(抄)深瀬泰旦(2005年)第51巻第2号,
246-247頁
抄録道教と中国医学(第二十五回)『功過格』(抄)吉元昭治(2005年)第51巻第2号,
248-249頁
抄録出土医書に見る「痔」の一考察(抄)吉岡広記(2005年)第51巻第2号,
250-251頁
抄録『明堂』における足三里の主治病証(抄)木場由衣登(2005年)第51巻第2号,
252-253頁
抄録張文仲の鍼灸について(抄)宮川隆弘(2005年)第51巻第2号,
254-255頁
抄録南宋代の体系的脈状記載について(抄)中川俊之(2005年)第51巻第2号,
256-257頁
抄録疔瘡に対する松鍼法(抄)上田善信(2005年)第51巻第2号,
258-259頁
抄録中国のアヘン問題と岸田吟香の対応(抄)丁蕾(2005年)第51巻第2号,
260-261頁
抄録『日本霊異記』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2005年)第51巻第2号,
262-263頁
抄録「大同医式」について(二)(抄)後藤志朗(2005年)第51巻第2号,
264-265頁
抄録吾妻鏡の鍼灸(抄)寺川華奈(2005年)第51巻第2号,
266-267頁
抄録「感冒」疾患名の起源について(抄)木村丹(2005年)第51巻第2号,
268-269頁
抄録安西流馬医伝書(安西流馬医絵巻)寛正五年(一四六四)の補遺(抄)松尾信一(2005年)第51巻第2号,
270-271頁
抄録医聖永田徳本―その医術の位置づけとP.A.パラケルススとの対比を中心として(抄)山田英雄、山内一信(2005年)第51巻第2号,
272-273頁
抄録十五年戦争と日本民族衛生学会(協会)(その三)―学会名等をめぐる戦後の論争―(抄)莇昭三(2005年)第51巻第2号,
274-275頁
抄録昭和十五年の監置精神病者(抄)橋本明(2005年)第51巻第2号,
276-277頁
抄録世界初の人を用いたランダム化比較試験は七三一部隊によるか?(抄)津谷喜一郎(2005年)第51巻第2号,
278-279頁
抄録GHQ文書による占領期のハンセン病関係資料の研究(第二報:沖縄と大韓民国について)(抄)杉田聡、丸井英二(2005年)第51巻第2号,
280-281頁
抄録石川日出鶴丸博士とGHQ旋風 占領下における「鍼灸禁止令」事件が後世に与えた影響(抄)奥津貴子(2005年)第51巻第2号,
282-283頁
抄録占領期の医療・看護に関する出版物の検閲(一)―プランゲ文庫所蔵『看護学雑誌』について(抄)大石杉乃、喜多加奈子、平尾真智子、芳賀佐和子(2005年)第51巻第2号,
284-285頁
抄録昭和二六年の結核予防法制定とBCG論争(抄)渡部幹夫(2005年)第51巻第2号,
286-287頁
抄録精神科作業療法職の専門分化過程の考察(二)―昭和四〇年の法制定と旧従事者への影響(抄)栁田純子(2005年)第51巻第2号,
288-289頁
抄録住民による健康増進活動の形成(二)―専門職による住民支援の方法(抄)杉山章子(2005年)第51巻第2号,
290-291頁
抄録ヴェサリウスの父アンドリエスの、皇帝カール五世による嫡出承認書(抄)泉彪之助(2005年)第51巻第2号,
292-293頁
抄録近代初期解剖学書における筋の名称について(抄)澤井直(2005年)第51巻第2号,
294-295頁
抄録Thomas Willis の Cerebri Anatome で用いられた神経解剖学的な観察法の追体験(抄)門田永治(2005年)第51巻第2号,
296-297頁
抄録『解剖学表』(『解体新書』の原著、いわゆる「ターヘルアナトミア」)異版の研究―第二報(抄)石田純郎(2005年)第51巻第2号,
298-299頁
抄録ムーアフィールズ眼科病院の設立について(抄)柳澤波香(2005年)第51巻第2号,
300-301頁
抄録孤高の外科医ギョーム・デュピュイトラン男爵(一七七七ー一八三五)(抄)小林晶(2005年)第51巻第2号,
302-303頁
抄録コロトコフ音の発生理論(抄)藤倉一郎(2005年)第51巻第2号,
304-305頁
抄録大江医家史料館の開館について(抄)カトリーナ シバタ、川嶌眞人(2005年)第51巻第2号,
306-307頁
抄録医史学関係資料の収集・保存・研究―ドキュメンテーション化の観点から事例に基づいて(抄)野尻佳与子、青木允夫(2005年)第51巻第2号,
308-309頁
抄録ヒポクラテスの木:二〇〇五―文献、インターネットによる情報の収集(抄)稲松孝思(2005年)第51巻第2号,
310-311頁
抄録『長沙走馬楼三国呉簡・竹簡』と『傷寒論』(抄)猪飼祥夫(2005年)第51巻第2号,
312-313頁
抄録「分等」から「等分」への変遷(抄)郭秀梅(2005年)第51巻第2号,
314-315頁
抄録『口歯類要』の治療範囲(抄)西巻明彦(2005年)第51巻第2号,
316-317頁
抄録甲賀通元「古今方彙」の検討(抄)鈴木達彦、遠藤次郎、中村輝子(2005年)第51巻第2号,
318-319頁
抄録君臣佐使に関する東洞流の認識(抄)水野洋子(2005年)第51巻第2号,
320-321頁
抄録葦原検校の遺跡と木像について―『鍼道発秘』を著し、没落した木曽家再興を果たした生涯(抄)大浦宏勝(2005年)第51巻第2号,
322-323頁
抄録『日本医譜』に記された脈診による天災予知(抄)天野陽介、宮川浩也、小林健二、野澤隆幸(2005年)第51巻第2号,
324-325頁
抄録韓国現存古医籍の特徴(抄)真柳誠(2005年)第51巻第2号,
326-327頁
抄録近代期の中国における平民教育運動―定県実験区における農民教育と衛生―(抄)三橋かほり(2005年)第51巻第2号,
328-329頁
原著ラウレンティウスの解剖学書澤井直、坂井建雄(2005年)第51巻第1号,
003-24頁
原著岡田篁所と清末の日中医学交流史料梁永宣、真柳誠(2005年)第51巻第1号,
025-49頁
記事文庫めぐり(27)ゲッチンゲン医学古典文庫深瀬泰旦(2005年)第51巻第1号,
050頁
原著葦原検校の足跡大浦宏勝(2005年)第51巻第1号,
051-81頁
記事文庫めぐり(28)下関市立長府図書館(下関文書館)小曽戸洋(2005年)第51巻第1号,
082頁
原著近世地方藩医における文化活動と医師の教養形成 土浦藩医辻元順を例として瀧澤利行(2005年)第51巻第1号,
083-103頁
追悼赤堀昭先生のご逝去を悼む鈴木五郎(2005年)第51巻第1号,
104-106頁
資料フランス人医師マイエのコレラ発生報告について―生野・姫路地域における事例須長泰一(2005年)第51巻第1号,
107-110頁
資料池田文書の研究(二十六)池田文書研究会(2005年)第51巻第1号,
111-119頁
記事例会記録(平成16年12月~17年1月)(2005年)第51巻第1号,
120頁
例会抄録石原保秀・東亜医学協会旧蔵古医書(日漢研本)の概要小曽戸洋、天野陽介、野澤隆幸、小林健二(2005年)第51巻第1号,
120-122頁
例会抄録野口英世の初期の事績について森山徳長(2005年)第51巻第1号,
122-123頁
例会抄録史的に見る薬学成立の経過と課題―日本薬史学会創立五十周年に当たって川瀬清(2005年)第51巻第1号,
123-125頁
例会抄録齋藤茂吉における性岡田靖雄(2005年)第51巻第1号,
125-127頁
例会抄録「山崎佐の錦小路文章」の顛末樫田義彦(2005年)第51巻第1号,
127-128頁
紹介前田久美江編著『現代医療の原点を探る 百年前の雑誌「医談」から』三輪卓爾(2005年)第51巻第1号,
128-129頁
紹介コンラート・マウラー、ウルリケ・マウラー共著、新井公人監訳、喜多内・オルブリッヒ・ゆみ、羽田・クノーブラオホ真澄共訳『アルツハイマー その生涯とアルツハイマー病発見の軌跡』岡田靖雄(2005年)第51巻第1号,
129-131頁
紹介荒井保男著『ドクトル・シモンズ―横浜医学の源流を求めて』大滝紀雄(2005年)第51巻第1号,
131-133頁
紹介小田泰子著『医師ヘボンとその時代』荒井保男(2005年)第51巻第1号,
133-134頁
原著江戸時代の麻疹と医療―文久二年麻疹騒動の背景を考える鈴木則子(2004年)第50巻第4号,
501-546頁
原著曲直瀬玄朔の著作の諸問題―『山居四要抜粋』『済民記』は玄朔の著作か遠藤次郎、中村輝子(2004年)第50巻第4号,
547-568頁
原著中国古代・中世における逐月胎児説の変遷鈴木千春(2004年)第50巻第4号,
569-589頁
記事文庫めぐり(26)小曽戸洋(2004年)第50巻第4号,
590頁
研究ノートスペイン宮廷のヴェサリウス泉彪之助(2004年)第50巻第4号,
591-616頁
資料寛政甲寅考試書類三種―その三戸出一郎、町泉寿郎(2004年)第50巻第4号,
617-627頁
資料池田文書の研究(二十五)入沢達吉の書簡について池田文書研究会(2004年)第50巻第4号,
628-637頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(七)深瀬泰旦(2004年)第50巻第4号,
638-644頁
記事例会記録(平成16年9月~11月)(2004年)第50巻第4号,
645頁
例会抄録医の心の歴史的観察と現代の課題(抄)杉田暉道(2004年)第50巻第4号,
645-646頁
例会抄録高良斉と日高凉台の用薬倫理をめぐって(抄)中西淳朗(2004年)第50巻第4号,
646-647頁
例会抄録HbAICの発見の歴史(抄)佐分利保雄(2004年)第50巻第4号,
647-648頁
例会抄録精神医学における障害史の臨床的意義(抄)山田和夫(2004年)第50巻第4号,
648-649頁
記事「二十一世紀の本居宣長」展蔵方宏昌(2004年)第50巻第4号,
649-650頁
記事大江医家史料館(中津市)完成し公開中西淳朗(2004年)第50巻第4号,
651頁
紹介松木明知編『日本牛痘種痘史文献目録』蔵方宏昌(2004年)第50巻第4号,
651-652頁
紹介中村禎里著『近代生物学史論集』月澤美代子(2004年)第50巻第4号,
652-654頁
紹介青木純一著『結核の社会史』鈴木晃仁(2004年)第50巻第4号,
654-656頁
紹介高島文一著『鍼の道―内科医の青春』杉浦守邦(2004年)第50巻第4号,
656-658頁
紹介高島文一著『鍼の道―内科医の青春』末中哲夫(2004年)第50巻第4号,
658-659頁
記事日本医史学雑誌第五十巻総目次(2004年)第50巻第4号,
660-665頁
原著蘇軾(東坡居士)を通して宋代の医学・養生を考える―古代の気候・疫病史を踏まえて『傷寒論』の校訂を考える小高修司(2004年)第50巻第3号,
349-370頁
研究ノート明治前期官営産業施設のフランス人医師について―産業医勤務体制の確立須長泰一(2004年)第50巻第3号,
371-389頁
研究ノートニコライ・コロトコフ―聴診による血圧測定の発見藤倉一郎(2004年)第50巻第3号,
391-403頁
研究ノートお玉ヶ池種痘所―その設立拠金者八二名誤謬説の起源をさぐる深瀬泰旦(2004年)第50巻第3号,
405-427頁
資料寛政甲寅考試書類三種―その二戸出一郎、町泉寿郎(2004年)第50巻第3号,
428-448頁
資料関場不二彦の未発表原稿「西医学東漸史話補遺」について秦温信、島田保久、長瀬清(2004年)第50巻第3号,
449-451頁
記事例会記録(平成16年6月)(2004年)第50巻第3号,
452頁
例会抄録産婆が書いた通俗衛生書『産前産後衛生心得』(明治三五年刊)について(抄)平尾真智子(2004年)第50巻第3号,
452-453頁
紹介杉浦守邦著『カルテ拝見 文人の死因』蔵方宏昌(2004年)第50巻第3号,
454-455頁
紹介藤田恒夫・牛木辰男著『カラー版・細胞紳士録』中西淳朗(2004年)第50巻第3号,
455-457頁
紹介片桐一男編『日蘭交流史 その人・物・情報』石原力(2004年)第50巻第3号,
457-458頁
紹介山崎智著『白き貝殻―日本海軍歯科医科士官の歴史』榊原悠紀田郎(2004年)第50巻第3号,
459-460頁
紹介松木明知著『華岡青洲と「乳巖治験録」』岩瀬敬司(2004年)第50巻第3号,
460-461頁
原著Drop by Drop: The Introduction of Western Distillation Techniques into Seventeenth-Century Japan"MICHEL, Wolfgang, WERGER-KLEIN, Elke"(2004年)第50巻第3号,
463-492頁
原著Hippocratic Medicine and Philosophy at the End of the 20th Century (2)"MARKETOS, Spyros"(2004年)第50巻第3号,
493-498頁
原著日中両国における人痘接種法の比較研究邵沛(2004年)第50巻第2号,
187-222頁
原著杉山検校遺徳顕彰会所蔵の『杉山真伝流』大浦宏勝、小曽戸洋(2004年)第50巻第2号,
223-242頁
原著GHQ占領期における医師会の設立・加入体制の構築経緯神里(所)彩子(2004年)第50巻第2号,
243-274頁
研究ノート電磁波による生体影響の研究・治療の歴史奈良圭之輔、岩井信市、横地章生、小口勝司(2004年)第50巻第2号,
275-289頁
記事文庫めぐり(23)東京大学総合図書館後藤志朗(2004年)第50巻第2号,
290頁
資料寛政申寅考試書類三種―その一戸出一郎、町泉寿郎(2004年)第50巻第2号,
291-302頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(六)深瀬泰旦(2004年)第50巻第2号,
303-309頁
記事お知らせ 第十一回東アジア科学史国際会議真柳誠(2004年)第50巻第2号,
310頁
記事例会記録(平成15年12月~16年4月(2004年)第50巻第2号,
310-311頁
例会抄録呉秀三・樫田五郎「精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的観察」精読(抄)橋本明(2004年)第50巻第2号,
311-313頁
例会抄録本間玄調(棗軒)について(抄)荒井保男(2004年)第50巻第2号,
313-314頁
例会抄録『本草品彙精要』巻二の研究(抄)肖永芝(2004年)第50巻第2号,
314-316頁
例会抄録齋藤茂吉・ほか―断種法史上の人びと(その七)(抄)岡田靖雄(2004年)第50巻第2号,
316-319頁
例会抄録済生学舎を中心とした野口英世の細菌学への道程―横浜海港検疫所でのペスト菌発見迄―(抄)唐沢信安、殿崎正明(2004年)第50巻第2号,
319-320頁
例会抄録日本における病院歯科の軌跡(抄)榊原悠紀田郎(2004年)第50巻第2号,
320-322頁
例会抄録相州小田原藩医・市川氏と市河氏(抄)中西淳朗(2004年)第50巻第2号,
322-323頁
紹介ジョン・ダフィー著、網野豊訳『アメリカ医学の歴史 ヒポクラテスから医科学へ』瀧澤利行(2004年)第50巻第2号,
323-325頁
紹介篠田達明著『モナ・リザは高脂血症だった』山崎光夫(2004年)第50巻第2号,
325-326頁
紹介日本精神神経学会百年史編集委員会編『日本精神神経学会百年史』岡田靖雄(2004年)第50巻第2号,
327-329頁
紹介吉元昭治著『日本全国神話伝説道指南』奥沢康正(2004年)第50巻第2号,
329-331頁
紹介太田安雄著『太田雄寧傳』寺畑喜朔(2004年)第50巻第2号,
331-332頁
紹介梶田昭著『医学の歴史』三輪卓爾(2004年)第50巻第2号,
332-334頁
紹介瀧澤利行著『養生論の思想』新村拓(2004年)第50巻第2号,
334-335頁
紹介小竹英夫著『北海道医学教育史攷』島田保久(2004年)第50巻第2号,
336-337頁
紹介館澤貢次(文)加古里子(絵)『ドイツ人に敬愛された医師 肥沼信次』唐沢信安(2004年)第50巻第2号,
337-339頁
紹介舘野正美著『吉益東洞『古書醫言』の研究』秋葉哲生(2004年)第50巻第2号,
339-340頁
紹介山崎光夫著『ドンネルの男 北里柴三郎』会田恵(2004年)第50巻第2号,
340-341頁
紹介片桐一男著『平成蘭学事始 江戸・長崎の日蘭交流史話』望月洋子(2004年)第50巻第2号,
342-343頁
紹介川村純一著『千葉県伝染病史』深瀬泰旦(2004年)第50巻第2号,
343-345頁
抄録D・B・シモンズ知見補遺(抄)荒井保男(2004年)第50巻第1号,
006-009頁
抄録漢方製剤の医史学的検討(抄)菊谷豊彦(2004年)第50巻第1号,
010-012頁
抄録お玉ヶ池種痘所―その設立拠金者八二名誤謬説の起源をさぐる(抄)深瀬泰旦(2004年)第50巻第1号,
013-16頁
抄録ホワイト・ヘブン・サナトリウムとローレンス・F・フリック医師(抄)青木國雄(2004年)第50巻第1号,
018-19頁
抄録フライブルク大学と北海道大学医学部との産婦人科・新生児領域における交流の歴史(抄)鈴木重統、宮下舜一(2004年)第50巻第1号,
020-21頁
抄録江戸時代の看護書『病家須知』の著者平野重誠の背景―家系を中心に(抄)中村節子、平尾真智子(2004年)第50巻第1号,
022-23頁
抄録リンダ・リチャーズ来日直後の足跡(一八八六年、横浜から京都へ)(抄)岡山寧子、依田和美(2004年)第50巻第1号,
024-25頁
抄録GHQによる看護改革の流れ―GHQ看護課 G.E.Alt 課長に対する協調と対立の構図(二)(抄)大石 杉乃(2004年)第50巻第1号,
026-27頁
抄録日本で最初の看護婦留学生とセント・トマス病院(抄)芳賀佐和子、住吉蝶子、平尾真智子(2004年)第50巻第1号,
028-29頁
抄録佐伯理一郎とペンシルバニア大学留学―大学便覧(一八八七~八八)から得た若干の知見(抄)渡辺昭彦(2004年)第50巻第1号,
030-31頁
抄録中津藩医山辺文伯と産育編について(二)(抄)石原力(2004年)第50巻第1号,
032-33頁
抄録ロイヤル・ブロンプトン・ホスピタルの設立について(抄)柳澤波香(2004年)第50巻第1号,
034-35頁
抄録『解剖学表』(『解体新書』の原著、いわゆる「ターヘルアナトミア」)異版の研究―第一報(抄)石田純郎(2004年)第50巻第1号,
036-37頁
抄録ガレノスとヴェサリウスの解剖学の比較研究(三)―門脈を例にとって(抄)坂井建雄(2004年)第50巻第1号,
038-39頁
抄録スペイン宮廷のヴェサリウス(抄)泉彪之助(2004年)第50巻第1号,
040-41頁
抄録Thomas Willis のCerebri Anatome に見る中枢神経・機能発現の機序(抄)門田永治(2004年)第50巻第1号,
042-43頁
抄録コロトコフの聴診による血圧測定の発見(抄)藤倉一郎(2004年)第50巻第1号,
044-45頁
抄録二十世紀初頭のイエルサレムにおけるマラリア(抄)馬場わかな(2004年)第50巻第1号,
046-47頁
抄録一九世紀アメリカ合衆国におけるヘルス・リフォーム―菜食主義の社会的・文化的地平(抄)鈴木七美(2004年)第50巻第1号,
048-49頁
抄録内藤記念くすり博物館蔵「浅田宗伯の薬箱」について(抄)中村輝子、遠藤次郎、ヴォルフガング・ミヒェル(2004年)第50巻第1号,
050-51頁
抄録『衆方規矩』の編纂者の問題(抄)遠藤次郎、中村輝子(2004年)第50巻第1号,
052-53頁
抄録多紀家文書(北里医史研所蔵)の概要(抄)小曽戸洋、町泉寿郎(2004年)第50巻第1号,
054-55頁
抄録麻疹の周期性と近代日本の疫病伝播の分析(抄)鈴木晃仁(2004年)第50巻第1号,
056-57頁
抄録十九世紀後半の神奈川県における天然痘と種痘の状況(抄)川部裕幸(2004年)第50巻第1号,
058-59頁
抄録GHQ文書による占領期のハンセン病関係史料の研究(抄)杉田聡、丸井英二(2004年)第50巻第1号,
060-61頁
抄録近代横浜における天然痘・種痘統計の分析(抄)市川智生(2004年)第50巻第1号,
062-63頁
抄録江戸時代の梅毒をめぐる意識について(抄)鈴木則子(2004年)第50巻第1号,
064-65頁
抄録大正期東京市における腸チフスの地区別分析(抄)永島剛(2004年)第50巻第1号,
066-67頁
抄録戦後期に発生した予防接種後の四つの接種結核事故について(抄)渡部幹夫(2004年)第50巻第1号,
068-69頁
抄録「杉山真伝流」の継承者たち―江戸中期鍼灸術の精粋・杉山真伝流を完成・継承した人々(抄)大浦宏勝・花輪壽彦、石野尚吾(2004年)第50巻第1号,
070-71頁
抄録「中華医鍼様譜」について(抄)宮川浩也、石野尚吾、花輪壽彦(2004年)第50巻第1号,
072-73頁
抄録隋唐期脈状記載との比較による二十四脈状の検討(抄)中川俊之(2004年)第50巻第1号,
074-75頁
抄録『千金方』に見られる唐以前諸家灸法について(抄)吉岡広記(2004年)第50巻第1号,
076-77頁
抄録『外臺秘要方』巻三十九に引用される『明堂』条文について(抄)木場由衣登(2004年)第50巻第1号,
078-79頁
抄録『聖済総録』鍼灸門所引の『甲乙経』について(抄)上田善信(2004年)第50巻第1号,
080-81頁
抄録『鍼灸阿是要穴』について(抄)宮川隆弘(2004年)第50巻第1号,
082-83頁
抄録『霊枢』に見える「針」字と「鍼」字(抄)堀江奨(2004年)第50巻第1号,
084-85頁
抄録精神科作業療法職の専門分化過程の考察(一)―昭和四〇年の資格化に伴う職務への影響(抄)栁田純子(2004年)第50巻第1号,
086-87頁
抄録旧制高校理科(乙)および旧制医科大学予科における語学教育、リベラルアーツと現在(抄)柴田幸雄(2004年)第50巻第1号,
088-89頁
抄録広島原爆投下時の県並びに市医師会長の活動について(抄)江川義雄(2004年)第50巻第1号,
090-91頁
抄録十五年戦争と日本民族衛生学会(協会)(その二)―学会活動と「国民優生法」の制定(抄)莇昭三(2004年)第50巻第1号,
092-93頁
抄録電磁波による生体影響の研究・治療の歴史(抄)奈良圭之輔、岩井信市、横地章生、小口勝司(2004年)第50巻第1号,
094-95頁
抄録日本における医学映画の淵源(抄)寺畑喜朔(2004年)第50巻第1号,
096-97頁
抄録住民による健康増進活動の形成―長野県八千穂村における実践から(抄)杉山章子(2004年)第50巻第1号,
098-99頁
抄録中国における村医の養成と医学教育―はだしの医者の再訓練(抄)三橋かほり(2004年)第50巻第1号,
100-101頁
抄録済生学舎出身の細菌学者・浅川範彦について―野口英世の伝染病研究所時代の師(抄)唐沢信安、殿崎正明(2004年)第50巻第1号,
102-103頁
抄録東京養育院医員時代の光田健輔について(抄)平井雄一郎(2004年)第50巻第1号,
104-105頁
抄録ベルツの北海道訪問と新史料「石狩紀行」(関場)(抄)宮下舜一(2004年)第50巻第1号,
106-107頁
抄録石黒忠悳と野口英世―石黒不円文庫調査第一報(抄)町泉寿郎、小曽戸洋(2004年)第50巻第1号,
108-109頁
抄録高松凌雲(一八三六~一九一六)とフランス(抄)小林晶(2004年)第50巻第1号,
110-111頁
抄録長与専斎と「衛生意見」の意義(抄)笠原英彦(2004年)第50巻第1号,
112-113頁
抄録オットーモーニッケの博物学研究(抄)相川忠臣(2004年)第50巻第1号,
114-115頁
抄録新潟県西洋医学教育の嚆矢 J.P.I.VIDAL の碑除幕式(抄)清水陽人(2004年)第50巻第1号,
116-117頁
抄録A.F.ボードインの大坂病院における診療記録と眼科記録ノート(抄)中山沃(2004年)第50巻第1号,
118-119頁
抄録フランスから来た紙塑人体模型と明治初期日本における人体解剖模型製作の開始(抄)月澤美代子(2004年)第50巻第1号,
120-121頁
抄録近代上海における岸田吟香の医薬事業について(一八六〇~一八九〇)(抄)丁蕾(2004年)第50巻第1号,
122-123頁
抄録新出資料『?園先生叢話』について―高岡佐渡家文書から(抄)正橋剛二(2004年)第50巻第1号,
124-125頁
抄録杉田五喞と江戸における文化十年の乳癌手術(抄)松木明知(2004年)第50巻第1号,
126-127頁
抄録安中板倉藩の人口問題と対策(抄)清水英一(2004年)第50巻第1号,
128-129頁
抄録内藤記念くすり博物館「?石」の袋の書付について(抄)後藤志朗、中村輝子、遠藤次郎、ヴォルフガング・ミヒェル(2004年)第50巻第1号,
130-131頁
抄録中野康章と大同薬室文庫 現在の利用状況と今後のデジタルアーカイブ化について(抄)野尻佳与子、青木允夫(2004年)第50巻第1号,
132-133頁
抄録『今川義元伝書』における腹診の検討(抄)鈴木達彦、遠藤次郎、中村輝子(2004年)第50巻第1号,
134-135頁
抄録『解体発蒙』に引用される中国医学古典(抄)友部和弘、石野尚吾、花輪壽彦(2004年)第50巻第1号,
136-137頁
抄録馬王堆医書『養生方』の再検討(抄)天野陽介、宮川浩也、花輪壽彦(2004年)第50巻第1号,
138-139頁
抄録『范汪方』について(抄)浦山きか(2004年)第50巻第1号,
140-141頁
抄録道教と中国医学(第24回)『太上感応篇』(抄)吉元昭治(2004年)第50巻第1号,
142-143頁
抄録薛已の外科治療概念の考察(抄)西巻明彦(2004年)第50巻第1号,
144-145頁
抄録唐代における『千金方』の形跡(抄)郭秀梅(2004年)第50巻第1号,
146-147頁
抄録京都大学整形外科学教室初代教授松岡道治先生の業績(抄)廣谷速人(2004年)第50巻第1号,
148-149頁
抄録近代医学への道を歩んだ西井格太郎の履歴(抄)西井易穂(2004年)第50巻第1号,
150-151頁
抄録満洲医科大学旧蔵古医籍の行方(抄)真柳誠(2004年)第50巻第1号,
152-153頁
抄録台湾国立中央図書館所蔵の医心方鈔本について(抄)杉立義一(2004年)第50巻第1号,
154-155頁
抄録『日本書紀』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2004年)第50巻第1号,
156-157頁
抄録明治一五年施行の旧刑法二五六条「私ニ医業ヲ為ス罪」と大審院での判決事例(抄)樋口輝雄(2004年)第50巻第1号,
158-159頁
抄録私宅監置室の実際―各府県における精神病者監護法取扱手続の比較(抄)橋本明(2004年)第50巻第1号,
160-161頁
抄録正骨家吉原杏蔭斎に関する新資料とその門下生(抄)蒲原宏、川嶌眞人(2004年)第50巻第1号,
162-163頁
抄録近代白内障手術の変遷と小院での日帰り手術(抄)鈴木高遠、千種浩司(2004年)第50巻第1号,
164-165頁
抄録鶴見大学図書館所蔵の紅毛流膏薬集と紅毛流膏方について(抄)中西淳朗(2004年)第50巻第1号,
166-167頁
抄録吉益東洞『古書医言』引『心卵経』(抄)舘野正美(2004年)第50巻第1号,
168-169頁
抄録本間棗軒『内科秘録』にみる癲狂説(抄)岡田靖雄(2004年)第50巻第1号,
170-171頁
原著Hippocratic Medicine and Philosophy at the End of the 20th Century (1)Spyros Marketos(2004年)第50巻第1号,
177-183頁
原著眼科リハビリテーションにおける医療と福祉の統合過程―順天堂大学眼科リハビリテーションクリニックの活動から高林雅子(2003年)第49巻第4号,
581-614頁
原著白居易(楽天)疾病攷小高修司(2003年)第49巻第4号,
615-636頁
ひろば林洞海・研海 父と子の理念望月洋子(2003年)第49巻第4号,
637-660頁
資料原典・古典の再発見「短波治療の基礎」物理―技術―適応症奈良圭之輔、岩井信市、横地章生、小口勝司(2003年)第49巻第4号,
661-668頁
記事例会記録(2003年9月から11月)(2003年)第49巻第4号,
669頁
例会抄録医学館における医学考試について(抄)戸出一郎(2003年)第49巻第4号,
669-672頁
例会抄録西南戦役と神奈川県下の官修墓地(抄)中西淳朗(2003年)第49巻第4号,
672-673頁
例会抄録漢方製剤の医史学補遺(抄)菊谷豊彦(2003年)第49巻第4号,
673-674頁
例会抄録コレラに対する禁忌食品の時代的変遷(抄)佐分利保雄(2003年)第49巻第4号,
674-675頁
例会抄録中神琴渓引書攷 その医学思想についての文献学的外観(抄)舘野正美(2003年)第49巻第4号,
675-676頁
紹介川上武著『戦後日本病人史』上林茂暢(2003年)第49巻第4号,
676-678頁
紹介立川昭二著『生と死の美術館』新村拓(2003年)第49巻第4号,
678-679頁
紹介須磨幸蔵、島田宗洋、島田達生編著『世界の心臓学を拓いた田原淳の生涯』藤田尚男(2003年)第49巻第4号,
679-681頁
紹介遠藤正治著『本草学と洋学 小野蘭山学統の研究』野尻佳与子(2003年)第49巻第4号,
681-682頁
紹介酒井シヅ著『絵で読む江戸の病と養生』立川昭二(2003年)第49巻第4号,
682-683頁
紹介呼吸器学百年史編集委員会『呼吸器学百年史―二十一世紀へのメッセージ』吉良枝郎(2003年)第49巻第4号,
684-685頁
2002年医史学関係文献目録(2003年)第49巻第4号,
686-737頁
日本医史学雑誌第四十九巻総目次(2003年)第49巻第4号,
739-743頁
総説Perspectives on the Evolution of Japanese MedicineShizu Sakai(2003年)第49巻第4号,
747-756頁
原著ガレノス『神経の解剖について』―ギリシャ語原典からの翻訳と考察―坂井建雄、池田黎太郎、月澤美代子(2003年)第49巻第3号,
403-454頁
原著太田黒玄淡の阿蘭陀外科免許状とその背景についてミヒェル・ヴォルフガング、杉立義一(2003年)第49巻第3号,
455-477頁
原著昭和二十四年の岩ヶ崎接種結核事件について―GHQ文書と日本の資料渡部幹夫(2003年)第49巻第3号,
479-492頁
ひろば医史学者・思想家 ペドロ・ライン・エントラルゴ泉彪之助(2003年)第49巻第3号,
493-500頁
資料フランス人医師が見た明治初期の日本 私立新潟病院初代外国人医学教師ヴィダルの旅行記「新潟から江戸へ(日本)」須長泰一(2003年)第49巻第3号,
501-558頁
追悼鹿子木敏範先生を悼む岡村良一(2003年)第49巻第3号,
559-561頁
記事例会記録(平成15年6月)(2003年)第49巻第3号,
562頁
例会抄録天台大師の医学 とくに十乗観法について(抄)杉田暉道(2003年)第49巻第3号,
562-564頁
紹介榊原悠紀田郎著『歯科保健医療小史』新藤恵久(2003年)第49巻第3号,
564-565頁
紹介八木剛平・田辺英著『日本精神病治療史』昼田源四郎(2003年)第49巻第3号,
565-567頁
紹介松木明知著『華岡青洲の新研究』高橋均(2003年)第49巻第3号,
567-568頁
紹介日和田邦男編『高血圧研究の歴史』藤倉一郎(2003年)第49巻第3号,
568-569頁
紹介江川義雄著『広島県医人伝 第三集』原田康夫(2003年)第49巻第3号,
570-571頁
紹介青木正和著『結核の歴史』中村昭(2003年)第49巻第3号,
571-572頁
紹介山田慶兒著『気の自然像』石田秀実(2003年)第49巻第3号,
572-574頁
紹介古西善麿著『緒方洪庵と大阪の除痘館』中山沃(2003年)第49巻第3号,
574-575頁
紹介村松学佑著『甲斐国医史』荒木幹雄(2003年)第49巻第3号,
575-577頁
原著多紀元簡失脚の背景―医学館官立化当初の一事情―町泉寿郎、小曽戸洋、花輪壽彦(2003年)第49巻第2号,
205-221頁
記事文庫めぐり 温知堂文庫真柳誠(2003年)第49巻第2号,
222頁
原著日本植民地時代における韓国のハンセン病対策の研究―一つの試論―魯紅梅(2003年)第49巻第2号,
223-261頁
記事ブンコメグリ 千葉大学附属図書館・亥鼻分館樋口誠太郎(2003年)第49巻第2号,
262頁
原著近代日本におけるマッサージ医療の導入和久田哲司(2003年)第49巻第2号,
263-276頁
原著精神疾患患者・遺伝性疾患患者に対するナチスの「安楽死」作戦とミュンスター司教フォン・ガーレン泉彪之助(2003年)第49巻第2号,
277-319頁
研究ノート解体新書―言語と概念の変容―岡田昌信(2003年)第49巻第2号,
321-333頁
ひろば昭和二〇年四月歯科医師への医師免許特例措置小関恒雄(2003年)第49巻第2号,
335-352頁
ひろば病原体としての「風」の概念山田慶兒(2003年)第49巻第2号,
353-354頁
資料癸亥 春林軒続薬方冊(四)高橋均、坂田育弘、児玉重隆(2003年)第49巻第2号,
355-368頁
追悼富士川英郎先生を悼む大滝 紀雄(2003年)第49巻第2号,
369-371頁
記事例会記録(平成14年9月、12月から15年5月)(2003年)第49巻第2号,
372-373頁
例会抄録江戸医学館における臨床記録(抄)町泉寿郎、戸出一郎(2003年)第49巻第2号,
373-375頁
例会抄録横浜港邏卒養生之規則について(抄)中西淳朗(2003年)第49巻第2号,
375-376頁
例会抄録和漢薬の来歴に関する新史料(抄)小曽戸洋(2003年)第49巻第2号,
377-378頁
例会抄録医学館年表作成をめざして―基礎資料解説―(抄)町泉寿郎(2003年)第49巻第2号,
379-380頁
例会抄録断種法史上の人びと(その六)―成田勝郎・付菊池甚一―岡田靖雄(2003年)第49巻第2号,
381-384頁
例会抄録江戸幕府寄合医師添田玄春の医学と医療活動(抄)深瀬泰旦(2003年)第49巻第2号,
384-385頁
紹介鈴木七美著『癒しの歴史人類学 ハーブと水のシンポリズムへ』瀧澤利行(2003年)第49巻第2号,
386-387頁
紹介小高健編『長與又郎日記 近代化を推進した医学者の記録』瀧澤利行(2003年)第49巻第2号,
387-389頁
紹介石塚久郎、鈴木晃仁編『身体医文化論―感覚と欲望』月澤美代子(2003年)第49巻第2号,
389-390頁
紹介岡田靖雄著『日本精神科医療史』橋本明(2003年)第49巻第2号,
390-392頁
紹介新村拓著『痴呆老人の歴史』寺畑喜朔(2003年)第49巻第2号,
392-393頁
紹介会田秀介著『医と石仏・庶民の治病信仰』奥沢康正(2003年)第49巻第2号,
393-395頁
紹介深瀬泰旦著『天然痘根絶史―近代医学勃興期の人びと―』松木明知(2003年)第49巻第2号,
395-396頁
紹介日本精神衛生会編『図説 日本の精神保健運動の歩み―精神病者慈善救治会設立一〇〇年記念―』岡田靖雄(2003年)第49巻第2号,
396-398頁
抄録京都帝国大学福岡医科大学から九州帝国医科大学への道のり(抄)佐藤裕(2003年)第49巻第1号,
006-10頁
抄録伝染病の歴史―疫病から感染症に(抄)酒井シヅ(2003年)第49巻第1号,
011-13頁
抄録特定領域研究「我が国の科学技術黎明期資料の体系化に関する調査・研究」(略称「江戸モノづくり」)についての報告(抄)酒井シヅ(2003年)第49巻第1号,
014-15頁
抄録九州大学医学部所蔵キュンストレーキについて(抄)月澤美代子、酒井シヅ、ヴォルフガング ミヒェル(2003年)第49巻第1号,
016-17頁
抄録橋本龍雲家伝の古医書類(抄)小曽戸洋、町泉寿郎、花輪壽彦(2003年)第49巻第1号,
018-19頁
抄録岡田昌春文庫(一)書籍類(抄)友部和弘、町泉寿郎、小曽戸洋、花輪壽彦(2003年)第49巻第1号,
020-21頁
抄録岡田昌春文庫(二)書簡類(抄)町泉寿郎、小曽戸洋、花輪壽彦(2003年)第49巻第1号,
022-23頁
抄録室町~江戸時代初期の金瘡書、南蛮流膏薬書、『春林軒膏方便覧』に見られる軟膏の色(抄)中村輝子、遠藤次郎(2003年)第49巻第1号,
024-25頁
抄録江戸時代の金瘡治療における「血」の概念の展開―紅毛流外科と気血水論(抄)遠藤次郎、中村輝子(2003年)第49巻第1号,
026-27頁
抄録ホーデフリート・ハークと一七世紀の日蘭交流における薬草学について(抄)ヴォルフガング ミヒェル (2003年)第49巻第1号,
028-29頁
抄録福岡の蘭学(医学)(抄)奥村武(2003年)第49巻第1号,
030-31頁
抄録中津藩蘭学の系譜(抄)川嶌眞人(2003年)第49巻第1号,
032-33頁
抄録遠隔と近接(抄)ヴォルフガング ミヒェル (2003年)第49巻第1号,
034-35頁
抄録一二世紀末ののクメール文化圏の施療院(抄)石田純郎(2003年)第49巻第1号,
036-37頁
抄録佐藤剛蔵と近代朝鮮医学教育(抄)寺畑喜朔(2003年)第49巻第1号,
038-39頁
抄録魯迅のエッセイ『皇漢医学』について(抄)真柳誠(2003年)第49巻第1号,
040-41頁
抄録朝鮮のハンセン病医療に従事した志賀潔(抄)魯紅梅(2003年)第49巻第1号,
042-43頁
抄録『看病用心抄』の著者について(抄)関根透(2003年)第49巻第1号,
044-45頁
抄録『風土記』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2003年)第49巻第1号,
046-47頁
抄録薛立斎の排膿に関する概念の考察(抄)西巻明彦(2003年)第49巻第1号,
048-49頁
抄録『日本精神科医療史』をかきあげて(抄)岡田靖雄(2003年)第49巻第1号,
050-51頁
抄録第一次世界大戦における陸軍航空医学(抄)黒澤嘉幸(2003年)第49巻第1号,
052-53頁
抄録第二次世界大戦以前における日本の精神医療の評判(抄)橋本明(2003年)第49巻第1号,
054-55頁
抄録「青洲先生療乳癌図記」について―華岡青洲と広瀬屋利兵衛の妻―(抄)松木明知(2003年)第49巻第1号,
056-57頁
抄録吉益東洞〈親試実験〉の背景としての金瘡―医史学的概観(抄)舘野正美(2003年)第49巻第1号,
058-59頁
抄録泉屋家文書の外科資料蘭文断簡からわかった本木正栄の医書(抄)相川忠臣、ハルメン ボイケルス(2003年)第49巻第1号,
060-61頁
抄録『黄帝内経明堂類成』と『甲乙経』の比較(抄)木場由衣登(2003年)第49巻第1号,
062-63頁
抄録『素問』『霊枢』中の「滑」「?」について(抄)上田善信(2003年)第49巻第1号,
064-65頁
抄録傷寒学を研究する先駆―高若訥(抄)郭秀梅、加藤久幸(2003年)第49巻第1号,
066-67頁
抄録江戸期の義眼史(抄)奥沢康正、広瀬秀(2003年)第49巻第1号,
068-69頁
抄録順天堂大学眼科リハビリテーションクリニックの歴史的意義(抄)高林雅子(2003年)第49巻第1号,
070-71頁
抄録江戸時代の温泉と梅毒(抄)鈴木則子(2003年)第49巻第1号,
072-73頁
抄録中国伝統医学と道教(第二十三回)五石散(抄)吉元昭治(2003年)第49巻第1号,
074-75頁
抄録『素問攷注』に引用される『解体発蒙』についての一考察(抄)竹内尚(2003年)第49巻第1号,
076-77頁
抄録唐以前における妊娠の認識について(抄)吉岡広記(2003年)第49巻第1号,
078-79頁
抄録『脈経』における版本の比較―『脈経』版本字句異同調査報告(抄)中川俊之(2003年)第49巻第1号,
080-81頁
抄録『名家灸選』所収の「試効」の灸法にみる施灸数(抄)鶴田泰平(2003年)第49巻第1号,
082-83頁
抄録近世日本鍼灸史における『阿是要穴』の意義(抄)杉浦雄、篠原孝市(2003年)第49巻第1号,
084-85頁
抄録『玉葉』の鍼灸(抄)寺川華奈(2003年)第49巻第1号,
086-87頁
抄録『鍼灸抜翠』について(抄)宮川隆弘(2003年)第49巻第1号,
088-89頁
抄録『東医宝鑑』の研究―鍼灸篇について(抄)吉田和裕(2003年)第49巻第1号,
090-91頁
抄録明石為嗣著「x脚之治験」(明治二二年)について(抄)小林晶、奥村武(2003年)第49巻第1号,
092-93頁
抄録久保記念館と久保猪之吉先生の思い(抄)曽田豊二(2003年)第49巻第1号,
094-95頁
抄録貝原益軒(一六三〇~一七一四)の紹介(抄)木村専太郎(2003年)第49巻第1号,
096-97頁
抄録貝原益軒の最後の著書『慎思録』について(抄)原敬二郎(2003年)第49巻第1号,
098-99頁
抄録明治時代に発行された碩田医報(抄)山之内夘一(2003年)第49巻第1号,
100-101頁
抄録中津藩医山辺文伯と産育編について(抄)石原力(2003年)第49巻第1号,
102-103頁
抄録前野良沢(蘭化)の自画像とオランダ馬具について(抄)松尾信一(2003年)第49巻第1号,
104-105頁
抄録緒方洪庵と添田玄春―西洋医学所頭取役宅の新築をめぐって(抄)深瀬泰旦(2003年)第49巻第1号,
106-107頁
抄録高野長英の『避疫要法』と看護(抄)平尾真智子(2003年)第49巻第1号,
108-109頁
抄録安中藩主板倉候の種痘事業(抄)清水英一(2003年)第49巻第1号,
110-111頁
抄録ガレノスとヴェサリウスの解剖学の比較研究(二)―第三・四対の脳神経を例にとって(抄)坂井建雄(2003年)第49巻第1号,
112-113頁
抄録コッホのまな弟子、リディア・ラビノウイッチ・ケンプナー教授(抄)泉彪之助(2003年)第49巻第1号,
114-115頁
抄録Thomas Willis の Cerebri Anatome について―脳神経系を中心に(抄)門田永治(2003年)第49巻第1号,
116-117頁
抄録ガイ病院の創設について(抄)柳澤波香(2003年)第49巻第1号,
118-119頁
抄録十九世紀における血圧測定の歴史(抄)藤倉一郎(2003年)第49巻第1号,
120-121頁
抄録京都・島根ジフテリア予防接種禍についての京都府記録とGHQ文書(抄)渡部幹夫(2003年)第49巻第1号,
122-123頁
抄録GHQによる看護改革の流れ―GHQ看護課・課長 G.E.Alt に対する協調と対立の構図(抄)大石杉乃(2003年)第49巻第1号,
124-125頁
抄録なぜ日本では「ドナ」を志望する人が少ないのか(抄)杉田暉道(2003年)第49巻第1号,
126-127頁
抄録『日本杏林要覧』(明治四二年刊)に掲載された九州八県下の医師・歯科医師人名(抄)樋口輝雄(2003年)第49巻第1号,
128-129頁
抄録先覚的医界ジャーナリスト山谷徳治郎(抄)中山沃、小田晧二(2003年)第49巻第1号,
130-131頁
抄録ドイツ人外科医ペルテス(一八六九―一九二七)の小伝と北清事変中の業績(抄)蒲原宏(2003年)第49巻第1号,
132-133頁
抄録最古参学校医 船石保太(抄)小田晧二(2003年)第49巻第1号,
134-135頁
抄録神奈川県権令・大江卓の養生布告(抄)中西淳朗(2003年)第49巻第1号,
136-137頁
抄録済生学舎出身の医師三木保長の生涯と東大整形外科教授三木威勇治について(抄)唐沢信安(2003年)第49巻第1号,
138-139頁
抄録愛知の結核医療史補遺(抄)山田英雄、山内一信、青木國雄(2003年)第49巻第1号,
140-141頁
抄録統計と医学的な事実―高木兼寛及び脚気論(抄)アレキサンダー ベイ、花輪壽彦(2003年)第49巻第1号,
142-143頁
抄録日本における法定伝染病統計の分析一九〇〇―一九六〇(一)(抄)鈴木晃仁(2003年)第49巻第1号,
144-145頁
抄録日本における法定伝染病統計の分析一九〇〇―一九六〇(二)(抄)市川智生(2003年)第49巻第1号,
146-147頁
抄録日本における法定伝染病統計の分析一九〇〇―一九六〇(三)(抄)永島剛(2003年)第49巻第1号,
148-149頁
抄録日本における法定伝染病統計の分析一九〇〇―一九六〇(四)(抄)平山勉(2003年)第49巻第1号,
150-151頁
資料医史学関係文献目録(2003年)第49巻第1号,
152-200頁
原著故松原三郎博士遺品中の一文書、イディッシュ語で書かれた医史学史料泉彪之助、正橋剛二(2002年)第48巻第4号,
541-573頁
原著日本におけるファン・スウイーテン水の受容高橋文(2002年)第48巻第4号,
575-595頁
研究ノート大正三年、東京における発疹チフスの大流行について―防疫行政面からの一考察渡部幹夫(2002年)第48巻第4号,
597-616頁
ひろば田代和生著『江戸時代朝鮮薬材調査の研究』へのコメント―科学史の立場から提出されている史料を読む山田慶兒(2002年)第48巻第4号,
617-636頁
資料池田文書の研究(二十四)池田文書研究会(2002年)第48巻第4号,
637-647頁
資料手塚良斎「医学所御用留」(五)深瀬泰旦(2002年)第48巻第4号,
648-653頁
追悼さようなら、古川明先生金山知新(2002年)第48巻第4号,
654-656頁
追悼矢数道明先生を偲ぶ―その足跡小曽戸洋(2002年)第48巻第4号,
657-660頁
追悼杉先生のご逝去を悼む七木田文彦、瀧澤利行(2002年)第48巻第4号,
661-663頁
記事例会記録(2002年)第48巻第4号,
664頁
例会抄録日本医史学会史資料供覧(抄)岡田靖雄(2002年)第48巻第4号,
664-666頁
例会抄録また江戸幕府寄合医師添田玄春の日々の暮し(抄)深瀬泰旦(2002年)第48巻第4号,
666-667頁
例会抄録日本における義肢装着者の生活援護史研究[抄)坪井良子(2002年)第48巻第4号,
667-668頁
例会抄録相州小田原の医史片々(抄)中西淳朗(2002年)第48巻第4号,
669-670頁
紹介杉浦守邦著『カルテ拝見 武将の死因』蔵方宏昌(2002年)第48巻第4号,
670-671頁
紹介坪井良子著『日本における義肢装着者の生活援護史研究』篠田達明(2002年)第48巻第4号,
671-673頁
紹介杉立義一著『お産の歴史』石原力(2002年)第48巻第4号,
673-675頁
紹介杉本つとむ著『江戸の阿蘭陀流医師』中西淳朗(2002年)第48巻第4号,
675-677頁
紹介野間祐輔著『二宮敬作と彼をめぐるひとびと』萩山正治(2002年)第48巻第4号,
677-678頁
紹介酒井シヅ著『病が語る日本史』杉立義一(2002年)第48巻第4号,
678-679頁
紹介外山幹夫著『医療福祉の祖 長与専斎』中西淳朗(2002年)第48巻第4号,
679-681頁
記事日本医史学雑誌第四十八巻 総目次(2002年)第48巻第4号,
683-688頁
原著On the Background of Engelbert Kaempfer's Studies of Japanese Herbs and Drugs"Michel, Wolfgang"(2002年)第48巻第4号,
692-720頁
抄録新潟県における医学教育前史(抄)蒲原宏(2002年)第48巻第3号,
323-325頁
抄録日本医史学会と日本歯科医史学会(抄)谷津三雄(2002年)第48巻第3号,
326-327頁
抄録飛鳥京庭園跡出土木簡「西州続命湯」の出典について(抄)小曽戸洋、真柳誠(2002年)第48巻第3号,
328-329頁
抄録『玉葉』における九条兼実の湯治(抄)寺川華奈(2002年)第48巻第3号,
330-331頁
抄録三位法眼と半井明重(抄)石原力(2002年)第48巻第3号,
332-333頁
抄録『雲庵抄』について(抄)宮川浩也(2002年)第48巻第3号,
334-335頁
抄録『維摩経』にみる医の心(抄)杉田暉道(2002年)第48巻第3号,
336-337頁
抄録明治期発行の医籍録に掲載された新潟県内の医師・歯科医師人名(抄)樋口輝雄(2002年)第48巻第3号,
338-339頁
抄録近藤家文書について―大森壽庵と越後の眼科医近藤文泰(抄寿広瀬秀(2002年)第48巻第3号,
340-341頁
抄録長岡市出身の医学者・椰野直の筆記ノートについて(抄)唐沢信安(2002年)第48巻第3号,
342-343頁
抄録陸軍航空医学(抄)黒澤嘉幸(2002年)第48巻第3号,
344-345頁
抄録十五年戦争と日本民族衛生学会(協会)(抄)莇昭三(2002年)第48巻第3号,
346-347頁
抄録藤浪鑑教授とがんの疫学調査(二)林直助教授の協力と戦後の研究への寄与(抄)青木國雄(2002年)第48巻第3号,
348-349頁
抄録福岡医科大学創設者・大森治豊(抄)佐藤裕(2002年)第48巻第3号,
350-351頁
抄録横浜三島堂病院略史(抄)中西淳朗(2002年)第48巻第3号,
352-353頁
抄録植民地時代朝鮮のハンセン病医療に従事した医師周防正季(抄)魯紅梅(2002年)第48巻第3号,
354-355頁
抄録血圧測定の創始者ステファン・ヘイルズ(抄)藤倉一郎(2002年)第48巻第3号,
356-357頁
抄録一〇一年前のドイツ留学生の絵葉書―ブレスラウの今昔比較(抄)石田純郎、小田皓二(2002年)第48巻第3号,
358-359頁
抄録未発表文献(Minachon 文書)によるパリ一般病院の誕生(抄)清水陽人(2002年)第48巻第3号,
360-361頁
抄録ナチスの「安楽死」作戦とミュンスター司教フォン・ガーレン(抄)泉彪之助(2002年)第48巻第3号,
362-363頁
抄録グレイト・オーモンド・ストリート小児病院の設立について(抄)柳澤波香(2002年)第48巻第3号,
364-365頁
抄録画家トウールーズ・ロートレック(1864-1901)の疾患について(抄)小林晶(2002年)第48巻第3号,
366-367頁
抄録大正四年看護婦規則制定以前に使用されていた看護婦の名称について(抄)平尾真智子(2002年)第48巻第3号,
368-369頁
抄録GHQによる戦後の看護教育カリキュラムの成立と経緯(抄)佐藤公美子、坪井良子(2002年)第48巻第3号,
370-371頁
抄録"""American Journal of Nursing""の記事にみる二〇世紀の日本の看護(抄)"大石杉乃(2002年)第48巻第3号,
372-373頁
抄録"二十世紀前半における京都・岩倉の""国際化""について(その二)(抄)"橋本明(2002年)第48巻第3号,
374-375頁
抄録昭和戦前期の精神医療におけるジェンダーバイアス(抄)鈴木晃仁(2002年)第48巻第3号,
376-377頁
抄録製本おそるべし―『神経学雑誌』のばあい(抄)岡田靖雄、小峯和茂(2002年)第48巻第3号,
378-379頁
抄録日本の敗戦直前後の医事雑誌と発刊事情(抄)寺畑喜朔(2002年)第48巻第3号,
380-381頁
抄録ハノイ現存古医籍の特徴(抄)真柳誠(2002年)第48巻第3号,
382-383頁
抄録『口歯類要』における歯痛に関する考察(抄)西巻明彦、寺師睦宗(2002年)第48巻第3号,
384-385頁
抄録古典医書における字から詞へ変化例(抄)郭秀梅、加藤久幸(2002年)第48巻第3号,
386-387頁
抄録疾病史に見る時代区分について(抄)小曽戸明子(2002年)第48巻第3号,
388-389頁
抄録『脈経』二十四脈状解析―『脈経』中における浮脈と他脈状の関係(抄)中川俊之(2002年)第48巻第3号,
390-391頁
抄録『甲乙経』における刺入深度・呼数の一考察(抄)吉岡広記(2002年)第48巻第3号,
392-393頁
抄録鍼灸書における婦人病証―漢代から唐代まで(抄)木場由衣登(2002年)第48巻第3号,
394-395頁
抄録鬼眼穴の考察(抄)上田善信(2002年)第48巻第3号,
396-397頁
抄録『延寿院切紙』における導道・三喜像(抄)遠藤次郎、中村輝子(2002年)第48巻第3号,
398-399頁
抄録曲直瀬道三と佐野―「足利の三帰」の検討(抄)中村輝子、遠藤次郎(2002年)第48巻第3号,
400-401頁
抄録吉益東洞『医方古言』攷(抄)舘野正美(2002年)第48巻第3号,
402-403頁
抄録松平定信の古方派批判(抄)町泉寿郎、花輪壽彦、寺澤捷年(2002年)第48巻第3号,
404-405頁
抄録モグサの産地としての伊吹山の歴史(抄)鶴田泰平(2002年)第48巻第3号,
406-407頁
抄録旧約聖書和訳過程における鳥類名称の取扱について(抄)水谷維紗久(2002年)第48巻第3号,
408-409頁
抄録『重訂解体新書』所引の中国書籍の研究(医書について)(抄)陶恵寧(2002年)第48巻第3号,
410-411頁
抄録三輪愿『葉真途異語』と三輪試『大和医語』(抄)友部和弘、小曽戸洋(2002年)第48巻第3号,
412-413頁
抄録中国伝統医学と道教(第二十三回)「神仙」(抄)吉元昭治(2002年)第48巻第3号,
414-415頁
抄録『古事記』の中の身体に関わる表現(抄)計良吉則(2002年)第48巻第3号,
416-417頁
抄録江戸時代の化粧と医療―『容顔美艶考』と『都風俗化粧伝』分析を中心に(抄)鈴木則子(2002年)第48巻第3号,
418-419頁
抄録王朝文学時代の歯科医療(抄)東智(2002年)第48巻第3号,
420-421頁
抄録「『病草子』にあらわれた歯科疾患風俗に関する一考察」第三報(抄)湯浅高行、藤野●男、屋代正幸(2002年)第48巻第3号,
422-423頁
抄録Jack Dresch の補綴学への貢献について(抄)平田幹男(2002年)第48巻第3号,
424-425頁
抄録十九世紀中期の日本と西欧の義歯の比較(抄)新藤恵久(2002年)第48巻第3号,
426-427頁
抄録ガレノスとヴェサリウスの解剖学の比較研究―筋系を例にとって(抄)坂井建雄(2002年)第48巻第3号,
428-429頁
抄録"ガスパール・ボーアン ""Theatrum Anatomicum"" について(三)―De Corporis Humani Fabrica Libri IIII(1590)の分析(抄)"月澤美代子(2002年)第48巻第3号,
430-431頁
抄録フォルヘー・コイターの解剖学―研究対象の措定をめぐって(抄)澤井直(2002年)第48巻第3号,
432-433頁
抄録スネイプ『馬体解剖学』(英文)一六八三年について(抄)松尾信一(2002年)第48巻第3号,
434-435頁
抄録レオナルド解剖手稿の心臓記述に関する年代的考察(第二報)(抄)永田和弘(2002年)第48巻第3号,
436-437頁
抄録解体新書以降の医歯学書に見られる歯科用語の変遷(抄)嶋村昭辰、小林繁、上瀉口武(2002年)第48巻第3号,
438-439頁
抄録桐村克己著「歯の養生法」の原資料の疑義についての研究(抄)森山徳長(2002年)第48巻第3号,
440-441頁
抄録ボードインのもたらした新しい神経生理学(抄)相川忠臣、ハルメン・ボイケルス(2002年)第48巻第3号,
442-443頁
抄録ケーニヒスベルグ大学と大阪大学(生化学で結ばれる橋)(抄)柴田幸雄(2002年)第48巻第3号,
444-445頁
抄録野口英世著「Serum Diagnosis of Syphilis」(一九一〇初版)の出版とその経緯について(抄)会田恵(2002年)第48巻第3号,
446-447頁
抄録石塚三郎旧蔵・新潟県歯科医師会日誌―草創期の歯科界を探る(抄)佐藤泰彦(2002年)第48巻第3号,
448-449頁
抄録初代厚生大臣木戸幸一自筆の血脇守之助への書簡(委員委嘱状)(抄)山岸徳太郎、森山徳長、長谷川正康、石川達也(2002年)第48巻第3号,
450-451頁
抄録日本大学歯学部創設者佐藤運雄先生の医術・歯科医術開業免状について(抄)工藤逸郎、三宅正彦、見崎徹(2002年)第48巻第3号,
452-453頁
抄録熊本県近代文化功労者として顕彰された一井正典について(抄)松本晉一、渋谷敦(2002年)第48巻第3号,
454-455頁
抄録岩ヶ崎接種結核事件に関するGHQ文書について(抄)渡部幹夫(2002年)第48巻第3号,
456-457頁
抄録戦後日本の外国人医師導入―導入プロセスと認識を中心に(抄)今野卓美(2002年)第48巻第3号,
458-459頁
抄録農村医学の発展―「農夫症」をめぐって(抄)杉山章子(2002年)第48巻第3号,
460-461頁
抄録戦後の視覚障害原因の推移と医療の対応(抄)高林雅子(2002年)第48巻第3号,
462-463頁
抄録最後の高等学校(その二)(抄)水川秀海、嶋村昭辰(2002年)第48巻第3号,
464-465頁
抄録陸軍で用いられた歯科嚢と歯科機械(抄)下総高次(2002年)第48巻第3号,
466-467頁
抄録歯科医史学と色彩学の関連性の考察(抄)陶粟嫻、西巻明彦(2002年)第48巻第3号,
468-469頁
抄録シーボルト記念館蔵の「阿蘭陀草木鏡図」とその背景について(抄)ミヒェル、ヴォルフガング(2002年)第48巻第3号,
470-471頁
抄録華岡青洲が全身麻酔薬を使って行った乳癌手術を欧米に紹介したのは誰か?(抄)高橋均(2002年)第48巻第3号,
472-473頁
抄録新たに確定した「乳巖姓名録」中の患者二三名の歿年月日について(抄)松木明知(2002年)第48巻第3号,
474-475頁
抄録彌性園蔵 幕末期の診療録(抄)田中祐尾(2002年)第48巻第3号,
476-477頁
抄録池田文書からみたお玉が池種痘所開設の前夜(抄)深瀬泰旦(2002年)第48巻第3号,
478-479頁
医史学関係文献目録(2000年)(2002年)第48巻第3号,
480-534頁
原著『重訂解体新書』所引の中国書籍の研究―『医学原始』と『物理小識』について陶恵寧(2002年)第48巻第2号,
155-174頁
原著新に確定された青洲の乳癌患者三名の死亡年月日松木明知(2002年)第48巻第2号,
175-184頁
原著医学館における医学考試について(二)戸出一郎(2002年)第48巻第2号,
185-204頁
原著多御少女の房中術に関する医学的検証嚴善●(2002年)第48巻第2号,
205-217頁
記事文庫めぐり(18)龍谷大学大宮図書館真柳誠(2002年)第48巻第2号,
218頁
研究ノート日韓生薬学交流史―杉原徳行の業績と評価渡辺晴香、金善珉、丁宗鐵(2002年)第48巻第2号,
219-225頁
資料吉益家門人録(四)町泉寿郎(2002年)第48巻第2号,
226-258頁
資料癸亥 春林軒続薬方冊(三)高橋均、坂田育弘、児玉重隆(2002年)第48巻第2号,
259-266頁
資料「達生園門生録 附醇生庵探頷伝授録」について梶谷光弘(2002年)第48巻第2号,
267-296頁
追悼追悼 吉田信先生島田保久(2002年)第48巻第2号,
297-298頁
追悼大村敏郎先生を悼む大滝紀雄(2002年)第48巻第2号,
299-300頁
追悼長崎学の泰斗 中西啓先生を悼む相川忠臣(2002年)第48巻第2号,
301-303頁
記事例会記録(平成14年3月-5月)(2002年)第48巻第2号,
304頁
例会抄録江戸幕府寄合医師添田玄春の日々の暮し(抄)深瀬泰旦(2002年)第48巻第2号,
304-305頁
例会抄録断種法史上の人びど(その五)―三宅鑛一―岡田靖雄(2002年)第48巻第2号,
306-308頁
紹介見市雅俊・斎藤修・脇村孝平・飯島渉編『疾病・開発・帝国医療―アジアにおける病気と医療の歴史学』渡部幹夫(2002年)第48巻第2号,
308-309頁
紹介中西淳朗著『仙花堂医史往来』北小路博央(2002年)第48巻第2号,
310-311頁
紹介澤田祐介著『蘇る医神アスクレピオスの物語』星和夫(2002年)第48巻第2号,
311-312頁
紹介加納喜光著『風水と身体―中国古代のエコロジー―』猪飼祥夫(2002年)第48巻第2号,
313-314頁
原著医学館における医学考試について(一)戸出一郎(2002年)第48巻第1号,
3-30頁
原著『解体新書』の原著者クルムスについての研究石田純郎(2002年)第48巻第1号,
31-51頁
記事文庫めぐり(15)岡山大学附属図書館鹿田分館(通称医学図書館)中山沃(2002年)第48巻第1号,
52頁
原著華岡青洲の「乳巖姓名録」の研究 個別の症例記録との比較検討松木明知(2002年)第48巻第1号,
53-65頁
記事文庫めぐり(16)鶚軒文庫町泉寿郎(2002年)第48巻第1号,
66頁
研究ノート異本病草紙の伝本に就いて林美朗(2002年)第48巻第1号,
67-79頁
記事文庫めぐり(17)文教大学越谷図書館池田文庫宮川浩也(2002年)第48巻第1号,
80頁
広場関寛斎「御容体心覚」芝木秀哉(2002年)第48巻第1号,
81-89頁
資料史料「故 Jo.Ad. クルムス博士の手稿からの抜粋」 石田純郎(2002年)第48巻第1号,
90-103頁
記事例会記録(2002年)第48巻第1号,
104頁
例会抄録関西大震災と横浜「関西村」の病院について(抄)中西淳朗(2002年)第48巻第1号,
104-106頁
例会抄録大英図書館のスタイン医薬文書(抄)真柳誠(2002年)第48巻第1号,
106-108頁
紹介黄煌著、柴崎瑛子訳『中国伝統流派の系譜』安井廣迪(2002年)第48巻第1号,
108-110頁
紹介"正木繁著『消印は知っていた―幕末から明治・大正・昭和の""たより""が綴る庶民医療史』"蔵方宏昌(2002年)第48巻第1号,
110-111頁
紹介チャールズ・D.オマリー著、坂井建雄訳『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウス 一五一四―一五六四』藤田尚男(2002年)第48巻第1号,
111-113頁
紹介新村拓著『在宅死の時代―近代日本のターミナルケア』杉田暉道(2002年)第48巻第1号,
113-115頁
紹介吉田忠・深瀬泰旦編『東と西の医療文化』蒲原宏(2002年)第48巻第1号,
115-117頁
紹介瀧澤利行著『養生の楽しみ』鈴木則子(2002年)第48巻第1号,
117-118頁
紹介川原秀城著『毒薬は口に苦し』吉本昭治(2002年)第48巻第1号,
118-120頁
紹介国際日本文化研究センター編『宗田文庫目録』奥沢康正(2002年)第48巻第1号,
120-121頁
紹介内藤記念くすり博物館編『大同薬室文庫蔵書目録』小曽戸洋(2002年)第48巻第1号,
121-123頁
紹介神戸十四郎編『宮城県医史懇話会二十二年の歩み』中西淳朗(2002年)第48巻第1号,
123-124頁
記事日本医史学雑誌第四十七巻総目次(2002年)第48巻第1号,
125-129頁
原著Mohnike and Vaccination: Deshima-doctor in the Wake of Von SieboldHarmen Beukers(2002年)第48巻第1号,
152-131頁
原著公衆衛生の確立における日本と英国―長与専斎とE・チャドウィックの果たした役割上林茂暢(2001年)第47巻第4号,
665-696頁
原著山形県における近代産婆制度成立過程に関する研究―明治三十二年までの産婆規則類の制定を中心に高橋みや子(2001年)第47巻第4号,
697-755頁
記事文庫めぐり(14)宗田文庫杉立義一(2001年)第47巻第4号,
756頁
原著大正四(一九一五)年制定の「看護婦規則」の制定過程と意義に関する研究平尾真智子(2001年)第47巻第4号,
757-796頁
原著新発見の医書、田代三喜『本方加減秘集』に見られる医説―基本処方と加減方遠藤次郎、中村輝子(2001年)第47巻第4号,
797-818頁
研究ノート永富独嘯庵から小石元俊へ―江戸時代中期の医の先哲長与健夫(2001年)第47巻第4号,
819-826頁
資料吉益家門人録(三)町泉寿郎(2001年)第47巻第4号,
827-843頁
資料癸亥 春林軒續薬方冊(二)高橋均、坂田育弘、児玉重隆(2001年)第47巻第4号,
844-853頁
記事例会記録(2001年)第47巻第4号,
854頁
例会抄録Grace Elizabeth Altによる第二次世界大戦後の看護改革大石杉乃(2001年)第47巻第4号,
854-855頁
例会抄録吉益東洞と道家・道教思想舘野正美、大山昌道(2001年)第47巻第4号,
855-857頁
例会抄録お雇い外国人医学教師ヴェルニッヒ(Albrecht Ludwig Agathon Wernich 1843-1896)の生涯と業績蒲原宏(2001年)第47巻第4号,
857-859頁
例会抄録私の垣間見た近世漢方史の一面菊谷豊彦(2001年)第47巻第4号,
859-860頁
例会抄録吉益東洞『古書医言』における儒教経典舘野正美、大山昌道(2001年)第47巻第4号,
860-862頁
紹介吉良枝郎著『日本の西洋医学の生い立ち』大島智夫(2001年)第47巻第4号,
862-863頁
紹介瀧澤利行著『健康文化論』日野秀逸(2001年)第47巻第4号,
863-865頁
紹介芝木秀哉著『順天堂経験―嘉永年間に於ける日本の医療の実録』藤田俊夫(2001年)第47巻第4号,
865-866頁
紹介浅野弘毅著『精神医療論争史』岡田靖雄(2001年)第47巻第4号,
866-868頁
紹介岡田靖雄著『精神科医 斎藤茂吉の生涯』小峯和茂(2001年)第47巻第4号,
868-869頁
紹介山崎光夫著『日本の名薬』青木允夫(2001年)第47巻第4号,
869-870頁
紹介D・フローリ、V・ラッド著『アーユルヴェーダのハーブ医学』根本幸夫(2001年)第47巻第4号,
870-871頁
紹介森川政一著『昭和前期上越医界史』蒲原宏(2001年)第47巻第4号,
871-873頁
抄録ライデン大学医学部の学統(抄)吉田忠(2001年)第47巻第3号,
457-459頁
抄録東北大学医学部前史(抄)山本敏行(2001年)第47巻第3号,
460-461頁
抄録占領期にて山梨県の看護政策に影響を与えたファーラー軍医(抄)佐藤公美子(2001年)第47巻第3号,
462-463頁
抄録十五年戦争と日本外科学会総会(抄)莇昭三(2001年)第47巻第3号,
464-465頁
抄録海軍航空医学(抄)黒澤嘉幸(2001年)第47巻第3号,
466-467頁
抄録看護婦規則下における准看護婦の実態―免状授与・資格要件・看護料金に関して(抄)平尾真智子(2001年)第47巻第3号,
468-469頁
抄録大正三年の東京における発疹チフスの大流行について(抄)渡部幹夫(2001年)第47巻第3号,
470-471頁
抄録本邦における神経心理学用語(「失語」など)の起源(抄)濱中淑彦(2001年)第47巻第3号,
472-473頁
抄録"二十世紀前半における京都・岩倉の""国際化""について(その一)(抄)"橋本明(2001年)第47巻第3号,
474-475頁
抄録戦前期日本における精神病院収容患者の増加(抄)鈴木晃仁(2001年)第47巻第3号,
476-477頁
抄録弘前藩『御国日記』にみる癲狂について(抄)岡田靖雄(2001年)第47巻第3号,
478-479頁
抄録O・テムキンの『てんかんの歴史』にみる時代区分について(抄)小曽戸明子(2001年)第47巻第3号,
480-481頁
抄録晩年の長谷川泰について(抄)唐沢信安(2001年)第47巻第3号,
482-483頁
抄録司馬凌海―その名古屋時代(明治九~十二年)(抄)高橋昭(2001年)第47巻第3号,
484-485頁
抄録本邦篤志解剖第一号の執刀者と三田村日誌(抄)宮下舜一(2001年)第47巻第3号,
486-487頁
抄録明治一七年から二一年までの医籍登録者について(抄)樋口輝雄(2001年)第47巻第3号,
488-489頁
抄録日本における老人医学の源流(抄)寺畑喜朔(2001年)第47巻第3号,
490-491頁
抄録医の心の歴史的考察(抄)杉田暉道(2001年)第47巻第3号,
492-493頁
抄録セメント質微細構造の概念の変遷について(抄)西巻明彦(2001年)第47巻第3号,
494-495頁
抄録狩野文庫(東北大学)と蓬左文庫(名古屋市)の古い馬骨図について(抄)松尾信一(2001年)第47巻第3号,
496-497頁
抄録幕末維新期の蘭方医関島良致の生き方(抄)青木歳幸(2001年)第47巻第3号,
498-499頁
抄録西洋医学所医師添田玄春の長崎留学(抄)深瀬泰旦(2001年)第47巻第3号,
500-501頁
抄録尾張藩「御医師」の基礎的研究―一六〇三~一八三六(抄)岩下哲典(2001年)第47巻第3号,
502-503頁
抄録「乳巖姓名録」に現れた乳癌手術患者の予後(抄)松木明知(2001年)第47巻第3号,
504-505頁
抄録華岡青洲自筆「丸散便覧序」(抄)高橋均(2001年)第47巻第3号,
506-507頁
抄録『重訂解体新書』所引の『物理小識』について(抄)陶恵寧(2001年)第47巻第3号,
508-509頁
抄録『蔵志』の解剖学的表現について―『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』との比較(抄)計良吉則(2001年)第47巻第3号,
510-511頁
抄録日本におけるテリアカの受容(抄)中村輝子、遠藤次郎(2001年)第47巻第3号,
512-513頁
抄録大伴家持が献上した薬方(抄)後藤志朗(2001年)第47巻第3号,
514-515頁
抄録和気広虫について(抄)半井英江(2001年)第47巻第3号,
516-517頁
抄録近世初期の病理学・治療法―『古寫本 鍼灸秘書』による考察(抄)戸田静男、亀節子(2001年)第47巻第3号,
518-519頁
抄録故松原三郎博士遺品中の一文書―イディッシュ語で書かれた医史学史料(抄)泉彪之助、正橋剛二(2001年)第47巻第3号,
520-521頁
抄録ロイヤル・マーズデン病院の設立と発展(抄)柳澤波香(2001年)第47巻第3号,
522-523頁
抄録ジョウジ・ワシントンの死について(抄)藤倉一郎(2001年)第47巻第3号,
524-525頁
抄録古代インドの病理論書『マーダヴァ・ニダーナ』について(抄)山下勤(2001年)第47巻第3号,
526-527頁
抄録『脈経』二十四脈状の構造分析―遅数と疎疾の相違点(抄)中川俊之(2001年)第47巻第3号,
528-529頁
抄録三陰交の明堂関係医書の主治病證と経脈病證(抄)木場由衣登(2001年)第47巻第3号,
530-531頁
抄録『扁鵲心書』の鍼灸について(抄)北江龍也(2001年)第47巻第3号,
532-533頁
抄録鍼灸歌賦の研究―「玉龍歌」(抄)宮川浩也(2001年)第47巻第3号,
534-535頁
抄録中国伝統医学と道教(第二十二回)「祝由」(抄)吉元昭治(2001年)第47巻第3号,
536-537頁
抄録日本の鍼灸を輸入した中国民国時代鍼灸医学家―承淡安の業績について(抄)宮川隆弘(2001年)第47巻第3号,
538-539頁
抄録中国医書にみられる糖尿病(抄)魯紅梅(2001年)第47巻第3号,
540-541頁
抄録『傷寒雑病論』における卓越した考注(抄)郭秀梅、加藤久幸(2001年)第47巻第3号,
542-543頁
抄録台湾故宮所蔵の日本関連古医籍(抄)真柳誠(2001年)第47巻第3号,
544-545頁
抄録『蔵府和名攷』について(抄)竹内尚(2001年)第47巻第3号,
546-547頁
抄録梅園資料館所蔵の医学書の紹介(抄)佐藤裕(2001年)第47巻第3号,
548-549頁
抄録三輪東朔に関する新知見(抄)友部和弘(2001年)第47巻第3号,
550-551頁
抄録知られざる医史学者・渡辺奎輔(抄)町泉寿郎(2001年)第47巻第3号,
552-553頁
抄録足部に名前を残す二人のフランス人―ChopartとLisfranc(抄)小林晶(2001年)第47巻第3号,
554-555頁
抄録Colles 骨折の嚆矢―フランス人医師 Claude Pouteau(抄)清水陽人(2001年)第47巻第3号,
556-557頁
抄録"ガスパール・ボーアン ""Theatrum anatomicum"" について(2)―""Anatomica corporis virilis et mvliebris historia"" (1597)との比較検討(抄)"月澤美代子(2001年)第47巻第3号,
558-559頁
抄録レアルド・コロンボ『解剖学』におけるヒトと動物(抄)澤井直(2001年)第47巻第3号,
560-561頁
抄録藤浪鑑教授とがんの疫学調査(抄)青木國雄(2001年)第47巻第3号,
562-563頁
抄録網膜色素変性症患者の心理的側面に関する研究史(抄)高林雅子(2001年)第47巻第3号,
564-565頁
抄録日露戦争時の傷病俘虜者の治療と看護状況(抄)坪井良子(2001年)第47巻第3号,
566-567頁
抄録『明治四十三年五月 種痘名簿 吉備郡Ⅹ村役場』について(抄)石田純郎(2001年)第47巻第3号,
568-569頁
抄録早矢仕有的とメディカルNPO・両幸社(抄)中西淳朗(2001年)第47巻第3号,
570-571頁
抄録ハーバード大学図書館に残るヘボンの書簡(抄)高安伸子(2001年)第47巻第3号,
572-573頁
抄録明治期ドイツ留学生の絵葉書(抄)小田晧二(2001年)第47巻第3号,
574-575頁
抄録スクリバ博士の外科学系譜の疑義の訂正(抄)蒲原宏(2001年)第47巻第3号,
576-577頁
抄録泉屋家文書の外科資料蘭文断簡、外科問考について(抄)相川忠臣、ハルメン・ボイクルス、中西啓(2001年)第47巻第3号,
578-579頁
抄録越中高岡見在江戸後期蘭語医事資料について(抄)正岡剛二(2001年)第47巻第3号,
580-581頁
抄録シーボルトと眼科医伊東昇迪(抄)酒井シヅ(2001年)第47巻第3号,
582-583頁
抄録大英図書館で新たに発見された、ケンペルによる灸所鑑の翻訳草稿について(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(2001年)第47巻第3号,
584-585頁
抄録公家・寺院日記から見た眼科の動向(抄)奥沢康正(2001年)第47巻第3号,
586-587頁
抄録宗田文庫本『切紙東井御釈談』について(抄)小曽戸洋(2001年)第47巻第3号,
588-589頁
抄録導道が曲直瀬道三に授けた印可状(抄)遠藤次郎、中村輝子(2001年)第47巻第3号,
590-591頁
抄録『煙蘿子針灸法』について(抄)上田善信(2001年)第47巻第3号,
592-593頁
抄録「灸鍼図」の考察(抄)篠原孝市(2001年)第47巻第3号,
594-595頁
抄録『頓医抄』における脈法(抄)吉岡広記(2001年)第47巻第3号,
596-597頁
抄録金瘡医と『金瘡療治鈔』(抄)アンドリュー・ゴーブル(2001年)第47巻第3号,
598-599頁
抄録三位法眼考(抄)石原力(2001年)第47巻第3号,
600-601頁
抄録高野長英から大窪綱介宛の書翰(抄)杉立義一(2001年)第47巻第3号,
602-603頁
抄録中日疫病史における伝染説提唱の先覚者―呉有性と橋本伯寿(抄)邵沛(2001年)第47巻第3号,
604-605頁
1999年医史学関係文献目録(2001年)第47巻第3号,
606-657頁
原著徐霊胎と吉益東洞―その学術思想における異同点およびその原因の研究黄煌(2001年)第47巻第2号,
229-260頁
原著清医胡兆新の来日記録と業績―長崎における一八〇三~一八〇五年の活動(二)郭秀梅(2001年)第47巻第2号,
261-281頁
原著モーゼス・マイモニデスの医学的著作概観泉彪之助(2001年)第47巻第2号,
283-308頁
原著『解体新書』のオランダ人翻訳者ディクテンについての研究石田純郎(2001年)第47巻第2号,
309-336頁
研究ノート『医心方』房内篇についての考察嚴善●(2001年)第47巻第2号,
337-349頁
文庫めぐり(12) 名古屋市蓬左文庫山内一信(2001年)第47巻第2号,
350-351頁
研究ノートGHQ看護課の占領直後から約六ヶ月間の活動城丸瑞恵(2001年)第47巻第2号,
351-365頁
文庫めぐり(13) 鹿山文庫深瀬泰旦(2001年)第47巻第2号,
366-366頁
研究ノート明治初期の陸軍軍医学校の卒業生黒澤嘉幸(2001年)第47巻第2号,
367-381頁
資料癸亥 春林軒續薬方冊(一)高橋均、坂田育弘、児玉重隆(2001年)第47巻第2号,
382-393頁
資料吉益家門人録(二)町泉寿郎(2001年)第47巻第2号,
394-410頁
記事例会記録(2001年)第47巻第2号,
411頁
例会抄録医方巻石秘録にみられる洋式外用薬について中西淳朗(2001年)第47巻第2号,
412-413頁
例会抄録吉益脩夫―断種法をめぐる人びと(その四)―岡田靖雄(2001年)第47巻第2号,
413-415頁
例会抄録小川鼎三先生 生誕百年祭に中井準之助(2001年)第47巻第2号,
415-416頁
例会抄録日本医史学会理事長としての小川鼎三先生岡田靖雄(2001年)第47巻第2号,
416-418頁
例会抄録東大脳研時代の小川先生萬年甫(2001年)第47巻第2号,
418-420頁
例会抄録解剖学と鯨学と医史学と淺見一羊(2001年)第47巻第2号,
420-421頁
紹介石渡隆司『医学哲学はなぜ必要なのか』月澤美代子(2001年)第47巻第2号,
422-424頁
紹介小松良夫『結核―日本近代史の裏側』兼松一郎(2001年)第47巻第2号,
424-425頁
紹介岡田靖雄『歴史から見た日本の精神科医療の問題点』小池清廉(2001年)第47巻第2号,
425-426頁
紹介米本昌平、松原洋子、●島次郎、市野川容孝『優生学と人間社会 生命科学の世紀はどこへ向かうのか』瀧澤利行(2001年)第47巻第2号,
426-428頁
原著"Medicine and New Knowledge in Medieval Japan: Kajiwara Shozen(1266-1337) and the ""Man'anpo""(2)""GOBLE, Andrew Edmund"(2001年)第47巻第2号,
452-432頁
原著吉益家門人録の考察町泉寿郎(2001年)第47巻第1号,
3-32頁
原著W・ハーヴィのアナトミアと方法月澤美代子(2001年)第47巻第1号,
33-81頁
文庫めぐり(10) 京都府立醫科大學附屬圖書館藤田俊夫(2001年)第47巻第1号,
82-82頁
原著清医胡兆新の来日記録と業績―長崎における一八〇三~一八〇五年の活動(一)郭秀梅(2001年)第47巻第1号,
83-103頁
文庫めぐり(11)九州大学附属図書館医学分館ヴォルフガング・ミヒェル(2001年)第47巻第1号,
104-104頁
研究ノート明治初期の陸軍軍医学校黒澤嘉幸(2001年)第47巻第1号,
105-118頁
研究ノート明治以降昭和二十年までに熊本で発行された医学医事雑誌岡村良一(2001年)第47巻第1号,
119-162頁
資料吉益家門人録(一)町泉寿郎(2001年)第47巻第1号,
163-178頁
記事日蘭交流四百年物故者法要多留淳文(2001年)第47巻第1号,
179-180頁
記事日本医史学会関西支部平成十二年秋季大会長門谷洋治(2001年)第47巻第1号,
180-181頁
例会抄録橋本伯寿『断毒論』の刊行年について深瀬泰旦(2001年)第47巻第1号,
181-182頁
例会抄録火薬の発明と中国伝統医薬学小曽戸洋(2001年)第47巻第1号,
182-184頁
紹介片桐一男『江戸の蘭方医学事始 阿蘭陀通詞 吉雄幸左衛門耕牛』高橋文(2001年)第47巻第1号,
184-186頁
紹介横田敏勝『名画の医学』友吉唯夫(2001年)第47巻第1号,
186-187頁
紹介M・B・A・オールドストーン『ウイルスの脅威』加藤四郎(2001年)第47巻第1号,
188-189頁
紹介中村桂子『北里柴三郎』会田恵(2001年)第47巻第1号,
189-191頁
原著"Medicine and New Knowledge in Medieval Japan: Kajiwara Shozen(1266-1337) and the ""Man'anpo""(1)""GOBLE, Andrew Edmund"(2001年)第47巻第1号,
226-193頁
原著農村医学の形成と発展―佐久病院における地域医療活動の実践から杉山章子(2000年)第46巻第4号,
507-551頁
原著森●外「甘瞑の説」―「生命の質」への一視座高橋正夫(2000年)第46巻第4号,
553-563頁
原著『扁鵲倉公列伝割解』の研究―現伝本における書き入れおよび旧蔵者宮川浩也(2000年)第46巻第4号,
565-586頁
原著吉益東洞『古書医言』と『医事古言』―両書の比較、延いては『古書医言』の文献学的特質について舘野正美(2000年)第46巻第4号,
587-611頁
原著近代日本の対中医療・文化活動―同仁会研究(四)丁蕾(2000年)第46巻第4号,
613-639頁
資料池田文書の研究(二十三)池田文書研究会(2000年)第46巻第4号,
640-647頁
資料華岡家文書(華岡家宛書翰類)高橋均、児玉重隆(2000年)第46巻第4号,
648-657頁
記事横浜市大にシモンズ碑建つ大滝紀雄(2000年)第46巻第4号,
659-660頁
記事中野操文庫について長門谷洋治(2000年)第46巻第4号,
660-661頁
記事『中川五郎治顕彰碑』について松木明知(2000年)第46巻第4号,
661-662頁
記事沖縄医生教習所碑再建について新垣敏雄(2000年)第46巻第4号,
662-669頁
例会抄録檢梅医・松山不苦庵の足跡中西淳朗(2000年)第46巻第4号,
669-671頁
例会抄録古写本「長崎吉雄先生秘伝」について中西淳朗(2000年)第46巻第4号,
671-672頁
例会抄録永井潜―断種法上の人びと(その三)岡田靖雄(2000年)第46巻第4号,
672-675頁
例会抄録医学館の学問の形成について町泉寿郎(2000年)第46巻第4号,
675-677頁
紹介二宮陸雄『桑田立斎先生』深瀬泰旦(2000年)第46巻第4号,
677-679頁
紹介石田純郎著『アジア医科学史散歩』蒲原宏(2000年)第46巻第4号,
679-681頁
紹介中山茂春著『筑後久留米藩医中山家系図』小林晶(2000年)第46巻第4号,
681-682頁
紹介二宮陸雄著『医学史探訪 医学を変えた一〇〇人』石田純郎(2000年)第46巻第4号,
682-684頁
紹介鹿子木敏範著『落葉集』ヴォルフガング・ミヒェル(2000年)第46巻第4号,
684-685頁
紹介小田泰子著『種痘法に見る医の倫理』中西淳朗(2000年)第46巻第4号,
686-686頁
紹介平尾真智子著『資料に見る日本看護教育史』杉田暉道(2000年)第46巻第4号,
687-688頁
抄録会長講演 京都における病院の発展史中橋彌光(2000年)第46巻第3号,
299-299頁
抄録特別講演Ⅰ 京都と性科学―性科学京都学派の現代史友吉唯夫(2000年)第46巻第3号,
300-303頁
抄録特別講演Ⅱ 看取りの文化とその歴史新村拓(2000年)第46巻第3号,
304-306頁
抄録招待講演 台湾解剖学史―森於菟と金関丈夫両先生を中心に哈鴻濳(2000年)第46巻第3号,
307-309頁
抄録魔訶止観の医学杉田暉道(2000年)第46巻第3号,
310-311頁
抄録半井家起源についての一考察「半井小草紙」に出逢って半井英江(2000年)第46巻第3号,
312-313頁
抄録『医心方』にみる大豆について槇佐知子(2000年)第46巻第3号,
314-315頁
抄録田代三喜の新発見の医書『本方加減秘集』の検討遠藤次郎、中村輝子(2000年)第46巻第3号,
316-317頁
抄録司馬凌海 生涯と遺跡についての若干の知見高橋昭(2000年)第46巻第3号,
318-319頁
抄録岡山で蘭方を教えた吉雄永清中山沃(2000年)第46巻第3号,
320-321頁
抄録吉益家門人録の考察町泉寿郎(2000年)第46巻第3号,
322-323頁
抄録近代医学黎明期の広島と浅野藩薬草園「日渉園」原田康夫(2000年)第46巻第3号,
324-325頁
抄録華岡青洲の「乳巌治験録」の新研究―呉秀三の復刻文に対する疑義松木明知(2000年)第46巻第3号,
326-327頁
抄録華岡青洲自筆序高橋均(2000年)第46巻第3号,
328-329頁
抄録お玉が池種痘所の設立に参加した添田玄春深瀬泰旦(2000年)第46巻第3号,
330-331頁
抄録江戸期本草家の北陸への関心(四)―藤沢光周と『竒草小図』について正橋剛二(2000年)第46巻第3号,
332-333頁
抄録S・アルマン教授著『アヴィセンヌ』泉彪之助(2000年)第46巻第3号,
334-335頁
抄録中欧のペスト塔について石田純郎(2000年)第46巻第3号,
336-337頁
抄録ロンドン・ジェネラル・インスティテューション設立の理念柳澤波香(2000年)第46巻第3号,
338-339頁
抄録オスカー・フウルピウス(一八六七-一九三六)と日本の草創期整形外科医達蒲原宏(2000年)第46巻第3号,
340-341頁
抄録『重訂解体新書』所引の『医学原始』について陶恵寧(2000年)第46巻第3号,
342-343頁
抄録ブラシウス『動物比較解剖学』(一六八一年)の解剖図について松尾信一(2000年)第46巻第3号,
344-345頁
抄録William Cullen にみる Delirium の記載について小曽戸明子(2000年)第46巻第3号,
346-347頁
抄録ウイリアム・ハーヴイの方法論―論推の正当化をめぐって澤井直(2000年)第46巻第3号,
348-349頁
抄録馬王堆三号漢墓出土の胎産書について米倉亮(2000年)第46巻第3号,
350-351頁
抄録『伝屍病廿五方』の鍼灸篠原孝市、小曽戸洋(2000年)第46巻第3号,
352-353頁
抄録中国古代における予後診断和田裕一(2000年)第46巻第3号,
354-355頁
抄録惟宗時俊の『続添要穴集』小曽戸洋,篠原孝市、石野尚吾(2000年)第46巻第3号,
356-357頁
抄録中国におけるテリアカの受容中村輝子、遠藤次郎(2000年)第46巻第3号,
358-359頁
抄録●鍼について上田善信(2000年)第46巻第3号,
360-361頁
抄録日本で最初の精神病専門医高松彝と全漢文のその著書『精神病学綱要』岡田靖雄(2000年)第46巻第3号,
362-363頁
抄録田中彌性園蔵・オランダ外科三訳書の知見田中祐尾(2000年)第46巻第3号,
364-365頁
抄録中国伝統医学と道教(第二十一回)―「鎮宅霊符」吉元昭治(2000年)第46巻第3号,
366-367頁
抄録大江雲沢と中津医学校について川嶌眞人(2000年)第46巻第3号,
368-369頁
抄録横井寛編「東京府内区郡分医師住所一覧」(明治一八年刊)に掲載された医師人名樋口輝雄(2000年)第46巻第3号,
370-371頁
抄録兵庫梅毒病院建設問題と英国公使館―開港場における検黴制度の導入と密淫売取締り大川由美(2000年)第46巻第3号,
372-373頁
抄録英国医史における学と食と―法制的考察(その二)栗本宗治(2000年)第46巻第3号,
374-375頁
抄録来日フランス人医師ヴィダールの生涯―フランス側からの報告清水陽人、蒲原宏、ガストン・ティシニェ、オーギュスト・アルマンゴー(2000年)第46巻第3号,
376-377頁
抄録"カスパール・ボーアン ""Theatrum Anatomicum"" について(Ⅰ)―初版(1605)と第二版(1621)の序文の比較検討"月澤美代子(2000年)第46巻第3号,
378-379頁
抄録膝関節に名前を残す二人のフランス人― Gerdky と Segond小林晶(2000年)第46巻第3号,
380-381頁
抄録『史記会注考証』と『扁鵲倉公伝彙攷』の関係宮川浩也(2000年)第46巻第3号,
382-383頁
抄録『玉機微義』の鍼灸北江龍也(2000年)第46巻第3号,
384-385頁
抄録中神琴渓の刺絡友部和弘(2000年)第46巻第3号,
386-387頁
抄録我が国における瀉血(刺絡)の歴史藤倉一郎(2000年)第46巻第3号,
388-389頁
抄録伊古田純道の帝王切開術学習について石原力(2000年)第46巻第3号,
390-391頁
抄録橋本病発見者 橋本策(はかる)補遺佐藤裕(2000年)第46巻第3号,
392-393頁
抄録大分県立病院医学校における眼科診療について山之内卯一(2000年)第46巻第3号,
394-395頁
抄録済生学舎廃校直前の「学内改革」の資料について唐沢信安(2000年)第46巻第3号,
396-397頁
抄録〈経絡血管説〉再考松木きか(2000年)第46巻第3号,
398-399頁
抄録徳川期東日本における駆梅薫薬方について中西淳朗(2000年)第46巻第3号,
400-401頁
抄録幕末期院内銀山における薬種の仕入れと薬代等のシステム―「門屋養安日記」にみる庶民の医療(六)莇昭三(2000年)第46巻第3号,
402-403頁
抄録日韓医学交流史―杉原徳行の業績と評価渡辺晴香、金善珉、丁宗鉄(2000年)第46巻第3号,
404-405頁
抄録古病理学からみた日本の近世・近代谷畑美帆(2000年)第46巻第3号,
406-407頁
抄録医学・医化学の発展と教育(特にその制度史)柴田幸雄、工藤幸子、田中伸(2000年)第46巻第3号,
408-409頁
抄録医学資料としての彩色図・カラー写真の歴史長門谷洋治、寺畑喜朔、坂上俊之(2000年)第46巻第3号,
410-411頁
抄録明治初期発行の日本医事雑誌について―その保存状況寺畑喜朔(2000年)第46巻第3号,
412-413頁
抄録各府県で発令された看護婦規則にみる看護婦資格の条件―大正四年以前の二十九府県の看護婦規則から平尾真智子(2000年)第46巻第3号,
414-415頁
抄録明治期侍医制度と池田文書遠藤正治(2000年)第46巻第3号,
416-417頁
抄録「三陰交」の歴史木場由衣登(2000年)第46巻第3号,
418-419頁
抄録「蟲書」についての一考察戸田静夫、亀節子(2000年)第46巻第3号,
420-421頁
抄録『外臺秘要方』の鍼灸―巻三十九「明堂」以外の掲載内容について宮川隆弘(2000年)第46巻第3号,
422-423頁
抄録日中戦争時における陸軍の医療体制坪井良子(2000年)第46巻第3号,
424-425頁
抄録第一次大戦の航空医学黒澤嘉幸(2000年)第46巻第3号,
426-427頁
抄録占領期における地方病撲滅への山梨県の歩み(第一報)佐藤公美子(2000年)第46巻第3号,
428-429頁
抄録「池田錦橋入門制戒禁約書」と京都の痘科医佐井聞庵について長谷川一夫(2000年)第46巻第3号,
430-431頁
抄録日本における核医学の先駆者・森信胤小田皓二(2000年)第46巻第3号,
432-433頁
抄録我が国における長寿研究の系譜秋坂真央(2000年)第46巻第3号,
434-435頁
抄録『赤水玄珠』の「方外還丹」について猪飼祥夫(2000年)第46巻第3号,
436-437頁
抄録古医書の医学・医師教育用デジタルアーカイブの試行筒井淳治、田中新二、芦原司(2000年)第46巻第3号,
438-439頁
抄録日中疫病史の中の「疫」と「瘟」邵沛(2000年)第46巻第3号,
440-441頁
抄録秋山 半井 澄(一八四七-一八九八)―京都府療病院長・医学校長・医師会創始者藤田俊夫、半井英江(2000年)第46巻第3号,
442-443頁
抄録●咀の源を探る郭秀梅、加藤久幸(2000年)第46巻第3号,
444-445頁
抄録『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』からみた十七世紀末におけるわが国の身体観計良吉則、酒井シヅ(2000年)第46巻第3号,
446-447頁
抄録眼科秘伝書の彩色眼病図譜の特長奥沢康正(2000年)第46巻第3号,
448-449頁
原著寿徳院玄由の閲歴について西村義明(2000年)第46巻第2号,
119-153頁
文庫めぐり 横浜市立大学医学情報センター大島智夫(2000年)第46巻第2号,
154-154頁
原著亀井南冥の医学思想吉田洋一(2000年)第46巻第2号,
155-176頁
原著「医範提綱」にみる生理機能―「重訂・解体新書」と比較して長与健夫(2000年)第46巻第2号,
177-191頁
文庫めぐり 順天堂大学医学部山崎文庫深瀬泰旦(2000年)第46巻第2号,
192-192頁
原著近代日本の対中医療・文化活動―同仁会研究(三)丁蕾(2000年)第46巻第2号,
193-209頁
原著紀州名手市場妹背佐次兵衛家の系譜と塋域―華岡青洲の妻加恵に関連して―松木明知(2000年)第46巻第2号,
211-224頁
研究ノート"ナイチンゲール「看護覚え書」の草稿と思われるクロウド・モリス社刊 ""The Art of Nursing"" (一九四六)"平尾真智子(2000年)第46巻第2号,
225-246頁
資料池田文書の研究(二十二)池田文書研究会(2000年)第46巻第2号,
247-254頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(九)―坂四家の『官医家譜』など(三)香取俊光(2000年)第46巻第2号,
255-266頁
例会抄録梅毒の薫薬療法について中西淳朗(2000年)第46巻第2号,
267-268頁
例会抄録佐藤方定の発見した『大同聚方(延喜本・寮本』の上表文について後藤志朗(2000年)第46巻第2号,
268-269頁
例会抄録記憶のメカニズムの歴史的考察鈴木衛(2000年)第46巻第2号,
269-270頁
例会抄録ペスト残影シリーズ十 ケルンに「ペスト残影」を求めて その二滝上正(2000年)第46巻第2号,
270-271頁
例会抄録女性の病の社会史野末悦子(2000年)第46巻第2号,
271-275頁
紹介山田慶兒著『中国医学の起源』石田秀実(2000年)第46巻第2号,
275-276頁
紹介漆浩著・池上正治訳『中国養生術の神秘』吉元昭治(2000年)第46巻第2号,
277-278頁
紹介古川明著『切手と絵でみる医学の歴史』長門谷洋治(2000年)第46巻第2号,
279-280頁
紹介日本内径医学会編『黄帝内径明堂』遠藤次郎(2000年)第46巻第2号,
280-281頁
紹介坂出祥伸著『中国思想研究 医薬養生・科学思想篇』猪飼祥夫(2000年)第46巻第2号,
281-284頁
紹介坂井建雄著『謎の解剖学者ヴェサリウス』藤田尚男(2000年)第46巻第2号,
284-285頁
紹介ヴォルフガング・ミヒェル著『ライプツイヒから日本へ』鹿子木敏範(2000年)第46巻第2号,
285-286頁
原著医学館の学問形成(三)幕末考証学の位相町泉寿郎(2000年)第46巻第1号,
003-22頁
原著近代日本の対中医療・文化活動―同仁会研究(二)―丁蕾(2000年)第46巻第1号,
023-45頁
文庫めぐり 宮内庁書陵部小曽戸洋(2000年)第46巻第1号,
046-46頁
原著華岡青洲の系譜的研究―和歌山県海南市の川端家、柳川家の調査から松木明知(2000年)第46巻第1号,
047-55頁
文庫めぐり 無窮会神習文庫町泉寿郎(2000年)第46巻第1号,
056-56頁
広場暉峻義等と医学史研究―奨進医会および日本医史学会とのかかわりを中軸に岡田靖雄(2000年)第46巻第1号,
057-73頁
文庫めぐり 金沢大学医学図書館寺畑喜朔(2000年)第46巻第1号,
074-74頁
資料池田文書の研究(二十一)池田文書研究会(2000年)第46巻第1号,
075-85頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料―(九)坂四家の『官位家譜』など(二)香取俊光(2000年)第46巻第1号,
086-98頁
追悼名誉会員田中助一先生を悼む杉立義一(2000年)第46巻第1号,
099-101頁
例会抄録黒船来航と蘭医たち望月洋子(2000年)第46巻第1号,
102-104頁
紹介大塚恭男著『東洋医学の世界』多留淳文(2000年)第46巻第1号,
104-105頁
紹介川村純一著『病いの克服―日本痘瘡史』蔵方宏昌(2000年)第46巻第1号,
105-107頁
紹介磯貝元著『明治の避病院―駒込病院医局日誌抄』新村拓(2000年)第46巻第1号,
107-108頁
紹介小曽戸洋著『漢方の歴史―中国・日本の伝統医学』真柳誠(2000年)第46巻第1号,
108-109頁
紹介小曽戸洋著『日本漢方典籍辞典』安井廣迪(2000年)第46巻第1号,
109-111頁
紹介酒井シヅ編『疾病の時代』杉立義一(2000年)第46巻第1号,
111-112頁
原著田原結節の発見者 田原淳 補遺富田達男(1999年)第45巻第4号,
503-514頁
原著医学館の学問形成(二)寛政の改革期の官医たちの動向―『よしの冊子』の記事から―町泉寿郎(1999年)第45巻第4号,
515-542頁
原著近代日本の対中医療・文化活動―同仁会研究(一)―丁蕾(1999年)第45巻第4号,
543-562頁
研究ノート九州における近代整形外科の祖、住田正雄(一八七八-一九四六)の生涯小林晶(1999年)第45巻第4号,
563-584頁
研究ノート中川修亭の『麻薬考』の書誌学的研究―四種の写本の検討―松木明知(1999年)第45巻第4号,
585-599頁
広場マンドラゴラ異聞泉彪之助(1999年)第45巻第4号,
601-605頁
記事第二一回北陸医史学同好会例会・総会岩治勇一(1999年)第45巻第4号,
607-607頁
記事洋学史一九九九年度研究大会松木英治(1999年)第45巻第4号,
607-608頁
紹介宇和島市医師会医学史編集委員会(清水英)著『宇和島藩医学史』萩山正治(1999年)第45巻第4号,
608-609頁
紹介松木明知編著『中川五郎治書誌』深瀬泰旦(1999年)第45巻第4号,
609-611頁
原著曲直瀬道三の前半期の医学(一)―「当流」の意義―遠藤次郎、中村輝子(1999年)第45巻第3号,
323-338頁
原著医学館の学問形成(一)医学館成立前後町泉寿郎(1999年)第45巻第3号,
339-372頁
原著明治一二年沖縄県のコレラ流行と土屋寛信深瀬泰旦(1999年)第45巻第3号,
373-400頁
研究ノート『魯西亜牛痘全書』安政版の出版の経緯について松木明知(1999年)第45巻第3号,
401-412頁
資料手塚良斎『医学所御用留』(四)深瀬泰旦(1999年)第45巻第3号,
413-420頁
資料池田文書の研究(二十)池田文書研究会(1999年)第45巻第3号,
421-433頁
資料『よしの冊子』医家関連記事(三)町泉寿郎(1999年)第45巻第3号,
435-448頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(九)(その一)―坂四家の『官医家譜』等(一)―香取俊光(1999年)第45巻第3号,
449-458頁
追悼山形敞一先生追悼石井厚(1999年)第45巻第3号,
459-460頁
記事神奈川県北東の医史跡めぐりツアーを終えて杉田暉道(1999年)第45巻第3号,
463-465頁
記事精神医学史国際シンポジウム印象記酒井明夫(1999年)第45巻第3号,
465-466頁
例会抄録家紋からみた杉田玄白の遠祖中西淳朗(1999年)第45巻第3号,
467-468頁
例会抄録金子準二―断種史上の人びと(その二)岡田靖雄(1999年)第45巻第3号,
469-471頁
例会抄録横浜と痘瘡中西淳朗(1999年)第45巻第3号,
471-472頁
紹介児島保編著『島根名医略伝』森納(1999年)第45巻第3号,
473-474頁
紹介『芸備医事』復刊発刊江川義雄(1999年)第45巻第3号,
474-475頁
紹介志田信男訳注『アヴィセンナ 医学の歌』泉彪之助(1999年)第45巻第3号,
475-477頁
紹介リチャード・ゴードン著『歴史は患者で作られる』立川昭二(1999年)第45巻第3号,
477-478頁
紹介吉元昭治著『不老長寿への旅 ニッポン神仙伝』新村拓(1999年)第45巻第3号,
478-479頁
紹介安川里香子著『森鴎外「北游日乗」の足跡と漢詩』町泉寿郎(1999年)第45巻第3号,
479-480頁
紹介山田慶兒著『中国医学はいかにつくられたか』高島文一(1999年)第45巻第3号,
480-482頁
原著Introduction and Development of Patholgy in KoreaJe G.CHI(1999年)第45巻第3号,
500-489頁
抄録会長講演 身体感の歴史 人は「からだ」をどうみてきたか酒井シヅ(1999年)第45巻第2号,
147-154頁
抄録特別講演1 茶と日本人熊倉功夫(1999年)第45巻第2号,
155-157頁
抄録特別講演2 韓医学の歴史奇昌徳(1999年)第45巻第2号,
158-159頁
抄録新発見「大同類聚方」に関する大同三年五月三日の詔文後藤志朗(1999年)第45巻第2号,
160-161頁
抄録浅田宗伯の自筆稿本類―国会図書館鶚軒本町泉寿郎(1999年)第45巻第2号,
162-163頁
抄録清医胡桃新の『胡氏方案』について郭秀梅、岡田研吉(1999年)第45巻第2号,
164-165頁
抄録わが国の近世初期の医療についての一考察 一、古写本 鍼灸秘書戸田静男、亀節子(1999年)第45巻第2号,
166-167頁
抄録「後法興院記」に表れた丹波親康の事跡について戸出一郎(1999年)第45巻第2号,
168-169頁
抄録「言経卿記」中の医療について中山沃(1999年)第45巻第2号,
170-171頁
抄録神宮医久志本氏とその秘方中西淳朗 (1999年)第45巻第2号,
172-173頁
抄録異本病草紙に就いて林美朗、野?理(1999年)第45巻第2号,
174-175頁
抄録アヴィセンナ(イブン・シーナ)の「医学典範」(ラテン語訳)における精神医学(第二回)濱中淑彦(1999年)第45巻第2号,
176-177頁
抄録系統解剖学の起源としてのヴェサリウス解剖坂井建雄(1999年)第45巻第2号,
178-179頁
抄録ウイリアム・ハーヴィ『普遍解剖学講義』における心臓の運動の提示月澤美代子(1999年)第45巻第2号,
180-181頁
抄録Jan Evangelista Purkyneの生涯と業績高橋昭(1999年)第45巻第2号,
182-183頁
抄録中国伝統医学と道教(第二〇回)籤吉元昭治(1999年)第45巻第2号,
184-185頁
抄録宋以前の傷寒論について―朝鮮古医書「医方類聚」からの考察牧角和宏(1999年)第45巻第2号,
186-187頁
抄録田中彌性園蔵傷寒論の考証田中祐尾(1999年)第45巻第2号,
188-189頁
抄録『金匱要略』水気病篇の「痂癩」について渡辺賢治、花輪壽彦(1999年)第45巻第2号,
190-191頁
抄録検黴制度の導入と英国「伝染病予防法」―国権問題と日本人医師の養成―大川由美(1999年)第45巻第2号,
192-193頁
抄録中国における梅毒の病名史梁永宣(1999年)第45巻第2号,
194-195頁
抄録華岡青洲の系譜に関する新知見―海南市の柳川家と川端家―松木明知(1999年)第45巻第2号,
196-197頁
抄録華岡青洲自筆萬病一毒之説高橋均(1999年)第45巻第2号,
198-199頁
抄録ポンペが松本良順に贈ったジッヘル著『眼病図譜』について山之内卯一、千葉弥幸(1999年)第45巻第2号,
200-201頁
抄録オランダ人医師ファン・デル・ヘーデンと子孫・縁者たち蒲原宏(1999年)第45巻第2号,
202-203頁
抄録島村鼎甫とウイリス及びボードウインの『日講紀聞』津下健哉(1999年)第45巻第2号,
204-205頁
抄録『ウイリアム・ウイリス文書』にみるW・ウイリスの医学教育小宮山道夫(1999年)第45巻第2号,
206-207頁
抄録パリの古い病院今泉孝(1999年)第45巻第2号,
208-209頁
抄録パリ大学旧医学部大円形講堂にある壁画について清水陽人(1999年)第45巻第2号,
210-211頁
抄録大選帝侯時代のベルリン医事、とくにブランデンブルク医事勅令について泉彪之助(1999年)第45巻第2号,
212-213頁
抄録英国医史における学と職と―法制的考察栗本宗治(1999年)第45巻第2号,
214-215頁
抄録ヨハンニティウス(フナイン・イブン・イスハク)の「ガレノスの小治療学入門」におけるnon-naturalsの概念平尾真智子(1999年)第45巻第2号,
216-217頁
抄録九州における医史学研究の系譜(一)岩熊哲の業績とその医史学観について佐藤裕(1999年)第45巻第2号,
218-219頁
抄録飯島魁と近代寄生虫学の系譜寺畑喜朔(1999年)第45巻第2号,
220-221頁
抄録郡医と鴎?外の父、森静男について木村繁(1999年)第45巻第2号,
222-223頁
抄録九州における近代整形外科学の祖、住田正雄の生涯小林晶、長門谷洋治(1999年)第45巻第2号,
224-225頁
抄録済生学舎の顕微鏡科実地演習―特に原玄一郎のペスト菌標本について―唐沢信安(1999年)第45巻第2号,
226-227頁
抄録行われなかった正月儀礼水谷惟紗久(1999年)第45巻第2号,
228-229頁
抄録日本における養生論の引用書目の変遷瀧澤利行(1999年)第45巻第2号,
230-231頁
抄録初代山脇道作と門人達の伝記に関する新資料八木淳夫(1999年)第45巻第2号,
232-233頁
抄録三位法眼糟尾家と録事法眼智玄石原力(1999年)第45巻第2号,
234-235頁
抄録『阿蘭陀外科指南』の背景についてヴォルフガング・ミヒェル(1999年)第45巻第2号,
236-237頁
抄録テリアカの再検討中村輝子、遠藤次郎(1999年)第45巻第2号,
238-239頁
抄録レイディ・メアリの息子が人痘接種を受けた日付と場所について小田泰子(1999年)第45巻第2号,
240-241頁
抄録"プレンク(J.J.E.von Plenck,1739-1807)について"石田純郎(1999年)第45巻第2号,
242-243頁
抄録ルイの「肺炎に対する瀉血の効果」について藤倉一郎(1999年)第45巻第2号,
244-245頁
抄録明治、大正期の埋葬許可証にみる病と死亡年齢壹岐裕志(1999年)第45巻第2号,
246-247頁
抄録陸軍における航空医学の夜明け黒澤嘉幸(1999年)第45巻第2号,
248-249頁
抄録昭和初期、二私立医専の創始について―大阪高等医専、大阪女史高等医専―長門谷洋治、坂上俊之(1999年)第45巻第2号,
250-251頁
抄録九華筆「扁鵲倉公列伝」について宮川浩也(1999年)第45巻第2号,
252-253頁
抄録『看病用心釥』成立の社会的背景杉田暉道(1999年)第45巻第2号,
254-255頁
抄録江戸期本草家の北陸への関心(三)―野呂元丈の越中国での足跡―正橋剛二(1999年)第45巻第2号,
256-257頁
抄録幕末期、院内銀山の医療と近郷の医師達「角屋養安日記」にみる庶民の医療(三)莇昭三(1999年)第45巻第2号,
258-259頁
抄録戴天章の温病腹診研究梁●(1999年)第45巻第2号,
260-261頁
抄録『●脹玉衝』所蔵治験例の分析友部和弘(1999年)第45巻第2号,
262-263頁
抄録『灸●塩土伝』の意義篠原孝市(1999年)第45巻第2号,
264-265頁
抄録田代三喜が中国から持ち帰ったといわれる『大徳済陰方』の検討遠藤次郎、中村輝子(1999年)第45巻第2号,
266-267頁
抄録暉峻義等と医史学研究―奨進医会にかかわっていた人―岡田靖雄(1999年)第45巻第2号,
268-269頁
抄録足立文太郎のひとと業績について本宮かをる、オルリー・レジス(1999年)第45巻第2号,
270-271頁
抄録明治八年から一六年までに実施された内務省医術開業試験について樋口輝雄(1999年)第45巻第2号,
272-273頁
抄録日本における医学部生化学(医化学)の歩み柴田幸雄(1999年)第45巻第2号,
274-275頁
抄録日本の病院及びその機能の医学史的研究長谷川敏彦(1999年)第45巻第2号,
276-277頁
抄録農村医学の発展―佐久病院における臨床疫学的方法の実践―杉山章子(1999年)第45巻第2号,
278-279頁
抄録国際保健への応用を勘案した日本の乳児死亡の医学史的研究岡村恭子、村山伸子,長谷川敏彦(1999年)第45巻第2号,
280-281頁
抄録近代日本の医療分野人材開発の政策について(医師と産婆の役割)近藤久禎、長谷川敏彦(1999年)第45巻第2号,
282-283頁
抄録『正骨範』から見た江戸時代の整骨方法陶恵寧(1999年)第45巻第2号,
284-285頁
抄録『解馬新書』の骨学用語について松尾信一(1999年)第45巻第2号,
286-287頁
抄録男装の英国陸軍女医ジェイムズ・バリ柳澤波香(1999年)第45巻第2号,
288-289頁
抄録明治女医史の基礎的研究(三)婦人共立育児会病院三崎裕子(1999年)第45巻第2号,
290-291頁
抄録江戸以前全医学著作のインターネット検索真柳誠(1999年)第45巻第2号,
292-293頁
抄録中国古代における一般的医学観について和田裕一(1999年)第45巻第2号,
294-295頁
抄録清以前本草図の作風と学術価値鄭金生(1999年)第45巻第2号,
296-297頁
抄録熊宗立伝―判明した生没年小曽戸洋(1999年)第45巻第2号,
298-299頁
抄録『公文録』にみる土屋寛信の沖縄派遣深瀬泰旦(1999年)第45巻第2号,
300-301頁
抄録「中日両国疫病史対照年表」作成にあたって邵沛(1999年)第45巻第2号,
302-303頁
抄録パオロ・ザッキア「法医問答」にみる性別の判定西大條文一(1999年)第45巻第2号,
304-305頁
抄録朝鮮前期の疫病流行に関して權卜撥、黄尚翼(1999年)第45巻第2号,
306-307頁
抄録朝鮮時代侵襲的外科術の発達中佐燮、奇昌徳(1999年)第45巻第2号,
308-309頁
抄録韓国における宣教医(第一報)高安伸子(1999年)第45巻第2号,
310-311頁
原著日本文学にみる医療思潮の歴史的変遷―疾病観の多重構造―大星光史(1999年)第45巻第1号,
3-30頁
原著アメリカにおける人痘接種法―一七二一年からアメリカ独立まで―(その三)小田泰子(1999年)第45巻第1号,
31-44頁
原著地蔵寺過去帳による華岡青洲の系譜に関する新知見松木明知(1999年)第45巻第1号,
45-76頁
資料人痘接種法に反対したイギリスの牧師マッセイの説教小田泰子(1999年)第45巻第1号,
77-84頁
資料桑田立齊『立斎年表』二宮陸雄、秋葉寶(1999年)第45巻第1号,
85-98頁
資料池田文書の研究(十九)池田文書研究会(1999年)第45巻第1号,
99-109頁
資料『よしの冊子』医家関連記事(二)町泉寿郎(1999年)第45巻第1号,
111-123頁
追悼追悼 ユニークな宮崎地方の医療史を編纂した田代逸郎先生木下和夫(1999年)第45巻第1号,
125-126頁
記事『桑田立斎先生種痘所之跡』および『桑田立斎アンヌ種痘之碑』の建立二宮陸雄(1999年)第45巻第1号,
127-128頁
記事関寛斎の開拓精神に学ぶ「寛斎セミナー」開かる芝木秀哉(1999年)第45巻第1号,
128-129頁
資料ウイリアム・ウイリス文書の里帰り順天堂大学医史学研究室(1999年)第45巻第1号,
129-130頁
記事第38回医学史研究会・日本医史学会関西支部(一九九八年秋季)合同総会長門谷洋治(1999年)第45巻第1号,
130-131頁
例会抄録"十九世紀末ドイツのベルリン学派によるプルギー(Hypurgie,看護療法)について"平尾真智子(1999年)第45巻第1号,
132-133頁
例会抄録〈医は意なり〉攷―医学思想的観点から―舘野正美(1999年)第45巻第1号,
134-135頁
紹介大星光史著『文学にみる日本の医薬史』寺澤捷年(1999年)第45巻第1号,
135-136頁
紹介児島保編著『島根名医略伝』森納(1999年)第45巻第号,473-474頁
原著巻子写本から宋元版へ―中世日本における中国医書受容の様相―小曽戸洋(1998年)第44巻第4号,
451-480頁
原著「導道・三喜別人説の検討」遠藤次郎、中村輝子(1998年)第44巻第4号,
481-498頁
原著地蔵寺過去帳による華岡青洲の乳癌手術患者三名の死亡年月日松木明知(1998年)第44巻第4号,
499-508頁
原著アメリカにおける人痘接種法―一七二一年からアメリカ独立まで―(その二)小田泰子(1998年)第44巻第4号,
509-522頁
資料南化本『史記』扁鵲伝の訓点宮川浩也(1998年)第44巻第4号,
523-540頁
資料『よしの冊子』医家関連記事(一)町泉寿郎(1998年)第44巻第4号,
541-556頁
資料手塚良齊『医学所御用留』(三)深瀬泰旦(1998年)第44巻第4号,
557-562頁
資料池田文書の研究(十八)池田文書研究会(1998年)第44巻第4号,
563-569頁
記事第三六回国際医学史会議泉彪之助(1998年)第44巻第4号,
571-573頁
記事「宗田文庫披露式」報告真柳誠(1998年)第44巻第4号,
573-574頁
紹介荒井保男著『続・医の名言』大滝紀雄(1998年)第44巻第4号,
574-576頁
紹介青木歳幸著『在村蘭学の研究』正橋剛二(1998年)第44巻第4号,
576-577頁
紹介岩下哲典著『権力者と江戸のくすり』遠藤正治(1998年)第44巻第4号,
578-579頁
紹介琉球大学医学部附属地域医療センター編『沖縄の歴史と医療史』壹岐裕志(1998年)第44巻第4号,
579-580頁
紹介児玉善仁著『〈病気〉の誕生―近代医療の起源―』泉 彪之助(1998年)第44巻第4号,
580-582頁
紹介北条元一著『米沢藩医私撰』深瀬泰旦(1998年)第44巻第4号,
582-583頁
原著アメリカにおける人痘接種法―一七二一年からアメリカ独立まで―(その一)小田泰子(1998年)第44巻第3号,
303-316頁
原著医科大学国家医学講習科記録(生徒資料も含む)石崎達(1998年)第44巻第3号,
317-350頁
原著モーゼス・マイモニデスの生涯(下)泉彪之助(1998年)第44巻第3号,
351-368頁
原著憑きものの現象論―その構造分析(下)岡田靖雄(1998年)第44巻第3号,
369-354頁
研究ノート"""解体新書""以前の「神経」概念の受容について"松村紀明(1998年)第44巻第3号,
385-398頁
広場アルコールの語源クフル粉とバラ水―モロッコ・アラブ医学管見―泉彪之助(1998年)第44巻第3号,
397-407頁
資料適塾の塾頭をした筑後久留米藩医松下元芳中山茂春(1998年)第44巻第3号,
409-414頁
資料池田文書の研究(十七)池田文書研究会(1998年)第44巻第3号,
415-418頁
資料手塚良斎『医学所御用留』(二)深瀬泰旦(1998年)第44巻第3号,
419-423頁
記事日本医史学会福岡地方会発足報告佐藤裕(1998年)第44巻第3号,
427-428頁
記事国際シンポジウム「21世紀を迎える精神医学史―東西二千年の精神医学」濱中淑彦(1998年)第44巻第3号,
428-428頁
記事第37回医学史研究会・日本医史学会関西支部合同総会長門谷洋治(1998年)第44巻第3号,
429-429頁
記事日本医史学会関西支部一九九八年春季大会長門谷洋治(1998年)第44巻第3号,
430-430頁
例会抄録横浜軍陣病院における土佐・因州両藩の死者をめぐって(例会抄)中西淳朗(1998年)第44巻第3号,
430-432頁
例会抄録大隈重信の切断手術から健康生活へのセルフケアに関する研究(例会抄)坪井良子(1998年)第44巻第3号,
432-434頁
例会抄録眼科医療器機史のCD-ROM化(例会抄)奥沢康正(1998年)第44巻第3号,
434-435頁
例会抄録船舶移送をうけた奥羽出張病院患者の転帰(例会抄)中西淳朗(1998年)第44巻第3号,
436-437頁
例会抄録江戸の考証医家(例会抄)小曽戸洋(1998年)第44巻第3号,
437-438頁
紹介三杉和章・杉田暉道共編『横浜と医学の歴史』三輪卓爾(1998年)第44巻第3号,
439-440頁
紹介森納著『歯の民俗―民間信仰・俗信・くすり―歯の神様・仏様 あごなし地蔵』榊原悠紀田郎(1998年)第44巻第3号,
440-441頁
紹介鈴木七美著『出産の歴史人類学 産婆世界の解体から自然出産運動へ』石原力(1998年)第44巻第3号,
441-443頁
紹介杉田暉道著『やさしい仏教医学 わが國最初のターミナル・ケア学』中山沃(1998年)第44巻第3号,
443-444頁
抄録会長講演「牛種痘種痘法の鼻祖中川五郎治に関して過って伝えられていること」(抄)松木,明知(1998年)第44巻第2号,
177-179頁
抄録Edward Jenner's Activity in Science(抄)Malcom F. Beeson(1998年)第44巻第2号,
180-183頁
抄録North American Vaccination above the 49th Parallel(抄)John W.R.McIntyre(1998年)第44巻第2号,
184-185頁
抄録シンポジウム「日本における医史料の蒐集と保存について―その現状と提言」(抄)寺畑喜朔(1998年)第44巻第2号,
186頁
抄録シンポジウム「若い人たちに医学史を伝えるために」(抄)大村敏郎(1998年)第44巻第2号,
187頁
抄録明治初期の啓蒙医家森鼻宗次(抄)中山沃(1998年)第44巻第2号,
188-189頁
抄録済生学舎出身の生化学者、旧制金沢医科大学学長「須藤憲三」について(抄)唐沢信安(1998年)第44巻第2号,
190-191頁
抄録医師・加藤時次郎と横浜(抄)中西淳朗(1998年)第44巻第2号,
192-193頁
抄録太田正雄(木下杢太郎)の医学ノートについて(抄)黒川一郎、島田保久、吉田信(1998年)第44巻第2号,
194-195頁
抄録最近発見したヒポクラテス画像と賛文について(抄)蒲原宏(1998年)第44巻第2号,
196-197頁
抄録―坪井信道賛― 川原慶賀のヒポクラテス画像(抄)和田和代史(1998年)第44巻第2号,
198-199頁
抄録小島宝素の『医心方』巻二十二の伝鈔について(抄)町泉寿郎(1998年)第44巻第2号,
200-201頁
抄録幕末期の院内銀山の死亡者記録の分析 「門屋養安日記」にみる庶民の医療(二)(抄)莇昭三(1998年)第44巻第2号,
202-203頁
抄録「看護」という言葉の使用のはじめ(第三報)-鎌倉時代末期の仏教史書『元亨釈書』と看護-(抄)平尾真智子(1998年)第44巻第2号,
204-205頁
抄録大村藩の古田山と長与俊達、大浦嘯山(抄)長与健夫(1998年)第44巻第2号,
206-207頁
抄録足立長雋の祖為春先生と乗附為春海鏡(抄)石原力(1998年)第44巻第2号,
208-209頁
抄録江戸期本草家の北陸への関心(二)畔田翠山の白山・立山紀行(抄)正橋剛二(1998年)第44巻第2号,
210-211頁
抄録中国伝統医学と道教(第十九回)「符」(抄)吉元昭治(1998年)第44巻第2号,
212-213頁
抄録中日両国に於ける古代の疾病流行について(抄)邵 沛(1998年)第44巻第2号,
214-215頁
抄録医療技術の視点から見た『三国志』と『三国志演義』の比較(抄)和田裕一(1998年)第44巻第2号,
216-217頁
抄録『素問攷注』の用字例(抄)宮川浩也(1998年)第44巻第2号,
218-219頁
抄録李東垣の瀉血療法(抄)友部和弘(1998年)第44巻第2号,
220-221頁
抄録元代の三皇廟について(抄)秦玲子(1998年)第44巻第2号,
222-223頁
抄録『紹興本草』の新知見(抄)真柳誠(1998年)第44巻第2号,
224-225頁
抄録『玉機微義』における薬物の使われ方(抄)原田俊介、小曽戸洋、真柳誠(1998年)第44巻第2号,
226-227頁
抄録宋板傷寒論可不可篇の成立について(抄)牧角和宏(1998年)第44巻第2号,
228-229頁
抄録『全九集』の編纂者とその意図(抄)遠藤次郎、中村輝子(1998年)第44巻第2号,
230-231頁
抄録清医 趙淞陽について―一七二六~一七二九年の長崎での逸事―(抄)郭秀梅、岡田研吉(1998年)第44巻第2号,
232-233頁
抄録田中弥性園所蔵の善本古医籍(明版)(抄)小曽戸洋、田中祐尾(1998年)第44巻第2号,
234-235頁
抄録同仁会の機関誌『同仁』について(抄)丁 蕾(1998年)第44巻第2号,
236-237頁
抄録ドイツの臨床神経学 Romberg から Erb まで(抄)高橋昭、伊藤泰広(1998年)第44巻第2号,
238-239頁
抄録ベレッティーニ解剖図譜における自律神経系(第二報)(抄)オルリー・レジス、本宮かをる(1998年)第44巻第2号,
240-241頁
抄録オランダ・ライデンの外科医ギルドの歴史(抄)石田純郎(1998年)第44巻第2号,
242-243頁
抄録リヨンにおける医学小史(二)―オテル・ディウとシャリテ―(抄)小林晶(1998年)第44巻第2号,
244-245頁
抄録フランスにおける人痘法受け入れ論争(抄)小田泰子(1998年)第44巻第2号,
246-247頁
抄録ヴェサリウス解剖学の構成とその起源について(抄)坂井建雄(1998年)第44巻第2号,
248-249頁
抄録ハックスリの英文・比較骨学図譜(一八六四年)について(抄)松尾信一(1998年)第44巻第2号,
250-251頁
抄録十九世紀アメリカ医学における瀉血(抄)藤倉一郎(1998年)第44巻第2号,
252-253頁
抄録アヴィセンナ(イブン・シーナ)の「医学範典」における精神医学(第一回)(抄)濱中淑彦(1998年)第44巻第2号,
254-255頁
抄録ハスダイ・イブン・シャプルートとカイロ・ゲニザ(抄)泉彪之助(1998年)第44巻第2号,
256-257頁
抄録日本の精神病学における遺伝学的研究の歴史(その二)(抄)岡田靖雄(1998年)第44巻第2号,
258-259頁
抄録鴎外の「甘瞑の説」(抄)高橋正夫(1998年)第44巻第2号,
260-261頁
抄録解剖用語「膵」の受容、定着の過程について(抄)佐藤裕(1998年)第44巻第2号,
262-263頁
抄録歯牙硬組織生活力に関する概念の変遷について(抄)西巻明彦(1998年)第44巻第2号,
264-265頁
抄録梅毒血清診断ワッセルマン反応と日本への紹介について(抄)会田恵(1998年)第44巻第2号,
266-267頁
抄録浅田宗伯と清国駐日公使館の人たち(抄)陳 捷(1998年)第44巻第2号,
268-269頁
抄録明治一二年から一六年までの東京府における医術開業旧試験について(抄)樋口輝雄(1998年)第44巻第2号,
270-271頁
抄録死体と臓器移植(抄)杉田暉道(1998年)第44巻第2号,
272-273頁
抄録『芸備医事』の復刻事業について(抄)江川義雄、中川和夫(1998年)第44巻第2号,
274-275頁
抄録地蔵寺過去帳による華岡青洲の系譜の新知見(抄)松木明知(1998年)第44巻第2号,
276-277頁
抄録日本における脊推麻酔の歴史―昭和二十年以前の研究について((抄)小谷直樹、松木明知(1998年)第44巻第2号,
278-279頁
抄録性病予防行政史 ―戦後の激動期を中心に―(抄)長門谷洋治、坂上俊之(1998年)第44巻第2号,
280-281頁
抄録クロフォード F.サムス大佐の人と業績(抄)吉見契子、鈴木明子(1998年)第44巻第2号,
282-283頁
抄録松本 順と北海道―特にその来道と足取りを追って(抄)宮下舜一(1998年)第44巻第2号,
284-285頁
抄録赤城信一について(第三報)(抄)上田智夫、小竹英夫、宮下舜一、吉田信(1998年)第44巻第2号,
286-287頁
抄録徳川慶喜の奥医師の生誕地とその周辺(抄)木村專太郎(1998年)第44巻第2号,
288-289頁
抄録一九一〇年以前の在韓宣教医(抄)高安伸子(1998年)第44巻第2号,
290-291頁
抄録明治一二年沖縄県のコレラ流行 ―土屋寛信の『琉球紀行』から(抄)深瀬泰旦、真柳誠(1998年)第44巻第2号,
292-293頁
原著憑きもの現象論 ―その構造分析―(上)岡田靖雄(1998年)第44巻第1号,
003-025頁
原著モーゼス・マイモニデスの生涯泉彪之助(1998年)第44巻第1号,
027-048頁
原著香川修庵の「儒医一本」の儒について ―『大学叢』を中心として―町泉寿郎(1998年)第44巻第1号,
049-072頁
原著『酬医頓徳』に見られる田代三喜の医説(1)―「牛八」、「三帰」の意義―遠藤次郎、中村輝子、梁永宣、奈倉道治(1998年)第44巻第1号,
073-090頁
資料手塚良斎『医学書御用留』(1)深瀬泰旦(1998年)第44巻第1号,
091-096頁
資料天保十三年、京都滞在中の小島宝素の書簡町泉寿郎(1998年)第44巻第1号,
097-120頁
資料池田文書の研究16 竹内正信の書簡について池田文書研究会(1998年)第44巻第1号,
121-136頁
追悼久志本常孝先生を悼む深瀬泰旦(1998年)第44巻第1号,
137-139頁
追悼中川米造先生 71歳の死長門谷洋治(1998年)第44巻第1号,
140-141頁
追悼山中太木先生を偲ぶ杉立義一(1998年)第44巻第1号,
142-143頁
追悼名誉会員加藤豊明先生の遠逝にあたり(抄)岩地勇一(1998年)第44巻第1号,
144-145頁
記事「近代の医学と福岡の医家」展報告佐藤裕(1998年)第44巻第1号,
146-147頁
記事「種痘医 北城諒斎齋顕彰碑」除幕式日野原正(1998年)第44巻第1号,
147-148頁
記事例会記録1997.11~1998.1(1998年)第44巻第1号,
149頁
例会抄録順天堂大学医史学研究室所蔵、吉益東洞自筆『古書医言』について(例会抄)舘野正美(1998年)第44巻第1号,
149-151頁
例会抄録土佐藩足軽・岡本兵衛の戦病死をめぐって(例会抄)中西淳朗(1998年)第44巻第1号,
151-152頁
例会抄録ビタミンの発見に対する漢方医学の貢献(例会抄)山下政三(1998年)第44巻第1号,
152-153頁
例会抄録齋藤玉男―断種法史上の人びと(その1)―(例会抄)岡田靖雄(1998年)第44巻第1号,
153-155頁
紹介水戸藩医学史石島弘(1998年)第44巻第1号,
155-156頁
紹介杏仁 浪漫日本医学外史 古医法より蘭方まで津田進三(1998年)第44巻第1号,
156-158頁
紹介日本眼科学会百周年記念誌 全7巻奥沢康正(1998年)第44巻第1号,
158-159頁
紹介看護婦はどうみられてきたか坂本玄子(1998年)第44巻第1号,
160-161頁
紹介中国医学古典と日本―書誌と伝承―篠原孝市(1998年)第44巻第1号,
161-163頁
紹介江戸の身体を開く真柳 誠(1998年)第44巻第1号,
163-165頁
紹介歴史の中の「癩者」中西淳朗(1998年)第44巻第1号,
165-166頁
原著講御堂過去帳による藍屋家の系譜的研究松木明知(1997年)第43巻第4号,
415-422頁
原著解剖学書としてのヴェサリウスの『ファブリカ』と『エピトメー』坂井建雄(1997年)第43巻第4号,
423-457頁
原著吉益東洞の天命説について―中国古代医学思想との連関から―舘野正美(1997年)第43巻第4号,
459-478頁
原著ロブリー・ダングリソンの『医学事典』―明治初期のわが国英米医学への貢献深瀬泰旦(1997年)第43巻第4号,
479-502頁
研究ノート医学教育制度の変革・漢方から洋学へ 浅井国幹と長与専斎の相剋を中心にして長与建夫(1997年)第43巻第4号,
503-518頁
資料第12回日本医学会第一分科(医史学)講演記録(1997年)第43巻第4号,
519-524頁
資料小島宝素著・森立之写『河清寓記』 ―書名・人名事項索引―町泉寿郎(1997年)第43巻第4号,
525-545頁
追悼徳島県人になりきった福島義一先生長門谷洋治(1997年)第43巻第4号,
546-547頁
記事中天游顕彰行事長門谷洋治(1997年)第43巻第4号,
548頁
記事例会記録1997.2~1997.9(1997年)第43巻第4号,
548-549頁
例会抄録ドイツ・ロマン主義医学とその遺産(抄)小原正明(1997年)第43巻第4号,
549-550頁
例会抄録中国で失われ日本に現存する中国医書―内閣文庫所蔵本の分析―(抄)真柳誠、王鉄策(1997年)第43巻第4号,
551-552頁
例会抄録血液循環論前史(2)(抄)藤倉一郎(1997年)第43巻第4号,
552-555頁
例会抄録アラブ医学者の名前(抄)泉彪之助(1997年)第43巻第4号,
555-556頁
例会抄録八丈島に流された医師たち―八丈島流人銘々伝より―(抄)中西淳朗(1997年)第43巻第4号,
556-557頁
例会抄録本間玄調について(抄)荒井保男(1997年)第43巻第4号,
558頁
例会抄録『鎮将府日誌』について その2 太政官日誌との併読(抄)中西淳朗(1997年)第43巻第4号,
559-560頁
例会抄録荒川保雄:虱に賭けた40年の生涯(抄)佐分利保雄(1997年)第43巻第4号,
560頁
例会抄録ペスト残影シリーズ その8 ライン川中流域に「ペスト残影」を求めて(抄)滝上正(1997年)第43巻第4号,
560-561頁
例会抄録ケガレの思想の歴史的展開(抄)杉田暉道(1997年)第43巻第4号,
561-562頁
紹介歴史の中の病と医学杉立義一(1997年)第43巻第4号,
562-564頁
紹介占領期の医療改革酒井シヅ(1997年)第43巻第4号,
564-565頁
紹介らい予防法廃止の歴史橋本和朋(1997年)第43巻第4号,
566-567頁
紹介種痘医北條諒斎 天然痘に挑む深瀬泰旦(1997年)第43巻第4号,
567-569頁
抄録特別講演(1) 日中医薬文化交流史 ―博多を窓口として(抄)小曽戸 洋(1997年)第43巻第3号,
238-254頁
抄録九州大学医学部の誕生と関連医史学資料について(抄)曽田豊二(1997年)第43巻第3号,
255-263頁
抄録福岡地方の2000年の医学の歴史(抄)奥村 武(1997年)第43巻第3号,
264-277頁
抄録中国伝統医学と道教(第18回)『水滸伝』から(抄)吉元昭治(1997年)第43巻第3号,
278-279頁
抄録『法華経』にみる医療(抄)杉田暉道(1997年)第43巻第3号,
280-281頁
抄録宋版傷寒論の三陰三陽編の成立について―異本との条文比較による検討―(抄)牧角和宏(1997年)第43巻第3号,
282-283頁
抄録『内経』「真」字考(抄)宮川浩也(1997年)第43巻第3号,
284-285頁
抄録北宋官刻医書の民間への流通(抄)陳 捷、小曽戸 洋(1997年)第43巻第3号,
286-287頁
抄録日本の精神病学における遺伝学的研究の歴史(その一)(抄)岡田靖雄(1997年)第43巻第3号,
288-289頁
抄録川原汎とその著『内科彙講―神經係統篇』―刊行百年を記念して―(抄)高橋 昭(1997年)第43巻第3号,
290-291頁
抄録「田原結節の発見者 田原淳」補遺(抄)冨田達夫(1997年)第43巻第3号,
292-293頁
抄録日本における近代外科と麻酔 1―虫垂の解剖学的認識と虫垂炎の病理、早期虫切への過程(抄)藤田俊夫(1997年)第43巻第3号,
294-295頁
抄録医史学教育の現状アンケートから(抄)大村敏郎(1997年)第43巻第3号,
296-297頁
抄録明治の軍医部出仕官について(抄)黒澤嘉幸(1997年)第43巻第3号,
298-299頁
抄録明治三十七・八年戦役「熊本豫備病院外科治験記事」に就いて(抄)田代逸郎(1997年)第43巻第3号,
300-301頁
抄録日本外科学会の濫觴(抄)佐藤 裕(1997年)第43巻第3号,
302-303頁
抄録順天堂院長 佐藤進のベルリンからの手紙(抄)酒井シヅ(1997年)第43巻第3号,
304-305頁
抄録中川修亭の「麻薬考」の書誌学的研究(抄)松木明知(1997年)第43巻第3号,
306-307頁
抄録戦時下における医事雑誌の統合廃止(抄)寺畑喜朔(1997年)第43巻第3号,
308-309頁
抄録「看護」という言葉の使用のはじめ(第二報)-平野重誠『病家須知』と看護-(抄)平尾真智子(1997年)第43巻第3号,
310-311頁
抄録眼科医療器械発達史―屈折及び眼底検査器械から―(抄)奥沢康正、野中杏一郎(1997年)第43巻第3号,
312-313頁
抄録済生学舎の女子医学教育及びその周辺(抄)唐沢信安(1997年)第43巻第3号,
314-315頁
抄録明治女医史の基礎的研究(二)「女医論」について(抄)三崎裕子(1997年)第43巻第3号,
316-317頁
抄録初期の九大皮膚科と旭憲吉教授(抄)長門谷洋治、坂上俊之(1997年)第43巻第3号,
318-319頁
抄録開拓使および札幌県における医術開業免状について(抄)島田保久、長瀬 清、横田一郎、菊田道彦、福井卓治、吉田 信(1997年)第43巻第3号,
320-321頁
抄録明治初期における広島県立病院の役割と病院長たち(抄)江川義雄(1997年)第43巻第3号,
322-323頁
抄録日本及び中国の脳解剖の先駆者―河口信任と王清任(抄)邵 沛(1997年)第43巻第3号,
324-325頁
抄録上皮の概念の成立に果たしたヘンレとケリカーの役割(抄)藤田尚男(1997年)第43巻第3号,
326-327頁
抄録江戸時代の馬の内臓解剖図と解剖記述について(抄)松尾信一(1997年)第43巻第3号,
328-329頁
抄録"新資料“美人解剖図""と“刑死者解体図""(抄)"和田和代史(1997年)第43巻第3号,
330-331頁
抄録『崎舘箋臆』について―清医・胡兆新の幕府医官との筆談について(抄)郭 秀梅(1997年)第43巻第3号,
332-333頁
抄録宮内庁書陵部所蔵、中国第一の針灸証治図説『針灸捷径』(抄)王 鉄策(1997年)第43巻第3号,
334-335頁
抄録「樗雑集」における口腔部門の研究(抄)戸出一郎(1997年)第43巻第3号,
336-337頁
抄録『寿域神方』の瀉血療法(抄)友部和弘、王 鉄策、小曽戸 洋(1997年)第43巻第3号,
338-339頁
抄録居延漢簡に見る疾病と傷寒の概念(抄)猪飼祥夫(1997年)第43巻第3号,
340-341頁
抄録敦煌文書O.六一三(露)とP.三二八七(仏)の合致(抄)荒尾敏雄(1997年)第43巻第3号,
342-343頁
抄録浅井貞庵と尾張の本草学(抄)遠藤正治(1997年)第43巻第3号,
344-345頁
抄録貝原益軒著大和本草記載のミイラの薬効について(抄)江頭啓介・原 敬二郎(1997年)第43巻第3号,
346-347頁
抄録養生訓(貝原益軒著)に示された医師になるために読むべき書について(併せて現代の漢方医学教育について)(抄)原 敬二郎(1997年)第43巻第3号,
348-349頁
抄録江戸期本草家の北陸への関心(一)山本渓山の能登半島・立山採薬紀行(抄)正橋剛二(1997年)第43巻第3号,
350-351頁
抄録新発見の『啓迪集』古鈔本(抄)真柳 誠、矢数道明(1997年)第43巻第3号,
352-353頁
抄録田代三喜の新発見の医書『酬医頓得』の意義(抄)1)遠藤次郎、1)中村輝子、2)奈倉道治(1997年)第43巻第3号,
354-355頁
抄録小島宝素・海保漁村の天保十三年の京都訪書行について(抄)町 泉寿郎(1997年)第43巻第3号,
356-357頁
抄録亀井南冥著『病因備考』について(特に後藤艮山著『病因考』との関連)(抄)木下 勤(1997年)第43巻第3号,
358-359頁
抄録『解体新書』の原著者J・A・クルムスについて新史料(抄)石田純郎(1997年)第43巻第3号,
360-361頁
抄録ベレッティーニ解剖図譜における自律神経系(抄)オルリー・レジス、本宮かをる(1997年)第43巻第3号,
362-363頁
抄録福岡・原三信氏家蔵『阿蘭陀外科術式図譜絵巻』についての考察(抄)蒲原 宏(1997年)第43巻第3号,
364-365頁
抄録「レメリン解剖図」と「原三信解剖図」について(抄)原 三信・原 寛(1997年)第43巻第3号,
366-367頁
抄録赤城信一について(第二報)(抄)上田智夫・小竹英夫・宮下舜一・吉田 信(1997年)第43巻第3号,
368-369頁
抄録江戸幕府御典医関東船橋氏の略史(抄)奥富敬之(1997年)第43巻第3号,
370-371頁
抄録『盲聾記』の記事から―戦国時代の医師の日記(抄)水谷惟紗久(1997年)第43巻第3号,
372-373頁
抄録幕末期の院内銀山「お抱え医」の実態-「門屋養安日記」にみる庶民の医療(一)(抄)莇 昭三(1997年)第43巻第3号,
374-375頁
抄録乗附氏家系と乗附流産科(抄)石原 力(1997年)第43巻第3号,
376-377頁
抄録モーゼス・マイモニデスの生涯(抄)泉彪之助(1997年)第43巻第3号,
378-379頁
抄録リヨンにおける医学小史(1)―クロード・ベルナール博物館―(抄)小林 晶(1997年)第43巻第3号,
380-381頁
抄録ワードロップ「瀉血について」1835(抄)藤倉一郎(1997年)第43巻第3号,
382-383頁
抄録アラブ医学で用いられている蒸露剤の他地域への伝播(抄)中村輝子、遠藤次郎、海保房夫(1997年)第43巻第3号,
384-385頁
抄録フランス軍陣医学におけるヴァル・ドウ・グラース病院の役割(抄)今泉 孝(1997年)第43巻第3号,
386-387頁
抄録ウイリアム・ウィリスと写真師 島 霞谷(抄)中西淳朗(1997年)第43巻第3号,
388-389頁
抄録適塾の塾頭松下元芳(筑後久留米藩医)の紹介(抄)中山茂春(1997年)第43巻第3号,
390-391頁
抄録緒方洪庵訳『扶氏経驗遺訓』での疑問(抄)津下健哉(1997年)第43巻第3号,
392-393頁
抄録1900年以降の日本におけるプロテスタント・ミッションの医療伝道(抄)高安伸子(1997年)第43巻第3号,
394-395頁
抄録緒方春朔『種痘必順辨』の書名について(抄)富田英壽、手島 仁、熊本煕史、久賀興亜、田中泰博、久賀征哉、武井一剛(1997年)第43巻第3号,
396-397頁
抄録お玉が池種痘所の設立に参加した上山藩医奥山玄仲(抄)深瀬泰旦(1997年)第43巻第3号,
398-399頁
抄録近代検黴制度の導入と英国「伝染病予防法」―外務省資料・英国国立公文書館資料を中心に―(抄)大川由美(1997年)第43巻第3号,
400-401頁
抄録生体実験による結核予防法の確立(抄)美馬聰昭、国中るみ子(1997年)第43巻第3号,
402-403頁
抄録明治18年(1885)における本邦の初期の細菌学培養について(抄)会田 恵(1997年)第43巻第3号,
404-405頁
原著中原徳太郎・小此木信六郎・塩田広重・近藤達児の医学校の再建―日本医学専門学校から日本医科大学昇進までの困難な道程―唐沢信安(1997年)第43巻第2号,
143-168頁
原著キナ樹皮渡来の伝説をめぐって、チンチョン伯爵夫人説とイエズス会説泉彪之助(1997年)第43巻第2号,
169-186頁
原著古記録にみえる室町時代の患者と医療(二)―『言継卿記』永禄九年南向闘病記録から―水谷惟紗久(1997年)第43巻第2号,
187-209頁
研究ノート西洋、中国、日本のジフテリア史素描 その三 近代中村 昭(1997年)第43巻第2号,
211-240頁
広場インターネットにおける医史学ヴォルフガング・ミヒェル(1997年)第43巻第2号,
241-248頁
広場「健康」という語の創始者について杉浦守邦(1997年)第43巻第2号,
249-254頁
資料人痘法についてのメートランドの報告小田泰子(1997年)第43巻第2号,
255-269頁
追悼追悼 川喜田愛郎先生酒井シヅ(1997年)第43巻第2号,
271-272頁
記事 追悼宗田一先生合同追悼会深瀬泰旦(1997年)第43巻第2号,
273頁
記事日本医学会への加盟申請についての公示(1997年)第43巻第2号,
274頁
例会抄録山脇東洋の『外台秘要方』版行について(例会抄)町泉寿郎(1997年)第43巻第2号,
275-276頁
紹介歴史を変えた病今泉 孝(1997年)第43巻第2号,
277-278頁
紹介医者のみた福沢諭吉川嶌眞人(1997年)第43巻第2号,
279-280頁
紹介長山泰政先生著作集蔵方宏昌(1997年)第43巻第2号,
280-281頁
記事日本医学会だより17(1997年)第43巻第2号,
282-283頁
資料医史学関係文献目録(1995年)(1997年)第43巻第2号,
284-327頁
原著藤浪鑑の医史学的検証 附、藤浪肉腫ウイルス・遺伝子の研究杉立義一(1997年)第43巻第1号,
003-26頁
原著古記録にみえる室町時代の患者と医療(一)―『看聞御記』嘉吉元年入江殿闘病記録から―水谷惟紗久(1997年)第43巻第1号,
027-58頁
原著ジロラモ・フラカストロの伝染理論伊藤和行(1997年)第43巻第1号,
059-68頁
原著幕末の弘前藩における痘瘡流行と牛痘種痘普及の実態―豪商金木矢又三郎日記による研究―松木明知(1997年)第43巻第1号,
069-84頁
研究ノート『勅撰真本大同類聚方』について後藤志朗(1997年)第43巻第1号,
085-99頁
資料衛生学者坪井次郎業績目録泉彪之助(1997年)第43巻第1号,
101-111頁
追悼丸山博先生を偲ぶ中川米造(1997年)第43巻第1号,
113-115頁
記事シーボルト生誕二〇〇年記念国際医学シンポジウム長瀧重信(1997年)第43巻第1号,
116-117頁
記事第36回医学史研究会日本医史学会関西支部1996年秋季合同総会長門谷洋治(1997年)第43巻第1号,
118頁
記事例会記録1996年11月~1997年1月(1997年)第43巻第1号,
118-119頁
例会抄録アメリカと日本におけるヘボン(抄)大滝紀雄(1997年)第43巻第1号,
119-122頁
例会抄録江馬式蒸気風呂と薬草(抄)中西淳朗(1997年)第43巻第1号,
122-124頁
例会抄録懸田克躬先生のこと(抄)岡田靖雄(1997年)第43巻第1号,
124-126頁
紹介病原微生物の氾濫深瀬泰旦(1997年)第43巻第1号,
126-128頁
紹介江戸参府随行記ヴォルフガング・ミヒェル(1997年)第43巻第1号,
129-130頁
紹介鳴滝紀要6 シーボルト生誕200周年記念号石田純郎(1997年)第43巻第1号,
131-132頁
紹介済生学舎と長谷川泰―野口英世や吉岡弥生の学んだ私立医学校中西淳朗(1997年)第43巻第1号,
132-133頁
紹介広島県山県郡医師会史 上・下江川義雄(1997年)第43巻第1号,
133-135頁
原著尾張藩薬園の成立と変遷遠藤正治(1996年)第42巻第4号,
503-520頁
原著カスパル・シャムベルゲルと「カスパル流外科」(下)ヴォルフガング・ミヒェル(1996年)第42巻第4号,
521-546頁
原著財団法人・日本医学専門学校の学校騒動と私立東京医学専門学校の独立分離(下)唐沢信安(1996年)第42巻第4号,
547-562頁
研究ノート『元禄世間咄風聞集』所載の医薬学関連の咄浜田善利(1996年)第42巻第4号,
563-580頁
広場キナ伝説の里、チンチョンとチンチョン伯爵夫人泉彪之助(1996年)第42巻第4号,
581-588頁
資料小島宝素著・森立之写『河清寓記』釈読(下)町泉寿郎(1996年)第42巻第4号,
589-601頁
資料池田文書の研究(十五)池田文書研究会(1996年)第42巻第4号,
603-613頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(八)―鍼科医員佐田・増田・山崎家『官医家譜』など―香取俊光(1996年)第42巻第4号,
615-626頁
追悼宗田一先生の略年譜長門谷洋治、坂上俊之(1996年)第42巻第4号,
627-629頁
追悼宗田一先生の御逝去を悼む蒲原宏(1996年)第42巻第4号,
630-632頁
追悼宗田一先生を偲ぶ山中太木(1996年)第42巻第4号,
633-634頁
追悼思い出の宗田一先生大塚恭男(1996年)第42巻第4号,
635-636頁
追悼宗田一先生と日本医史学会酒井シヅ(1996年)第42巻第4号,
637-638頁
追悼宗田一先生を悼む深瀬泰旦(1996年)第42巻第4号,
639-641頁
追悼宗田一先生と京都の医学史研究杉立義一(1996年)第42巻第4号,
642-644頁
追悼医史学者、そして名プランナー宗田一先生長門谷洋治(1996年)第42巻第4号,
645-647頁
記事大鳥蘭三郎先生を偲ぶ会の報告大村敏郎(1996年)第42巻第4号,
651-652頁
記事例会記録(1996年)第42巻第4号,
652-656頁
例会抄録横浜軍陣病院の介抱女(抄)中西淳朗(1996年)第42巻第4号,
656-657頁
例会抄録『大同類聚方』の問題点―同撰―について(抄)後藤志朗(1996年)第42巻第4号,
657-659頁
例会抄録『医則発揮』の著者河津省庵と門人山川揚庵(抄)石原昴(1996年)第42巻第4号,
659-660頁
例会抄録疾病史から見た『傷寒論』(抄)中村昭(1996年)第42巻第4号,
660-662頁
紹介青柳精一著『診療報酬の歴史』長門谷洋治(1996年)第42巻第4号,
662-664頁
紹介第九十七回日本医史学会総会(札幌)記念出版 北海道医史学研究会編『北海道の医療 その歩み』中西淳朗(1996年)第42巻第4号,
664-665頁
紹介北里研究所東洋医学総合研究所医史学研究部編『『扁鵲倉公列伝』幻雲注の翻字と研究』猪飼祥夫(1996年)第42巻第4号,
665-667頁
紹介現代語訳・注記・解題、松尾信一ほか日本農書全集第六十巻『畜産・獣医』坂本勇(1996年)第42巻第4号,
667-668頁
紹介R・コールダー著、佐久間昭訳『物語・人間の医学史』中西淳朗(1996年)第42巻第4号,
668-669頁
紹介杉田絹江・杉田勇共訳『フーフェラント自伝 医の倫理』荒井保男(1996年)第42巻第4号,
670-671頁
原著華岡青洲の麻酔法の普及について―福井藩橋本左内による手術症例の検討―松木明知(1996年)第42巻第3号,
289-302頁
原著財団法人・日本医学専門学校の学校騒動と私立東京医学専門学校の独立分離(上)唐沢信安(1996年)第42巻第3号,
303-321頁
原著カスパル・シャムベルケルと「カスパル流外科」(上)ヴォルフガング・ミヒェル(1996年)第42巻第3号,
323-347頁
原著『医心方』に記述される「経義解」の検討真柳誠、沈●農(1996年)第42巻第3号,
349-368頁
研究ノート西洋・中国・日本のジフテリア史素描 その二 近世中村昭(1996年)第42巻第3号,
369-387頁
広場マイモニデスの銅像・墓・ヘブライ語表記泉彪之助(1996年)第42巻第3号,
389-398頁
研究ノート小島宝素著・森立之写『河清寓記』釈読(上)町泉寿郎(1996年)第42巻第3号,
399-410頁
追悼大鳥蘭三郎先生の御経歴大村敏郎(1996年)第42巻第3号,
411-413頁
追悼大鳥蘭三郎先生の御逝去を悼む蒲原宏(1996年)第42巻第3号,
414-416頁
追悼追憶の大鳥蘭三郎先生大塚恭男(1996年)第42巻第3号,
417-418頁
追悼大鳥蘭三郎先生の思い出酒井シヅ(1996年)第42巻第3号,
419-420頁
追悼恩師を偲んで 大鳥蘭三郎先生の三つの顔大村敏郎(1996年)第42巻第3号,
421-423頁
記事稲村三伯の「ハルマ和解」完成二〇〇年記念事業森納(1996年)第42巻第3号,
426-427頁
記事蛭田玄仙先生顕彰碑建立及び生誕二百五十年祭の記蒲原宏(1996年)第42巻第3号,
427-430頁
記事日本医史学会関西支部一九九六(平成八)年春期大会長門谷洋治(1996年)第42巻第3号,
430-431頁
記事例会記録(1996年)第42巻第3号,
431-432頁
例会抄録五行―中国古代医学の枠組み概念 其の二(抄)家本誠一(1996年)第42巻第3号,
432-433頁
例会抄録三才―中国古代医学の枠組み概念 其の三(抄)家本誠一(1996年)第42巻第3号,
434-435頁
例会抄録室町時代より江戸初期までの灸技術について(抄)角谷貞雄(1996年)第42巻第3号,
435-437頁
例会抄録ハーヴェイ以前の血液循環理論について(抄)藤倉一郎(1996年)第42巻第3号,
437-438頁
例会抄録オランダ商館長の住友銅吹所見物と饗応・贈答(抄)片桐一男(1996年)第42巻第3号,
438-440頁
例会抄録着想としての内視鏡(抄)多賀須幸男(1996年)第42巻第3号,
440-442頁
例会抄録森●外作「なかじきり」解釈の試み―「医」に関する言及をめぐって(抄)志田信男(1996年)第42巻第3号,
442-443頁
紹介クリストファー・ゼクストン著、丸田浩、マーティン・ラムゼイほか訳「バーネット―メルボルンの生んだ天才」山中太木(1996年)第42巻第3号,
444-445頁
紹介石田純郎著『ヨーロッパ医科学史散歩』今泉孝(1996年)第42巻第3号,
446-447頁
紹介杉田暉道・長門谷洋治・平尾真智子・石原明著、系統看護学講座別巻9『看護史』新村拓(1996年)第42巻第3号,
447-448頁
紹介新村拓著『出産と生殖観の歴史』平尾真智子(1996年)第42巻第3号,
448-449頁
医史学関連文献目録(1994年)(1996年)第42巻第3号,
450-493頁
会長講演開拓使時代の医療(抄)吉田信(1996年)第42巻第2号,
144-149頁
特別講演蝦夷地とロシア―北辺医史学の背景としての日露関係―(抄)秋月俊幸(1996年)第42巻第2号,
150-155頁
特別講演現代ウイルス学よりみたジェンナーの論文と伝記について(抄)加藤四郎(1996年)第42巻第2号,
156-159頁
抄録原始巫医の世界的普遍性の考察(抄)奥富敬之(1996年)第42巻第2号,
160-161頁
抄録憑きもの再論(抄)岡田靖雄(1996年)第42巻第2号,
162-163頁
抄録岸田吟香が中国で販売した日本関連の古医書(抄)真柳誠、陳捷(1996年)第42巻第2号,
164-165頁
抄録淳于意伝記考(抄)猪飼祥夫(1996年)第42巻第2号,
166-167頁
抄録『清医胡兆新問答録』―一八〇四年の中国医への問答報告書について―(抄)郭秀梅、真柳誠(1996年)第42巻第2号,
168-169頁
抄録中国古代人体内景図に於ける脂●、脂膜について(抄)高島文一(1996年)第42巻第2号,
170-171頁
抄録新発見の馬玄台『難経正義』(抄)王鉄策、真柳誠、小曽戸洋(1996年)第42巻第2号,
172-173頁
抄録谷野一栢著『難経抄』所引医書について(抄)宮川浩也(1996年)第42巻第2号,
174-175頁
抄録浅田宗伯と黄遵憲(抄)陳捷(1996年)第42巻第2号,
176-177頁
抄録『傷寒論』の「煎・熬」に対する、『方言』による解釈(抄)岡田研吉、郭秀梅(1996年)第42巻第2号,
178-179頁
抄録素問・霊枢に於ける血管及び血管病の記載について(抄)家本誠一(1996年)第42巻第2号,
180-181頁
抄録漢代の医療技術について(抄)和田裕一(1996年)第42巻第2号,
182-183頁
抄録中国十六世紀以前の瀉血療法(抄)友部和弘、真柳誠(1996年)第42巻第2号,
184-185頁
抄録中世における瀉血(抄)藤倉一郎(1996年)第42巻第2号,
186-187頁
抄録歯髄の歴史(抄)西巻明彦(1996年)第42巻第2号,
188-189頁
抄録澁江長伯が蝦夷地で採集した植物標本について(抄)山岸喬(1996年)第42巻第2号,
190-191頁
抄録津軽における貞亨、元禄年間のケシ栽培の実態(抄)松木明知(1996年)第42巻第2号,
192-193頁
抄録森枳園宛の書簡類-伊沢柏軒、小島宝素、喜多村直寛・多紀元●・元佶等(抄)町泉寿郎、小曽戸洋(1996年)第42巻第2号,
194-195頁
抄録蘭門五哲の書幅(抄)小曽戸洋、町泉寿郎(1996年)第42巻第2号,
196-197頁
抄録北里柴三郎口述中川愛咲編纂「伝染病研究講義」の内容及びインフルエンザ菌の発見について(抄)会田恵、田口文章(1996年)第42巻第2号,
198-199頁
抄録卵管の発見者、ガブリエーレ・ファロッピオについて(抄)藤田尚男(1996年)第42巻第2号,
200-201頁
抄録チンチョン伯爵夫人とキナ渡米伝説(抄)泉彪之助(1996年)第42巻第2号,
202-203頁
抄録『医語類聚』(奥山虎章)とMedical Lexicon (Robley Dunglison)(抄)深瀬泰旦(1996年)第42巻第2号,
204-205頁
抄録北陸における法医学の源流(抄)寺畑喜朔(1996年)第42巻第2号,
206-207頁
抄録『裁判醫學提綱』にみる「狂」の用語について(抄)小曽戸明子(1996年)第42巻第2号,
208-209頁
抄録吉村喜作博士とバビンスキー徴候(抄)田代邦雄(1996年)第42巻第2号,
210-211頁
抄録日本プロテスタント・ミッション医療伝道の方針転換についての一考察(抄)高安伸子(1996年)第42巻第2号,
212-213頁
抄録釈迦とキリストの患者の治療の実態について(抄)杉田暉道(1996年)第42巻第2号,
214-215頁
抄録広島原爆救護活動補遺(抄)江川義雄(1996年)第42巻第2号,
216-217頁
抄録一七二一年、ボストンにおける天然痘流行と人痘法の施行(抄)小田泰子(1996年)第42巻第2号,
218-219頁
抄録ジェンナーをめぐる二、三の話題(抄)石田純郎(1996年)第42巻第2号,
220-221頁
抄録フラカストロの伝染理論(抄)伊藤和行(1996年)第42巻第2号,
222-223頁
抄録山本致美訳『扶氏診断』と島村鼎甫訳『扶氏診則』(抄)津下健哉(1996年)第42巻第2号,
224-225頁
抄録足立長雋の訳書『産科礎』の成立年代(抄)石原力(1996年)第42巻第2号,
226-227頁
抄録華岡青洲及び春林軒塾に関する岡山県内資料(抄)中山沃、石田純郎(1996年)第42巻第2号,
228-229頁
抄録高岡長崎家の子弟教育について―四代蓬州、五代浩斎を中心に―(抄)正橋剛二(1996年)第42巻第2号,
230-231頁
抄録デンマークの師・マッセン博士に宛てた野口英世の書簡(抄)石黒達也(1996年)第42巻第2号,
232-233頁
抄録児玉信嘉宛野口英世16書簡(抄)石原理年(1996年)第42巻第2号,
234-235頁
抄録高坂駒三郎と旧蔵書簡―森●外書簡など(抄)小田晧二(1996年)第42巻第2号,
236-237頁
抄録森●外のライプチッヒにおける衛生学研修(抄)武智秀夫(1996年)第42巻第2号,
238-239頁
抄録日本消化器病学会発足の頃(抄)大村敏郎(1996年)第42巻第2号,
240-241頁
抄録初期の皮膚科学における東大と京大(抄)長門谷洋治(1996年)第42巻第2号,
242-243頁
抄録アルブレヒト・フォン・ローレツの「皮膚病論一斑」(抄)今泉孝(1996年)第42巻第2号,
244-245頁
抄録永坂石●(周二)の小伝と日本整形外科への功績(抄)蒲原宏(1996年)第42巻第2号,
246-247頁
抄録明治前期における医師試験制度と奉職履歴医について(抄)樋口輝雄(1996年)第42巻第2号,
248-249頁
抄録一八八八年の医学校処分について(抄)黒澤嘉幸(1996年)第42巻第2号,
250-251頁
抄録財団法人・日本医学専門学校の学校騒動と私立東京医学専門学校の独立分離(抄)唐沢信安(1996年)第42巻第2号,
252-253頁
抄録明治女医史の基礎的研究(抄)三崎祐子(1996年)第42巻第2号,
254-255頁
抄録明治廿六年医科大学国家医学講習科実録(学生記録)(抄)石崎達(1996年)第42巻第2号,
256-257頁
抄録太田正雄(木下杢太郎)の医学ノートについて(抄)黒川一郎、島田保久、吉田信(1996年)第42巻第2号,
258-259頁
抄録徳川昭武公の『順天堂入院日誌』について(第二報)(抄)中西淳朗(1996年)第42巻第2号,
260-261頁
抄録中国伝統医学と道教(XVII)『三国演義』から(抄)吉元昭治(1996年)第42巻第2号,
262-263頁
抄録民間急救療法(抄)谷津三雄、渋谷鉱(1996年)第42巻第2号,
264-265頁
抄録日本における作業療法の歴史(抄)吉見契子、鈴木明子(1996年)第42巻第2号,
266-267頁
抄録「看護」という言葉の使用のはじめ(第1報)―看護という言葉はいつから使われるようになったか―(抄)平尾真智子(1996年)第42巻第2号,
268-269頁
抄録我が国の顕微鏡の由来-和田医学史料館所蔵の顕微鏡の歴史-(抄)和田和代史(1996年)第42巻第2号,
270-271頁
抄録赤城信一について(第一報)(抄)上田智夫、小竹英夫、宮下蕣一(1996年)第42巻第2号,
272-273頁
抄録札幌黴毒院について(抄)島田保久、横田一郎、黒川一郎、片岡是充、長瀬清、吉田信(1996年)第42巻第2号,
274-275頁
原著日本における早発癡呆―「(精神)分裂病」概念の受容岡田靖雄(1996年)第42巻第1号,
003-27頁
原著『医語類聚』の著者 海軍大軍医 奥山虎章深瀬泰旦(1996年)第42巻第1号,
029-48頁
原著マルピーギの医学論伊藤和行(1996年)第42巻第1号,
049-59頁
原著不破家華岡流手術記録の検討山内一信、不破洋(1996年)第42巻第1号,
061-76頁
原著『存真環中図』―『史記』幻雲附標所引文からの検討宮川浩也(1996年)第42巻第1号,
077-86頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(七)―鍼科医員上田・吉田・山本・畠山家『宮医家譜』―香取俊光(1996年)第42巻第1号,
087-93頁
資料池田文書の研究(十四)池田文書研究会(1996年)第42巻第1号,
095-104頁
消息第三五回医学史研究会、日本医史学会関西支部一九九五年秋季合同総会長門谷洋治(1996年)第42巻第1号,
105頁
例会抄録十九世紀アメリカ非正統医療における癒し・出産・自己形成―植物治療運動と水治療運動―(抄)鈴木七美(1996年)第42巻第1号,
106-107頁
例会抄録多紀家関係の諸話題略記(抄)矢数道明(1996年)第42巻第1号,
107-108頁
例会抄録多紀元堅の墨跡(抄)町泉寿郎、小曽戸洋(1996年)第42巻第1号,
109-110頁
例会抄録多紀元堅の著述(抄)真柳誠、郭秀梅(1996年)第42巻第1号,
111-113頁
例会抄録不潔の水を善水にする法―スエーデン法は正しいか―(抄)中西淳朗(1996年)第42巻第1号,
114-115頁
例会抄録個人史研究におけるプライヴァシの問題―検討していただくための試論―(抄)岡田靖雄(1996年)第42巻第1号,
115-117頁
紹介小俣和一郎著『ナチスもう一つの大罪、「安楽死」とドイツ精神医学』泉彪之助(1996年)第42巻第1号,
117-118頁
紹介山下政三著『脚気の歴史―ビタミンの発見』松田誠(1996年)第42巻第1号,
118-120頁
紹介山田慶兒編『東アジアの本草と博物学の世界』(上・下)真柳誠(1996年)第42巻第1号,
120-122頁
紹介荒井保男著『医の名言』大滝紀雄(1996年)第42巻第1号,
123-124頁
紹介"西山茂夫監修『皮膚科の病名由来ア・ラ・カルト』I,II"中西淳朗(1996年)第42巻第1号,
124-126頁
紹介松下正明編『続・精神医学を築いた人びと』(上・下)岡田靖雄(1996年)第42巻第1号,
126-127頁
紹介日野秀逸著『保健活動の歩み 人間・社会・健康』滝澤利行(1996年)第42巻第1号,
127-129頁
紹介ステュアート・スピッカー著石渡隆司・酒井明夫・藤原博訳『医学哲学への招待』伊藤和行(1996年)第42巻第1号,
129-130頁
原著モアビット病院の受難の背景―ナチス支配下のドイツ医学の一側面―泉彪之助(1995年)第41巻第4号,
497-521頁
原著島村鼎甫の業績と記録津下健哉(1995年)第41巻第4号,
523-548頁
原著宇和島藩医ストライキの事―御医師中不和一件―林敬(1995年)第41巻第4号,
549-565頁
研究ノート軍医寮発足のさいにみられた東校と兵部省の確執深瀬泰旦(1995年)第41巻第4号,
567-592頁
資料法隆寺蔵「医薬調剤古抄」釈読アンドリュ-・ゴ-ブル(1995年)第41巻第4号,
593-604頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(六)―鍼科医員島浦(和田)・島崎・杉枝・栗本家『官医家譜』など―香取俊光(1995年)第41巻第4号,
605-615頁
追悼王丸勇先生の逝去を悼む中山茂春(1995年)第41巻第4号,
617-618頁
記事「宮崎医学所之跡」碑建立に就いて田代逸郎(1995年)第41巻第4号,
619-620頁
記事入澤記念庭園の整備事業を終えて小坂井昭吾(1995年)第41巻第4号,
620-623頁
記事日本医史学会九月例会、神奈川地方会第七回学術大会合同会ご案内(1995年)第41巻第4号,
623頁
記事名古屋医史談話会第一七回例会(1995年)第41巻第4号,
623頁
例会抄録田邊一雄と複十字会活動(抄)田邊正忠(1995年)第41巻第4号,
624-628頁
例会抄録熱海●汽館(抄)尺次郎(1995年)第41巻第4号,
628頁
例会抄録前近代の受胎調節をめぐって(抄)新村拓(1995年)第41巻第4号,
629頁
例会抄録『鎮将府日記』について(その一・序説)(抄)中西淳朗(1995年)第41巻第4号,
629-630頁
例会抄録陰陽―中国古代医学の枠組み概念 其の一―(抄)家本誠一(1995年)第41巻第4号,
630-632頁
紹介山本亨介著『種痘医小山肆成の生涯』深瀬泰旦(1995年)第41巻第4号,
632-634頁
紹介大塚恭男著『医学史こぼれ話』大村敏郎(1995年)第41巻第4号,
634-635頁
紹介岩田誠著『ペールラシェーズの医学者たち』大村敏郎(1995年)第41巻第4号,
635-636頁
紹介S.J.ライザー著・春日倫子訳『診断術の歴史―医療とテクノロジー支配』藤倉一郎(1995年)第41巻第4号,
637-638頁
紹介安井広著『ベルツの生涯―近代医学導入の父―』岩崎鐵志(1995年)第41巻第4号,
638-639頁
紹介竹内博編著『日本洋学人名事典』宗田一(1995年)第41巻第4号,
640-641頁
紹介石山●夫訳『メンデ法医学小史(一八一九)』小関恒雄(1995年)第41巻第4号,
641-642頁
原著海軍大医監 奥山虎炳(一八四〇~一九二六)深瀬泰旦(1995年)第41巻第3号,
321-348頁
原著初代曲直瀬道三の癩医学鈴木則子(1995年)第41巻第3号,
349-368頁
研究ノート西洋、中国、日本のジフテリア史素描 その一 古代、中世中村 昭(1995年)第41巻第3号,
369-394頁
研究ノート『紅毛医術聞書』にみる合田大介のカンケル論長与健夫(1995年)第41巻第3号,
395-402頁
資料一七世紀の平戸・出島蘭館の医薬関係者についてヴオルフガング・ミヒェル(1995年)第41巻第3号,
403-420頁
消息海外関連学会との交流真柳 誠(1995年)第41巻第3号,
421-422頁
消息近藤均氏《紹介》『ヴェサリウス著:人体構造論抄:中原訳』(本誌四〇巻第四号)に寄せて永田和弘(1995年)第41巻第3号,
422-423頁
消息永富獨嘯庵二三〇回忌追善祭(報告)岡村芳樹(1995年)第41巻第3号,
423-424頁
消息日本医史学会関西支部一九九五(平成七)年春季大会長門谷洋治(1995年)第41巻第3号,
424頁
例会抄録憑きもの再論(抄)岡田靖雄(1995年)第41巻第3号,
425-426頁
例会抄録帝国大学医学部歯科の軌跡(抄)榊原悠紀田郎(1995年)第41巻第3号,
426-428頁
例会抄録漢代の解剖学(抄)家本誠一(1995年)第41巻第3号,
428-430頁
例会抄録ロンドン病院博物館報告(抄)山根信子(1995年)第41巻第3号,
430-431頁
例会抄録永富独嘯庵(漫遊雑記)にみる神経症概念について(抄)小曽戸明子(1995年)第41巻第3号,
432-433頁
例会抄録箕作阮甫『産科簡明』と原著者及び原著について(抄)石原 力(1995年)第41巻第3号,
433-435頁
例会抄録三人の玄良と一人の虎章-海軍大軍医奥山虎章(抄)深瀬泰旦(1995年)第41巻第3号,
436-437頁
例会抄録我国医学界初のX線実験臨床講義者・丸茂文良(抄)唐沢信安(1995年)第41巻第3号,
437-438頁
紹介酒井忠夫・今井宇三郎・吉元昭治編『中国の霊籖・薬籖集成』を読んで難波恒雄(1995年)第41巻第3号,
439-440頁
紹介福田真人著『結核の文化史』藤倉一郎(1995年)第41巻第3号,
440-441頁
紹介長谷川正康著『噛む―歯は生命』谷津三雄(1995年)第41巻第3号,
442-443頁
紹介神農五千年刊行委員会編『神農五千年』猪飼祥夫(1995年)第41巻第3号,
443-444頁
紹介寺師睦宗著『漢方を築いた先哲』小曽戸洋(1995年)第41巻第3号,
444-445頁
医史学文献目録 平成五(1992)年医史学文献目録(1992)年順天堂大学医史学研究室(1995年)第41巻第3号,
449-489頁
抄録(会長講演)日本における血液学・輸血学史の流れより(抄)日比野進(1995年)第41巻第2号,
158-162頁
抄録(特別講演)飛騨の庶民・農民の生活史から得られたもの―往還寺過去帳の研究(抄)須田圭三(1995年)第41巻第2号,
163-167頁
抄録(特別講演)江馬家文書世界を生きた人々(抄)岩崎鐵志(1995年)第41巻第2号,
168-174頁
抄録(特別講演)尾張藩・名古屋を中心とした江戸時代の医療の流れ(抄)奈倉道治(1995年)第41巻第2号,
175-181頁
抄録『扶氏診断』訳者への疑問―島村鼎甫の可能性-(抄)津下健哉(1995年)第41巻第2号,
182-183頁
抄録石阪堅壮(肝吸虫発見者)の著述について(抄)中山沃(1995年)第41巻第2号,
184-185頁
抄録芸南の先人たち 特に『●孫疫痢考』をめぐって(抄)江川義雄(1995年)第41巻第2号,
186-187頁
抄録尾張・三河の種痘史 補遺(抄)山田英雄,山内一信,高橋昭(1995年)第41巻第2号,
188-189頁
抄録『元禄世間咄風聞集』所載の医薬学関連の咄(抄)浜田善利(1995年)第41巻第2号,
190-191頁
抄録産科医兼子元隣とその著書『産科成解』(1)(抄)奈倉道治(1995年)第41巻第2号,
192-193頁
抄録古代における瀉血(抄)藤倉一郎(1995年)第41巻第2号,
194-195頁
抄録江戸前中期の瀉血療法(抄)友部和弘,真柳誠(1995年)第41巻第2号,
196-197頁
抄録魯迅医学筆記について(抄)泉彪之助(1995年)第41巻第2号,
198-199頁
抄録名古屋における太田正雄(抄)長門谷洋治(1995年)第41巻第2号,
200-201頁
抄録富士川游と看護療法(抄)平尾真智子(1995年)第41巻第2号,
202-203頁
抄録 追悼藤浪鑑先生病症記・葬送記及び追悼文集について(抄)杉立義一,杉山武敏(1995年)第41巻第2号,
204-205頁
抄録三浦梅園における獣胎解剖の視座(抄)近藤均(1995年)第41巻第2号,
206-207頁
抄録永富独嘯庵(『漫遊雑記』一七六三年)にみる「狂」の用語について(抄)小曽戸明子(1995年)第41巻第2号,
208-209頁
抄録精神科病医アルブレヒト・フォン・ローレツ(抄)岡田靖雄(1995年)第41巻第2号,
210-211頁
抄録アルブレヒト・フォン・ローレツの研究(2)(抄)小形利彦,エリック・ラブル(1995年)第41巻第2号,
212-213頁
抄録長崎家収蔵の『折肱録』について(抄)正橋剛二(1995年)第41巻第2号,
214-215頁
抄録長崎浩斎筆『味噌欺録』と[淋石](抄)寺畑喜朔(1995年)第41巻第2号,
216-217頁
抄録杉田玄白門人高峰幸庵について(抄)津田進三(1995年)第41巻第2号,
218-219頁
抄録向井元升と『紅毛流外科秘伝』について(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(1995年)第41巻第2号,
220-221頁
抄録藍屋佐兵衛の妻と勝股元碩の妻―青洲の乳癌患者について―(抄)松木明知(1995年)第41巻第2号,
222-223頁
抄録不破家華岡流手術図について(抄)山内一信,不破洋(1995年)第41巻第2号,
224-225頁
抄録明治期ドイツ留学もしくは視察した眼科医達(抄)奥沢康正,ユルゲン・コバチ(1995年)第41巻第2号,
226-227頁
抄録サロモン氏産科鉗子(抄)石原力(1995年)第41巻第2号,
228-229頁
抄録済生学舎廃校後の各種講習会及び私立東京医学校・私立日本医学校(抄)唐沢信安(1995年)第41巻第2号,
230-231頁
抄録『日本聖公会教役者名簿』記載の来日外国人医師について(抄)高安伸子(1995年)第41巻第2号,
232-233頁
抄録宇良田唯子とその時代(抄)三崎裕子(1995年)第41巻第2号,
234-235頁
抄録池田文書と侍医制度(抄)遠藤正治(1995年)第41巻第2号,
236-237頁
抄録医学系の海外留学生(韓国一八九六ー一九四五)(抄)竒昌徳(1995年)第41巻第2号,
238-239頁
抄録幕末から明治中期にかけての英米系医学の受容(抄)大滝紀雄(1995年)第41巻第2号,
240-241頁
抄録第二次大戦後の医学教育変革について(抄)酒井シヅ(1995年)第41巻第2号,
242-243頁
抄録暉峻義等の社会衛生学への傾斜(抄)三浦豊彦(1995年)第41巻第2号,
244-245頁
抄録中国医学と道教(XVI・西遊記)(抄)吉元昭治(1995年)第41巻第2号,
246-247頁
抄録雲夢睡虎地秦墓竹簡にみるらい病の診断と法律(抄)猪飼祥夫(1995年)第41巻第2号,
248-249頁
抄録『素問』・『霊枢』における非医籍からの引用(抄)岩井佑泉(1995年)第41巻第2号,
250-251頁
抄録南化本『史記』幻雲附標に引かれる『存真環中図』について(抄)宮川浩也,真柳誠,小曽戸洋(1995年)第41巻第2号,
252-253頁
抄録蘇頌と『図経本草』(抄)王少麗(1995年)第41巻第2号,
254-255頁
抄録幻雲が引用した『東垣十書』(抄)真柳誠,宮川浩也,小曽戸洋(1995年)第41巻第2号,
256-257頁
抄録北尾春甫著『当壮庵医按』について(抄)安井広迪(1995年)第41巻第2号,
258-259頁
抄録月舟寿桂から曲直瀬道三へ―『禅本草』をめぐって(抄)小曽戸洋,宮川浩也,真柳誠(1995年)第41巻第2号,
260-261頁
抄録[銭匕]は[銭上]の訛(抄)郭秀梅,岡田研吉(1995年)第41巻第2号,
262-263頁
抄録徳川昭武公の[順天堂入院日誌]について(第一報)(抄)中西淳朗(1995年)第41巻第2号,
264-265頁
抄録本邦最初の血液学書入沢達吉纂訳『血液病理学及図譜』について(抄)会田恵(1995年)第41巻第2号,
266-267頁
抄録臨床検査という言葉の発祥と内容の史的推移―特に臨床検査技師の発展との関連について(抄)谷島清郎(1995年)第41巻第2号,
268-269頁
抄録医療関連資料(史料)の現状と問題点(抄)網野豊,酒井シヅ(1995年)第41巻第2号,
270-271頁
抄録名古屋市博物館所蔵の木骨について(抄)蒲原宏(1995年)第41巻第2号,
272-273頁
抄録[みる]ための画像と[みせる]ための画像(抄)高比良英輔(1995年)第41巻第2号,
274-275頁
抄録新幹線の発音は「●」か-学術語のカタカナ書きについて-(抄)柴田幸雄(1995年)第41巻第2号,
276-277頁
抄録西紀町のアスクレピオス像(抄)石原理年(1995年)第41巻第2号,
278-279頁
抄録患者の心性および「よい患者」の歴史的考察(抄)杉田暉道(1995年)第41巻第2号,
280-281頁
抄録古代日本に於ける呪術医療の思想的基盤(抄)稲垣直(1995年)第41巻第2号,
282-283頁
抄録「花園天皇宸記」に表われる花園天皇の口腔並に顔面の疾病について(抄)戸出一郎(1995年)第41巻第2号,
284-285頁
抄録葛原勾当日記にみる歯痛と気象(抄)新藤恵久(1995年)第41巻第2号,
286-287頁
抄録エナメル質微細構造の歴史(抄)西巻明彦(1995年)第41巻第2号,
288-289頁
抄録敗戦・陸軍少佐青酸自殺・救命処置・蘇生(抄)中室嘉祐(1995年)第41巻第2号,
290-291頁
抄録軍医療発足のさいにみられた東校と兵部省の確執(抄)深瀬泰旦(1995年)第41巻第2号,
292-293頁
抄録陸軍軍医講習生仮規則(抄)黒澤嘉幸(1995年)第41巻第2号,
294-295頁
抄録史料としてのオランダの「解剖学講義」の画(抄)石田純郎(1995年)第41巻第2号,
296-297頁
抄録G・ビドロ-の楽譜(抄)中原泉(1995年)第41巻第2号,
298-299頁
抄録フランスのムラージュ(蝋製皮膚病模型)について(抄)今泉孝(1995年)第41巻第2号,
300-301頁
抄録ジョン・ハンター再考(抄)栗本宗治(1995年)第41巻第2号,
302-303頁
抄録P・J・デソーとその処置デプリドマンについて(抄)大村敏郎(1995年)第41巻第2号,
304-305頁
抄録マルチェツロ・マルピーギの医学論(抄)伊藤和行(1995年)第41巻第2号,
306-307頁
抄録Moritz Heinrich Romberg ―そのプロフィールと「脊髄癆」・「半側顔面萎縮症」・「群発頭痛」の原著―(抄)高橋昭,伊藤泰広,白水重尚(1995年)第41巻第2号,
308-309頁
抄録オキュペーショナル・セラピー(OT)の発展―米国と日本の比較―(抄)鈴木明子(1995年)第41巻第2号,
310-311頁
抄録東西医学交流史の一側面―脳研究者ハルトヴィヒ・ケーレンベック(一八九七-一九八四)の意識論の背景(抄)濱中淑彦(1995年)第41巻第2号,
312-313頁
原著日本におけるカスパル・シャムベルゲルの活動についてヴォルフガング・ミヒェル(1995年)第41巻第1号,
003-28頁
原著マルシリオ・フィチーノの健康論伊藤和行(1995年)第41巻第1号,
029-40頁
原著済生学舎廃校後の各種講習会及び私立東京医学校・私立日本医学校唐沢信安(1995年)第41巻第1号,
041-73頁
研究ノートシーボルトの臨床医学―『蘭方口伝(シーボルト験方録)』の検討中村昭(1995年)第41巻第1号,
075-111頁
研究ノート長屋王家木簡の醤・味滓請求文書―『葛氏方』との関連から―東野浩之(1995年)第41巻第1号,
113-119頁
資料池田文書の研究(十三)池田文書研究会(1995年)第41巻第1号,
121-129頁
追悼追悼 赤松金芳先生大村敏郎(1995年)第41巻第1号,
131-133頁
記事第34回医学史研究会 日本医史学会関西支部一九九四年秋季合同総会長門谷洋治(1995年)第41巻第1号,
134-135頁
例会抄録ハンガリーのゼンメルワイスの遺跡を訪ねて(抄)蒲原宏(1995年)第41巻第1号,
135-136頁
例会抄録A. Vesalius: Epitome のラテン語原典および独・蘭・仏・英語版の特色(一)(抄)近藤均(1995年)第41巻第1号,
136-138頁
例会抄録ヴィデオ供覧「呉家の人びと(野間祐輔先生出演」(抄)岡田靖雄(1995年)第41巻第1号,
138-139頁
紹介医療人類学研究会編『文化現象としての医療』津谷喜一郎(1995年)第41巻第1号,
139-141頁
紹介名古屋大学医学部整形外科同門会編集『名倉重雄伝』津山直一(1995年)第41巻第1号,
141-142頁
紹介千葉県立中央博物館編集『リンネと博物学―自然誌科学の源流』木村陽二郎(1995年)第41巻第1号,
142-144頁
原著●外の『独逸日記』にあるモアビット病院とその歴史泉彪之助(1994年)第40巻第4号,
399-412頁
原著戦前合州国に留学した精神病学者たち(下)-松原三郎,齋藤玉男,石田昇ほか-岡田靖雄(1994年)第40巻第4号,
413-434頁
原著[飲]の病の起源-仏教医学の「●」の病とのかかわり-遠藤次郎,中村輝子,八巻英彦,宮本浩和(1994年)第40巻第4号,
435-446頁
研究ノート維新期の独逸留学生の光と影-ドイツ大学最初の日本人学籍登録者赤星研造について-森川潤(1994年)第40巻第4号,
447-465頁
資料日中韓古医籍の所蔵目録王鉄策,小曽戸洋,真柳誠(1994年)第40巻第4号,
467-478頁
資料池田文書の研究(十二)池田文書研究会(1994年)第40巻第4号,
479-488頁
記事山脇東洋墓碑・山脇社中解剖供養碑再建記念事業を終えて杉立義一(1994年)第40巻第4号,
489-491頁
記事第四回国際アジア伝統医学大会(The 4th International Congress on Traditional Asian Medicine)真柳誠(1994年)第40巻第4号,
491-492頁
例会抄録金光明最勝王経にみる医学(抄)杉田暉道(1994年)第40巻第4号,
492-493頁
例会抄録やみの医術-鴆鳥-実在から伝説へ(抄)真柳誠(1994年)第40巻第4号,
493-495頁
例会抄録浅野総一郎とコレラ(抄)荒井保男(1994年)第40巻第4号,
496頁
紹介田崎哲郎編『在村蘭学の展開』吉田厚子(1994年)第40巻第4号,
497-498頁
紹介宮澤正順著『素問・霊枢』宮川浩也(1994年)第40巻第4号,
498-499頁
紹介新藤恵久著『木床義歯の文化史―世界に先駆けた日本の職人藝―』榊原悠紀田郎(1994年)第40巻第4号,
499-501頁
紹介エドワード・クック著、中村妙子・友枝久美子訳『ナイチンゲール〔その生涯と思想〕Ⅰ』山根信子(1994年)第40巻第4号,
501-502頁
紹介根本幸夫他著『陰陽五行説・その発生と展開』林克(1994年)第40巻第4号,
503-504頁
紹介中原泉訳『人体構造論抄―ヴェサリウスのthe Epitome―』近藤均(1994年)第40巻第4号,
504-506頁
紹介鶴見大学図書館『特定テーマ別蔵書目録集成4―漢方と泰西医学』小曽戸洋(1994年)第40巻第4号,
506-507頁
原著戦前合州国に留学した精神病学者たち(上)-松原三郎,齋藤玉男,石田昇ほか-岡田靖雄(1994年)第40巻第3号,
255-279頁
原著山下御門内仮病院黒澤嘉幸(1994年)第40巻第3号,
281-292頁
研究ノート済生学舎廃校の歴史唐沢信安(1994年)第40巻第3号,
293-304頁
研究ノート近代日本鍼術の拠り所濱田淳,長尾榮一(1994年)第40巻第3号,
305-313頁
資料資料 池田文書の研究(十一)池田文書研究会(1994年)第40巻第3号,
315-322頁
記事日本医史学会関西支部一九九四(平成六)年春季大会長門谷洋治(1994年)第40巻第3号,
326頁
例会抄録上山藩医奥山玄育と荻野元凱(抄)深瀬泰旦(1994年)第40巻第3号,
327-328頁
例会抄録幕末薩摩藩と大円寺(抄)中西淳朗(1994年)第40巻第3号,
328-329頁
例会抄録ケガレと臓器移植(抄)杉田暉道(1994年)第40巻第3号,
330-331頁
例会抄録横浜・太田陣屋の研究(抄)中西淳朗(1994年)第40巻第3号,
331-332頁
例会抄録近世日本の医薬界における神農画賛流行の背景(抄)小曽戸洋(1994年)第40巻第3号,
333-334頁
紹介吉岡郁夫・長谷部学著『ミルンの日本人種論―アイヌとコロポクグルー』戸出一郎(1994年)第40巻第3号,
334-336頁
紹介堀内●著『兵庫医史散歩』奥沢康正(1994年)第40巻第3号,
336-337頁
紹介フォス美弥子編訳『幕末出島未公開文書―ドンケル=クルチウス覚え書』ヴォルフガング・ミヒェル(1994年)第40巻第3号,
337-338頁
紹介坂井建雄著『からだの自然誌』永野貞子(1994年)第40巻第3号,
338-340頁
紹介"小池猪一著『図説・日本の""医""の歴史』"蒲原宏(1994年)第40巻第3号,
340-342頁
紹介室賀正信著『沼津・室賀病院―医系家族百年の記録―』土屋重朗(1994年)第40巻第3号,
342-343頁
紹介山本俊一著『日本らい史』新村拓(1994年)第40巻第3号,
343-344頁
紹介蒲原宏著『新潟県医学史覚書』大滝紀雄(1994年)第40巻第3号,
344-345頁
紹介長谷川正康著『歯の風俗誌』谷津三雄(1994年)第40巻第3号,
345-346頁
医史学関係文献目録(1992年)(1994年)第40巻第3号,
348-391頁
原著近代日本における社会衛生学の展開とその特質瀧澤利行(1994年)第40巻第2号,
111-132頁
原著山脇東門及び荻野元凱とオランダ医学Mace・美枝子(1994年)第40巻第2号,
133-153頁
原著函館医学校記録(生徒資料より)石崎達(1994年)第40巻第2号,
155-184頁
原著金沢貞顕文書の医史学的研究樋口誠太郎(1994年)第40巻第2号,
185-200頁
研究ノート明治期の陸軍看護技術黒澤嘉幸(1994年)第40巻第2号,
201-209頁
資料結核外科における肋膜外合成樹脂充填術藤倉一郎,藤倉知子(1994年)第40巻第2号,
211-216頁
資料池田文書の研究(十)池田文書研究会(1994年)第40巻第2号,
217-226頁
記事日本医史学会関西支部例会長門谷洋治(1994年)第40巻第2号,
227頁
例会抄録『医外史』の研究(抄)小池猪一(1994年)第40巻第2号,
227-228頁
例会抄録三浦梅園の生理学体系―とくに臓腑・経脈・筋骨の機能について―〔抄〕近藤均(1994年)第40巻第2号,
228-229頁
例会抄録J.B.シッド-ルの衛生指導(抄)中西淳朗(1994年)第40巻第2号,
229-231頁
例会抄録『癲癇狂経験編』の著者土田獻による下気円引き札(抄)岡田靖雄(1994年)第40巻第2号,
231-232頁
紹介斉藤信夫著『指の文化誌』石原理年(1994年)第40巻第2号,
232-234頁
紹介大塚恭男著『東西生薬考』宗田一(1994年)第40巻第2号,
234-235頁
紹介森重孝著『鹿児島の医学』田代逸郎(1994年)第40巻第2号,
235-237頁
紹介田中助一著復刻『能美洞庵略伝』江川義雄(1994年)第40巻第2号,
237-238頁
紹介梅溪昇著『洪庵・適塾の研究』杉立義一(1994年)第40巻第2号,
238-239頁
紹介星和夫著『楽しい医学用語ものがたり』三輪卓爾(1994年)第40巻第2号,
239-241頁
紹介三浦豊彦著『快適環境のフォークロア』山本俊一(1994年)第40巻第2号,
241-242頁
紹介片桐一男著『蘭学、その江戸と北陸―大槻玄沢と長崎浩斎―』津田進三(1994年)第40巻第2号,
242-243頁
紹介トーマス・D・ブロック著、長木大三・添川正夫訳『ローベルト・コッホ 医学の原野を切り拓いた忍耐と信念の人』深瀬泰旦(1994年)第40巻第2号,
243-244頁
紹介宗田一著『渡来薬の文化誌』大塚恭男(1994年)第40巻第2号,
245頁
紹介小林健二・宮川浩也編『素問・霊枢 総索引』真柳誠(1994年)第40巻第2号,
245-247頁
抄録仏教と医療とのかかわり―古代インドから現代日本までの移りかわり―(抄)杉田暉道(1994年)第40巻第1号,
001-4頁
抄録「横浜軍陣病院」の再検討(抄)中西淳朗(1994年)第40巻第1号,
005-9頁
抄録米医 D.B.シモンズについて〔抄)荒井保男(1994年)第40巻第1号,
010-11頁
抄録幕末および明治中期における日本プロテスタント・ミッションの医療伝道について(抄)高安伸子(1994年)第40巻第1号,
012-13頁
抄録東京府病院長としての長谷川泰(抄)唐沢信安(1994年)第40巻第1号,
014-15頁
抄録筒井八百珠と『臨床医典』(抄)小田晧二(1994年)第40巻第1号,
016-17頁
抄録鍼灸・治効理論の変遷(抄)高島文一(1994年)第40巻第1号,
018-19頁
抄録十七世紀後半の医学書に見るらい病観(抄)横田則子(1994年)第40巻第1号,
020-21頁
抄録内分泌の概念のおこり(抄)藤田尚男(1994年)第40巻第1号,
022-23頁
抄録日本における早発癡呆―精神分裂病概念の受容―(抄)岡田靖雄(1994年)第40巻第1号,
024-25頁
抄録カスパル流外科について(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(1994年)第40巻第1号,
026-27頁
抄録ScultetusのArmamentarium chirurgicum(外科の兵器庫)の書誌学的研究(抄)蒲原宏(1994年)第40巻第1号,
028-29頁
抄録『撤氏産論』の原著者ゴ-トリ-プ・サロモンについて(抄)石原力(1994年)第40巻第1号,
030-31頁
抄録医学教育への薬学の協力(抄)中室嘉祐(1994年)第40巻第1号,
032-33頁
抄録明治はじめの京都の薬事政策―調剤資格の施策をめぐって―(抄)小野尚香,多田罹浩三(1994年)第40巻第1号,
034-35頁
抄録家庭配置薬業の現状と諸問題(抄)松下正巳(1994年)第40巻第1号,
036-37頁
抄録『万安方』にみられる麻疹の記載(抄)広田曄子(1994年)第40巻第1号,
038-39頁
抄録『啓迪集』所引文献の検討(抄)王鉄策,小曽戸洋(1994年)第40巻第1号,
040-41頁
抄録三浦梅園『贅語』身生帙改稿過程研究序説―各稿本類の起稿・推敲年次の推定―(抄)近藤均(1994年)第40巻第1号,
042-43頁
抄録日本における食品分析の起源(抄)寺畑喜朔(1994年)第40巻第1号,
044-45頁
抄録東大医学部生化学教室創設者隈川宗雄とその一族(抄)中山沃(1994年)第40巻第1号,
046-47頁
抄録モアビットなる市病院(抄)泉彪之助(1994年)第40巻第1号,
048-49頁
抄録中世ヨ-ロッパの衛生思想 Six non-naturals(抄)平尾真知子(1994年)第40巻第1号,
050-51頁
抄録クワック(Quack)―一八世紀オランダの巡回医療職について―(抄)石田純郎(1994年)第40巻第1号,
052-53頁
抄録アンリ・モンド-ルについて―フランスの外科医そして文学者―(抄)今泉孝(1994年)第40巻第1号,
054-55頁
抄録『明月記』に表れる藤原定家の歯痛に関する考察(抄)戸出一郎(1994年)第40巻第1号,
056-57頁
抄録開国と日本の歯科(抄)新藤恵久(1994年)第40巻第1号,
58-59頁
抄録象牙質神経線維に関する歴史的変遷について(抄)西巻明彦(1994年)第40巻第1号,
060-61頁
抄録"R.ブライト医師の""Reports of Medical Cases""(1827)(Vol.1)の内容について(抄)"会田恵(1994年)第40巻第1号,
062-63頁
抄録アルブレヒト・フォン・ロ-レツの研究(1)(抄)小形利彦,エリッヒ・ラブル(1994年)第40巻第1号,
064-65頁
抄録明治初期の軍医学校(抄)黒澤嘉幸(1994年)第40巻第1号,
066-67頁
抄録海軍大医監 奥山虎炳(抄)深瀬泰旦(1994年)第40巻第1号,
068-69頁
抄録芸備 瀬戸内海沿岸 島部の医史概観(抄)江川義雄(1994年)第40巻第1号,
070-71頁
抄録日清・日露戦争時の恩賜の義肢の研究―リハビリテ-ション史の視点から―(抄)坪井良子(1994年)第40巻第1号,
072-73頁
抄録『空襲救護』について(抄)谷津三雄,渋谷鉱(1994年)第40巻第1号,
074-75頁
抄録瀉血の歴史(抄)藤倉一郎,藤倉知子(1994年)第40巻第1号,
076-77頁
抄録『啓迪集』の瀉血療法(抄)友部和弘,真柳誠(1994年)第40巻第1号,
078-79頁
抄録華岡流の図説書(抄)真柳誠(1994年)第40巻第1号,
080-81頁
抄録華岡青洲の麻酔法の普及―福井における橋本左内による二手術例について―(抄)松木明知(1994年)第40巻第1号,
082-83頁
抄録中国医学と道教(ⅩIII・日本古代史から)(抄)吉元昭治(1994年)第40巻第1号,
084-85頁
抄録古代日本に於ける呪術医療への考察(抄)稲垣直(1994年)第40巻第1号,
86-87頁
抄録『史紀』扁鵲倉公伝の幻雲注所引の『難経』について(抄)宮川浩也(1994年)第40巻第1号,
88-89頁
抄録馬王堆『南方禹臧』図考(抄)猪飼祥夫(1994年)第40巻第1号,
90-91頁
抄録野口英世の師 渡辺鼎 そのI―父・思斉―(抄)石原理年(1994年)第40巻第1号,
92-93頁
抄録産婦人科医緒方正清(一八六四ー一九一九)(抄)長門谷洋治(1994年)第40巻第1号,
94-95頁
抄録高岡長崎家収蔵の『寥山翁方集』をめぐって(抄)正橋剛二(1994年)第40巻第1号,
96-97頁
抄録長崎浩斎『医者物語』と吉田長淑(抄)津田進三(1994年)第40巻第1号,
98-99頁
特別寄稿二〇世紀末におけるヒポクラテス医学と哲学スヒロス・マルケトス、深瀬泰旦(訳)(1993年)第39巻第4号,
463-476頁
原著京都府立「癲狂院」の設立とその経緯小野尚香(1993年)第39巻第4号,
477-500頁
原著朝倉氏遺跡出土の『湯液本草』真柳誠(1993年)第39巻第4号,
501-522頁
原著明治期の陸軍看護システム黒澤嘉幸(1993年)第39巻第4号,
523-542頁
原著痰の起源(二)―梁以前の医書にみられる「痰」の検討―遠藤次郎、中村輝子、八巻英彦、宮本浩和(1993年)第39巻第4号,
543-553頁
広場医学史研究の臨床医学への応用―医学史研究のより広い理解と実践を求めて―松木明知(1993年)第39巻第4号,
555-571頁
資料和刻本漢籍医書総合年表―出版者名索引―小曽戸洋(1993年)第39巻第4号,
573-594頁
記事北海道医史学研究会設立総会島田保久(1993年)第39巻第4号,
595頁
記事「高松宮記念ハンセン病資料館」の開設成田稔(1993年)第39巻第4号,
595-596頁
例会抄録中世ヨーロッパの衛生思想 six non naturalsとナイチンゲールの看護思想について(抄)平尾真智子(1993年)第39巻第4号,
596-597頁
例会抄録中国伝統医学の蔵府を考える―肝と肝臓 Liver (抄)宮川浩也(1993年)第39巻第4号,
597-598頁
例会抄録森●外と医学留学生たち(記事)山崎光夫(1993年)第39巻第4号,
598-600頁
紹介福島義一著『聞き書き・医者のみた阿波史・新阿波医人伝』片岡義雄(1993年)第39巻第4号,
600-601頁
紹介三浦豊彦著『労働と健康の歴史』(第七巻)保坂捷子(1993年)第39巻第4号,
601-603頁
紹介シャーウイン・B・ヌーランド著、曽田能宗訳『医学をきずいた人びと』上下二巻大滝紀雄(1993年)第39巻第4号,
603-604頁
紹介新村拓著『ホスピスと老人介護の歴史』杉田暉道(1993年)第39巻第4号,
604-605頁
紹介石田純郎編著『緒方洪庵の蘭学』津田進三(1993年)第39巻第4号,
606-607頁
紹介小高健著『伝染病研究所』高橋勝三(1993年)第39巻第4号,
607-608頁
紹介トーマス・マキューン著、酒井シヅ・田中靖夫訳『病気の起源』網野豊(1993年)第39巻第4号,
608-609頁
紹介吉田直哉著『私伝・吉田富三 癌細胞はこう語った』梶田昭(1993年)第39巻第4号,
609-610頁
紹介小竹英夫『柏倉忠粛とその周辺』渡辺左武郎(1993年)第39巻第4号,
611頁
原著第八師団歩兵第五連隊の雪中行軍の医学的考察―新発見の史料による山口少佐の死因の再検討―松木明知(1993年)第39巻第3号,
291-313頁
原著幕府医官 細川桃庵の事蹟関信之、小曽戸洋(1993年)第39巻第3号,
315-332頁
原著痰の起源(一)―漢訳仏典にみられる痰の検討―遠藤次郎、中村輝子、八巻英彦、宮本浩和(1993年)第39巻第3号,
333-345頁
研究ノートドイツ医学の採用に関する三つの疑問をめぐって森川潤(1993年)第39巻第3号,
347-359頁
広場シーボルトとペッテンコーフェルの墓泉彪之助(1993年)第39巻第3号,
361-367頁
資料池田文書の研究(九)池田文書研究会(1993年)第39巻第3号,
369-378頁
資料医学資料展(秋田県医師会主催)石田秀一(1993年)第39巻第3号,
379-387頁
資料「藤林普山とその子孫、門人録」補遺森納(1993年)第39巻第3号,
388頁
記事藤浪剛一先生没後五十年祭の報告大村敏郎(1993年)第39巻第3号,
389-390頁
記事湯島聖堂保存修理工事竣工 湯島聖堂創建三百年事業完成記念会蒲原宏(1993年)第39巻第3号,
390頁
記事「処士独嘯庵墓」再建について岡村芳樹(1993年)第39巻第3号,
390-392頁
記事日本医史学会関西支部(平成五)年春季大会長門谷洋治(1993年)第39巻第3号,
392-393頁
例会抄録長山泰政―戦前に院外治療を提唱した精神科医―(抄)岡田靖雄(1993年)第39巻第3号,
393-394頁
例会抄録金沢貞顕文書の医史学的研究(抄) 樋口誠太郎(1993年)第39巻第3号,
394-396頁
例会抄録明治初年の私立医学校「済生学舎・慶應義塾医学所・成医会講習所」について(抄)唐沢信安(1993年)第39巻第3号,
396-397頁
紹介Takeo Nagayo:History of Japanese Medicine in the Edo Era-Its Social and Cultural Backgroundsヴォルフガング・ミヒェル(1993年)第39巻第3号,
397-398頁
紹介萬年甫・岩田誠編訳『神経学の源流3 ブロカ』古川哲雄(1993年)第39巻第3号,
399-400頁
紹介和田耕作著『安藤昌益と三浦梅園』吉元昭治(1993年)第39巻第3号,
400-402頁
紹介高崎斐子他編『明治天皇の侍医 池田謙斎』岩崎鐵志(1993年)第39巻第3号,
402-404頁
紹介山本厚子著『野口英世 知られざる軌跡』石原理年(1993年)第39巻第3号,
404-405頁
医史学関係文献目録(1991年)(1993年)第39巻第3号,
406-455頁
原著坪井芳洲筆島津斉彬容体書について泉彪之助(1993年)第39巻第2号,
133-156頁
原著漢方医学における大腸と小腸の再検討遠藤次郎、中村輝子(1993年)第39巻第2号,
157-168頁
原著御雇教師シュルツエの「外科通論」―明治初期教科書使用状況一班―小関恒雄(1993年)第39巻第2号,
169-178頁
原著『耳嚢』に記録された民間療法浜田善利(1993年)第39巻第2号,
179-216頁
研究ノート精神外科の隆盛と衰微藤倉一郎(1993年)第39巻第2号,
217-222頁
広場杉田玄白の絶筆と川口信順川島恂二(1993年)第39巻第2号,
223-235頁
広場ハーバード大学イェンチン図書館の和漢移籍津谷喜一郎(1993年)第39巻第2号,
237-243頁
追悼三木栄先生をお訪ねして長門谷洋治(1993年)第39巻第2号,
245-250頁
追悼名誉会員三木栄先生の御逝去を悼みて蒲原宏(1993年)第39巻第2号,
251-254頁
追悼弔辞宗田一(1993年)第39巻第2号,
255-256頁
追悼三木先生を偲ぶ大塚恭男(1993年)第39巻第2号,
257-258頁
追悼三木栄先生略歴長門谷洋治(1993年)第39巻第2号,
259-260頁
追悼安井広先生の御逝去を悼む津田進三(1993年)第39巻第2号,
261-262頁
記事「第一回国際中国医学史会議」に出席して吉元昭治(1993年)第39巻第2号,
265-266頁
記事日本医史学会神奈川地方会発会総会杉田暉道(1993年)第39巻第2号,
266頁
記事神農斎(第40回)挙行小曽戸洋(1993年)第39巻第2号,
267頁
記事日本医史学会神奈川地方会一九九三年新年大会(1993年)第39巻第2号,
267頁
記事美濃大垣の名医・北尾春圃顕彰碑除幕式土屋伊磋雄(1993年)第39巻第2号,
267-268頁
例会抄録ヴィデオ「呉秀三―狂気の立ち会い人」(抄)岡田靖雄(1993年)第39巻第2号,
268頁
紹介鈴木昶著『江戸の妙薬』多留淳文(1993年)第39巻第2号,
269頁
紹介リチャードゴードン著,倉俣トーマス旭・小林武夫訳『世界病気博物誌』山本修三(1993年)第39巻第2号,
270-271頁
紹介杉立義一著『京の医史跡探訪 増補版』矢数道明(1993年)第39巻第2号,
271-273頁
紹介君塚美恵子編『紀州藩医 泰淵の日記』香取俊光(1993年)第39巻第2号,
273-274頁
紹介諫早医師会編『諫早医史 一九九〇年』山之内夘一(1993年)第39巻第2号,
274-276頁
紹介小曽戸洋・眞柳誠編・解説『和刻漢籍医書集成』宗田一(1993年)第39巻第2号,
276-277頁
紹介北小路博央著『開業医ブルース 医家二十一代のつぶやき』杉立義一(1993年)第39巻第2号,
277-278頁
紹介小関恒雄・北村智明訳編『クニッピングの明治日本回想記』高安伸子(1993年)第39巻第2号,
278-280頁
紹介北里研究所附属東洋医学総合研究所刊,医史学文献研究室編『小品方・黄帝内経明堂 古鈔本残巻』猪飼祥夫(1993年)第39巻第2号,
280-281頁
紹介コンスタンス・ジョエル著,内村瑠美子訳『医の神の娘たち-語られなかった女医の系譜-』三崎裕子(1993年)第39巻第2号,
281-283頁
抄録概説・日本における臨床検査機器発達史―人間と機械のはざまで―(抄)寺畑喜朔(1993年)第39巻第1号,
001-7頁
抄録シンポジウム(一) 蘭医長崎浩斎生誕一九五年を記念して 長崎浩斎-人と業績-(抄)津田進三(1993年)第39巻第1号,
008-10頁
抄録シンポジウム(一)蘭医長崎浩斎生誕一九五年を記念して 大槻玄沢と長崎浩斎―蘭学、その江戸と北陸―(抄)-片桐一男(1993年)第39巻第1号,
011頁
抄録シンポジウム(一) 蘭医長崎浩斎生誕一九五年を記念して 長崎家収蔵の『方意便蒙』について―越中高岡神農講の記録―(抄)正橋剛二(1993年)第39巻第1号,
012-13頁
抄録シンポジウム(二) 医学教育における医史学のあり方と使命 医学史教育を模索して(抄)蔵方宏昌(1993年)第39巻第1号,
014-15頁
抄録シンポジウム(二) 医学教育における医史学のあり方と使命 医学愛好家を育てるために(抄)大村敏郎(1993年)第39巻第1号,
016-18頁
抄録シンポジウム(二) 医学教育における医史学のあり方と使命 医学教育における医史学の現状と将来のあり方(抄)松木明知(1993年)第39巻第1号,
019-20頁
抄録シンポジウム(二) 医学教育における医史学のあり方と使命 ヨーロッパの医史学教育(抄)石田純郎(1993年)第39巻第1号,
021-22頁
抄録中国医学と道教(XII『紅楼夢』から)(抄)吉元昭治(1993年)第39巻第1号,
023-24頁
抄録中国の古典医書にみられる医者の身分と治療について(抄)山本徳子(1993年)第39巻第1号,
025-26頁
抄録三巻本『本草集注』と出土史料(抄)真柳誠(1993年)第39巻第1号,
026-28頁
抄録『活幼口議』の著者について(抄)王鉄策、真柳誠、小曽戸洋(1993年)第39巻第1号,
028-30頁
抄録仏典と『スシュルタ本集』にみられる看護(抄)杉田暉道(1993年)第39巻第1号,
030-32頁
抄録和丹両流の家格について(抄)奥富敬之(1993年)第39巻第1号,
032-34頁
抄録半井本『医心方』の病名仮名訓(抄)岩井佑泉(1993年)第39巻第1号,
034-35頁
抄録『玉葉』に表れる口歯の医療について(抄)戸出一郎(1993年)第39巻第1号,
036-37頁
抄録初代曲直瀬道三とらい遺伝説について(抄)横田則子(1993年)第39巻第1号,
038-39頁
抄録日本における臍風の記載について(抄)広田曄子(1993年)第39巻第1号,
040-41頁
抄録南北朝の医家徐氏の系譜(抄)猪飼祥夫(1993年)第39巻第1号,
042-43頁
抄録江戸時代按摩手技の文献的考察(抄)鈴木英征、青木隆明、戸野吉浩、原田和江、広門靖正、濱田淳、長尾栄一(1993年)第39巻第1号,
044-45頁
抄録徳川綱吉の行った医官に対する勤務評定(抄)中西淳朗(1993年)第39巻第1号,
046-48頁
抄録『紅夷流道具集解総図式』成立へのスクルテタスの外科書とパレ外科全集の影響(抄)蒲原宏(1993年)第39巻第1号,
048-50頁
抄録Nils Rosen von RosensteinとJohann Andreas Murray-一冊の小児科書をめぐって(抄)深瀬泰旦(1993年)第39巻第1号,
051-52頁
抄録華岡門難波抱節らの蒙汗薬(麻薬)の使用について(抄)中山沃(1993年)第39巻第1号,
053-54頁
抄録華岡青洲の[春林軒]入門者について-とくに文化二年度の入門者0人の謎-(抄)松木明知(1993年)第39巻第1号,
055-56頁
抄録河口良庵著『(寛文十庚戌歳)阿蘭陀語』本に就いて(抄)川島恂二(1993年)第39巻第1号,
056-58頁
抄録『蘭学事始』と『蘭東事始』(抄)片桐一男(1993年)第39巻第1号,
058-59頁
抄録適塾に学んだ広島県北出身の先人たち(抄)江川義雄(1993年)第39巻第1号,
060-61頁
抄録坪井芳洲筆島津斉彬容体書の史料について(抄)泉彪之助(1993年)第39巻第1号,
062-63頁
抄録『米利堅平本常用方』中に現れる人物の特定について(抄)高安伸子(1993年)第39巻第1号,
064-65頁
抄録我国の眼科文献集-第一報-(抄)奥沢康正(1993年)第39巻第1号,
066-67頁
抄録ロシア帝国軍医・関余作のロシア通信(抄)大西泰久(1993年)第39巻第1号,
068-69頁
抄録戦前合衆国に留学した精神病学者-松原三郎、齋藤玉男、石田昇ほか―(抄)岡田靖雄(1993年)第39巻第1号,
070-71頁
抄録本邦最初の西洋助産術教師 マティルダ・エアトン(抄)石原力(1993年)第39巻第1号,
072-73頁
抄録日本最古の産婦人科専書(抄)小曽戸洋(1993年)第39巻第1号,
074-76頁
抄録小島原泰民とその訳(著)書(抄)谷津三雄、渋谷鉱(1993年)第39巻第1号,
076-77頁
抄録関場不二彦の事蹟(二)―愛知医専赴任事件に関する新資料―(抄)吉田信、島田保久、津田晴美、犬山征夫、松木明知(1993年)第39巻第1号,
078-79頁
抄録維新を生きた村医者の生涯―津下精斉の場合―(抄)津下健哉(1993年)第39巻第1号,
079-81頁
抄録山下門内兵隊假病院について(抄)黒澤嘉幸(1993年)第39巻第1号,
082-83頁
抄録長谷川泰と「脚気病院」(抄)唐沢信安(1993年)第39巻第1号,
083-85頁
抄録石川県富山病院・同医学所の医師について(抄)赤祖父一知(1993年)第39巻第1号,
086-88頁
抄録中国古来の「医学保健体操的導引」にみる系統的解釈について(抄)市川太郎、坂本秀(1993年)第39巻第1号,
088-90頁
抄録呪禁師の実態-律令制下の呪術医療者(抄)稲垣直(1993年)第39巻第1号,
090-91頁
抄録大阪における薬学校の始まり 大阪大学薬学部・大阪薬学専門学校・大阪薬科大学(抄)中室嘉祐(1993年)第39巻第1号,
092-93頁
抄録第三高等中学校医学部講義(第三報)(抄)大滝紀雄(1993年)第39巻第1号,
094-95頁
抄録下山順一郎訳柴田承桂校補『検尿法』(明治十四年)及び原著について(抄)会田恵(1993年)第39巻第1号,
096-97頁
抄録日清・日露戦役時の恩賜の義肢―松山俘虜収容所を中心に―(抄)石原理年(1993年)第39巻第1号,
098-100頁
抄録大隈重信の義足―その原因と生活―(抄)坪井良子(1993年)第39巻第1号,
100-102頁
抄録遠藤培地の創製者・遠藤滋(抄)土屋重朗(1993年)第39巻第1号,
102-104頁
抄録新聞に見る昭和25年のシラス中毒事件―腸炎ビブリオ発見の端緒―(抄)長門谷洋治、坂上俊之(1993年)第39巻第1号,
104-106頁
抄録日本人による最初のX線写真について(抄)天野良平(1993年)第39巻第1号,
107-108頁
抄録工具による振動障害の歴史(抄)三浦豊彦(1993年)第39巻第1号,
108-110頁
抄録近代日本における社会衛生学理論(抄)瀧澤利行(1993年)第39巻第1号,
110-112頁
抄録明石博高にみる「衛生」政策(抄)小野尚香(1993年)第39巻第1号,
112-114頁
抄録結核外科における肋膜外合成樹脂充填術(抄)藤倉一郎、藤倉知子(1993年)第39巻第1号,
114-116頁
抄録北陸における医学検査技術者教育に関する医史学的考察(抄)谷島清郎(1993年)第39巻第1号,
116-118頁
原著藤林普山とその子孫、門人録森納(1992年)第38巻第4号,
541-581頁
原著明治初期医師養成教育と衛生観瀧澤利行(1992年)第38巻第4号,
583-602頁
原著島邨俊一小伝―悲運の精神病学者―岡田靖雄(1992年)第38巻第4号,
603-636頁
原著『素問』・『霊枢』における脾の生理作用―蘭方医学との比較―遠藤次郎、中村輝子(1992年)第38巻第4号,
637-646頁
研究ノート外国人研究者による日本人顔貌のタイプ吉岡郁夫(1992年)第38巻第4号,
647-653頁
広場仏典とスシュルタ本集にみられる酒の評価杉田暉道(1992年)第38巻第4号,
655-661頁
追悼藤野恒三郎氏逝く長門谷洋治(1992年)第38巻第4号,
663-665頁
資料池田文書の研究(八)池田文書研究会(1992年)第38巻第4号,
667-689頁
記事日本医史学会関西支部夏季大会(1992年)第38巻第4号,
695頁
記事第一四回北陸医史学同好会(日本医史学会北陸支部)(1992年)第38巻第4号,
695-696頁
記事例会記録(1992年)第38巻第4号,
696頁
紹介新村拓著『老いと看取りの社会史』中村昭(1992年)第38巻第4号,
696-697頁
紹介岩田誠著『パリ医学散歩』清水陽人(1992年)第38巻第4号,
697-699頁
紹介松尾信一編・著『解馬新書の調査研究』坂本勇(1992年)第38巻第4号,
699-701頁
紹介富士川英郎著『讀書●適』三輪卓爾(1992年)第38巻第4号,
701-702頁
紹介「原野を拓く―関寛 開拓の理想とその背景―」大西泰久(1992年)第38巻第4号,
702-704頁
紹介松下正明編著『精神医学を築いた人びと』(上・下)岡田靖雄(1992年)第38巻第4号,
704-705頁
原著衛生学者坪井次郎の経歴と業績泉彪之助(1992年)第38巻第3号,
401-431頁
原著清水耕一小伝―とくにその著『新撰看護學 附精神病看護學』の位置づけ―岡田靖雄(1992年)第38巻第3号,
433-470頁
原著『仁助咄』にみられる医学にみられる医学浜田善利(1992年)第38巻第3号,
471-486頁
研究ノート合田求吾の『紅毛医言』について長与健夫(1992年)第38巻第3号,
487-499頁
資料「因伯における牛痘接種の初め」補遺―原田永寿備忘録―森納(1992年)第38巻第3号,
501-505頁
資料池田文書の研究(七)池田文書研究会(1992年)第38巻第3号,
507-517頁
追悼関根正雄先生の逝去を悼む古川明(1992年)第38巻第3号,
519-521頁
記事日本医史学会関西支部一九九二(平成四)年春季大会(1992年)第38巻第3号,
522頁
記事例会記録(1992年)第38巻第3号,
522-523頁
例会抄録「長谷川泰の大学東校時代から済生学舎開校迄の経過」(ドイツ医学導入問題・相良知安の建白書・佐藤尚中の済衆舎)(抄)唐沢信安(1992年)第38巻第3号,
523-524頁
紹介杉立義一著『医心方の伝来』蒲原宏(1992年)第38巻第3号,
525-526頁
紹介森納著『医人奇人-因伯の医師たち・夜話-』岸本頼子(1992年)第38巻第3号,
527-528頁
紹介日本医学会医学用語管理委員会編『日本医学会・医学用語辞典・英和』三輪卓爾(1992年)第38巻第3号,
528-529頁
紹介谷津三雄・森山徳長・本間邦則共訳 マルヴィン・イ・リング(Malvin E.Ring)原著 『図説 歯科医学の歴史』(Dentistry An Illustrated History)蒲原宏(1992年)第38巻第3号,
529-531頁
紹介奥沢康正著『京の民間医療信仰』杉立義一(1992年)第38巻第3号,
532-533頁
抄録韓国歯科医史(韓国歯科医療の開化と発展の過程)(抄)奇昌徳(1992年)第38巻第2号,
197-201頁
抄録日本歯科医史学会二〇周年の歩み(抄)谷津三雄(1992年)第38巻第2号,
202-208頁
抄録中国医学と道教(ⅩⅡ 韓国医書について)(抄)吉元昭治(1992年)第38巻第2号,
209-211頁
抄録小野蘭山・●畝の日記にみる医学館の本草講書と薬品会(抄)遠藤正治(1992年)第38巻第2号,
211-213頁
抄録曲直瀬玄朔『食性能毒』における『本草綱目』の取捨(抄)加藤伊都子、真柳誠(1992年)第38巻第2号,
213-215頁
抄録中国に保存される日本伝統医学文献の孤本(抄)真柳誠、関信之、肖衍初、森田傅一郎(1992年)第38巻第2号,
215-217頁
抄録幻に終った国際連盟の漢方薬研究(第二報)―漢方薬研究の決議が日本で引き起こした反響―(抄)津谷喜一郎(1992年)第38巻第2号,
218-220頁
抄録抜歯後に応用される漢方薬について(抄)藤井佳朗(1992年)第38巻第2号,
220-221頁
抄録関根家所蔵療治十九方について(抄)西巻明彦、新藤恵久(1992年)第38巻第2号,
222-223頁
抄録葛根湯と歯痛について(抄)西巻明彦、屋代正幸、小林一日出(1992年)第38巻第2号,
223-224頁
抄録将軍吉宗をめぐる紀州下りの医薬人(抄)宗田一(1992年)第38巻第2号,
225-226頁
抄録『耳嚢』に記録された民間療法(抄) 浜田善利(1992年)第38巻第2号,
227-228頁
抄録群馬県沼田市の石仏と民間信仰について(抄)湯浅高之、藤野●男、屋代正幸(1992年)第38巻第2号,
228-229頁
抄録バルベルデ人体構造解剖図説再考(抄)西大條文一(1992年)第38巻第2号,
230-231頁
抄録関場不二彦の事蹟(一)―開業初期の病院経営―(抄)吉田信、島田保久、津田晴美、松木明知(1992年)第38巻第2号,
232-234頁
抄録Anaesthesia の命名(抄)中原泉(1992年)第38巻第2号,
234-236頁
抄録華岡青洲の麻酔薬通仙散に関する実験的研究(抄)松木明知(1992年)第38巻第2号,
236-237頁
抄録一井正典とドクトル・ヴァンデンボルグ(抄)渋谷敦、松本晉一(1992年)第38巻第2号,
238-239頁
抄録日本における芸用解剖学の受容(抄)寺畑喜朔(1992年)第38巻第2号,
240-242頁
抄録熱中症予防薬と食塩(抄)三浦豊彦(1992年)第38巻第2号,
242-244頁
抄録わが国における義歯の発達 概要(抄)本山佐太郎(1992年)第38巻第2号,
244-245頁
抄録伊勢松阪の入目・入歯師(抄)新藤恵久、長谷川弥(1992年)第38巻第2号,
246-247頁
抄録オープンループ並びにダブルループクラスプに就いて(抄)平田幹男(1992年)第38巻第2号,
247-248頁
抄録東京勧業博覧会の歯科出品物(第二報)歯磨および歯ブラシについて(抄)大橋正敬、西山實(1992年)第38巻第2号,
248-249頁
抄録「杉山三部書」の研究(その1)―成立について―(抄)長岡靖彦、中島史、北村智、長岡栄一(1992年)第38巻第2号,
250-252頁
抄録「杉山三部書」の研究(その2)―経穴と補瀉―(抄)中島史、北村智、長岡靖彦、長岡栄一(1992年)第38巻第2号,
252-254頁
抄録『素問研』について(抄)宮川浩也(1992年)第38巻第2号,
254-256頁
抄録鍼灸経穴名考証の試み―穴名同語の出典と用法―(抄)岩井佑泉(1992年)第38巻第2号,
256-258頁
抄録古典にみる●鍼の臨床的意義について(抄)坂本秀治、市川太郎(1992年)第38巻第2号,
258-260頁
抄録東京歯科医学専門学校臨床歯科学叢書の書誌学(抄)森山徳長、春日芳彦(1992年)第38巻第2号,
260-261頁
抄録明治大正期歯科保存学書の比較書誌学的研究(抄)森山徳長、長谷川正康(1992年)第38巻第2号,
261-262頁
抄録幻の東京歯科大学〈市川短期大学〉の構想(抄)戸沢行夫(1992年)第38巻第2号,
263-264頁
抄録大日本私立衛生會雑誌の歯科的記載(抄)落合俊輔、谷津三雄(1992年)第38巻第2号,
265-266頁
抄録第三高等学校医学部教授・坂田快太郎の留学通信(抄)小田晧二(1992年)第38巻第2号,
267-268頁
抄録帝国女子医専創設者額田豊・晋兄弟の医家系譜(抄)中山沃(1992年)第38巻第2号,
269-271頁
抄録練塀町時代の佐藤尚中(抄)大滝紀雄(1992年)第38巻第2号,
271-272頁
抄録竹原地区の先覚者たち―頼春風などについて―(抄)江川義雄(1992年)第38巻第2号,
273-274頁
抄録月舟寿桂(幻雲)の医界における交友関係(抄)小曽戸洋、森田傅一郎、水沢利忠(1992年)第38巻第2号,
275-276頁
抄録幾何学、リベラル・アーツと博物学(抄)柴田幸雄(1992年)第38巻第2号,
277-278頁
抄録府立大阪医科大学は大阪帝国大学医学部へ 歯科学弓倉繁家教授、薬化学世良好太教授(抄)中室嘉祐(1992年)第38巻第2号,
279-281頁
抄録明治期御雇外国人医学教師関係法について(第二報)(抄)高安伸子(1992年)第38巻第2号,
281-283頁
抄録「自然良能」及び「医ハ自然ノ臣僕ナリ」思想の回帰(抄)津下健哉(1992年)第38巻第2号,
283-285頁
抄録"日本における“変蒸""の変遷について(抄)"広田曄子(1992年)第38巻第2号,
285-287頁
抄録『頓医抄』巻第20、口腔疾患に関する考察(抄)戸出一郎(1992年)第38巻第2号,
288-289頁
抄録『医心方』と病草紙(抄)杉立義一(1992年)第38巻第2号,
290-292頁
抄録『口歯類要』質疑(抄)杉本茂春(1992年)第38巻第2号,
292-294頁
抄録『●』(義未詳)の解釈(抄)杉本茂春(1992年)第38巻第2号,
295-297頁
抄録●●拏説救療小児疾病経の紹介(抄)大高興(1992年)第38巻第2号,
297-299頁
抄録『紅夷外科宗伝』図版成立へのスクルテタス(Scultetus )の外科書 Armamentarium chirurgicum の影響(抄)蒲原宏(1992年)第38巻第2号,
299-301頁
抄録十八世紀オランダの医療界の構造と蘭学(抄)石田純郎(1992年)第38巻第2号,
302-303頁
抄録ピエール・フォシャール著『歯科外科医』手稿中のフォシャール直筆と推定される部分(抄)高山直秀(1992年)第38巻第2号,
304-305頁
抄録准看制度の歴史(抄)長門谷洋治(1992年)第38巻第2号,
306-308頁
抄録米国長老教会婦人宣教師ミス・リードの日本における活動(抄)平尾真智子(1992年)第38巻第2号,
308-310頁
抄録外科の守護聖人サン・コームとリュザルシュ村の教会(抄)大村敏郎(1992年)第38巻第2号,
311-312頁
抄録近代中国における宣教師女医の活動について(抄)三崎裕子(1992年)第38巻第2号,
313-314頁
抄録陸軍看病人の教育について(抄)黒澤嘉幸(1992年)第38巻第2号,
314-315頁
抄録ウィルヒョウと精神科医たち(抄)梶田昭(1992年)第38巻第2号,
316-317頁
抄録断種法問題―その広がりの見取り図―(抄)岡田靖雄(1992年)第38巻第2号,
318-319頁
抄録精神外科の隆盛と衰微(抄)藤倉一郎(1992年)第38巻第2号,
320-321頁
抄録《中国口腔医学史考》簡介(原稿未着)(抄)周大成(1992年)第38巻第2号,
321-321頁
抄録山本忠孝―北京における魯迅の主治医―(抄)泉彪之助(1992年)第38巻第2号,
322-323頁
抄録医術開業試験と済生学舎(抄)唐沢信安(1992年)第38巻第2号,
324-326頁
抄録野口英世の医術開業試験(抄)石原理年(1992年)第38巻第2号,
326-328頁
抄録最初期歯科X線診断学の文献的研究(その二)―機器、フィルム、露出時間等について―(抄)塩津二郎、森山徳長(1992年)第38巻第2号,
328-329頁
抄録旧制・新制東京歯科大学の校地・校舎の変遷について(抄)山岸東太郎/石川達、(1992年)第38巻第2号,
330-331頁
抄録終戦前後の日本医学会(抄)渋谷鉱、谷津三雄(1992年)第38巻第2号,
332-333頁
抄録前線診療指針について(抄)石橋肇、谷津三雄(1992年)第38巻第2号,
334-335頁
抄録凾館医学校生徒記録(抄)石崎達(1992年)第38巻第2号,
336-337頁
抄録明治期におけるブライト氏病の受容について(抄)会田恵(1992年)第38巻第2号,
337-339頁
抄録Hirschberg来日に会いし医師達(抄)奥沢康正、ユルゲン・コバチ(1992年)第38巻第2号,
339-340頁
文献目録医史学関係文献目録(1990年)(1992年)第38巻第2号,
341-389頁
挨拶理事長就任のご挨拶蒲原宏(1992年)第38巻第1号,
003-004頁
原著神奈川のコレラ大滝紀雄(1992年)第38巻第1号,
05-24頁
原著江戸時代、静岡県における蘭方医学の普及、特にその学統について津田進三(1992年)第38巻第1号,
25-47頁
原著北陸地域の医学史多留淳文(1992年)第38巻第1号,
49-83頁
原著京都における医史学研究史〔Ⅱ〕杉立義一(1992年)第38巻第1号,
85-104頁
原著備前蘭学の開祖児玉順蔵と漢蘭折衷医難波抱節中山沃(1992年)第38巻第1号,
105-120頁
資料福井県人の誘導した西洋文化の啓蒙書岩治勇一(1992年)第38巻第1号,
121-132頁
原著『金瓶梅』にみる中国医学吉元昭治(1992年)第38巻第1号,
133-163頁
報告アンブロアズ・パレ没後四百年祭を顧みて大村敏郎(1992年)第38巻第1号,
165-173頁
追悼守屋正先生を悼む杉立義一(1992年)第38巻第1号,
175-177頁
記事第三十一回医学史研究会 日本医史学会関西支部(一九九一年秋季)合同総会(1992年)第38巻第1号,
181-182頁
記事日本医史学会関西支部例会(1992年)第38巻第1号,
182頁
記事例会記録(1992年)第38巻第1号,
182-183頁
紹介森川政一著『明治・大正上越医界史』蒲原宏(1992年)第38巻第1号,
183-184頁
紹介白山晰也著『眼鏡の社会史』斎藤仁男(1992年)第38巻第1号,
185-186頁
紹介三浦豊彦著『暉峻義等-労働科学を創った男-』高木和男(1992年)第38巻第1号,
186-187頁
紹介富士川英郎著『富士川游』中川和夫(1992年)第38巻第1号,
187-188頁
紹介岩波泰明著『御目医師 竹内新八』福島義一(1992年)第38巻第1号,
188-190頁
紹介"Edited by Y.Kawakita, Shizu Sakai and Y.Otsuka ""History of Hygiene-Proceedings of 12th International Symposium on the Comparative History of Medicine-East and West"""山本俊一(1992年)第38巻第1号,
190-191頁
挨拶地域の医史学特集にあたって三輪卓爾(1991年)第37巻第4号,
475頁
原著「地域の医学史」研究序説松木明知(1991年)第37巻第4号,
477-492頁
原著京都における医史学研究史(Ⅰ)杉立義一(1991年)第37巻第4号,
493-511頁
原著因伯における牛痘接種の初め森納(1991年)第37巻第4号,
513-533頁
原著肥後の医学教育と村井家浜田善利(1991年)第37巻第4号,
535-566頁
原著坪井芳洲と薩摩藩泉彪之助(1991年)第37巻第4号,
567-582頁
資料南遠地域の医の近代化の起点としての玄聖講舟木茂夫(1991年)第37巻第4号,
583-590頁
報告ヨーロッパの医史学の現況について石田純郎(1991年)第37巻第4号,
591-609頁
追悼吉岡博人先生の御逝去を悼む酒井シヅ(1991年)第37巻第4号,
611-614頁
資料カスパル・シャムベルゲルの「弔辞」についてヴォルフガング・ミヒェル(1991年)第37巻第4号,
615-623頁
資料池田文書の研究(六)池田文書研究会(1991年)第37巻第4号,
625-647頁
記事日本医史学会理事長交代のお知らせ(1991年)第37巻第4号,
649頁
記事関西支部長に藤野恒三郎氏(1991年)第37巻第4号,
649頁
記事日本医史学会西支部一九九一(平成3)年春季大会(1991年)第37巻第4号,
649頁
記事第13回北陸医史学同好会総会・例会(1991年)第37巻第4号,
649-650頁
記事例会記録(1991年)第37巻第4号,
650頁
例会抄録木簡にみられる「医史学」的記述について(抄)樋口誠太郎(1991年)第37巻第4号,
650-652頁
紹介酒井恒監修、ミクス編集部編集『漢字医学用語-難読用語を中心に-』長門谷洋治(1991年)第37巻第4号,
653-654頁
紹介坂出祥伸編『中国古代養生思想の総合的研究』吉元昭治(1991年)第37巻第4号,
654-655頁
紹介野中杏一郎編著『医の歳月 野中眼科二百年史』奥沢康正(1991年)第37巻第4号,
655-656頁
紹介石山●夫・張維東・●文喜訳『洗冤集録・洗冤録詳義』小関恒雄(1991年)第37巻第4号,
656-658頁
紹介陸上自衛隊衛生学校修親会編『陸軍衛生制度史[昭和編]』佐久間温巳(1991年)第37巻第4号,
658-659頁
紹介森岡恭彦編『近代外科の父 パレ』-日本の外科のルーツを探る-山本修三(1991年)第37巻第4号,
660-661頁
紹介茨城県医師会史編纂委員会編『茨城県医師会史』《昭和戦後編》矢部一郎(1991年)第37巻第4号,
661-662頁
原著精神科看護史の諸問題岡田靖雄(1991年)第37巻第3号,
321-347頁
原著夏目漱石の胃病とその文学―修善寺の大患を中心として―高橋正夫(1991年)第37巻第3号,
349-363頁
研究ノート米医D.B.シモンズ(Ⅱ)―福沢諭吉の書簡よりみたるアメリカにおけるドクトル・シモンズ―荒井保男(1991年)第37巻第3号,
365-390頁
研究ノート絵島・生島事件と御蔵島新藤恵久(1991年)第37巻第3号,
391-402頁
広場ベルツの明治九年の日本奥地旅行小関恒雄(1991年)第37巻第3号,
403-406頁
資料和刻本漢籍医書総合年表―書名索引―小曽戸洋(1991年)第37巻第3号,
407-415頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(五)―文政度『官医分限』―香取俊光(1991年)第37巻第3号,
417-430頁
資料池田文書の研究(五)池田文書研究会(1991年)第37巻第3号,
431-443頁
記事日本医史学会関西支部だより (1991年)第37巻第3号,
445-446頁
記事例会記録(1991年)第37巻第3号,
446頁
例会抄録長屋王家跡出土木簡に見る奈良時代貴人の医と食生活への考察(抄)樋口誠太郎(1991年)第37巻第3号,
446-448頁
例会抄録横浜医学史細見(抄)中西淳朗(1991年)第37巻第3号,
448-450頁
紹介アレクサンダー・コーン著、酒井シヅ・三浦雅弘訳『科学の罠』松下正明(1991年)第37巻第3号,
450-451頁
紹介中西啓著『シーボルト前後、長崎医学史ノート』関口忠志(1991年)第37巻第3号,
451-453頁
紹介フィリップ・アリエス著、福井憲彦訳『図説・死の文化史―人は死をどのように生きたか―』新村拓(1991年)第37巻第3号,
453-454頁
紹介千葉保次著、澤本吉則編『回春堂 永吉の眼科病院』斉藤仁男(1991年)第37巻第3号,
454-456頁
紹介矢数道明著『漢方治療百話第七集』山田光胤(1991年)第37巻第3号,
456-457頁
紹介河瀬正晴著『輸血の歴史-人類と血液のかかわり-』小林佑吉(1991年)第37巻第3号,
457-458頁
紹介鈴木鑑著『免疫学血清学の歩んできた道』(第三版)山中太木(1991年)第37巻第3号,
458-460頁
紹介立川昭二著『最後の手紙』津田進三(1991年)第37巻第3号,
460-461頁
紹介高山直秀訳注『アンブロワズ・パレ 歯科口腔病医学、補整・矯正・義肢論』中原泉(1991年)第37巻第3号,
461-462頁
紹介Sunao Tawara著、須磨幸蔵ほか訳『哺乳動物心臓の刺激伝導系-房室束とPurkinje線維の解剖学的・組織学的研究』深瀬泰旦(1991年)第37巻第3号,
462-464頁
抄録一隅を照す、医学の輝き(抄)山中太木(1991年)第37巻第2号,
163-166頁
抄録中国医学における経路経穴の変遷(抄)高島文一(1991年)第37巻第2号,
167-172頁
抄録『医心方』の伝来から見た日本医学史の一側面(抄)杉立義一(1991年)第37巻第2号,
173-180頁
抄録「聖済総録」口歯門における口腔軟組織疾患の分類について(抄)戸出一郎(1991年)第37巻第2号,
181-182頁
抄録『飲膳正要』に関する考察―聚珍意饌を中心として―(抄)加藤伊都子(1991年)第37巻第2号,
182-184頁
抄録中国医学と道教(ⅩⅠ 金瓶梅から)(抄)吉元昭治(1991年)第37巻第2号,
185-187頁
抄録療術としての按腹(腹とり)の歴史(抄)中村昭(1991年)第37巻第2号,
187-189頁
抄録一九世紀末から二〇世紀初頭の中国における女子医学教育について(抄)三崎裕子(1991年)第37巻第2号,
189-190頁
抄録伝記『青木周弼』の補訂(抄)田中助一(1991年)第37巻第2号,
191-193頁
抄録『医心方』所引の『延寿赤書』について(抄)坂出祥伸(1991年)第37巻第2号,
193-196頁
抄録現存する『啓迪集』の古鈔本について(抄)小曽戸洋(1991年)第37巻第2号,
197-199頁
抄録松下見林とその師古林見宜(抄)岡田安弘(1991年)第37巻第2号,
199-200頁
抄録曲直瀬道三の『薬性能毒』について(抄)宗田一(1991年)第37巻第2号,
201-203頁
抄録『本草綱目』の伝来と金陵本(抄)真柳誠(1991年)第37巻第2号,
203-205頁
抄録小野蘭山・●畝と幕府医学館薬園(抄)遠藤正治(1991年)第37巻第2号,
205-207頁
抄録吉田長淑『駒谷吉田方鑑』と蘭館医レッツケとについて(抄)津田進三(1991年)第37巻第2号,
208-210頁
抄録桂川甫筑と御蔵島(抄)新藤恵久(1991年)第37巻第2号,
210-211頁
抄録原沢文仲『青洲先生聞書』と伊藤震山『春林軒随筆』による華岡青洲乳癌手術記録の再検討(抄)蒲原宏(1991年)第37巻第2号,
211-214頁
抄録『及彼』(豚解剖書)の研究について(抄)末田尚(1991年)第37巻第2号,
214-216頁
抄録藤林普山訳『解屍篇』について―森田千庵署名(印)入り写本より―(抄)長谷川一夫(1991年)第37巻第2号,
217-219頁
抄録『真斎謾筆』の小児門について(抄)広田曄子(1991年)第37巻第2号,
219-221頁
抄録『仁助咄』にみられる医学(抄)浜田善利(1991年)第37巻第2号,
222-223頁
抄録『福岡藩奥御番医亀鑑』について(抄)木下勤(1991年)第37巻第2号,
223-225頁
抄録広瀬旭荘門人「古谷道庵」(抄)末中哲夫(1991年)第37巻第2号,
225-227頁
抄録『回生録』の研究(1)(抄)昼田源四郎、末田尚(1991年)第37巻第2号,
227-229頁
抄録坪井芳洲と薩摩藩(抄)泉彪之助(1991年)第37巻第2号,
230-231頁
抄録米沢藩北条郷における安政2年の種痘実施―『諸事記録』より―(抄)舩山道隆(1991年)第37巻第2号,
232-233頁
抄録江戸時代(末期)の白内障手術症例報告―『白内翳手術人名実験録』から―(抄)奥沢康正(1991年)第37巻第2号,
233-234頁
抄録福山藩医学校並びに同仁病院と医人たち(抄)江川義雄(1991年)第37巻第2号,
234-236頁
抄録島邨俊一小伝―悲運の精神病学者―(抄)岡田靖雄(1991年)第37巻第2号,
236-238頁
抄録日本とフランスのアンブロアズ・パレ四百年祭を巡って(抄)大村敏郎(1991年)第37巻第2号,
239-241頁
抄録蘭学のルーツについて―オランダ外科医界由来の医学―(抄)石田純郎、H・ボイケルス(1991年)第37巻第2号,
241-243頁
抄録シドニ・リンガーと治療学(抄)栗本宗治(1991年)第37巻第2号,
243-245頁
抄録ヘルマン・ブショフの生涯とその業績(抄)ヴォルフガング・ミヒェル(1991年)第37巻第2号,
245-247頁
抄録「狂気の石」について―十五~十七世紀オランダ、フランドル地方の絵画に基づく一考察―(抄)酒井明夫、三田俊夫、道又利、石渡隆司(1991年)第37巻第2号,
248-249頁
抄録『導引口訣鈔』にみる病伝の文献的解釈について(抄)坂本秀治、市川太郎(1991年)第37巻第2号,
250-252頁
抄録『横浜軍陣病院の日記』を再読して(抄)中西淳朗(1991年)第37巻第2号,
252-254頁
抄録明治天皇の大坂行幸で始まった洋式病院と西洋医学講義録の出版(抄)中室嘉祐(1991年)第37巻第2号,
255-257頁
抄録明治初期の御雇外国人医学教師関係法について(抄)高安伸子(1991年)第37巻第2号,
258-259頁
抄録岡山における明治初期の病理解剖(抄)中山沃(1991年)第37巻第2号,
260-262頁
抄録「京都看病婦學校設立趣旨」について(抄)渋谷鉱、谷津三雄(1991年)第37巻第2号,
262-264頁
抄録「京都看病婦學校設立の演説」について(抄)谷津三雄、渋谷鉱(1991年)第37巻第2号,
265-267頁
抄録陸軍看病人について(抄)黒澤嘉幸(1991年)第37巻第2号,
267-269頁
抄録創立時の「済生学舎」の人脈(抄)唐沢信安(1991年)第37巻第2号,
269-271頁
抄録夏目漱石の胃病とその文学―修善寺の大患を中心として―(抄)高橋正夫(1991年)第37巻第2号,
272-273頁
抄録野口英世の師、渡辺鼎の業績(抄)石原理年(1991年)第37巻第2号,
273-275頁
抄録佐伯理一郎・再論(抄)長門谷洋治(1991年)第37巻第2号,
276-278頁
抄録草壁系諸帝の病迹(抄)稻垣直(1991年)第37巻第2号,
278-280頁
抄録尿蛋白定量末吉法について(抄)会田恵(1991年)第37巻第2号,
281-282頁
抄録京都における近代麻酔科学への道程(抄)藤田俊夫(1991年)第37巻第2号,
282-284頁
抄録高比重液による脊椎麻酔の先駆者朴蘭秀の生涯(抄)松木明知(1991年)第37巻第2号,
285頁
抄録島村鼎甫―その業績と記録―(抄)津下健哉(1991年)第37巻第2号,
286-288頁
抄録眼科医 丸尾興堂の家系(抄)丸尾馨、奥沢康正(1991年)第37巻第2号,
288-289頁
抄録日本の大気汚染の歴史(抄)三浦豊彦(1991年)第37巻第2号,
289-291頁
抄録じん肺史の一断面―ウィルヒョウ説を中心に―(抄)梶田昭(1991年)第37巻第2号,
292-293頁
抄録人工心肺の発達史(抄)藤倉一郎、藤倉美耶子(1991年)第37巻第2号,
294-295頁
抄録暉峻義等没後二十五年に寄せて(抄)寺畑喜朔(1991年)第37巻第2号,
296-298頁
抄録戦中戦後の医学教育史―医学専門学校―(抄)酒井シヅ(1991年)第37巻第2号,
298-299頁
抄録占領期における医薬分業論争史(第一報)―GHQ文書による検証―(抄)杉田聡(1991年)第37巻第2号,
300-302頁
抄録過去四五年間の一精神病院における入院患者の死亡率および死因について(抄)小池清廉(1991年)第37巻第2号,
302-303頁
記事富士川游博士没後五十年記念会深瀬泰旦(1991年)第37巻第1号,
001頁
追悼理事長挨拶大鳥蘭三郎(1991年)第37巻第1号,
002頁
論文郷土・広島にみられる富士川游の世界(記念講演)江川義雄(1991年)第37巻第1号,
003-15頁
論文 追悼富士川游・呉秀三両先生の間―友情と医学史探究―岡田靖雄(1991年)第37巻第1号,
017-32頁
論文富士川游と土肥慶蔵長門谷洋治(1991年)第37巻第1号,
033-46頁
論文富士川游と雑誌富士川英郎(1991年)第37巻第1号,
047-56頁
論文 追悼富士川游先生没後五十年に寄せて宗田一(1991年)第37巻第1号,
057-58頁
追悼富士川游先生を偲んで赤松金芳(1991年)第37巻第1号,
059頁
追悼富士川游先生との巡り会い田中助一(1991年)第37巻第1号,
060-61頁
追悼富士川游先生、私への教え、思い出三木栄(1991年)第37巻第1号,
062-63頁
追悼富士川游先生を想う山形敞一(1991年)第37巻第1号,
064頁
年譜富士川游博士年譜酒井シヅ(1991年)第37巻第1号,
065-66頁
著作目録富士川游博士主著作目録酒井シヅ(1991年)第37巻第1号,
067頁
展示目録富士川游博士没後五〇年記念会展示目録酒井シヅ、蔵方宏昌(1991年)第37巻第1号,
068-73頁
短報新出の国宝仁和寺本「医心方」零葉―巻十九第五十九葉―小曽戸洋、杉立義一(1991年)第37巻第1号,
074-78頁
報告第三二回国際医史学会会議の印象古川明(1991年)第37巻第1号,
079-84頁
追悼本間邦則評議員の御逝去を悼む蒲原宏(1991年)第37巻第1号,
085-88頁
記事浅田宗伯生誕一七五年記念祭についての報告菊谷豊彦(1991年)第37巻第1号,
091-92頁
記事蘭学の巨星 杉田玄白・緒方洪庵展矢部一郎(1991年)第37巻第1号,
092-93頁
記事緒方春朔種痘成功二〇〇年記念事業報告富田英寿(1991年)第37巻第1号,
094-95頁
記事第一五回谷口財団国際シンポジウム花輪寿彦(1991年)第37巻第1号,
095-97頁
記事第六回国際東洋医学会・医史学シンポジウム真柳誠(1991年)第37巻第1号,
097-98頁
記事「初代曲直瀬道三顕彰碑」建立・除幕式杉立義一(1991年)第37巻第1号,
098-100頁
記事ポンペ顕彰記念会についての報告大滝紀雄(1991年)第37巻第1号,
101-103頁
記事古河歴史博物館の医史学展示品紹介川島恂二(1991年)第37巻第1号,
103-104頁
記事尾台榕堂百二十年祭―顕彰碑落成小曽戸洋(1991年)第37巻第1号,
104-105頁
記事第三〇回医学史研究会 日本医史学会関西支部(一九九〇年秋季)合同総会長門谷洋治(1991年)第37巻第1号,
106-107頁
記事例会記録(1991年)第37巻第1号,
107頁
文献目録医史学関係文献目録(1989年)(1991年)第37巻第1号,
108-157頁
原著仏教と病気・医療とのかかわり―とくにインド仏教について―杉田暉道(1990年)第36巻第4号,
365-378頁
研究ノート統計的にみた天保期名古屋の医師像山内一信(1990年)第36巻第4号,
379-400頁
研究ノート灸寺・羽栗病院訪問記岡田靖雄(1990年)第36巻第4号,
401-411頁
史料との出会い史料との出合い―歩兵屯所医師取締手塚良仙とその一族―深瀬泰旦(1990年)第36巻第4号,
413-433頁
随想医史学と私土屋重朗(1990年)第36巻第4号,
435-442頁
随想医史学と私―地域における先哲顕彰事業とのかかわりにふれつつ―江川義雄(1990年)第36巻第4号,
443-448頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(四)―文化八年六月禄『官医分限帳』―香取俊光(1990年)第36巻第4号,
449-457頁
資料和刻本漢籍医書出版総合年表小曽戸洋、関信之、栗原萬理子(1990年)第36巻第4号,
459-494頁
記事アンブロアズ・パレ四〇〇年祭を巡って大村敏郎(1990年)第36巻第4号,
499-500頁
記事例会記事(1990年)第36巻第4号,
500-501頁
例会抄録幕末・明治初期の電気治療(抄)中村昭(1990年)第36巻第4号,
501頁
紹介三浦豊彦著『労働と健康の歴史 第六巻』清水勝嘉(1990年)第36巻第4号,
501-502頁
紹介看護史研究会編、加藤文三協力『看護学生のための日本看護史』杉田暉道(1990年)第36巻第4号,
502-503頁
紹介松野良寅著『東北の長崎-米沢洋学の系譜-』小形利彦(1990年)第36巻第4号,
504頁
紹介松田誠著『脚気をなくした男-高木兼寛伝』久志本常孝(1990年)第36巻第4号,
505-506頁
紹介実学資料研究会編『実学史研究Ⅵ』宗田一(1990年)第36巻第4号,
506頁
紹介神谷敏郎『人魚の博物誌-海獣学事始-』矢部一郎(1990年)第36巻第4号,
507頁
紹介青木國雄著『医外な物語』大滝紀雄(1990年)第36巻第4号,
508頁
紹介富士川英郎著『菅茶山 上・下』長谷川弥人(1990年)第36巻第4号,
509-510頁
紹介湯浅泰雄著『身体論-東洋的心身論と現代-』坂出祥伸(1990年)第36巻第4号,
510-511頁
紹介鮫島信一篇『星のまたたき』寺師睦宗(1990年)第36巻第4号,
511-512頁
紹介見市雅俊ほか著『青い恐怖 白い街-コレラ流行と近代ヨーロッパ-』山本俊一(1990年)第36巻第4号,
512-513頁
紹介山田慶兒著『夜鳴く鳥-医学・呪術・伝説ー』遠藤次郎(1990年)第36巻第4号,
513-514頁
紹介アグネス・アーバー著、月川和雄訳『近代植物学の起源』矢部一郎(1990年)第36巻第4号,
515-516頁
紹介松木明知編『北海道医事文化史料集成』上・下三輪卓爾(1990年)第36巻第4号,
516-517頁
原著出島蘭館医カスパル・シャムベルゲルの生涯についてヴォルフガング・ミヒェル(1990年)第36巻第3号,
201-210頁
原著エディンバラ王立救貧院病院とアグネス・ベッチ平尾真智子(1990年)第36巻第3号,
211-228頁
研究ノート明治初期東京大学医学部卒業生動静一覧(二)小関恒雄(1990年)第36巻第3号,
229-247頁
随想医史学と私―日本眼科学史研究の回顧―福島義一(1990年)第36巻第3号,
248-253頁
随想医史学と私梶田昭(1990年)第36巻第3号,
254-263頁
随想医史学と私杉田暉道(1990年)第36巻第3号,
264-270頁
資料蘭方口伝(シーボルト験方録)中村昭(1990年)第36巻第3号,
271-294頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(三)―河野平之丞家由緒書など―香取俊光(1990年)第36巻第3号,
295-304頁
資料池田文書の研究(四)池田文書研究会(1990年)第36巻第3号,
305-310頁
記事アーユルヴェーダ研究会 第十二回研究総会(1990年)第36巻第3号,
315-316頁
記事日本医史学会関西支部一九九〇(平成二)年春季大会(1990年)第36巻第3号,
316-317頁
例会抄録中国における欠歯の風習について(抄)戸出一郎(1990年)第36巻第3号,
317-318頁
例会抄録済生学舎の歴史について(抄)唐沢信安(1990年)第36巻第3号,
318-319頁
例会抄録日本占領下のフィリピン薬用食物研究(抄)津谷喜一郎(1990年)第36巻第3号,
319-320頁
紹介山田憲太郎著『スパイスの歴史』難波恒雄(1990年)第36巻第3号,
321-323頁
紹介上野益三著『博物学の愉しみ』遠藤正治(1990年)第36巻第3号,
323-324頁
紹介槇佐知子著『日本昔話と古代医術』新村拓(1990年)第36巻第3号,
324-325頁
紹介吉岡信著『近世日本薬業史研究』青木充夫(1990年)第36巻第3号,
325-326頁
紹介阿部克己監修、青木勝嘉著『日本公衆衛生史(昭和前期編)』三浦豊彦(1990年)第36巻第3号,
326-327頁
紹介松田邦夫著『万病回春解説』杵渕彰(1990年)第36巻第3号,
327-328頁
紹介F・ジャコブ著、辻由美訳『内なる肖像―一生物学者のオデュッセイア―』矢部一郎(1990年)第36巻第3号,
328-329頁
紹介沼田次郎著『洋学』佐藤昌介(1990年)第36巻第3号,
329-330頁
紹介杉本勲編『近代西洋文明との出合い―黎明期の西南雄藩―』吉田厚子(1990年)第36巻第3号,
330-331頁
紹介科学朝日編『スキャンダルの科学史』佐藤達策(1990年)第36巻第3号,
331-332頁
紹介柳澤桂子著『「いのち」とはなにか―生命科学への招待―』中沢滉(1990年)第36巻第3号,
332-333頁
紹介長崎市教育委員会編『シーボルト記念館資料目録(1)』 矢部一郎(1990年)第36巻第3号,
333-334頁
紹介孫思●著『「千金方」四種、附研究資料集』戸出一郎(1990年)第36巻第3号,
334-335頁
紹介五十嵐一著『東方の医と知―イブン・スイーナー研究―』石渡隆司(1990年)第36巻第3号,
336頁
紹介岩崎龍郎著『日本の結核―流行の歴史と対策の変遷―』兼松一郎(1990年)第36巻第3号,
337頁
紹介ルイス・ハーパー著、石館三枝子・中野恭子訳『二〇世紀の女性科学者たち―その展開と可能性―』三崎裕子(1990年)第36巻第3号,
338-339頁
紹介王丸勇著『史学と病跡学夜ばなし』奥村武(1990年)第36巻第3号,
339頁
紹介長谷川つとむ著『東京帝大医学部総理 池田謙斎伝』深瀬泰旦(1990年)第36巻第3号,
339-341頁
紹介高橋理明著『ワクチン今昔物語』添川正夫(1990年)第36巻第3号,
341-342頁
紹介山本徳子著『医学史ものがたり』吉元昭治(1990年)第36巻第3号,
342-343頁
紹介ネストール・ルハン著、酒井シヅ監訳『歴史上の人物―生と死のドラマ』立川昭二(1990年)第36巻第3号,
343-344頁
紹介吉岡郁夫著『身体の文化人類学』高安伸子(1990年)第36巻第3号,
344-345頁
紹介丸山博著作集(一)『死児をして呼ばしめよ』(二)『いま改めて衛生を問う』(三)『食生活の基本を問う』山本俊一(1990年)第36巻第3号,
345-346頁
原著"Zum Einfluss philosophischer Begriffe menschlicher Natur auf Medizin, Hygiene und Psychotherapie""PAUL, Gregor"(1990年)第36巻第3号,
364-355頁
論文奈良時代の医療の実態杉田暉道(1990年)第36巻第2号,
115-131頁
研究ノート吉田長淑の養子関係と宇田川玄真平野満(1990年)第36巻第2号,
132-138頁
随想医史学と私大滝紀雄(1990年)第36巻第2号,
139-146頁
広場 追悼緒方富雄先生とエスペラント戸田清(1990年)第36巻第2号,
147-152頁
広場医学史と宛字伊藤貞男(1990年)第36巻第2号,
153-158頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(二)―土岐長元家由緒書など―香取俊光(1990年)第36巻第2号,
159-162頁
資料池田文書の研究(三)池田文書研究会(1990年)第36巻第2号,
163-168頁
記事第二十九回医学史研究会、日本医史学会関西支部(一九八九年秋季)合同総会(1990年)第36巻第2号,
169-170頁
記事例会記事(1990年)第36巻第2号,
170頁
例会抄録ヘボンとシモンズの生き方(抄)大滝紀雄(1990年)第36巻第2号,
171頁
例会抄録ローマ軍の軍医(抄)小林雅夫(1990年)第36巻第2号,
172頁
紹介大橋昭夫・平野日出雄著『明治維新とあるお雇い外国人-フルベッキの生涯-』小関恒雄(1990年)第36巻第2号,
173頁
紹介桜井寛・小清水敏昌・西谷篤彦編集『医薬品発見・命名小辞典』高橋文(1990年)第36巻第2号,
174頁
紹介小曽戸洋・真柳誠解題『明・趙開美本「傷寒論」、清・陳世傑本「金匱玉函経」、元・鄧珍本「金匱要略」』長谷川弥人(1990年)第36巻第2号,
175-176頁
紹介宗田一・蒲原宏・長門谷洋治・石田純郎編著『医学近代化と来日外国人』中山沃(1990年)第36巻第2号,
176-177頁
紹介立川昭二著『見える死、見えない死』中村昭(1990年)第36巻第2号,
177-178頁
紹介吉元昭治著『道教と不老長寿の医学』根本幸夫(1990年)第36巻第2号,
178-179頁
紹介石原明・杉田暉道・長門谷洋治著『看護史』(系統看護学講座別巻9)山根信子(1990年)第36巻第2号,
179-180頁
紹介宗田一著『図説 日本医療文化史』杉立義一(1990年)第36巻第2号,
180-181頁
紹介宮村定男著『恙虫病研究夜話』大島智夫(1990年)第36巻第2号,
181-182頁
紹介三木通三著『京の産婦人科近代史』石原力(1990年)第36巻第2号,
182-183頁
紹介宗田一・池田光穂著『医療と神々-医療人類学のすすめ-』杉田暉道(1990年)第36巻第2号,
183-184頁
紹介レスター・キング著 舘野之男訳・千葉大学医学部山紫会訳『医学思想の源流』栗本宗治(1990年)第36巻第2号,
184-185頁
紹介ラルフ・W・モス著 丸山工作訳『朝からキャビアを-科学者セント=ジェルジの冒険』矢部一郎(1990年)第36巻第2号,
185-186頁
紹介宮田親平著『ガン特効薬 魔法の弾丸への道』三輪卓爾(1990年)第36巻第2号,
186-187頁
紹介ベネット・サイモン著 石渡隆司、藤原博、酒井明夫訳『ギリシア文明と狂気』岸本良彦(1990年)第36巻第2号,
187-188頁
紹介柴多泰著『明治前期高梁医療近代化史』石田純郎(1990年)第36巻第2号,
188-189頁
紹介清原重巨著 遠藤正治解説『草木性譜・有毒草木図説』矢部一郎(1990年)第36巻第2号,
189-190頁
紹介長木大三著『北里柴三郎とその一門』秋元亀蔵(1990年)第36巻第2号,
190-191頁
紹介田辺普編『江戸時代におけるくすり・医・くらし-徳川理財会要の抜粋-』浜田善利(1990年)第36巻第2号,
191-192頁
紹介速水融、斉藤修、杉山伸也編『徳川社会からの展望-発展・構造・国際関係-』石田純郎(1990年)第36巻第2号,
193頁
紹介新村拓著『死と病と看護の社会史』山根信子(1990年)第36巻第2号,
194-195頁
抄録西洋医書の翻訳用語について(特別講演)(抄)大友信一(1990年)第36巻第1号,
001-03頁
抄録消化管運動の研究の歴史(会長講演)(抄)中山沃(1990年)第36巻第1号,
004-08頁
抄録先天性梅毒における歯の形態異常の研究史(抄)本間邦則(1990年)第36巻第1号,
009-10頁
抄録『聖済総録』における歯牙疾患の分類(抄)戸出一郎(1990年)第36巻第1号,
010-12頁
抄録医師山上兼輔(抄)田中助一(1990年)第36巻第1号,
013-15頁
抄録ヴェサリウスのファブリカについて(抄)酒井恒(1990年)第36巻第1号,
015-16頁
抄録唐代史における皇帝と医学―太宗の場合―(抄)山本徳子(1990年)第36巻第1号,
016-17頁
抄録中国医学と道教(Ⅹ 血湖説)(抄)吉元昭治(1990年)第36巻第1号,
018-20頁
抄録中国古典における脾病、小腸病、大腸病の概念について(抄)高島文一(1990年)第36巻第1号,
021-23頁
抄録国宝宋版『史記』扁鵲倉公列伝における幻雲注の引用医書について(抄)関信之、小曽戸洋、真柳誠(1990年)第36巻第1号,
023-25頁
抄録類経本『素問』『霊枢』の付訓編刊者について(抄)小曽戸洋(1990年)第36巻第1号,
026-28頁
抄録ケシの渡来と津軽一粒金丹(抄)松木明知(1990年)第36巻第1号,
028-29頁
抄録クモを用いる日本の民間療法(抄)浜田善利、吉倉眞(1990年)第36巻第1号,
029-30頁
抄録学術用語のカタカナ書きに対する一試論(抄)柴田幸雄、太田隆男、中塚正博(1990年)第36巻第1号,
031-32頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅹ)―関連書目―(抄)杉立義一(1990年)第36巻第1号,
033-34頁
抄録『本草色葉抄』所引の医学文献(抄)真柳誠(1990年)第36巻第1号,
034-36頁
抄録曲直瀬道三の『遐齢小児方』について(抄)広田曄子(1990年)第36巻第1号,
037-38頁
抄録関東船橋氏について(抄)奥富敬之(1990年)第36巻第1号,
039-41頁
抄録前田慶寧の病状記録について(抄)寺畑喜朔(1990年)第36巻第1号,
041-43頁
抄録本間玄調元旦試筆の詩意について(抄)山中太木(1990年)第36巻第1号,
044頁
抄録明治戊辰戦争越後口派遣会津藩従軍医師の記録について(抄)蒲原宏(1990年)第36巻第1号,
044-46頁
抄録石黒忠悳の家塾跡と名倉家(抄)我部正彦(1990年)第36巻第1号,
047-48頁
抄録明治七年山県郡医師調査について(抄)末田尚/進藤岱、(1990年)第36巻第1号,
049-50頁
抄録済生学舎廃校の歴史(抄)唐沢信安(1990年)第36巻第1号,
050-52頁
抄録私立東京医学校(一九〇四~一〇) について(抄)横川弘蔵(1990年)第36巻第1号,
053-55頁
抄録生誕百年を迎えた生理学者加藤元一(抄)古川明(1990年)第36巻第1号,
055-57頁
抄録精神科看護史の諸問題(抄)岡田靖雄(1990年)第36巻第1号,
058-60頁
抄録帝国大学医学部薬学科の発展(抄)中室嘉祐(1990年)第36巻第1号,
060-62頁
抄録難波抱節旧蔵「温知堂文庫」について(抄)三浦豊彦(1990年)第36巻第1号,
063-65頁
抄録岡山県医学校旧蔵、田口和美著『解剖攬要』について(抄)中村昭(1990年)第36巻第1号,
065-67頁
抄録第三高等中学校医学部の講義(第二報)(抄)大滝紀雄(1990年)第36巻第1号,
067-69頁
抄録筒井八百珠 (一八六三~一九二一) ―その生涯と業績―(抄)長門谷洋治(1990年)第36巻第1号,
070-72頁
抄録トゥキュディデス『戦史』における医学の影響(抄)今井正浩(1990年)第36巻第1号,
072-74頁
抄録Engelbert Kaempferの日本医学に関する新しい資料(抄)ミヒェル・ヴォルフガング(1990年)第36巻第1号,
075頁
抄録いわゆる『ターヘル アナトミア』の蘭訳者ディクテンとその学統(抄)石田純郎、H・ボイケルス(1990年)第36巻第1号,
076-77頁
抄録フーヘランドの『長生術』について(抄)吉原瑛(1990年)第36巻第1号,
078-79頁
抄録中年期のアンブロアズ・パレ(抄)大村敏郎(1990年)第36巻第1号,
080-82頁
抄録『●篤児(ワートル)薬性論』の異版(抄)宗田一(1990年)第36巻第1号,
082-83頁
抄録ロイアル・コレジズについて(抄)栗本宗治(1990年)第36巻第1号,
084-85頁
抄録佐賀県立病院(好生館)の御雇外国人医学教師(抄)高安伸子(1990年)第36巻第1号,
085-87頁
抄録長崎梅毒病院医師G・B・ニュートンの死(抄)深瀬泰旦(1990年)第36巻第1号,
088-90頁
抄録ブライト氏病の日本への最初の紹介について(抄)会田恵(1990年)第36巻第1号,
090-91頁
抄録小林義直とその訳書(抄)渋谷鉱、谷津三雄(1990年)第36巻第1号,
092-93頁
抄録呉建について(抄)江川義雄(1990年)第36巻第1号,
094-95頁
抄録湖柳生(野口英世)と歯科レントゲン(抄)谷津三雄、渋谷鉱(1990年)第36巻第1号,
096-98頁
抄録野口英世箕面銅像搬入経路と除幕者(抄)石原理年(1990年)第36巻第1号,
098-100頁
抄録須藤五百三―魯迅最後の主治医―(抄)泉彪之助(1990年)第36巻第1号,
101-102頁
抄録近代朝鮮における女子医学生について(抄)三崎裕子(1990年)第36巻第1号,
103-104頁
抄録幻に終った国際連盟の漢方薬研究(第一報)―国際連盟保健委員会における漢方薬に関する討議―(抄)津谷喜一郎(1990年)第36巻第1号,
104-106頁
抄録大東亜戦争における野戦病院(抄)黒澤嘉幸(1990年)第36巻第1号,
106-108頁
抄録京都における眼科流派と秘伝書(抄)奥沢康正(1990年)第36巻第1号,
108頁
原著内務省所管伝染病研究所小高健(1989年)第35巻第4号,
373-407頁
原著『金匱要略』の文献学的研究(第二報)―明・無名氏刊『新編金匱要略方論』とその版本系統―真柳誠/小曽戸洋(1989年)第35巻第4号,
408-429頁
研究ノート前野蘭化の自画自賛について木村陽二郎(1989年)第35巻第4号,
430-438頁
資料池田文書の研究(二)池田文書研究会(1989年)第35巻第4号,
439-443頁
記事「帝王切開術発祥の地」記念碑建立蔵方宏昌(1989年)第35巻第4号,
446-447頁
記事日蘭修好三八〇周年記念医学シンポジウム蔵方宏昌(1989年)第35巻第4号,
448-449頁
記事日本医史学会北陸支部第一一回北陸医史学同好会総会例会(1989年)第35巻第4号,
449-450頁
記事日本医史学会関西支部だより(1989年)第35巻第4号,
450-451頁
記事「医の博物館」の開館紹介本間邦則(1989年)第35巻第4号,
451頁
記事例会記事(1989年)第35巻第4号,
452頁
例会抄録江戸幕府における鍼科と盲人(抄)香取俊光(1989年)第35巻第4号,
452-453頁
例会抄録フランス革命と医学(抄)大村敏郎(1989年)第35巻第4号,
453-454頁
紹介木村陽二郎著『江戸期のナチュラリスト』遠藤正治(1989年)第35巻第4号,
454-455頁
紹介酒井シヅ・深瀬泰旦著『検査を築いた人びと』中沢滉(1989年)第35巻第4号,
455-456頁
紹介H・Sペリー著 中井・今川訳『サリヴァンの生涯』(全二巻)昼田源四郎(1989年)第35巻第4号,
456-457頁
紹介朝日新聞社編『江戸の動植物図-知られざる真写の世界』矢部一郎(1989年)第35巻第4号,
457-458頁
紹介斎藤祥男著『蘭医家坪井の系譜と芳治』泉彪之助(1989年)第35巻第4号,
458-459頁
紹介篠木弘明著『蘭方医 村上随憲』高野守啓(1989年)第35巻第4号,
459-460頁
紹介飯沼慾斎[草木図説選]木村陽二郎解説『四季草花譜』安江政一(1989年)第35巻第4号,
460-461頁
紹介クロード・ダレーヌ著 小林武夫・川村よし子共訳『外科学の歴史』古川明(1989年)第35巻第4号,
461-462頁
紹介アラン・コルバン著 山田登世子・鹿島茂共訳『においの歴史』三輪卓爾(1989年)第35巻第4号,
463-464頁
文献目録医史学関係文献目録(1988年)(1989年)第35巻第4号,
465-511頁
原著緒方洪庵『扶氏経験遺訓』翻訳過程の検討中村昭(1989年)第35巻第3号,
229-260頁
研究ノート幕末の長崎におけるシュミットの医療活動園田健二(1989年)第35巻第3号,
261-276頁
随想医史学と私―遍歴の跡―久志本常孝(1989年)第35巻第3号,
277-286頁
随想医史学と私山中太木(1989年)第35巻第3号,
287-291頁
広場『明治期における脚気の歴史』をめぐる話題山下政三(1989年)第35巻第3号,
292-300頁
資料江戸幕府の医療制度に関する史料(一)―元禄十三年『待医分限記』―香取俊光(1989年)第35巻第3号,
301-307頁
資料池田文書の研究(一)池田文書研究会(1989年)第35巻第3号,
308-315頁
追悼緒方富雄先生を偲んで大塚恭男(1989年)第35巻第3号,
316-318頁
追悼緒方富雄先生の格言川島恂二(1989年)第35巻第3号,
318-322頁
追悼西川●八教授を憶う三浦豊彦(1989年)第35巻第3号,
322-323頁
記事日本医史学会関西支部平成元年春季大会(1989年)第35巻第3号,
327-328頁
記事例会記事(1989年)第35巻第3号,
328-329頁
例会抄録ソヴェトの医学史書から―『医学の象徴』ほか―(抄)岡田靖雄(1989年)第35巻第3号,
329-330頁
例会抄録旧約聖書の医学用語について(抄)梶田昭(1989年)第35巻第3号,
330頁
例会抄録奈良時代の医療の実態(抄)杉田暉道(1989年)第35巻第3号,
330-332頁
例会抄録明治初期静岡県の病理解剖について(抄)土屋重朗(1989年)第35巻第3号,
332-333頁
紹介谷口克著『免疫の闘い』丁宗鉄(1989年)第35巻第3号,
333-334頁
紹介湯浅光朝編著『コンサイス科学年表』小曽戸洋(1989年)第35巻第3号,
334-335頁
紹介高島文一著『鍼灸医学序説』島田隆司(1989年)第35巻第3号,
335-336頁
紹介赤堀昭著『漢方薬』岩浪登(1989年)第35巻第3号,
336-337頁
紹介佐久間温巳著『西尾市民病院物語-市民医療の未来に向けて-』丸山知良(1989年)第35巻第3号,
337-338頁
紹介復刻版『一四年目の訪問-森永ひ素ミルク中毒追跡調査の記録-』日野秀逸(1989年)第35巻第3号,
338-339頁
紹介J・リュフィエ、J=C・スールニア著 仲澤紀雄訳『ペストからエイズまで-人間史における疫病-』青木国雄(1989年)第35巻第3号,
339-340頁
紹介瀧川義一、佐藤卓彌『木村●葭堂資料集-校訂と解説-』木村陽二郎(1989年)第35巻第3号,
340-341頁
紹介ルイス・バカイ著 古和田正悦訳『開頭術の起源と発展』山本修三(1989年)第35巻第3号,
341-342頁
紹介厚生省五十年史編集委員会編『厚生省五十年史』清水勝嘉(1989年)第35巻第3号,
342-343頁
紹介川上武、小坂富美子著『農村医学からメディコ・ポリス構想へ-若月俊一の精神史-』坂本和夫(1989年)第35巻第3号,
344頁
紹介松木明知・花田要一編『津軽医事文化史料集成-続-』矢部一郎(1989年)第35巻第3号,
345頁
紹介松木明知編『森●外「渋江抽斎」基礎資料』矢部一郎(1989年)第35巻第3号,
346頁
紹介山下政三著『明治期における脚気の歴史』矢数道明(1989年)第35巻第3号,
347-348頁
紹介H・シッパーゲス著 大橋博司・濱中淑彦・波多野和夫・山岸洋訳『中世の医学-治療と養生の文化史』小林雅夫(1989年)第35巻第3号,
348-349頁
紹介ルネ・スムレーニュ著 影山任佐訳『フィリップ・ピネルの生涯と思想』松下正明(1989年)第35巻第3号,
349-350頁
原著The sources and Developments of the Japanese Medical Thought長瀬治(1989年)第35巻第3号,
372-358頁
抄録ベルリン大学医学部と日本(抄)ゲオルク・ハーリヒ(1989年)第35巻第2号,
111-114頁
抄録"ヨーロッパにおける“遊び""の概念と、医史学への影響(抄)"グレゴル・パウル(1989年)第35巻第2号,
115-116頁
抄録肥後の医学史(抄)鹿子木敏範(1989年)第35巻第2号,
117-120頁
抄録楷の木の木陰に楷を語る(抄)山本太木、藤本十四秋、渕上順三(1989年)第35巻第2号,
121-122頁
抄録出島蘭館医カスパル・シャムベルゲルについて(記念講演)(抄)ミヒェル・ヴォルフガング(1989年)第35巻第2号,
123-125頁
抄録中国医学と道教(Ⅸ 薬枕、神枕)(抄)吉元昭治(1989年)第35巻第2号,
126-127頁
抄録湯爾和と北京医学専門学校(抄)寺畑喜朔(1989年)第35巻第2号,
127-129頁
抄録軍医落合泰藏(抄)田中助一(1989年)第35巻第2号,
130-132頁
抄録田代三喜の『三帰廻翁医書』小児諸病門について(抄)広田曄子(1989年)第35巻第2号,
132-133頁
抄録『小品方』巻十一・本草篇の旧態とその価値(抄)真柳誠(1989年)第35巻第2号,
134-135頁
抄録六朝時代の医書に現れる歯病の分類について(抄)戸出一郎(1989年)第35巻第2号,
136-137頁
抄録佐伯理一郎とその『日誌抜萃』(抄)長門谷洋治(1989年)第35巻第2号,
138-140頁
抄録東博銅人形の製作者および年代について―幕府医官山崎氏の事跡―(抄)小曽戸洋(1989年)第35巻第2号,
140-142頁
抄録細川桃庵の事跡(抄)関信之、小曽戸洋(1989年)第35巻第2号,
143-145頁
抄録呉秀三先生遺稿について―ことに「杏壇訪古」のこと―(抄)岡田靖雄(1989年)第35巻第2号,
145-147頁
抄録「肥後藩主 細川重賢公による●葉帖」供覧(抄)匂坂浩(1989年)第35巻第2号,
148-150頁
抄録『蘭方口伝(朱勃兒杜験方録)』について(抄)中村昭(1989年)第35巻第2号,
150-152頁
抄録西洋と日本の薬局、処方箋の正しい調剤の始まり(抄)中室嘉祐(1989年)第35巻第2号,
153-155頁
抄録自由民権運動にかかわった川崎の医師たち(抄)深瀬泰旦(1989年)第35巻第2号,
155-157頁
抄録『紫式部日記』の出産、産養いに見られる医療思想(抄)長瀬治(1989年)第35巻第2号,
158-159頁
抄録吉益●斎について(抄)岡利幸(1989年)第35巻第2号,
160頁
抄録初代松本医学専門学校長 竹内松次郎先生創業の苦難とその功績を偲んで(抄)穴田秀男(1989年)第35巻第2号,
161-162頁
抄録渋江抽斎自筆『津軽一粒金丹』秘伝書について(抄)松木明知(1989年)第35巻第2号,
163-164頁
抄録軍陣歯科の小史(抄)谷津三雄(1989年)第35巻第2号,
164-166頁
抄録村井琴山先生の事蹟(抄)難波恒雄、浜田善利(1989年)第35巻第2号,
167頁
抄録相良藩の帝王切開術伝承について(抄)鳥越謙一(1989年)第35巻第2号,
168-170頁
抄録広島地方の藩医たちとその業績(抄)江川義雄(1989年)第35巻第2号,
170-171頁
抄録江戸後期芸州山県郡の牛痘接種の研究(抄)末田尚(1989年)第35巻第2号,
171-173頁
抄録宋應星の『天工開物』(一六三七年刊)と労働衛生(抄)三浦豊彦(1989年)第35巻第2号,
174-176頁
抄録『黄帝内経太素経』における経穴の主治症について(抄)高島文一(1989年)第35巻第2号,
176-178頁
抄録倉公淳于意 その二 症例の二(抄)家本誠一(1989年)第35巻第2号,
179-181頁
抄録『傷寒論文字攷続補』について(抄)荒木ひろし(1989年)第35巻第2号,
181-183頁
抄録中国医療史における小児推拿について(抄)山本徳子(1989年)第35巻第2号,
184頁
抄録中国国家図書館所蔵の宋刊医籍孤本八種(抄)李志剛(1989年)第35巻第2号,
185-187頁
抄録十九世紀ヨーロッパの医育の変遷(抄)石田純郎、H・ボイケルス(1989年)第35巻第2号,
187-189頁
抄録眼科症候群名に冠した人名辞典の作成(抄)奥沢康正(1989年)第35巻第2号,
189-190頁
抄録John Hunter の歯科医学的業績について(抄)本間邦則(1989年)第35巻第2号,
190-191頁
抄録ヒポクラテス「医師の誓い」をめぐっての歴史的考察(抄)今井正浩(1989年)第35巻第2号,
192-194頁
抄録アンブロアズ・パレの処女出版とその背景(抄)大村敏郎(1989年)第35巻第2号,
194-196頁
抄録A.Vesalii の解剖書の図について(抄)酒井恒(1989年)第35巻第2号,
197-198頁
抄録佐賀藩の輸入医学書(抄)酒井シヅ(1989年)第35巻第2号,
198-200頁
抄録海上随鴎の在坂期間再考(抄)中山沃(1989年)第35巻第2号,
200-202頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅸ)―仁和寺本―(抄)杉立義一(1989年)第35巻第2号,
203-204頁
抄録高木兼寛とヘボン(抄)大滝紀雄(1989年)第35巻第2号,
205-206頁
抄録ヘボンと交流のあった人々(抄)高安伸子(1989年)第35巻第2号,
207-208頁
抄録明治戊辰戦争におけるウイリスの診療記録とその評価―日本人医師による越後口戦傷者記録を中心として―(抄)蒲原宏(1989年)第35巻第2号,
209-211頁
抄録鎌倉幕府の京下官医受容形態の考察(抄)奥富敬之(1989年)第35巻第2号,
211-213頁
抄録衛生学者坪井次郎(抄)泉彪之助(1989年)第35巻第2号,
214-216頁
抄録日本医療団(第三報)―戦後の活動と九州地方の医療団施設―(抄)佐久間温巳(1989年)第35巻第2号,
216-218頁
抄録曲直瀬道三の学友・西友鴎について(抄)木下勤(1989年)第35巻第2号,
219-220頁
原著淫事と精神病―精神病学説史の一断面―岡田靖雄(1989年)第35巻第1号,
001-025頁
原著明治初期の翻訳育児書小嶋秀夫(1989年)第35巻第1号,
026-44頁
研究ノート明治初期遠州における間歇熱土屋重朗(1989年)第35巻第1号,
045-58頁
研究ノート医師坪井芳治の家系と経歴泉彪之助(1989年)第35巻第1号,
059-71頁
研究ノート解剖図に関する一考察―『カウパー解剖図』から『解剖存真図』への変容を手掛りにして―布施英利(1989年)第35巻第1号,
072-81頁
広場「第一大学区東京医学校」なる校名小関恒雄(1989年)第35巻第1号,
082-84頁
記事第一〇回北陸医史学同好会総会・例会(1989年)第35巻第1号,
085頁
記事第二八回医学史研究会、日本医史学会関西支部(昭和六十三年秋季)合同総会(1989年)第35巻第1号,
086-87頁
記事札幌医史学研究会島田保久(1989年)第35巻第1号,
087-88頁
記事例会記事(1989年)第35巻第1号,
089頁
例会抄録『米利堅平本常用方』について(抄)高安伸子、酒井シヅ(1989年)第35巻第1号,
089-90頁
例会抄録池田多仲(抄)深瀬泰旦(1989年)第35巻第1号,
090-91頁
例会抄録村尾留器の『三省録』について(抄)岩崎鐡志(1989年)第35巻第1号,
091-92頁
紹介大貫恵美子著『日本人の病気観-象徴人類学的考察-』杉田暉道(1989年)第35巻第1号,
093-94頁
紹介大村敏郎著『聴診器と注射器のふるさと』大滝紀雄(1989年)第35巻第1号,
094頁
紹介石田純郎編著『蘭学の背景』沼田次郎(1989年)第35巻第1号,
095-96頁
紹介木村陽二郎監修『図説 草木辞苑』矢部一郎(1989年)第35巻第1号,
096-97頁
紹介W・ブロード、N・ウェード著 牧野賢治訳『背信の科学者たち』柴田幸雄(1989年)第35巻第1号,
097-98頁
紹介梅沢浜夫著『抗生物質を求めて』青木允夫(1989年)第35巻第1号,
098-99頁
紹介中原泉著『歯科医学史の顔』新藤恵久(1989年)第35巻第1号,
099-100頁
紹介札幌医史学研究会編『蝦夷地の医療』松木明知(1989年)第35巻第1号,
100-101頁
紹介岡本喬著『解剖学事始め-山脇東洋の人と思想-』花輪寿彦(1989年)第35巻第1号,
101-102頁
紹介イヴ=マリ・ベルセ著 松平誠、小井高志監訳『鍋とランセット―民間信仰と予防医学(一七九八~一八三〇)―』深瀬泰旦(1989年)第35巻第1号,
103-104頁
原著ヘンリー・コプリックが百日咳患者から分離した桿菌深瀬泰旦(1988年)第34巻第4号,
553-567頁
原著後藤新平「命価説」に関する研究日野秀逸(1988年)第34巻第4号,
568-584頁
原著御雇教師ミュルレルとホフマン(二)小関恒雄(1988年)第34巻第4号,
585-600頁
随想医史学と私富士川英郎(1988年)第34巻第4号,
601-606頁
随想医史学と私田中助一(1988年)第34巻第4号,
607-614頁
随想医史学と私―杉田玄白との「つきあい」―杉靖三郎(1988年)第34巻第4号,
615-624頁
随想医史学と私―わが日本医史学会の一代記―関根正雄(1988年)第34巻第4号,
625-630頁
追悼文高山坦三先生を偲んで渡邊左武郎(1988年)第34巻第4号,
632-633頁
記事日本医史学会関西支部昭和六十三年春季大会-津山洋学資料館開設十周年記念-(1988年)第34巻第4号,
634-635頁
記事例会記事(1988年)第34巻第4号,
636頁
例会抄録解剖図に関する一考察―『カウパー解剖図』から『解剖存真図』への変容を手掛りにして―(抄)布施英利(1988年)第34巻第4号,
636-636頁
紹介竹内孝一『幕末明治東三河・医学の動静』田崎哲郎(1988年)第34巻第4号,
637-638頁
紹介エズモンド・R・ロング著 難波絋二訳『病理学の歴史』梶田昭(1988年)第34巻第4号,
638-639頁
紹介板倉聖宣『模倣の時代』上・下安井広(1988年)第34巻第4号,
639-640頁
紹介板倉聖宣編『脚気の歴史』―資料・文献年表安井広(1988年)第34巻第4号,
640頁
紹介ウィルヒョウ著・川喜田愛郎解説・梶田昭訳『細胞病理学』檜木田辰彦(1988年)第34巻第4号,
641頁
紹介根岸謙之助『医の民俗』宗田一(1988年)第34巻第4号,
642頁
紹介石田純郎『江戸のオランダ医』津田進三(1988年)第34巻第4号,
643頁
紹介杉田暉道『ブッダの医学』関根正雄(1988年)第34巻第4号,
644-645頁
紹介臨床検査小史編集委員会編『臨床検査小史』寺畑喜朔(1988年)第34巻第4号,
645-646頁
紹介高木春山『本草図説』-(一)植物-安江政一(1988年)第34巻第4号,
646-647頁
紹介カルロ・M・チポラ著 日野秀逸訳『ペストと都市国家-ルネサンスの公衆衛生と医師-』山本俊一(1988年)第34巻第4号,
647-648頁
文献目録医史学関係文献目録(1987年)(1988年)第34巻第4号,
649-691頁
原著後藤新平の衛生行政論の一貫性について日野秀逸(1988年)第34巻第3号,
357-385頁
原著血清薬院小高健(1988年)第34巻第3号,
386-413頁
原著『金匱要略』の文献学的研究(第一報)―一元・鄧珍刊『新編金匱方論』―真柳誠、小曽戸洋(1988年)第34巻第3号,
414-430頁
原著『明月記』における瘧疾の検討(続報)中村昭(1988年)第34巻第3号,
431-444頁
研究ノート『素問』陰陽応象大論篇における東風木について戸出一郎(1988年)第34巻第3号,
445-457頁
研究ノート日露戦争における野戦病院について黒澤嘉幸(1988年)第34巻第3号,
458-472頁
随想医史学と私古川明(1988年)第34巻第3号,
473-483頁
随想医史学と私王丸勇(1988年)第34巻第3号,
484-487頁
随想医史学と私矢数道明(1988年)第34巻第3号,
488-499頁
随想医史学と私大鳥蘭三郎(1988年)第34巻第3号,
500-505頁
広場総合健診史・拾遺三輪卓爾(1988年)第34巻第3号,
506-514頁
資料岩崎灌園のシーボルト関係手稿矢部一郎(1988年)第34巻第3号,
515-519頁
記事曲直瀬道三生誕四八〇年祭報告記土屋伊磋雄(1988年)第34巻第3号,
520-521頁
記事新潟支部報告蒲原宏(1988年)第34巻第3号,
522頁
記事廣島支部報告江川義雄(1988年)第34巻第3号,
522頁
記事第二七回医学史研究会、日本医史学会関西支部(昭和六十二年秋季)合同総会長門谷洋治(1988年)第34巻第3号,
523-524頁
記事宮崎県医史懇話会田代逸郎(1988年)第34巻第3号,
525頁
例会抄録丹波家の医師系図について(抄)高橋教子(1988年)第34巻第3号,
527-528頁
例会抄録和気・半井家の医師系図について(抄)高橋教子、小曽戸洋(1988年)第34巻第3号,
528頁
紹介安田健著『江戸諸国産物帳-丹羽正伯の人と仕事-』矢部一郎(1988年)第34巻第3号,
529頁
紹介半谷二郎著『小関三英』長谷川一夫(1988年)第34巻第3号,
530-531頁
紹介A・P・ウオーターソン、L・ウィルキンソン共著 川出由己・松山東平・松山雅子共訳『見えざる病原体を追って-ウイルス学史序論―』三輪谷俊夫(1988年)第34巻第3号,
531-532頁
紹介新村拓著『日本医療社会史の研究』東野治之(1988年)第34巻第3号,
532-533頁
紹介トスカ・ヘゼキール編著 北村智明・小関恒雄訳『明治初期御雇医師夫妻の生活』安井広(1988年)第34巻第3号,
533-534頁
紹介朝日新聞社編『ボタニカルアートの世界』佐藤達策(1988年)第34巻第3号,
534-535頁
紹介木村陽二郎著『生物学史論集』遠藤正治(1988年)第34巻第3号,
535-536頁
紹介大谷雅彦著『北村宗龍』杉立義一(1988年)第34巻第3号,
536-537頁
紹介Walter Hoffmann-Axthelm著 本間邦則訳『歯科の歴史』戸出一郎(1988年)第34巻第3号,
537-538頁
紹介D・ケイリン著『チトクロムと細胞呼吸-電子伝達系確立への道-』(上)・(下)原中瑠璃子(1988年)第34巻第3号,
538-539頁
紹介養老孟司・布施英利著『解剖の時間-瞬間と永遠の描画史-』永井廣(1988年)第34巻第3号,
540-541頁
紹介有坂隆道編『日本洋学史の研究Ⅷ』深瀬泰旦(1988年)第34巻第3号,
541-542頁
紹介渡邊幸三著『本草書の研究』真柳誠(1988年)第34巻第3号,
542-544頁
紹介福島義一著『眼科学史の窓』斎藤仁男(1988年)第34巻第3号,
544-545頁
紹介榊俶先生顕彰会編『榊俶先生顕彰記念誌-東京大学医学部精神医学教室開講百年に因んで-』濱中淑彦(1988年)第34巻第3号,
545-546頁
紹介山口県医師会編『防長医家遺墨集』小曽戸洋(1988年)第34巻第3号,
546-547頁
追悼論文曲直瀬玄朔の遺言状宗田一(1988年)第34巻第2号,
137-147頁
追悼論文友子同盟・労働組合と労働者保護―煙毒・塵肺を中心として―三浦豊彦(1988年)第34巻第2号,
148-165頁
追悼論文和蘭陀外科免状(題簽)―アルマンス流阿蘭陀外科之濫觴―岩治勇一(1988年)第34巻第2号,
166-170頁
追悼論文A.J.ボードイン書簡について石田純郎(1988年)第34巻第2号,
171-186頁
追悼論文北陸の解剖略史寺畑喜朔(1988年)第34巻第2号,
187-201頁
追悼論文稲村三伯と「三伯稲荷神社」その他について森納(1988年)第34巻第2号,
202-205頁
追悼論文多紀雲従門人録について矢数道明(1988年)第34巻第2号,
206-216頁
追悼論文長崎浩斎著『浩斎医話』について津田進三(1988年)第34巻第2号,
217-231頁
追悼論文E.ベルツとツツガムシ病安井広(1988年)第34巻第2号,
232-244頁
追悼論文淀藩に於ける蘭学杉立義一(1988年)第34巻第2号,
245-262頁
追悼論文『馬琴日記』にあらわれた病気と医療―滝沢みちを中心に―立川昭二(1988年)第34巻第2号,
263-277頁
追悼論文日本における医学のシンボル「アスクレピオスの杖」の受容古川明(1988年)第34巻第2号,
278-293頁
追悼論文ムラージュをめぐって長門谷洋治(1988年)第34巻第2号,
294-303頁
追悼文中野先生の追憶大鳥蘭三郎(1988年)第34巻第2号,
304-305頁
追悼文中野操先生を慕う三木栄(1988年)第34巻第2号,
305-307頁
追悼文中野操先生をしのぶ田中助一(1988年)第34巻第2号,
307-309頁
追悼文偉大なる医人としての中野操先生の追憶山中太木(1988年)第34巻第2号,
310-313頁
追悼文市井の学医中野操先生大塚恭男(1988年)第34巻第2号,
313-314頁
追悼文中野操先生を偲んで酒井シヅ(1988年)第34巻第2号,
314-315頁
文献目録中野操先生略歴・著作目録長門谷洋治(1988年)第34巻第2号,
316-322頁
随筆医史学と私赤松金芳(1988年)第34巻第2号,
323-333頁
随筆医史学と私服部敏良(1988年)第34巻第2号,
334-342頁
追悼論文Legal aspects of medicine-Dr. Bonham's case-栗本宗治(1988年)第34巻第2号,
356-350頁
抄録Background of Dutch doctors in Japan during the Bakumatsu-Meiji Period(抄)Harm BEUKERS(1988年)第34巻第1号,
01頁
抄録史料室の効用(抄)中原泉(1988年)第34巻第1号,
02頁
抄録幕末明治期来日外国人医師の著作および論文―とくにその仮目録編集について―(抄)蒲原宏(1988年)第34巻第1号,
03-05頁
抄録幕末明治期来日医学関係者リスト作製について(抄)長門谷洋治(1988年)第34巻第1号,
06-08頁
抄録ボードインの来日とその意義(抄)石田純郎(1988年)第34巻第1号,
09-13頁
抄録わが国の精神病学にたいする来日外人医学教師の貢献(抄)岡田靖雄(1988年)第34巻第1号,
14-16頁
抄録明治期来日ドイツ人医師の貢献(抄)鹿子木敏範(1988年)第34巻第1号,
17-19頁
抄録エルメレンス、ローレツ、マンスフェルトの顕微鏡的医学指導(抄)藤野恒三郎(1988年)第34巻第1号,
20-21頁
抄録ポンペが日本で行なった医学講義―特に内科と外科の講義内容―(抄)大鳥蘭三郎(1988年)第34巻第1号,
22頁
抄録『諸病源候論』における歯病の医説に関する考察(抄)戸出一郎(1988年)第34巻第1号,
23-25頁
抄録倉公淳于意 その一(抄)家本誠一(1988年)第34巻第1号,
25-27頁
抄録別本『仲景全書』の書誌と構成書目(抄)真柳誠(1988年)第34巻第1号,
28-30頁
抄録医師赤川玄擽と松岡茂章(抄)田中助一(1988年)第34巻第1号,
30-32頁
抄録石綿産業の衛生問題の歴史(抄)三浦豊彦(1988年)第34巻第1号,
33-35頁
抄録扁鵲の経絡説―「三陽五会」の検討―(抄)遠藤次郎(1988年)第34巻第1号,
35-37頁
抄録中国医学と道教(Ⅷ 扶鸞)(抄)吉元昭治(1988年)第34巻第1号,
38-40頁
抄録安藤昌益の臨床医学と『万病回春』(抄)和田耕作(1988年)第34巻第1号,
40-42頁
抄録吉益東洞・南涯・北洲、三代の門人録―「奥田本」について―(抄)矢数道明(1988年)第34巻第1号,
42-44頁
抄録失われた井上玄徹の墓(抄)小曽戸洋(1988年)第34巻第1号,
45-47頁
抄録北尾春圃伝補遺(抄)安井広迪(1988年)第34巻第1号,
47-48頁
抄録『回生録』―近世末期のある医師の診療録―(抄)末田尚(1988年)第34巻第1号,
48-50頁
抄録朝鮮人参耕作記の歴史(抄)安江政一(1988年)第34巻第1号,
51-53頁
抄録『福田方』の小児諸病證論について(抄)広田曄子(1988年)第34巻第1号,
53-55頁
抄録『医心方』第二巻 鍼灸篇 孔穴主治法第一に引用された古典について(抄)高島文一(1988年)第34巻第1号,
56-57頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅷ)―半井家本の紙背文書―(抄)杉立義一(1988年)第34巻第1号,
58-59頁
抄録曲直瀬(今大路)家系の疑問(抄)宗田一(1988年)第34巻第1号,
60-62頁
抄録維摩経典の中の人間の疾患(抄)関根正雄(1988年)第34巻第1号,
63-65頁
抄録日本における西洋医学教育の始まりと医薬分業の始まり(抄)中室嘉祐(1988年)第34巻第1号,
65-67頁
抄録西南戦争従軍医師の日記について(抄)石崎達(1988年)第34巻第1号,
68-70頁
抄録明治初期における軍医団と広島医会との関係(抄)江川義雄(1988年)第34巻第1号,
70-71頁
抄録篠崎医院小児科坪井芳治医師(抄)泉彪之助(1988年)第34巻第1号,
72-73頁
抄録地方医学校の設立と廃校―その一、大阪慈恵病院医学校―(抄)中山沃(1988年)第34巻第1号,
74-76頁
抄録新潟医学校に関する規則(抄)谷津三雄(1988年)第34巻第1号,
76-78頁
抄録後藤新平『国家衛生原理』の理論的源泉(抄)日野秀逸(1988年)第34巻第1号,
79-81頁
抄録京都府立医科大学における解剖体について(抄)山田久夫(1988年)第34巻第1号,
81-83頁
抄録高橋瑞と荻野久作(抄)安井広(1988年)第34巻第1号,
84-86頁
抄録解剖用女性人体模型とS・エルドリッジの手紙(抄)松木明知(1988年)第34巻第1号,
86-87頁
抄録W・アンダーソン(Anderson)の持ち帰った『病草紙』(抄)酒井シヅ(1988年)第34巻第1号,
88-89頁
抄録豊後府内病院の所在位置と規模について(抄)東野利夫(1988年)第34巻第1号,
89-90頁
抄録『扶氏経験遺訓』初訳本と刊本の異同について(抄)中村昭(1988年)第34巻第1号,
91-93頁
抄録三瀬諸淵訳『兪里伊羅安検査書』について(抄)会田恵、寺畑喜朔(1988年)第34巻第1号,
93-95頁
抄録江戸時代随筆集にみる狂気 ―第二報―(抄)昼田源四郎(1988年)第34巻第1号,
96-97頁
抄録金沢藩に禄仕の三宅復一について(抄)寺畑喜朔(1988年)第34巻第1号,
98-100頁
抄録十七・八世紀の長崎における中国人医師たちについて(抄)山本徳子(1988年)第34巻第1号,
100-101頁
抄録R・オウエンの歯の硬組織名称の命名補遺(抄)本間邦則(1988年)第34巻第1号,
101-102頁
抄録入歯師と入眼師(抄)新藤恵久(1988年)第34巻第1号,
103-103頁
抄録眼科病名の変遷(病名史)(抄)奥沢康正(1988年)第34巻第1号,
104頁
抄録医学教育研究の温故知新(抄)柴田幸雄(1988年)第34巻第1号,
105-107頁
抄録初期医学教育におけるパストゥールの意義(抄)大村敏郎(1988年)第34巻第1号,
107-109頁
抄録阿片委員会について(抄)清水勝嘉(1988年)第34巻第1号,
110-111頁
抄録第一次大戦前後における野戦病院(抄)黒澤嘉幸(1988年)第34巻第1号,
112-113頁
抄録日本医療団(第二報)―戦中・戦後の活動と一般体系のモデルケース・新潟県―(抄)佐久間温巳(1988年)第34巻第1号,
113-116頁
抄録愛育村医療活動の一事例―神奈川県中郡高部屋村―(抄)奥富敬之(1988年)第34巻第1号,
116-119頁
抄録日本医療思想の源流(抄)長瀬治(1988年)第34巻第1号,
120-122頁
抄録アムステルダム大学附属図書館所蔵の『解剖学表』について(抄)酒井恒(1988年)第34巻第1号,
122-123頁
抄録スワドリング(Swaddling)と当時の小児科医たち(抄)大野晏且(1988年)第34巻第1号,
123-125頁
抄録腹腔動脈の解剖学的研究の歴史(一)―ハラーを中心に―(抄)澤野啓一(1988年)第34巻第1号,
125-128頁
記事日本歯科医史学会谷津三雄(1988年)第34巻第1号,
129-130頁
記事日本科学史学会矢部一郎(1988年)第34巻第1号,
130-132頁
記事日本獣医史学会添川正夫(1988年)第34巻第1号,
132頁
原著『小品方』に見る疾病背景の分析と服薬指示―治療と養生の接点について―真柳誠(1987年)第33巻第4号,
435-476頁
原著多聞院英俊の病跡―梅毒を中心として―中村昭(1987年)第33巻第4号,
477-492頁
研究ノート明治前半期欧州医学留学生について―東大医学部第一回欧州留学生・新藤二郎の場合―新実藤昭(1987年)第33巻第4号,
493-506頁
随想医史学と私三木栄(1987年)第33巻第4号,
507-510頁
随想医史学と私三浦豊彦(1987年)第33巻第4号,
511-517頁
随想医史学と私守屋正(1987年)第33巻第4号,
518-525頁
記事中国科学史国際会議・一九八七京都シンポジウム赤堀昭(1987年)第33巻第4号,
526-527頁
記事第七回静岡県医の史跡探訪会舟木茂夫(1987年)第33巻第4号,
527-528頁
記事日本医史学会北陸支部近況報告加藤豊明(1987年)第33巻第4号,
528-529頁
記事日本医史学会関西支部近況報告長門谷洋治(1987年)第33巻第4号,
529-530頁
記事静岡県医史学懇話会土屋重朗(1987年)第33巻第4号,
530-531頁
記事京都医学史研究会杉立義一(1987年)第33巻第4号,
531-533頁
追悼鈴木勝先生のご逝去を悼む谷津三雄(1987年)第33巻第4号,
534-535頁
追悼高木圭二郎先生のご逝去を悼む谷津三雄(1987年)第33巻第4号,
535-536頁
追悼今市正義さんを偲んで福島義一(1987年)第33巻第4号,
536頁
追悼弔辞江川義雄(1987年)第33巻第4号,
537-538頁
追悼瀬戸俊一先生のご逝去を悼む谷津三雄(1987年)第33巻第4号,
538-539頁
追悼鈴木宜民氏を偲ぶ藤平健(1987年)第33巻第4号,
539-541頁
記事例会記事(1987年)第33巻第4号,
542頁
例会抄録曲直瀬養安院の人々―麻布天真寺に遺存する資料ほかから―(抄)小曽戸洋(1987年)第33巻第4号,
542-544頁
例会抄録日本温泉史資料供覧(抄)中村昭(1987年)第33巻第4号,
544-545頁
記事国際医史学会のお知らせ(1987年)第33巻第4号,
545頁
文献目録医史学関係文献目録(1986年)(1987年)第33巻第4号,
546-587頁
原著秦佐八郎の生涯と業績秦藤樹(1987年)第33巻第3号,
281-293頁
原著コプリック斑のわが国への受容深瀬泰旦(1987年)第33巻第3号,
294-307頁
原著中世の流行病「三日病」についての検討中村昭(1987年)第33巻第3号,
308-316頁
研究ノート明治初期東京大学医学部卒業生動静一覧(一)小関恒雄(1987年)第33巻第3号,
317-327頁
研究ノート名古屋藩における薬用人参の栽培安江政一(1987年)第33巻第3号,
328-333頁
広場現代医学の歴史的座標―その明日に向けて―川喜田愛郎(1987年)第33巻第3号,
334-353頁
広場古代日本医家伝糾誤三題小曽戸洋(1987年)第33巻第3号,
354-366頁
広場生理学書出版(仮)年表―江戸から明治前期まで―矢部一郎(1987年)第33巻第3号,
367-380頁
資料『本草和名』引用書名索引真柳誠(1987年)第33巻第3号,
381-396頁
資料金剛寺本『医心方』巻第十三(翻印)東野治之(1987年)第33巻第3号,
397-408頁
記事例会記事(1987年)第33巻第3号,
409頁
記事日本医史学会関西支部昭和六二年春季大会(1987年)第33巻第3号,
410頁
紹介阿知波五郎論文集『近代医史学論考』大鳥蘭三郎(1987年)第33巻第3号,
411頁
紹介立川昭二著『明治医事往来』山根信子(1987年)第33巻第3号,
412頁
紹介森納著『因伯厠考』三輪卓爾(1987年)第33巻第3号,
413-414頁
紹介川田洋一著『仏教医学物語』(上)・(下)S生(1987年)第33巻第3号,
414-415頁
紹介山田慶児編『新発現中国 科学資料の研究』(訳注篇)・(論考篇)小曽戸洋(1987年)第33巻第3号,
415-416頁
紹介大鳥蘭三郎著『医学書誌論考』中山沃(1987年)第33巻第3号,
416-417頁
紹介小曽戸丈夫著『意釈黄帝内経太素』第一巻~三巻家本誠一(1987年)第33巻第3号,
417-418頁
紹介杉本つとむ著『解体新書の時代』川島恂二(1987年)第33巻第3号,
418-419頁
紹介蒲原宏監修『整骨・整形外科典籍大系』全十三巻大滝紀雄(1987年)第33巻第3号,
419-420頁
紹介イサベル・R・プレッセト著 中井久夫・桝矢好弘訳『野口英世』小高健(1987年)第33巻第3号,
421-422頁
紹介吉岡郁夫著『日本人種論争の幕あけ―モースと大森貝塚―』矢部一郎(1987年)第33巻第3号,
422頁
紹介加納喜光著『中国医学の誕生』赤堀昭(1987年)第33巻第3号,
422-423頁
紹介望月洋子著『ヘボンの生涯と日本語』大滝紀雄(1987年)第33巻第3号,
423-424頁
紹介丸山敏秋著『鍼灸古典入門』島田隆司(1987年)第33巻第3号,
424-425頁
紹介梶原性全著『頓医抄』・『万安万』小曽戸洋(1987年)第33巻第3号,
426頁
紹介日本薬局方百年史編集委員会編『日本薬局方百年史』矢部一郎(1987年)第33巻第3号,
427頁
紹介『北陸英学史研究』第一輯矢部一郎(1987年)第33巻第3号,
427-428頁
紹介杉浦守邦著『日本最初の肢体不自由児学校柏学園と柏倉松蔵』木下安子(1987年)第33巻第3号,
428-429頁
紹介谷津三雄著『医歯薬史資料図鑑』蔵方宏昌(1987年)第33巻第3号,
429-430頁
原著米医D・B・シモンズ―とくに十全病院(横浜)に於ける業績並びに福沢諭吉との関係について―荒井保男(1987年)第33巻第2号,
121-171頁
原著『明月記』における瘧疾の検討中村昭(1987年)第33巻第2号,
172-185頁
原著アノイリナーゼ菌研究史補遺吉井善作(1987年)第33巻第2号,
186-194頁
研究ノートカラホト出土マスペロ文書№四七八について―未宋改元刻『千金方』の存在―小曽戸洋(1987年)第33巻第2号,
195-202頁
研究ノート津軽における最初の全身麻酔―藩医三上道隆の事績―松木明知(1987年)第33巻第2号,
203-217頁
研究ノート『五十二病方』中の「隋」の字に関する考察と解明趙有臣(1987年)第33巻第2号,
218-222頁
研究ノート長崎浩斎と新発見の「蘭東事始」について津田進三(1987年)第33巻第2号,
223-234頁
記事例会記事(1987年)第33巻第2号,
235頁
例会抄録古代インドの医療と現代日本の医療(抄)杉田暉道(1987年)第33巻第2号,
236-236頁
例会抄録長崎浩斎と新発見の「蘭東事始」について(抄)津田進三(1987年)第33巻第2号,
237-237頁
例会抄録スワドリング(Swaddling)について(抄)大野晏且(1987年)第33巻第2号,
238-239頁
例会抄録日本の小児科領域にみられるプラグマティズムについて(抄)広田曄子(1987年)第33巻第2号,
239-240頁
例会抄録藤原定家「明月記」における瘧疾(抄)中村昭(1987年)第33巻第2号,
241-242頁
例会抄録ハイステル外科書蘭訳本の扉絵(抄)古川明(1987年)第33巻第2号,
242-244頁
例会抄録天文方の蘭学事始(抄)吉田忠(1987年)第33巻第2号,
245-255頁
例会抄録長崎医学伝習の再検討(抄)沼倉延幸(1987年)第33巻第2号,
246-247頁
記事第26回医学史研究会、日本医史学会関西支部(昭和61年秋季)合同総会(1987年)第33巻第2号,
247-248頁
記事日本医史学会広島支部総会ならびに研究発表会(1987年)第33巻第2号,
248-248頁
紹介三木栄編著『朝鮮医事年表』梁哲周(1987年)第33巻第2号,
249-250頁
紹介長木大三著『北里柴三郎』添川正夫(1987年)第33巻第2号,
250-251頁
紹介酒井恒訳編『ターヘル・アナトミア解體新書』神谷敏郎(1987年)第33巻第2号,
252-253頁
紹介矢数道明先生退職記念『東洋医学論集』長谷川弥人(1987年)第33巻第2号,
253-254頁
紹介奥富敬之著『神奈川県伊勢原市域医療史概観』大滝紀雄(1987年)第33巻第2号,
255-256頁
紹介医学博士 文学博士 矢数道明著『明治117年漢方医学の変遷と将来、漢方略史年表』山田光胤(1987年)第33巻第2号,
256頁
紹介中村禎里編『遺伝学の歩みと現代生物学』檜木田辰彦(1987年)第33巻第2号,
257-258頁
紹介古川明著『切手が語る医学のあゆみ』大林敏郎(1987年)第33巻第2号,
258頁
紹介五十嵐金三郎編著『浅田宗伯書簡集』長谷川弥人(1987年)第33巻第2号,
259頁
紹介佐藤昌介解題『洋学者稿本集』宗田一(1987年)第33巻第2号,
260頁
紹介シンガー・アンダーウッド著 酒井シヅ・深瀬泰旦訳『医学の歴史』栗本宗治(1987年)第33巻第2号,
261-262頁
紹介クロフォード・F・サムズ著 竹前栄治編訳『DDT革命』杉田暉道(1987年)第33巻第2号,
262-263頁
紹介原三正著『オランダ留学生-若き日の津田真道-』蒲原宏(1987年)第33巻第2号,
263-264頁
紹介昼田源四郎著『疫病と狐憑き 近世庶民の医療事情』岡田靖雄(1987年)第33巻第2号,
265頁
紹介草野冴子・藤田覚校訂『田村藍水・西湖公用日記』矢部一郎(1987年)第33巻第2号,
266頁
紹介添川正夫著『日本痘苗史序説』加藤四郎(1987年)第33巻第2号,
267頁
紹介春日忠善著『日本のペスト流行史』大島智夫(1987年)第33巻第2号,
268-269頁
紹介伴忠康著『医学のあゆみ』寺畑喜朔(1987年)第33巻第2号,
269-270頁
紹介吉冨兵衛著『和訓 万病回春』山田光胤(1987年)第33巻第2号,
270-271頁
紹介馬王堆漢墓帛書整理小組編『馬王堆漢墓帛書[肆]』真柳誠(1987年)第33巻第2号,
272-274頁
抄録秦佐八郎の生涯と業蹟(特別講演)(抄)秦藤樹(1987年)第33巻第1号,
01-03頁
抄録ロマン派精神医学の一側面―ユスティヌス・ケルナー生誕二○○年にちなんで(特別講演)―(抄)濱中淑彦(1987年)第33巻第1号,
04-08頁
抄録隋唐の医書にみる精神病とその治療(会長講演)(抄)大塚恭男(1987年)第33巻第1号,
09-15頁
抄録日本における初期の耳科書四種(抄)田中助一(1987年)第33巻第1号,
16-17頁
抄録前野良沢と『解體新書』(抄)酒井恒(1987年)第33巻第1号,
18-20頁
抄録馬王堆出土『陰陽脈死候』の研究(抄)遠藤次郎(1987年)第33巻第1号,
20-22頁
抄録中国医学と道教(Ⅶ 黄庭経と身神)(抄)吉元昭治(1987年)第33巻第1号,
23-25頁
抄録『本草和名』所引の古医学文献(抄)真柳誠(1987年)第33巻第1号,
25-27頁
抄録『医心方』における風歯・齲歯・牙歯痛に関する考察(抄)戸出一郎(1987年)第33巻第1号,
28-30頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅶ)(抄)杉立義一(1987年)第33巻第1号,
30-31頁
抄録『福田方』組成文献の解析(抄)小曽戸洋(1987年)第33巻第1号,
31-33頁
抄録多聞院日記に現れる消化器疾患の検討(抄)中村昭(1987年)第33巻第1号,
34-36頁
抄録新確認の慶長古活字版『黄帝秘要良方』(抄)白石尚基、原中瑠璃子、小曽戸洋(1987年)第33巻第1号,
36-38頁
抄録書籍目録に見られる江戸中期の流通医書(抄)平馬直樹(1987年)第33巻第1号,
39-41頁
抄録『保嬰三方』について(抄)広田曄子(1987年)第33巻第1号,
41-43頁
抄録黄会友の「神仙秘法」について―高嶺徳明、伊佐敷道与の秘術に関連して―(抄)松木明知(1987年)第33巻第1号,
43-45頁
抄録赤穂義士を支援した元赤穂藩医・寺井玄渓(抄)木下勤(1987年)第33巻第1号,
45-47頁
抄録昌益医学論の位置と「四行論」について(抄)丸山敏秋(1987年)第33巻第1号,
48-50頁
抄録荻生徂徠が芳村夭仙へ送った書簡について(抄)荒木ひろし(1987年)第33巻第1号,
50-52頁
抄録『医事撥乱解』について(抄)和田耕作(1987年)第33巻第1号,
53-54頁
抄録「三伯稲荷神社」について(抄)森納(1987年)第33巻第1号,
54-55頁
抄録名古屋藩における薬用人参の栽培について(抄)安江政一(1987年)第33巻第1号,
56-58頁
抄録ヒポクラテスの木と体験学習(抄)寺畑喜朔(1987年)第33巻第1号,
58-60頁
抄録パリのヴァル・ド・グラスの医人達(抄)大村敏郎(1987年)第33巻第1号,
61-63頁
抄録医師トーマス・B・ダンの経歴 第二報(抄)泉彪之助(1987年)第33巻第1号,
63-65頁
抄録ドイツ第三帝国下における精神分析学の動向について(抄)小俣和一郎(1987年)第33巻第1号,
65-66頁
抄録砒素中毒の歴史(抄)三浦豊彦(1987年)第33巻第1号,
67-69頁
抄録解剖学者河口信任の河口家家譜(抄)川島恂二(1987年)第33巻第1号,
69-73頁
抄録大槻玄沢『蘭●摘芳』について(抄)宗田一(1987年)第33巻第1号,
73-76頁
抄録下野国壬生・鳥居藩における解剖図について(抄)石崎達(1987年)第33巻第1号,
76-77頁
抄録長崎浩斎著『蘭学解嘲』と小石元瑞について(抄)津田進三(1987年)第33巻第1号,
77-79頁
抄録本草家の西洋植物学への関心(抄)矢部一郎(1987年)第33巻第1号,
80-81頁
抄録日本における精神病学用語の変遷(抄)岡田靖雄(1987年)第33巻第1号,
82-83頁
抄録神奈川県における梅毒病院の医師(抄)深瀬泰旦(1987年)第33巻第1号,
84-85頁
抄録明治前半期欧州医学留学生について―東大初の医学留学生・新藤二郎氏を中心に―(抄)新実藤昭(1987年)第33巻第1号,
86-87頁
抄録日本における病院内医薬分業の始まりは大阪府立病院から(明治六年)(抄)中室嘉祐(1987年)第33巻第1号,
88-90頁
抄録明治初期の翻訳育児書(抄)小嶋秀夫(1987年)第33巻第1号,
90-92頁
抄録E・ベルツの病理各論講義について(抄)安井広(1987年)第33巻第1号,
93-95頁
抄録アムステルダム植民地博覧会(一八八三)医学部門に参加した日本とその展示品の日本四一病院見取図について(抄)石田純郎、H・ボイケルス(1987年)第33巻第1号,
95-97頁
抄録工部省お雇英医パーセル(一八四一―七七)とその業績(抄)蒲原宏(1987年)第33巻第1号,
98-100頁
抄録日本における産科学的聴診法の導入(抄)蔵方宏昌(1987年)第33巻第1号,
101-103頁
抄録後藤新平「命価説」の役割(抄)日野秀逸(1987年)第33巻第1号,
103-105頁
抄録医科・歯科器械カタログの変遷(抄)谷津三雄(1987年)第33巻第1号,
105-107頁
抄録土肥慶蔵『日本皮膚病黴毒図譜』刊行の意義(抄)長門谷洋治(1987年)第33巻第1号,
107-109頁
抄録日本医療団について(抄)佐久間温巳(1987年)第33巻第1号,
110-112頁
抄録多聞院日記に現われる精神神経疾患の追加(抄)中村昭(1987年)第33巻第1号,
112-113頁
原著精神病者慈善救治会のこと―呉秀三先生伝記補遺(その一)―岡田靖雄(1986年)第32巻第4号,
385-422頁
原著予防衛生研究所の創設と伝染病研究所の改組小高健(1986年)第32巻第4号,
423-468頁
研究ノート藩主津軽氏一族の死亡年月日について松木明知(1986年)第32巻第4号,
469-480頁
広場戦争と医師―広島を回顧して安芸基雄(1986年)第32巻第4号,
481-502頁
文献目録医史学関係文献目録(1985年)(1986年)第32巻第4号,
503-550頁
原著河内金剛寺新出の鎌倉時代書写『医心方』巻第十三について東野治之(1986年)第32巻第3号,
259-267頁
原著流布本『大同類聚方』における麻疹と痘瘡中村昭(1986年)第32巻第3号,
268-280頁
原著津軽一粒金丹の研究(二)松木明知(1986年)第32巻第3号,
281-290頁
原著関於『医心方』所引古文献条数的核実―答藪内清教授―馬継興(1986年)第32巻第3号,
291-302頁
研究ノート箱館ロシア病院の医師に関する知見補遺松木明知(1986年)第32巻第3号,
303-308頁
資料原老柳門譜田崎哲郎(1986年)第32巻第3号,
309-313頁
資料適塾に関する新史料について(一)杉立義一(1986年)第32巻第3号,
314-332頁
資料『医心方』引用文献名索引(二)小曽戸洋(1986年)第32巻第3号,
333-352頁
記事例会記事(1986年)第32巻第3号,
353頁
例会抄録東大医学部紛争史(抄)山本俊一(1986年)第32巻第3号,
354-357頁
例会抄録ライシャワ事件・精神衛生法改正をかえりみて(抄)岡田靖雄(1986年)第32巻第3号,
358-360頁
例会抄録"“A Short History of Medicine"" の著者Charles SingerとAshworth Underwood(抄)"酒井シヅ、深瀬泰旦(1986年)第32巻第3号,
361-362頁
例会抄録ビクトリア女王と欧州諸王家の血友病(抄)三輪卓爾(1986年)第32巻第3号,
363-364頁
記事日本医史学会関西支部昭和六一年春季大会(1986年)第32巻第3号,
364-365頁
書評鈴木明子著『日本における作業療法教育の歴史』中村昭(1986年)第32巻第3号,
365-366頁
追悼青木一郎氏をしのぶ岩崎鐡志(1986年)第32巻第3号,
367頁
追悼追悼 中野操先生長門谷洋治(1986年)第32巻第3号,
368-369頁
追悼追悼 三井駿一先生宗田一(1986年)第32巻第3号,
369-370頁
記事第八十八回日本医史学会総会ご案内(1986年)第32巻第3号,
370頁
研究ノート"Melancholie, Acedia und Studenten-Apathie―einige geschichtliche Aspekte der Melancholie―"Hiroshi OHASHI(1986年)第32巻第3号,
384-378頁
抄録呉秀三先生にまなぶもの―精神病者慈善救治会のこと、ほか(特別講演)(抄)岡田靖雄(1986年)第32巻第2号,
145-153頁
抄録富士川游と広島(特別講演)(抄)富士川英郎(1986年)第32巻第2号,
154-157頁
抄録イタリア・パビア大学の解剖医たち(スカルパ、コルチ、ゴルジ)(会長講演)(抄)原田康夫(1986年)第32巻第2号,
158-160頁
抄録ケイ-シャトルワースの『マンチェスターの木綿工業で働く労働階級の道徳的、身体的状態』(一八三二) について(抄)遠藤幸孝(1986年)第32巻第2号,
161-163頁
抄録伊藤鳳山の医説をめぐって(抄)荒木ひろし(1986年)第32巻第2号,
163-165頁
抄録五十嵐●水編の民間産科指導書『安産仙●邦言教喩』について総括(抄)玉手英典(1986年)第32巻第2号,
166-167頁
抄録富士川游博士の思い出(抄)田中助一(1986年)第32巻第2号,
167-169頁
抄録本邦ハンセン病史における後藤昌文・昌直先生父子の業績(抄)佐久間温巳(1986年)第32巻第2号,
169-171頁
抄録中井厚沢と土生玄碩(抄)宗田一(1986年)第32巻第2号,
172-174頁
抄録池田謙斎伝補遺(抄)長門谷洋治(1986年)第32巻第2号,
175-176頁
抄録E・ベルツの病理学総論講義について(抄)安井広(1986年)第32巻第2号,
176-178頁
抄録Remmelinの解剖書とその訳書について(抄)酒井シヅ(1986年)第32巻第2号,
179頁
抄録ボードイン書簡について(第1報)(抄)石田純郎、H・ボイケルス(1986年)第32巻第2号,
180-182頁
抄録医師トーマスB・ダンの経歴(抄)泉彪之助(1986年)第32巻第2号,
182-184頁
抄録『多聞院日記』に現われる風病の検討(抄)中村昭(1986年)第32巻第2号,
184-186頁
抄録ロールシャッハ・テストの起源とスイス精神医学史(抄)小俣和一郎(1986年)第32巻第2号,
186-188頁
抄録ビダール(●多児・Jean Paul Isidore Vidal 1830~1896)の生涯と業績(抄)蒲原宏、清水陽人(1986年)第32巻第2号,
188-190頁
抄録『医心方』の伝写(Ⅵ)巻廿二について(抄)杉立義一(1986年)第32巻第2号,
190-192頁
抄録『医心方』にみられる月経異常の治療(抄)松永勝(1986年)第32巻第2号,
192頁
抄録『医心方』における口腔疾患の分類と文献引用について(抄)戸出一郎(1986年)第32巻第2号,
193-195頁
抄録『小品方』の処方について(抄)広田曄子(1986年)第32巻第2号,
195-197頁
抄録書籍目録に見られる一七世紀後半の流通医書(抄)平馬直樹(1986年)第32巻第2号,
197-199頁
抄録口蓋裂を人工蓋で閉塞する方法の史的研究(抄)本間邦則(1986年)第32巻第2号,
200-201頁
抄録一〇〇年目の女医の卵たち(抄)大村敏郎(1986年)第32巻第2号,
201-203頁
抄録金沢医学館の図面について(抄)寺畑喜朔(1986年)第32巻第2号,
204-206頁
抄録伊勢原市域医療史の若干の問題点―『神奈川県伊勢原市の医療史』(仮題)の調査と執筆をおえて―(抄)奥富敬之(1986年)第32巻第2号,
206-207頁
抄録"第一次大戦土岐の英米“ショック委員会""とその周辺(抄)"栗本宗治(1986年)第32巻第2号,
208頁
抄録第二次世界大戦末期のルソン島における日本陸軍の衛生状況と米軍の人道的行為(抄)守屋正(1986年)第32巻第2号,
208-209頁
抄録陸軍戸山学校について(抄)清水勝嘉(1986年)第32巻第2号,
209-211頁
抄録日本衛生学会の沿革(1)(抄)西川●八(1986年)第32巻第2号,
212頁
抄録内務省衛生局雑誌の内容(抄)谷津三雄(1986年)第32巻第2号,
213-214頁
抄録明治時代初期に於ける公立医学校の廃止(抄)丸山知良(1986年)第32巻第2号,
215-217頁
抄録明治初年の医師制度(抄)深瀬泰旦(1986年)第32巻第2号,
217-219頁
抄録生野鉱山の塵肺の歴史―一八〇〇年代から一九八〇年代まで―(抄)三浦豊彦(1986年)第32巻第2号,
219-221頁
抄録中国医学と道教(Ⅵ 医神)(抄)吉元昭治(1986年)第32巻第2号,
222-223頁
抄録宋代気功の成就(抄)郎需才(1986年)第32巻第2号,
224-227頁
抄録中国医事制度史における按摩について―隋・唐時代を中心として―(抄)山本徳子(1986年)第32巻第2号,
228-228頁
抄録扁鵲の画像について(抄)石田秀実(1986年)第32巻第2号,
229-231頁
抄録扁鵲 其の二(抄)家本誠一(1986年)第32巻第2号,
231-233頁
抄録尊経閣文庫所蔵の『黄帝内経明堂』最善古鈔本―判明した巻首の欠字―(抄)小曽戸洋(1986年)第32巻第2号,
234-236頁
抄録"ジョン・スノーとその麻酔科学の業績―とくにその著書 “On the inhalation of the vapour of ether in surgical operations""について(抄)"松木明知(1986年)第32巻第2号,
236-238頁
抄録『図経本草』所引の「張仲景医書」について(抄)真柳誠(1986年)第32巻第2号,
238-240頁
抄録日本における病院給食の始まり(明治六年・大阪)(抄)中室嘉祐(1986年)第32巻第2号,
241-243頁
抄録梅園医学論の立場(抄)丸山敏秋(1986年)第32巻第2号,
243-245頁
抄録深根輔仁『掌中要方』について―尊経閣文庫所蔵の古文書中に残る逸文―(抄)石原武、小曽戸洋(1986年)第32巻第2号,
246-248頁
抄録呉家の本家筋、豊田家の医師たち(抄)豊田裕治、豊田秀三、石田純郎(1986年)第32巻第2号,
248-249頁
抄録『呉氏本草』について(抄)三井駿一(1986年)第32巻第2号,
250-251頁
抄録日本医史学会と芸備医学会創立に貢献した医人達(抄)江川義雄(1986年)第32巻第2号,
252-253頁
原著『小品方』序説―現存した古巻子本小曽戸洋(1986年)第32巻第1号,
01-25頁
原著わが国の『脚気菌』研究の系譜松村康弘、丸井英二(1986年)第32巻第1号,
26-42頁
原著日清戦争における野戦病院について黒澤嘉幸(1986年)第32巻第1号,
43-49頁
原著池田謙斎伝補遺長門谷洋治(1986年)第32巻第1号,
50-67頁
原著中国医史学の三十五年(一九四九~一九八四)李経緯(1986年)第32巻第1号,
68-88頁
資料『医心方』引用文献名索引(一)小曽戸洋(1986年)第32巻第1号,
89-118頁
記事例会記事(1986年)第32巻第1号,
119頁
記事第二十五回医学史研究会、日本医史学会関西支部(昭和六十年秋季)合同総会(1986年)第32巻第1号,
119-120頁
記事昭和六十年度日本医史学会新潟支部総会(1986年)第32巻第1号,
121頁
記事第二十一回労働衛生史研究会プログラム(1986年)第32巻第1号,
121頁
記事第八十七回日本医史学会総会ご案内(1986年)第32巻第1号,
122頁
原著The Present Status of Medical History in Medical Education in GermanyEduard SEIDLER(1986年)第32巻第1号,
144-128頁
原著高嶺徳明の事蹟について―とくに手術に用いた「薬」の本態について―松木明知(1985年)第31巻第4号,
463-489頁
原著歩兵屯所医師取締手塚良斎政富深瀬泰旦(1985年)第31巻第4号,
490-502頁
原著ウィリアム・スメリーの遺跡と人物像杉立義一(1985年)第31巻第4号,
503-519頁
原著新出の『医心方』古写零本巻二十七―現存した国宝仁和寺本の僚本―小曽戸洋(1985年)第31巻第4号,
520-528頁
原著「法医学」なる語はいつ頃から使われたか小関恒雄(1985年)第31巻第4号,
529-534頁
原著三浦梅園の手紙(下)―麻田剛立宛―酒井シヅ(1985年)第31巻第4号,
535-544頁
文献目録医史学関係文献目録(1984年)(1985年)第31巻第4号,
545-576頁
記事例会記事(1985年)第31巻第4号,
577頁
例会抄録『神宮醫方史』こぼれ話(抄)久志本常孝(1985年)第31巻第4号,
577-580頁
例会抄録日本医学校と女性医師の先駆者たち―日之出會の人びと(抄)横川弘(1985年)第31巻第4号,
580-583頁
記事第7回北陸医史学同好会(1985年)第31巻第4号,
583-584頁
抄録日本医学のあゆみ(抄)宗田一(1985年)第31巻第3号,
297-302頁
抄録江戸医学における『医心方』の影写と校刻事業の経緯(抄)矢数道明(1985年)第31巻第3号,
303-316頁
抄録中国古代医学と医心方(抄)三迫初男(1985年)第31巻第3号,
317-325頁
抄録『医心方』中的古医学文献初探(抄)馬継興(1985年)第31巻第3号,
326-371頁
原著歩兵屯所の医師たち―『医学所御用留』から―深瀬泰旦(1985年)第31巻第3号,
372-291頁
原著津軽一粒金丹の研究(一)―浅越事件について―松木明知(1985年)第31巻第3号,
392-405頁
原著総合健診淵源史(下)―ロンドン・カリフォルニア・東京―三輪卓爾(1985年)第31巻第3号,
406-429頁
資料明治初年の東京大学医学部「方凾」(二)小関恒雄(1985年)第31巻第3号,
430-440頁
例会抄録水戸の解体観臓碑について(抄)石島弘(1985年)第31巻第3号,
442-442頁
例会抄録越後屋と養生(抄)中西淳朗(1985年)第31巻第3号,
442-444頁
例会抄録『槙日記』について(抄)芹沢武男(1985年)第31巻第3号,
445-446頁
例会抄録盧復が提唱した「足の三陰経は胸腹に脈なし」の説をめぐって(抄)遠藤次郎(1985年)第31巻第3号,
447頁
例会抄録『エジンバラのバーク事件』―解剖用死体搬入の犯罪―(抄)関根正雄(1985年)第31巻第3号,
447-448頁
記事第六回北陸医史学同好会総会・例会(1985年)第31巻第3号,
449頁
記事第二十四回医学史研究会、日本医史学会関西支部(昭和五十九年秋季)合同総会(1985年)第31巻第3号,
450-451頁
記事日本医史学会関西支部昭和六十年春季大会 中野操先生米寿記念の会(1985年)第31巻第3号,
451-452頁
記事第二十回労働衛生史研究会プログラム(1985年)第31巻第3号,
452頁
書評日野原重明、仁木久恵訳『平静の心-オスラー博士講演集』長門谷洋治(1985年)第31巻第3号,
453-454頁
書評"“Dutch Medical Biography; A Biographical Dictionary of Dutch Physicians and Surgeons""1475-1975"石田純郎(1985年)第31巻第3号,
454-455頁
書評桑原千代子著『わがマンロー伝-ある英人医師・アイヌ研究家の生涯』渡辺左武郎(1985年)第31巻第3号,
455-456頁
書評飯沼慾斎生誕二百年記念誌編集委員会編『飯沼慾斎』佐藤達策(1985年)第31巻第3号,
456-457頁
書評新村拓著『日本医療社会史の研究-古代中世の民衆生活と医療』奥富敬之(1985年)第31巻第3号,
457-458頁
抄録西ドイツにおける医史学教育について(抄)(1985年)第31巻第2号,
161-164頁
抄録中国医史学の三十五年(抄)李経緯(1985年)第31巻第2号,
165-169頁
抄録華佗の麻酔薬について(抄)松木明知(1985年)第31巻第2号,
170-173頁
抄録「医の倫理」といわゆるBioethics ―医学史的考察(抄)川喜田愛郎(1985年)第31巻第2号,
174-176頁
抄録日本における「医の倫理」(抄)大塚恭男(1985年)第31巻第2号,
177-180頁
抄録「医の倫理」を考える(抄)品川信良(1985年)第31巻第2号,
181-183頁
抄録「医の倫理」ガイドラインの作成(抄)山形敞一(1985年)第31巻第2号,
184-185頁
抄録「文政二年村上玄水解臓記」について(抄)森博(1985年)第31巻第2号,
186-188頁
抄録クルムス著『解剖学表』一七四五の図について(抄)酒井恒(1985年)第31巻第2号,
188-190頁
抄録日本におけるオランダ人による四肢切断術(抄)蒲原宏(1985年)第31巻第2号,
190-192頁
抄録ウトレヒト陸軍軍医学校の我国への影響(抄)石田純郎、ハルム・ボイケルス(1985年)第31巻第2号,
193-195頁
抄録吉田松陰と医学(抄)田中助一(1985年)第31巻第2号,
195-197頁
抄録安藤昌益の精神医学(抄)岡田靖雄(1985年)第31巻第2号,
198-200頁
抄録江戸時代、東北地方鉱山の煙毒(塵肺)(抄)三浦豊彦(1985年)第31巻第2号,
200-202頁
抄録一八五八~一八六八年、箱館ロシア病院の医療活動をめぐって(抄)島田保久、谷澤尚一(1985年)第31巻第2号,
203-204頁
抄録吉益東洞の死生観と医の倫理について(抄)丸山敏秋(1985年)第31巻第2号,
204-206頁
抄録竹田薬師院家について(抄)安井広迪(1985年)第31巻第2号,
207-208頁
抄録『解体新書』の訳語「意識」をめぐって―東西医学における「意識」概念変遷の一側面―(抄)浜中淑彦(1985年)第31巻第2号,
209-211頁
抄録薬業史研究―大和売薬とその消長(抄)大槻彰、松下正巳(1985年)第31巻第2号,
211-212頁
抄録顎関節脱臼の疾病史(抄)谷津三雄(1985年)第31巻第2号,
212-214頁
抄録バラケルススにおける「自然の光」の概念(抄)大橋博司(1985年)第31巻第2号,
215頁
抄録外科医による外科史―マルゲーニュの場合―(抄)大村敏郎(1985年)第31巻第2号,
216-218頁
抄録パレ全集の骨折篇・脱臼篇でみるキリスト教思想(抄)我部正彦(1985年)第31巻第2号,
218-220頁
抄録『ファブリカ』における歯の形態学の記述について(抄)本間邦則(1985年)第31巻第2号,
221頁
抄録扁鵲 其の一(抄)家本誠一(1985年)第31巻第2号,
222-224頁
抄録Ruggero Oddiと同括約筋の今日的意義(抄)小野慶一(1985年)第31巻第2号,
224-225頁
抄録金・元時代における社会と医家の地位(抄)山本徳子(1985年)第31巻第2号,
225-226頁
抄録京阪古方と金元医学(抄)石田秀実(1985年)第31巻第2号,
227頁
抄録中国医学と道教(Ⅴ 現在のシャーマニズムの見地から)(抄)吉元昭治(1985年)第31巻第2号,
228-230頁
抄録近世、因伯における堕胎、捨て子の悪習(抄)森納(1985年)第31巻第2号,
230-232頁
抄録梶原性全と中條流の膣坐薬、その独創性について(抄)蔵方宏昌(1985年)第31巻第2号,
232-233頁
抄録三匝堂の信仰とリクリエイション(抄)関根正雄(1985年)第31巻第2号,
234頁
抄録『多聞院日記』に現われる皮膚疾患・化膿性疾患の検討(抄)中村昭(1985年)第31巻第2号,
235-236頁
抄録江戸時代随筆集にみる狂気 第一報(抄)昼田源四郎(1985年)第31巻第2号,
237頁
抄録太田正雄の愛知医大教授就任について(抄)長門谷洋治(1985年)第31巻第2号,
238-240頁
抄録芳名録(金沢医学専門学校)について(抄)寺畑喜朔(1985年)第31巻第2号,
240-242頁
抄録明治期日本医学校の女医養成について(抄)横川弘蔵(1985年)第31巻第2号,
243-244頁
抄録医学校における栄養学教育の始まり(明治六年・大阪)(抄)中室嘉祐(1985年)第31巻第2号,
245-246頁
抄録浅井図南『扁倉伝割解』をめぐって(抄)荒木ひろし(1985年)第31巻第2号,
246-248頁
抄録『傷風約言』について(抄)花輪壽彦(1985年)第31巻第2号,
249-251頁
抄録崔知悌『骨蒸病灸法』の伝承について―崔氏四花灸法の由来―(抄)石原武(1985年)第31巻第2号,
251-253頁
抄録『素問』水熱穴論の研究(抄)遠藤次郎(1985年)第31巻第2号,
254-255頁
抄録『医心方』に引く『諸病源候論』の条文検討―その取捨選択方針初探(抄)平馬直樹、小曽戸洋(1985年)第31巻第2号,
255-257頁
抄録『医心方』所引の『神農経』『神農食経』について(抄)真柳誠(1985年)第31巻第2号,
258-260頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅴ)錦小路家と樫田家(抄)杉立義一(1985年)第31巻第2号,
260-262頁
抄録『医心方』巻二・四の異本群について(抄)小曽戸洋(1985年)第31巻第2号,
262-264頁
抄録ビスコース人絹製造業における二硫化炭素中毒の対策と人脈(抄)乾修然、藤田幸子(1985年)第31巻第2号,
265-266頁
抄録主として日本統治時代の韓国における救癩事業と周防正季博士(抄)佐久間温巳(1985年)第31巻第2号,
267-269頁
抄録太平洋戦争末期の陸軍衛生事情(第一報 栄養及び体力の状況について)(抄)清水勝嘉、三宅雅史(1985年)第31巻第2号,
269-271頁
抄録太平洋戦争末期の陸軍衛生事情(第二報 患者発生の状況について)(抄)清水勝嘉、三宅雅史(1985年)第31巻第2号,
272-274頁
抄録永井潜と性教育(抄)江川義雄(1985年)第31巻第2号,
274-276頁
抄録藤野厳九郎記念館収蔵遺品について(抄)泉彪之助(1985年)第31巻第2号,
276-278頁
抄録森立之の維新後の著書について―『文章軌範講解』―(抄)三井駿一(1985年)第31巻第2号,
279-281頁
抄録歩兵屯所の医師たち―『医学所御用留』から―(抄)深瀬泰旦(1985年)第31巻第2号,
281-283頁
抄録医師マンローの業績(抄)桑原千代子(1985年)第31巻第2号,
283-285頁
抄録ジェイムズ・ロビンソンと世界最初の麻酔科学の著書(抄)松木明知(1985年)第31巻第2号,
286-287頁
記事第一九回労働衛生史研究会プログラム(1985年)第31巻第2号,
288頁
記事日本医史学会新潟支部第8回総会(1985年)第31巻第2号,
288頁
論文Medical History Instruction in West GermanyEduard Seidler(1985年)第31巻第2号,
296-293頁
追悼論文馬王堆帛書『五十二病方』中の湯と膏の調整に用いられた操作赤堀昭(1985年)第31巻第1号,
01-15頁
追悼論文道興治疾方宮下三郎(1985年)第31巻第1号,
16-24頁
追悼論文淡輪本解剖図巻について宗田一(1985年)第31巻第1号,
25-38頁
追悼論文我国最初のリウマチ学単行書『僂麻窒斯新論』の訳編者 八杉利雄(一八四七~一八八三)と原著者フリント(一八一二~一八八六)蒲原宏(1985年)第31巻第1号,
39-50頁
追悼論文『老婆心書』の著者羽佐間宗玄と杉本仲温良深瀬泰旦(1985年)第31巻第1号,
51-71頁
追悼論文『天王寺屋会記』に登場する医師について安井広迪(1985年)第31巻第1号,
72-81頁
追悼論文アンブロアズ・パレ全集 フランス語版からの和訳大村敏郎(1985年)第31巻第1号,
82-92頁
追悼論文戦前の日本における精神科病院・精神科病床の発達岡田靖雄(1985年)第31巻第1号,
93-107頁
追悼論文総合健診淵源史(上)―ロンドン・カリフォルニア・東京―三輪卓爾(1985年)第31巻第1号,
108-122頁
追悼論文三浦梅園の手紙(上)―麻田剛立宛―酒井シヅ(1985年)第31巻第1号,
123-128頁
追悼小川鼎三先生を偲んで大鳥蘭三郎(1985年)第31巻第1号,
129-131頁
追悼小川鼎三先生を偲んで大滝紀雄(1985年)第31巻第1号,
131-138頁
追悼小川鼎三博士を悼む富士川英郎(1985年)第31巻第1号,
138-141頁
追悼小川鼎三先生とキューバの勲章古川明(1985年)第31巻第1号,
141-143頁
追悼追憶の小川鼎三先生大塚恭男(1985年)第31巻第1号,
143-154頁
紹介森納著『因伯くすり雑考』(一)(二)矢部一郎(1985年)第31巻第1号,
155-156頁
紹介中田瑞穂著『癲癇二〇〇〇年』石田純郎(1985年)第31巻第1号,
156-156頁
記事例会記事(1984年)第30巻第4号,
319頁
原著江戸医学館の考試辨書『癩癇狂辨』について(第一報)―当時の精神病学説をみる―岡田靖雄(1984年)第30巻第4号,
361-373頁
原著望月三英と蘭方・和方石田秀実(1984年)第30巻第4号,
374-389頁
原著藤野厳九郎の学歴とその時代背景泉彪之助(1984年)第30巻第4号,
390-402頁
原著渋江抽斎と津軽一粒金丹松木明知(1984年)第30巻第4号,
403-412頁
原著オランダ医官・ポンペが我が国にもたらした頭蓋骨の由来に関する調査神谷敏郎、金沢英作(1984年)第30巻第4号,
413-424頁
研究ノート司馬江漢の西遊をめぐって宗田一(1984年)第30巻第4号,
425-431頁
研究ノートポンペが日本で採集した動物標本について金沢英作、神谷敏郎(1984年)第30巻第4号,
432-442頁
研究ノートポンペの動物標本に関する書簡について石田純郎、ハルム・ボイケルス(1984年)第30巻第4号,
443-449頁
研究ノート薬の歴史―その使用価値の考察―安江政一(1984年)第30巻第4号,
450-455頁
資料明治初年の東京大学医学部「方凾」(一)小関恒雄(1984年)第30巻第4号,
456-467頁
文献目録医史学関係文献目録(1984年)第30巻第4号,
468-492頁
記事例会記事(1984年)第30巻第4号,
493頁
例会抄録コレラ病因論争―コッホとペッテンコーフェル(抄)山本俊一(1984年)第30巻第4号,
493-494頁
紹介日本耳鼻咽喉科学会編『日本耳鼻咽喉科史』(1984年)第30巻第4号,
494頁
書評『江馬家来簡集』江馬文書研究会編、思文閣出版矢部一郎(1984年)第30巻第4号,
495頁
雑報飯沼慾斎生誕二百年記念行事(1984年)第30巻第4号,
496頁
雑報野間科学医学研究資料館について矢部一郎(1984年)第30巻第4号,
497頁
記事第一八回労働衛生史研究会プログラム(1984年)第30巻第4号,
498頁
記事第八六回日本医史学会総会ご案内(1984年)第30巻第4号,
499頁
追悼小川鼎三理事長の死を悼む(1984年)第30巻第3号,
249-252頁
原著中條帯刀と中條流産科山形敞一(1984年)第30巻第3号,
253-267頁
原著日本に牛痘苗の活着したことを報じたJavasche Courant(一八五〇年一月五日付)の記事について添川正夫(1984年)第30巻第3号,
258-276頁
原著肉食および菜食と仏教とのかかわりあい―日本とインドとの比較―杉田暉道(1984年)第30巻第3号,
277-291頁
原著愛生館の機構について(二)沼倉延幸(1984年)第30巻第3号,
292-307頁
研究ノート「オシャラク」狂犬病説に対する疑義松木明知(1984年)第30巻第3号,
308-315頁
資料明治初期の長崎の英字新聞記事に見る在日外国人医師名石田純郎(1984年)第30巻第3号,
316-318頁
例会抄録前野良沢と杉田玄白(抄)緒方富雄(1984年)第30巻第3号,
319-322頁
例会抄録江戸医学館の考試弁書『癩癇狂辨』について―当時の精神病学説をみる―(抄)岡田靖雄(1984年)第30巻第3号,
322-323頁
例会抄録蘭医ポンペと日本(抄)宮永孝(1984年)第30巻第3号,
323-324頁
例会抄録尾本凉海について(抄)田崎哲郎(1984年)第30巻第3号,
324-325頁
記事日本医史学会広島地方部会総会(1984年)第30巻第3号,
326頁
記事日本医史学会新潟支部例会(第七回)(1984年)第30巻第3号,
326頁
記事日本医史学会関西支部春季大会案内(1984年)第30巻第3号,
326-327頁
書評大滝紀雄著『かながわの医療史探訪』深瀬泰旦(1984年)第30巻第3号,
328-329頁
記事故小川鼎三先生葬儀告別式記事(1984年)第30巻第3号,
331-344頁
追悼追悼 阿知波五郎先生長門谷洋治(1984年)第30巻第3号,
345頁
追悼堀江健也先生を偲んで古川明(1984年)第30巻第3号,
346頁
資料An English translation of the Latin preface of Bunner's ‘Experimenta nova circa pancreas' (1683)Rikuo NINOMIYA(1984年)第30巻第3号,
360-351頁
抄録吉田長淑とその学統(抄)津田進三(1984年)第30巻第2号,
119-121頁
抄録E・ベルツの「憑依とその類似状態について」(抄)安井広(1984年)第30巻第2号,
122-129頁
抄録いわゆるターヘル・アナトミアの脚注について(抄)酒井恒(1984年)第30巻第2号,
130-137頁
抄録佐賀藩の『医師免札姓名録』について―(その二)―(抄)酒井シヅ(1984年)第30巻第2号,
138-139頁
抄録幕末における医学研修(抄)深瀬泰旦(1984年)第30巻第2号,
139-141頁
抄録村上田長について(抄)川嶌眞人、今永正樹、武吉攻、村上玄児(1984年)第30巻第2号,
142-144頁
抄録本邦に全身麻酔を伝えた高嶺徳明の事蹟(抄)松木明知(1984年)第30巻第2号,
144-146頁
抄録山脇東洋およびその一門の解剖の地(抄)宗田一(1984年)第30巻第2号,
146-148頁
抄録『解屍編』刊行以前の河口信任の解剖(抄)川島恂二(1984年)第30巻第2号,
148-149頁
抄録伏屋素狄の『実験記録ノート』について(抄)三宅宏司(1984年)第30巻第2号,
150頁
抄録金沢における明治中期の剖検記録―第四高等中学校医学部―(抄)寺畑喜朔(1984年)第30巻第2号,
151-153頁
抄録一八六二年(文久二年)麻疹の大流行と長州藩(抄)田中助一(1984年)第30巻第2号,
153-155頁
抄録くすりの歴史―その使用価値の考察―(抄)安江政一(1984年)第30巻第2号,
156-157頁
抄録カスガイ膏の伝承について―アンブロアズ・パレとわが国の外科―(抄)大村敏郎(1984年)第30巻第2号,
158-160頁
抄録日葡辞書から見た安土桃山時代の医学―(四)生理並びに病理現象(抄)亀節子(1984年)第30巻第2号,
160-162頁
抄録中条帯刀と中条流産科(抄)山形敞一(1984年)第30巻第2号,
163頁
抄録ボードインの持帰った日本の美術品六〇〇点と日本の写真(一八六二~七〇)一三〇枚(抄)石田純郎/H・ボイケルス/H・E・ヘンケス(1984年)第30巻第2号,
164-166頁
抄録宮城県蔵王町平沢「だるま堂」について(抄)玉手英典(1984年)第30巻第2号,
166頁
抄録歯の名称について(抄)本間邦則(1984年)第30巻第2号,
167頁
抄録ドイツ医学採用(明治三年)前後の別な事情(三)(抄)原口忠男(1984年)第30巻第2号,
168-170頁
抄録私立医学校済生学舎のこと(抄)神谷昭典(1984年)第30巻第2号,
170-172頁
抄録明治時代の公立医学校廃止の顛末(その三)(抄)西川●八(1984年)第30巻第2号,
173-175頁
抄録昭和十年改正の算術教育変更方針とその後の初等・中等・数学・理科教育の改革ならびに大学・理科教育改正との関連性について(抄)柴田幸雄(1984年)第30巻第2号,
175-177頁
抄録日本産業の黄燐中毒(抄)三浦豊彦(1984年)第30巻第2号,
178-180頁
抄録佐久間貞一の「八時間労働」(抄)森博(1984年)第30巻第2号,
180-182頁
抄録初期の植民地医療における現役軍医の役割―殊に台湾、韓国において―(抄)佐久間温巳(1984年)第30巻第2号,
182-184頁
抄録救急法に関する二、三の成書(抄)谷津三雄、鈴木勝(1984年)第30巻第2号,
185-186頁
抄録日本医学放射線技術史における梅谷友吉小伝(抄)今市正義(1984年)第30巻第2号,
187頁
抄録新島襄とドイツ(抄)守屋正(1984年)第30巻第2号,
187-188頁
抄録Liesegang の組織学への貢献(抄)中村三雄(1984年)第30巻第2号,
189頁
抄録藤野厳九郎の学歴(抄)泉彪之助(1984年)第30巻第2号,
190-191頁
抄録愛知医学校卒業生藤野厳九郎と教科書(抄)藤野恒三郎(1984年)第30巻第2号,
192頁
抄録近代日本における診療録の歴史(抄)長門谷洋治(1984年)第30巻第2号,
193-195頁
抄録江戸医学館の考試弁書『癩癇狂弁』について―当時の精神病学説をみる―(抄)岡田靖雄(1984年)第30巻第2号,
195-197頁
抄録近世、因伯における狐つき、狐持ちの俗信(抄)森納(1984年)第30巻第2号,
198-199頁
抄録Acedia ―メランコリーの中性版(抄)大橋博司(1984年)第30巻第2号,
200-201頁
抄録資料を通して見た平安時代の医学の社会的側面について(抄)MACE・美枝子(1984年)第30巻第2号,
201-203頁
抄録『多聞日記』に現われる伝染病の検討(抄)中村昭(1984年)第30巻第2号,
204-205頁
抄録縄文土器・土偶の産科学的考察(抄)石原力(1984年)第30巻第2号,
206-208頁
抄録江戸期の子育ての書に現われた乳幼児発達観(抄)小嶋秀夫(1984年)第30巻第2号,
208-210頁
抄録石坂宗哲の医学について(抄)石原武(1984年)第30巻第2号,
211-212頁
抄録『医心方』に見える鑑真方について(抄)三井駿一(1984年)第30巻第2号,
213-215頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅳ)―愛知県下にある『医心方』写本(抄)杉立義一(1984年)第30巻第2号,
215-217頁
抄録中国医学と道教(Ⅳ 善書について)(抄)吉元昭治(1984年)第30巻第2号,
217-219頁
抄録『外台秘要方』による古医籍輯佚の検討(抄)小曽戸洋(1984年)第30巻第2号,
219-221頁
抄録『金匱要略』の古版本二種についての新知見(抄)真柳誠、小曽戸洋(1984年)第30巻第2号,
222-224頁
抄録中国伝統医学習得学生の漢語素養について(最終報)(抄)小杉順一(1984年)第30巻第2号,
224-226頁
抄録"中国における“医は仁術""の思想と史的変遷(抄)"山本徳子(1984年)第30巻第2号,
227-228頁
抄録素問霊枢に於ける気の研究(抄)家本誠一(1984年)第30巻第2号,
228-230頁
抄録安土桃山時代に於ける吉田家と曲直瀬家の関係について(抄)安井広迪(1984年)第30巻第2号,
231-233頁
抄録名古屋玄医の医学思想と『医方問余』について(抄)花輪壽彦(1984年)第30巻第2号,
233-235頁
抄録内藤希哲の医説(抄)丸山敏秋(1984年)第30巻第2号,
235-237頁
抄録津田玄仙の理想とする漢方医学教育(抄)平馬直樹(1984年)第30巻第2号,
238-240頁
抄録水野皓山と山本読書室(抄)遠藤正治(1984年)第30巻第2号,
240-242頁
抄録江戸時代後期の小児科学(抄)安達原曄子(1984年)第30巻第2号,
242-244頁
原著共和政期ローマ軍内の医療従事者について小林雅夫(1984年)第30巻第1号,
01-13頁
原著川崎市蟹ヶ谷にある幕府医官人見氏の塋域深瀬泰旦(1984年)第30巻第1号,
14-40頁
原著愛生館の機構について(1)沼倉延幸(1984年)第30巻第1号,
41-49頁
原著『東谷御林人参一巻』と松平君山安江政一(1984年)第30巻第1号,
50-55頁
原著フランス人解剖学者オヅー作のキュンストレーキについて石田純郎/ベレム・ヨッブ・ムルダー/ハルム・ボイケルス(1984年)第30巻第1号,
56-61頁
原著牛痘種痘法奨励の版画について添川正夫(1984年)第30巻第1号,
62-84頁
研究ノートライデン民族博物館所蔵 桂川甫賢『人面瘡図説』について片桐一男(1984年)第30巻第1号,
85-89頁
研究ノート津軽の阿片に関する新知見松木明知(1984年)第30巻第1号,
90-93頁
記事例会記事(1984年)第30巻第1号,
94頁
例会抄録オランダで採訪の二、三の史料について(抄)片桐一男(1984年)第30巻第1号,
94-97頁
例会抄録緒方家本「和蘭詞解略説」について(抄)沼田次郎(1984年)第30巻第1号,
97-98頁
例会抄録跡見玄山と適塾(抄)田崎哲郎(1984年)第30巻第1号,
98-99頁
例会抄録日本のインターン制度(抄)山本俊一(1984年)第30巻第1号,
99-100頁
雑報日本医史学会関西支部秋季大会(1984年)第30巻第1号,
100-101頁
原著"“John Hunter"" The Founder of Pathological Anatomy and Experimental Surgery"Junji MACHI(1984年)第30巻第1号,
118-108頁
原著『万安方』の小児門について安達原曄子(1983年)第29巻第4号,
353-367頁
原著狐憑き研究史―明治時代を中心に―岡田靖雄(1983年)第29巻第4号,
368-391頁
原著世界最初のクロロフォルム麻酔死について松木明知(1983年)第29巻第4号,
392-403頁
原著明七雑誌について石田純郎(1983年)第29巻第4号,
404-411頁
原著大槻玄沢と「西●対晤」山形敞一(1983年)第29巻第4号,
412-427頁
原著池田謙斎(一)―初代東京大学医学部総理―堀江健也(1983年)第29巻第4号,
428-434頁
原著藤野厳九郎の蘭学の系譜と生地泉彪之助(1983年)第29巻第4号,
435-446頁
研究ノート欽明朝に来日した百済の医師王有●陀について松木明知(1983年)第29巻第4号,
447-454頁
資料在学生の書簡よりみた第一次東京大学医学部の一面不破義信(1983年)第29巻第4号,
455-461頁
資料明治六、七年度東京大学医学部学科表小関恒雄(1983年)第29巻第4号,
462-476頁
文献目録医史学関係文献目録(1982年)(1983年)第29巻第4号,
477-510頁
記事例会記事(1983年)第29巻第4号,
511頁
例会抄録アンブロアズ・パレの針が曲った大村敏郎(1983年)第29巻第4号,
511-512頁
例会抄録小石元俊の「経験方録」について津田進三(1983年)第29巻第4号,
512頁
紹介新村拓著『古代医療官人制の研究』樋口誠太郎(1983年)第29巻第4号,
513-514頁
記事 追悼佐藤尚中先生歿後100年祭挨拶有山登(1983年)第29巻第3号,
239-240頁
記事佐倉時代の尚中篠丸頼彦(1983年)第29巻第3号,
241-254頁
記事 追悼長崎時代の尚中先生中西啓(1983年)第29巻第3号,
255-258頁
記事佐藤尚中と大学東校小川鼎三(1983年)第29巻第3号,
259-262頁
記事尚中の私生活大滝紀雄(1983年)第29巻第3号,
263-269頁
記事 追悼佐藤尚中先生略年譜(1983年)第29巻第3号,
270-273頁
記事 追悼佐藤尚中先生歿後百年記念展覧会目録(1983年)第29巻第3号,
274-275頁
原著御雇教師ミュルレルとホフマン(一)小関恒雄(1983年)第29巻第3号,
276-290頁
原著日本における初期の小児科領域についての一考察安達原曄子(1983年)第29巻第3号,
291-303頁
原著「麻酔」の語史学的研究松木明知(1983年)第29巻第3号,
304-315頁
資料失勃児督処方録戸塚武比古(1983年)第29巻第3号,
316-339頁
記事例会記事(1983年)第29巻第3号,
340頁
例会抄録「一気留滞説」と「万病毒説」について―江戸時代古方派の病因論―花輪壽彦(1983年)第29巻第3号,
340-342頁
原著Contribution of Shibasaburo Kitasato to the Improvement of Smallpox Vaccine in JapanMasao SOEKAWA(1983年)第29巻第3号,
352-348頁
抄録医学史に現われた寸白蟲(抄)大島智夫(1983年)第29巻第2号,
95-98頁
抄録中国の歴史における医(抄)山本徳子(1983年)第29巻第2号,
99-101頁
抄録歴史的にみた神奈川の医療(抄)大滝紀雄(1983年)第29巻第2号,
102-104頁
抄録医学のシンボル「蛇杖」の歴史(抄)古川明(1983年)第29巻第2号,
105-107頁
抄録医学史の歴史(抄)中川米造(1983年)第29巻第2号,
107-108頁
抄録医学教育における医史学資料の評価(抄)寺畑喜朔(1983年)第29巻第2号,
108-110頁
抄録外科の守護聖人サン・コームについて(抄)大村敏郎(1983年)第29巻第2号,
110-112頁
抄録堺県医学校補遺(抄)宗田一(1983年)第29巻第2号,
113-115頁
抄録『医務取調書上』と『医者履歴明細書』―明治初年の医師現状調査について(抄)深瀬泰旦(1983年)第29巻第2号,
115-117頁
抄録わが国最初の医学雑誌(抄)谷津三雄、鈴木勝(1983年)第29巻第2号,
118-119頁
抄録大槻玄沢と西賓会話(抄)山形敞一(1983年)第29巻第2号,
119-120頁
抄録文学に現われたパラケルスス像(抄)大橋博司(1983年)第29巻第2号,
121-123頁
抄録ヘルマン・ブールハーフェの座右の銘「単純は真理のしるしなり」の語源について(抄)守屋正(1983年)第29巻第2号,
123頁
抄録イギリスにおける病院の近代化(抄)小沢吉見(1983年)第29巻第2号,
124頁
抄録モーゼス・マイモニデスの『喘息論』について(抄)石渡隆司(1983年)第29巻第2号,
125-126頁
抄録安政年間相模国における長州藩の医療(抄)田中助一(1983年)第29巻第2号,
127-129頁
抄録いわゆる「ターヘル・アナトミア」と解体新書の比較(その四)(抄)酒井恒(1983年)第29巻第2号,
129-131頁
抄録モンテベルデ作エドワード・ジェンナーの青銅像(抄)加藤四郎(1983年)第29巻第2号,
132-133頁
抄録ウトレヒト陸軍軍医学校テキスト、フレスの解剖書とその日本への伝播(抄)石田純郎、ハルム・ボイケルス(1983年)第29巻第2号,
133-135頁
抄録A・F・ボードイン帰国時の賞典授与の経緯について(抄)松田武(1983年)第29巻第2号,
136頁
抄録青木大輔編「西洋医家名和訳覚帳」その他について(抄)玉手英典(1983年)第29巻第2号,
137-138頁
抄録明治二十年以前の翻訳西洋医学書の出版動向(抄)水間棟彦、酒井シヅ(1983年)第29巻第2号,
139-140頁
抄録山本亡羊の門人簿について(抄)遠藤正治(1983年)第29巻第2号,
141-143頁
抄録石川玄常について(抄)津田進三(1983年)第29巻第2号,
143-145頁
抄録中津藩と村上玄水(抄)川嶌眞人、村上玄児、今永正樹(1983年)第29巻第2号,
146-148頁
抄録アルメイダ没後四百年の足跡を訪ねて(抄)東野利夫(1983年)第29巻第2号,
148-149頁
抄録藤野厳九郎の蘭学の系譜(抄)泉彪之助(1983年)第29巻第2号,
149-151頁
抄録目黒道琢の事蹟について(抄)中島康伸(1983年)第29巻第2号,
152-154頁
抄録村医と著述―河内国坂村三浦蘭阪の場合―(抄)末中哲夫(1983年)第29巻第2号,
154-155頁
抄録医師木戸麟の近代社会への貢献(抄)丸山知良(1983年)第29巻第2号,
155-157頁
抄録『太素』と『素問』『霊枢』の比較的考察(抄)丸山敏秋(1983年)第29巻第2号,
157-159頁
抄録宮内庁書陵部所蔵五巻本『和剤局方』について(抄)小曽戸洋(1983年)第29巻第2号,
160-162頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅲ)(抄)杉立義一(1983年)第29巻第2号,
162-163頁
抄録『万安方』の小児門について(抄)安達原曄子(1983年)第29巻第2号,
164-166頁
抄録「麻疹」名義考(抄)三井駿一(1983年)第29巻第2号,
166-168頁
抄録安芸家(北小路家)「御産所日記」について(抄)北小路博央(1983年)第29巻第2号,
169-171頁
抄録日葡辞書から見た安土桃山時代の医学―三、身体部位語(抄)亀節子、大槻彰、前川久太郎(1983年)第29巻第2号,
171-173頁
抄録『東谷御林人参一巻』と松平君山(抄)安江政一(1983年)第29巻第2号,
174-175頁
抄録我が川島家の医史(抄)川島恂二(1983年)第29巻第2号,
176-178頁
抄録江戸時代の家庭看護(抄)山根信子(1983年)第29巻第2号,
178-179頁
抄録明治時代の公立医学校廃止の顛末(その二)(抄)西川●八(1983年)第29巻第2号,
180-181頁
抄録一般人を対象とした現役軍医の病院(抄)佐久間温巳(1983年)第29巻第2号,
182-184頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第六報 福利厚生施設調査)(抄)清水勝嘉(1983年)第29巻第2号,
184-186頁
抄録本邦における医学放射線技術教育の史的推移(抄)今市正義(1983年)第29巻第2号,
187頁
抄録南洋庁の医事衛生事情(抄)関根正雄(1983年)第29巻第2号,
188-190頁
抄録産業報国会関係資料(抄)森博(1983年)第29巻第2号,
190-192頁
抄録中国古代医学に於ける五行説について(抄)家本誠一(1983年)第29巻第2号,
192-194頁
抄録中国古代原始本草体系の推察(抄)森村謙一(1983年)第29巻第2号,
195-196頁
抄録中国医学と道教(Ⅲ、薬籤について)(抄)吉元昭治(1983年)第29巻第2号,
196-198頁
抄録華佗と麻酔(抄)松木明知(1983年)第29巻第2号,
198-199頁
抄録日本に於ける朱丹溪学説の受容について(抄)安井広迪(1983年)第29巻第2号,
200-202頁
抄録中国伝統医学修得学生の漢語素養について(その2)(抄)小杉順一(1983年)第29巻第2号,
202-204頁
抄録E・ベルツの憑依論について(抄)安井広(1983年)第29巻第2号,
205-206頁
抄録狐憑症研究小史―E・ベルツ、島村俊一、呉秀三―(抄)岡田靖雄(1983年)第29巻第2号,
207-209頁
抄録日本における包帯の歴史に関する研究(一)「繃帯彙編」の原典(抄)蒲原宏(1983年)第29巻第2号,
209-211頁
抄録昭和前期の労働衛生史(抄)乾修然(1983年)第29巻第2号,
212-214頁
抄録日本の高温労働環境の歴史(抄)三浦豊彦(1983年)第29巻第2号,
214-216頁
抄録日本における対癌運動史序説―北海道対癌協会について―(抄)長門谷洋治(1983年)第29巻第2号,
217-219頁
抄録「麻酔」の語史学的研究(抄)松木明知(1983年)第29巻第2号,
219-220頁
抄録日本の脊髄麻酔の歴史―とくにヤコビー線に関連して―(抄)松木明知(1983年)第29巻第2号,
221頁
抄録横浜山手病院(抄)桑原千代子(1983年)第29巻第2号,
222-224頁
紹介森納・安藤文雄著『因伯杏林碑誌集釋』(1983年)第29巻第2号,
228頁
原著慶長使節と南蛮医学山形敞一(1983年)第29巻第1号,
01-18頁
原著鼠の自然発生実験の考察―実験中の事故による結果は史論の対象にはならない―安江政一(1983年)第29巻第1号,
19-24頁
原著安政年度のコレラ流行の北限について松木明知(1983年)第29巻第1号,
25-34頁
原著中川五郎治の種痘法の研究―新たに発見された被接種者―松木明知(1983年)第29巻第1号,
35-41頁
原著御雇教師エルンスト・チーゲル(二)小関恒雄(1983年)第29巻第1号,
42-49頁
原著日葡辞書から見た安土桃山時代の医学―二、くすり亀節子、大槻彰、前川久太郎(1983年)第29巻第1号,
50-63頁
資料ベルツに関する資料若干小関恒雄(1983年)第29巻第1号,
64-69頁
資料明治初期の兵庫のローカル英字新聞記事に見る在日外国人医師名石田純郎(1983年)第29巻第1号,
70-72頁
紹介矢数道明著『近世漢方医学史―曲直瀬道三とその学統』宗田一(1983年)第29巻第1号,
73頁
記事日本医史学会関西支部秋季大会案内(1983年)第29巻第1号,
74頁
記事例会記事(1983年)第29巻第1号,
74頁
雑報改革要綱を可決、新執行部選出―日本学術会議第八十六回総会報告―(1983年)第29巻第1号,
75-76頁
記事京都医学史研究会(1983年)第29巻第1号,
76-78頁
原著Smallpox Mortality in a Mountainous District in Japan Where Neither Variolation nor Vaccination Had Been Performed"Keizo SUDA, Masao SOEKAWA"(1983年)第29巻第1号,
94-83頁
記事 追悼呉秀三先生没後満五〇年記念行事岡田靖雄(1982年)第28巻第4号,
425-426頁
記事シーボルトと彼の日本文化への影響呉秀三(1982年)第28巻第4号,
427-443頁
記事 追悼呉秀三先生の生涯と業績岡田靖雄(1982年)第28巻第4号,
444-456頁
記事私宅監置調査の現代的意義吉岡真二(1982年)第28巻第4号,
457-470頁
記事呉秀三・森●外の統計研究に寄せて丸山博(1982年)第28巻第4号,
471-478頁
記事 追悼シーボルト研究史における呉先生箭内健次(1982年)第28巻第4号,
479-485頁
記事華岡青洲研究のその後宗田一(1982年)第28巻第4号,
486-488頁
記事 追悼洋学史家としての呉秀三先生大久保利謙(1982年)第28巻第4号,
489-491頁
記事 追悼晩年の呉秀三先生と私緒方富雄(1982年)第28巻第4号,
492-496頁
記事東京大学医学図書館所蔵呉秀三文庫目録岡田靖雄(1982年)第28巻第4号,
497-502頁
記事 追悼医学文化館に寄託されている呉秀三先生遺品目録岡田靖雄(1982年)第28巻第4号,
503-508頁
文献目録医史学関係文献目録(1981年)(1982年)第28巻第4号,
509-532頁
紹介日本柔道整復師会編『日本整骨術全集』宗田一(1982年)第28巻第4号,
533頁
記事例会記事(1982年)第28巻第4号,
534頁
追悼大矢全節氏を弔す中野操(1982年)第28巻第4号,
535-536頁
記事Ph. Fr. v. Siebold und sein Einfluss auf die japanische Zivilisation der neueren ZeitShuzo KURE(1982年)第28巻第4号,
562-540頁
原著日葡辞書から見た安土桃山時代の医学―一、医療用具亀節子、大槻彰、前川久太郎(1982年)第28巻第3号,
297-306頁
原著E・ベルツと発疹チフス安井広(1982年)第28巻第3号,
307-316頁
原著御雇解剖学教師ギールケとディッセ(一)小関恒雄(1982年)第28巻第3号,
317-327頁
原著お雇いオランダ人医師 総論 ボードイン人脈石田純郎(1982年)第28巻第3号,
328-337頁
原著日露戦争における切断・義肢と乃木式義手武智秀夫(1982年)第28巻第3号,
338-351頁
原著「蘇」について白崎昭一郎(1982年)第28巻第3号,
352-362頁
原著北海道における明治期の帝王切開術の歴史松木明知(1982年)第28巻第3号,
363-372頁
原著古京出土遺物の医史学的研究(その二)人形・人面墨書・土器などについて樋口誠太郎(1982年)第28巻第3号,
373-384頁
研究ノート多紀元簡と「蝦夷地異疾考」松木明知(1982年)第28巻第3号,
385-390頁
研究ノートA・F・ボードインの生年月日についての考察石田純郎(1982年)第28巻第3号,
391-394頁
紹介"抄録 ペニシリンの歴史の新しい展開 New Light on the History of Penicillin Roland Hare): Medical History 26:1-24, 1982"松木明知(1982年)第28巻第3号,
395頁
記事例会記事(1982年)第28巻第3号,
395頁
原著Two Legacies of the Later Alexandrian School: The preliminary questions in commentaries; the theory / practice division of medicineAndrew CUNNINGHAM(1982年)第28巻第3号,
400-424頁
抄録祭祀の医療思想(抄)宗田一(1982年)第28巻第2号,
143-146頁
抄録京都の医学の源流(抄)山田重正(1982年)第28巻第2号,
147-149頁
抄録江戸時代の京都における医の倫理の史的考察(抄)守屋正(1982年)第28巻第2号,
150-163頁
抄録安芸守定と安芸家(北小路家)について(抄)北小路博央(1982年)第28巻第2号,
164-166頁
抄録日葡辞典から見た安土桃山時代の医学 一 医療用具(抄)亀節子、大槻彰、前川久太郎(1982年)第28巻第2号,
166-168頁
抄録向井元升の家系について(抄)中西啓(1982年)第28巻第2号,
169-170頁
抄録誰が山脇東洋に苛私林牛私「解体原書」を贈ったか(抄)川島恂二(1982年)第28巻第2号,
171-173頁
抄録いわゆる「ターヘル・アナトミア」と解体新書の比較(その三)(抄)酒井恒(1982年)第28巻第2号,
174-176頁
抄録稲村白羽(三伯)の「金匱方註」について(抄)中山沃(1982年)第28巻第2号,
176-178頁
抄録本居宣長の醫學と國學(抄)高橋正夫(1982年)第28巻第2号,
179-181頁
抄録柚木太淳について(抄)中野操(1982年)第28巻第2号,
181頁
抄録江馬元齢の医学史的漢詩文について(抄)青木一郎(1982年)第28巻第2号,
182頁
抄録整骨範草稿について(抄)蒲原宏(1982年)第28巻第2号,
183-185頁
抄録日本における新生児沐浴の変遷(抄)蔵方宏昌(1982年)第28巻第2号,
185-187頁
抄録サレルノ医学前史(抄)小沢吉見(1982年)第28巻第2号,
188-189頁
抄録フランスにおける最初の医学新聞を発行したニコラ・ド・ブレニーについて(抄)大村敏郎(1982年)第28巻第2号,
189-191頁
抄録鼠の自然発生実験の考察―実験中の事故は史論の対象ではない―(抄)安江政一(1982年)第28巻第2号,
192-194頁
抄録F・グリソンの非刺激性学説とその影響(抄)栗本宗治(1982年)第28巻第2号,
194-195頁
抄録医史学からみた医化学から生化学への発展とその未来像(抄)柴田幸雄(1982年)第28巻第2号,
196-198頁
抄録ディオスクリデス・「ウィーン写本」(抄)大槻真一郎(1982年)第28巻第2号,
198-200頁
抄録英国外交文書中の医師W・ウィリスの足跡(主にP・R・OのF・O46による)(一)(抄)原口忠男(1982年)第28巻第2号,
201-203頁
抄録Monteverde 作 Edward Jennerの大理石像(抄)加藤四郎(1982年)第28巻第2号,
203-205頁
抄録中国における「医は仁術」の起源(抄)山本徳子(1982年)第28巻第2号,
205-207頁
抄録中国医学と道教(その二 太平経について)(抄)吉元昭治(1982年)第28巻第2号,
208-210頁
抄録中国古代医学における陰陽について(抄)家本誠一(1982年)第28巻第2号,
210-212頁
抄録日本の原始時代における医療と王権(抄)奥富敬之(1982年)第28巻第2号,
213-215頁
抄録"“延喜式巻第三十七典薬寮""解釈の一試み(抄)"MACE美枝子(1982年)第28巻第2号,
215-217頁
抄録「虜瘡」は麻疹(抄)三井駿一(1982年)第28巻第2号,
218-220頁
抄録●康『養生論』の一考察(抄)丸山敏秋(1982年)第28巻第2号,
220-222頁
抄録日本における初期の小児科領域についての一考察(抄)安達原曄子(1982年)第28巻第2号,
223頁
抄録正親町天皇の半井氏に『医心方』を下賜された理由について(抄)高島文一(1982年)第28巻第2号,
224-225頁
抄録『医心方』の伝写について(Ⅱ)(抄)杉立義一(1982年)第28巻第2号,
226-228頁
抄録徳島時代の関寛斎(続報)その医学的業績について(抄)福島義一(1982年)第28巻第2号,
229-230頁
抄録本邦放射線事始に尽した人びと(抄)今市正義(1982年)第28巻第2号,
230-231頁
抄録医会設立当時の静岡県医師人名簿(抄)土屋重朗(1982年)第28巻第2号,
232-233頁
抄録J・C・ベリーと柴原宗助(抄)金澤豊治(1982年)第28巻第2号,
234-236頁
抄録「幼きイエズス修道会」京都支部における看護婦養成事業について(明治二五~三七年)(抄)坂本玄子、高橋政子、名原寿子、広瀬房子、山根信子(1982年)第28巻第2号,
237-239頁
抄録「特命全権大使米欧回覧実記」における米欧の労働衛生事情(抄)乾修然(1982年)第28巻第2号,
240-241頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第五報 中途退場工女と薬価負担)(抄)清水勝嘉(1982年)第28巻第2号,
241-243頁
抄録大正期の諏訪地方における製糸工場の労働環境について(抄)清水勝嘉(1982年)第28巻第2号,
243-245頁
抄録水銀中毒の歴史(抄)三浦豊彦(1982年)第28巻第2号,
245-247頁
抄録京都における梅毒小史(抄)藤垣亀雄(1982年)第28巻第2号,
248-251頁
抄録中国伝統医学修得学生の漢語素養について(抄)小杉順一(1982年)第28巻第2号,
251-253頁
抄録北京・中医研究院所蔵の『西陲古方技書残巻●編』について(抄)森村謙一(1982年)第28巻第2号,
254頁
抄録漢代の粉末製造法「冶」法について(抄)赤堀昭(1982年)第28巻第2号,
255-257頁
抄録有持桂里の墓碑銘および過去帳とその漢方医学について(抄)原桃介(1982年)第28巻第2号,
257-259頁
抄録武相の種痘―平塚宿の場合(抄)深瀬泰旦(1982年)第28巻第2号,
259-261頁
抄録津藩の種痘(抄)茅原弘(1982年)第28巻第2号,
261-262頁
抄録新資料「伊藤圭介関係書翰集」について(抄)谷澤尚一(1982年)第28巻第2号,
263-265頁
抄録『慾斎覚書』について(抄)遠藤正治(1982年)第28巻第2号,
265-267頁
抄録吉益四峰(今井鉄太郎)の家系について(抄)森納(1982年)第28巻第2号,
268-269頁
抄録八十五年京都産婦人科医界のあゆみ(抄)三木通三、森武史、伴一郎(1982年)第28巻第2号,
269-271頁
抄録緒方正清と産婦人科学史(抄)石原力(1982年)第28巻第2号,
271-273頁
抄録明治時代の公立医学校廃止の顛末(その一)(抄)西川●八(1982年)第28巻第2号,
274-275頁
抄録いわゆる「ドイツ医学」について(抄)中川米造(1982年)第28巻第2号,
276-276頁
抄録成医会講習所設立の頃(抄)大滝紀雄(1982年)第28巻第2号,
277-278頁
抄録エルウィン・ベルツと温泉医学(抄)安井広(1982年)第28巻第2号,
278-280頁
抄録金沢におけるホルトルマンの外科診療(抄)寺畑喜朔(1982年)第28巻第2号,
280-282頁
抄録陸海軍に於ける初期の脚気病対策(抄)佐久間温巳(1982年)第28巻第2号,
282-283頁
抄録土肥慶蔵と呉秀三(抄)長門谷洋治(1982年)第28巻第2号,
283-285頁
抄録呉秀三先生ヨーロッパ留学中の署名録―オーストリー・ドイツ精神神経学の巨匠たちの筆蹟―(抄)岡田靖雄(1982年)第28巻第2号,
286-287頁
抄録京都における歯科医学の先覚者たち(抄)浦田耕作(1982年)第28巻第2号,
288-290頁
抄録欽明朝に来日したイラン系の医師王有●陀について(抄)伊藤義教、松木明知(1982年)第28巻第2号,
290-291頁
抄録中川五郎治の種痘法の研究―新しく発見された五郎治による被接種者―(抄)松木明知(1982年)第28巻第2号,
291-292頁
抄録世界最初の麻酔関連死を巡って―トーマス・ハーバートの症例―(抄)松木明知(1982年)第28巻第2号,
292頁
記事第84回日本医史学会総会予告(1982年)第28巻第2号,
293頁
記事佐藤尚中先生百年祭開催(1982年)第28巻第2号,
293頁
原著有田樹林の論文「日本種痘ノ始祖」の紹介と痘苗活着年の検討添川正夫(1982年)第28巻第1号,
01-14頁
原著森立之「八素説」をめぐって-『素問』の巻数についての疑問-丸山敏秋(1982年)第28巻第1号,
15-33頁
研究ノート三宅秀日記(一八八八~一九三八)小関恒雄(1982年)第28巻第1号,
34-47頁
研究ノート来日イギリス人医師の研究松木明知(1982年)第28巻第1号,
48-55頁
資料天璋院様御麻疹諸留帳について戸塚武比古(1982年)第28巻第1号,
56-71頁
資料医学教育の中の医史学―全国アンケート調査の結果から―松木明知(1982年)第28巻第1号,
72-75頁
記事例会記事(1982年)第28巻第1号,
75-76頁
記事日本医史学会関西支部秋季大会(1982年)第28巻第1号,
76頁
原著"The History of Acupuncture in the West: Exoticism, Esoterism and Opposition to Cartesian Rationalism, Complementarity to the Occidental Medical System"J. Bossy(1982年)第28巻第1号,
120-81頁
原著Prescriptions Written at the Time of the Han DynastyAkira AKAHORI(1982年)第28巻第1号,
121-142頁
原著古京出土遺物の歴史学的研究―その一―木簡について―樋口誠太郎(1981年)第27巻第4号,
293-303頁
原著大槻玄沢と厚生新編山形敞一(1981年)第27巻第4号,
304-315頁
原著呉秀三・富士川游両先生がはじめてであった頃―わが国医史学の濫觴をさぐる―岡田靖雄(1981年)第27巻第4号,
316-323頁
原著日本眼科学の先覚・井上達也 (一八四八~一八九五) 伝補遺福島義一(1981年)第27巻第4号,
324-334頁
原著本邦における草創期の胆のう外科松木明知(1981年)第27巻第4号,
335-343頁
概説日本解剖学史酒井シヅ(1981年)第27巻第4号,
344-358頁
資料帝国大学医科大学別課医学科第十九回、二十回卒業生名簿小関恒雄(1981年)第27巻第4号,
359-361頁
文献目録医史学関係文献目録(1980年)(1981年)第27巻第4号,
362-382頁
記事日本医史学会例会記事(1981年)第27巻第4号,
383頁
記事第八十三回日本医史学会総会お知らせ(1981年)第27巻第4号,
383頁
雑報京都医学史研究会報告杉立義一(1981年)第27巻第4号,
384頁
雑報小森玄良生誕二百年記念顕彰事業報告(1981年)第27巻第4号,
384-387頁
原著Man as Machine and Man as Microcosm: A Comparison of Western and Traditional Japanese Approaches to Patient CareMargaret M. Lock(1981年)第27巻第4号,
392-422頁
抄録アイヌ頭蓋骨の人類学的研究の史的考察―慶応年間に起った英国領事館員によるアイヌ墳墓発掘事件を主題として―(抄)渡辺佐武郎(1981年)第27巻第3号,
203-205頁
抄録益満休之助と関寛斎(抄)高山坦三(1981年)第27巻第3号,
206-207頁
抄録薬師如来瑞応伝にみる治病信仰(抄)関根正雄(1981年)第27巻第3号,
208-210頁
抄録病草子と平安時代の諸文献に見える主な疾患(抄)MACE美枝子(1981年)第27巻第3号,
210-212頁
抄録医心方の伝写について(抄)杉立義一(1981年)第27巻第3号,
213-215頁
抄録香月牛山編「老人養草」について(抄)山根信子(1981年)第27巻第3号,
215-216頁
抄録天保期における藤堂藩と本草学(抄)茅原弘(1981年)第27巻第3号,
216-217頁
抄録『紅夷外科宗伝』と他種の紅毛外科書との比較(抄)酒井シヅ(1981年)第27巻第3号,
218頁
抄録江戸時代の人体模型(抄)八十島信之助(1981年)第27巻第3号,
219-220頁
抄録いわゆる「ターヘル・アナトミア」と解体新書の比較(その二)(抄)酒井恒(1981年)第27巻第3号,
220-222頁
抄録大槻玄沢と厚生新編(抄)山形敞一(1981年)第27巻第3号,
223-224頁
抄録松岡恕庵の再評価(抄)宗田一(1981年)第27巻第3号,
224-225頁
抄録伊東玄朴門人「徳岡左門」について(抄)末中哲夫(1981年)第27巻第3号,
226-227頁
抄録中川五郎治の種痘に関する小資料―新潟県で発見された北方系種痘資料紹介―(抄)蒲原宏、藤井正宣(1981年)第27巻第3号,
228-229頁
抄録甲斐における痘科及び牛痘種法の伝搬について(抄)神田昌道(1981年)第27巻第3号,
230-231頁
抄録江戸時代の麻疹流行(抄)松田武(1981年)第27巻第3号,
231-234頁
抄録安政年度のコレラ流行の北限について(抄)松木明知(1981年)第27巻第3号,
235頁
抄録蝦夷地の壊血病と小林東鴻(抄)谷沢尚一(1981年)第27巻第3号,
235-236頁
抄録近世農村の医療事情―守山領の場合(抄)昼田源四郎(1981年)第27巻第3号,
237-239頁
抄録徳島時代の関寛斎(抄)福島義一(1981年)第27巻第3号,
239頁
抄録戊辰戦争中の軍事病院(Ⅰ)奥羽出張病院について(抄)佐久間温巳(1981年)第27巻第3号,
240-242頁
抄録『鼈氏内科学』神経系諸病について(抄)安井広(1981年)第27巻第3号,
242-243頁
抄録東京大学医学部所蔵第一号頭骨標本の由来について(抄)小川鼎三、神谷敏郎(1981年)第27巻第3号,
244-245頁
抄録新島襄をめぐる医師・看護婦たち(抄)長門谷洋治(1981年)第27巻第3号,
246-247頁
抄録●外の友人・賀古鶴所について(抄)澤井清(1981年)第27巻第3号,
248-249頁
抄録本邦における皮下注射の濫觴と札幌梅毒院(抄)宮下舜一(1981年)第27巻第3号,
250-251頁
抄録北海道における明治期の帝王切開術について(抄)松木明知(1981年)第27巻第3号,
252頁
(誌上発表)抄録屯田兵村におけるわが国初期の農村保健の統計について(抄)清水勝嘉(1981年)第27巻第3号,
252-254頁
抄録比較語学的方法による身体意識史検討の試み(六)-性(抄)三輪卓爾(1981年)第27巻第3号,
254-255頁
抄録工場法の審議過程における条文修正の状況(抄)乾修然(1981年)第27巻第3号,
255-256頁
(誌上発表)抄録極東国際軍事裁判記録のなかにある「厚生省」の記事について(抄)清水勝嘉(1981年)第27巻第3号,
256-257頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第三報 入院、死亡および帰宅の場合)(抄)清水勝嘉(1981年)第27巻第3号,
258-259頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第四報 一ヵ年間の薬価支払先について)(抄)清水勝嘉(1981年)第27巻第3号,
260-262頁
(誌上発表)抄録大正十五年の諏訪地方における製糸工場病室の看護婦名簿について(抄)清水勝嘉(1981年)第27巻第3号,
262-264頁
抄録"ドイツ医学採用前後の別な事情(二)―主にPublic Record Office, Londonの資料よりの引例―(抄)"原口忠男(1981年)第27巻第3号,
264-266頁
抄録明治中期における外科学講義の一例(抄)奥富敬之(1981年)第27巻第3号,
267頁
抄録明治時代におけるわが国の造鼻術(抄)星栄一(1981年)第27巻第3号,
268-270頁
抄録戦時下に於て活用す可き歯科界の人的資源(昭十八)について(抄)本間邦則(1981年)第27巻第3号,
271-272頁
抄録中世ヨーロッパの医戒・養生訓―中世医学のメッカ・サレルノの養生訓から―(抄)大槻真一郎(1981年)第27巻第3号,
272-274頁
抄録同時代人としてのアンブロアズ・パレとフランソア・ラブレー(抄)大村敏郎(1981年)第27巻第3号,
275-277頁
抄録George B. Newtonと種痘事業(抄)深瀬泰旦(1981年)第27巻第3号,
277-279頁
抄録世界最初のクロロフォルム麻酔死―ハンナ・グリーナー事件―(抄)松木明知(1981年)第27巻第3号,
279-280頁
抄録ビルロートの胃切除術成功百年(抄)古川明(1981年)第27巻第3号,
280-282頁
抄録風の医学(中国古代の場合)(抄)家本誠一(1981年)第27巻第3号,
283-285頁
抄録丁若●の医学思想について(抄)梁哲周(1981年)第27巻第3号,
285-286頁
抄録中国における太医署の職務の史的変遷について―唐代を中心として―(抄)山本徳子(1981年)第27巻第3号,
286-288頁
抄録中国伝統医学における薬物及び方剤の効能分類の変遷(抄)梁哲宗(1981年)第27巻第3号,
288-289頁
原著戦前の精神科病院における脚気の発生状況―巣鴨病院―松沢病院の統計を中心に―岡田靖雄(1981年)第27巻第2号,
95-111頁
原著御雇教師 エルンスト・チーゲル(一)小関恒雄(1981年)第27巻第2号,
112-122頁
原著烏山松円の研究―「からすやま」か「うやま」か―松木明知(1981年)第27巻第2号,
123-130頁
原著18世紀日本の医学における科学革命―蘭方の発展のための思想的な前提―(二)ウィリアム・D・ジョンストン(1981年)第27巻第2号,
131-156頁
原著馬王堆出土の帛書『足臂十一脉灸経』説書礼記(二)趙有臣(1981年)第27巻第2号,
157-162頁
記事第六回医史学国際シンポジウム開催について(1981年)第27巻第2号,
163頁
記事日本医史学会例会記事(1981年)第27巻第2号,
163頁
原著"“Psychiatry"" of Paracelsus"Hiroshi OHASHI(1981年)第27巻第2号,
168-187頁
原著Concepts of Psychiatric Interest in Chinese Traditional MedicineHans Agren(1981年)第27巻第2号,
188-204頁
原著馬王堆出土の帛書『足臂十一脉灸経』札記(一)趙有臣(1981年)第27巻第1号,
01-05頁
原著十八世紀日本の医学における科学革命―蘭方の発展のための思想的な前提ウィリアム・D・ジョンストン(1981年)第27巻第1号,
06-20頁
原著手塚良仙光亨知見補遺深瀬泰旦(1981年)第27巻第1号,
21-34頁
原著森井恕仙とその医学山形敞一(1981年)第27巻第1号,
35-46頁
原著日本における草創期の産科麻酔―産科麻酔の推奨者としてのエルウィン・フォン・ベルツ―松木明知(1981年)第27巻第1号,
47-55頁
原著弘前藩斜里越冬兵と壊血病松木明知(1981年)第27巻第1号,
56-63頁
資料杉田(玄白)氏の家紋緒方富雄(1981年)第27巻第1号,
64-65頁
記事例会記事(1981年)第27巻第1号,
66頁
記事日本医史学会関西支部秋季大会(1981年)第27巻第1号,
66頁
雑報京都医学史研究会設立杉立義一(1981年)第27巻第1号,
67-68頁
記事日本学術会議第八〇回総会報告(1981年)第27巻第1号,
68-69頁
雑報温知社結成一〇一年記念行事開催蔵方宏昌(1981年)第27巻第1号,
69頁
原著Theory and Practice in British Psychiatry from J.C. Prichard (1785-1848) to Henry Maudsley (1835-1918)W.F.Bynum(1981年)第27巻第1号,
73-94頁
原著長谷寺験記にみる治病の利生関根正雄(1980年)第26巻第4号,
379-395頁
原著黄帝と医学―『黄帝内経』の成立事情をめぐって―丸山敏秋(1980年)第26巻第4号,
396-412頁
原著藤田利勝の「養生抄言」について松木明知(1980年)第26巻第4号,
413-419頁
原著お玉ヶ池種痘所開設をめぐって その二―川路聖謨と斎藤源蔵深瀬泰旦(1980年)第26巻第4号,
420-431頁
原著御雇教師ウイルヘルム・デーニッツ(二)小関恒雄(1980年)第26巻第4号,
432-443頁
資料島津斉興関係二文書戸塚武比古(1980年)第26巻第4号,
444-449頁
資料E.V.ベルツの来日最初の学術論文松木明知(1980年)第26巻第4号,
450-454頁
文献目録医史学関係文献目録(1979年)(1980年)第26巻第4号,
455-477頁
雑報日本医史学会関西支部春季大会(1980年)第26巻第4号,
478頁
記事日本医史学会例会記事(1980年)第26巻第4号,
478頁
雑報東京慈恵会医科大学発祥の地に記念碑建立大滝紀雄(1980年)第26巻第4号,
479-480頁
記事湯本求眞先生顕彰碑建立趣意書(1980年)第26巻第4号,
480頁
追悼石原明先生を悼む大滝紀雄(1980年)第26巻第4号,
481-482頁
原著Evolution of the Ideas about the Nature of the Psychotherapeutic Process in the Western WorldH.F.ELLENBERGER(1980年)第26巻第4号,
487-514頁
抄録医学・歯学・薬学のシンボル「蛇杖」(抄)古川明(1980年)第26巻第3号,
257-259頁
抄録中国口腔医学発展簡史(抄)周大成(1980年)第26巻第3号,
260-262頁
抄録アユルヴェーダの薬物(抄)伊藤和洋(1980年)第26巻第3号,
263-264頁
抄録日本歯科医学発展の回顧(抄)鈴木勝(1980年)第26巻第3号,
265-268頁
抄録いわゆる「ターヘル・アナトミア」と解体新書の比較(その一)(抄)酒井恒(1980年)第26巻第3号,
269-271頁
抄録木製ハンドルの抜歯用エレベータが使用された時期(抄)下総高次(1980年)第26巻第3号,
271-273頁
抄録岡山藩医学館教師ロイトルについて(抄)石田純郎(1980年)第26巻第3号,
274-276頁
抄録わが国における草創期の胆のう外科について(抄)松木明知(1980年)第26巻第3号,
277頁
抄録本邦における明治期の帝王切開について(抄)松木明知(1980年)第26巻第3号,
277-278頁
抄録渋江抽斎編『直舎伝記抄』について ―とくに桐山正哲に関して―(抄)松木明知(1980年)第26巻第3号,
279-280頁
抄録森井恕仙とその医学(抄)山形敞一(1980年)第26巻第3号,
280-281頁
抄録来日宣教医 Wallace Taylor(1835~1923)について(抄)長門谷洋治(1980年)第26巻第3号,
281-283頁
抄録中国伝統医学(古代)と道教(抄)吉元昭治(1980年)第26巻第3号,
283-284頁
抄録第四回内国勧業博覧会の歯科出品物 第一報 歯科器材について(抄)大橋正敬、仁平真佐秀(1980年)第26巻第3号,
285-286頁
抄録何故W・ウィリス医師は江戸で高い俸給をのぞんだか?(抄)原口忠男(1980年)第26巻第3号,
286-288頁
抄録『鼈氏内科学』について(抄)安井広(1980年)第26巻第3号,
289-290頁
抄録昔のX線界の周辺(抄)沼田久次(1980年)第26巻第3号,
290-292頁
抄録痘瘡および麻疹史資料への疑義(抄)三井駿一(1980年)第26巻第3号,
293-295頁
抄録明治当初の死亡届(抄)内田醇、田代逸郎(1980年)第26巻第3号,
295-296頁
抄録仏典にみえる健康観と特異な症候群(抄)杉本茂春(1980年)第26巻第3号,
296-298頁
抄録金沢における明治初期の体温表(抄)寺畑喜朔(1980年)第26巻第3号,
299-300頁
抄録アテナイの疫病(抄)羽田囘(1980年)第26巻第3号,
301-303頁
抄録江戸今世医家人名録初編の異本について(抄)中野操(1980年)第26巻第3号,
303-305頁
抄録「清水氏講議録」―東京大学初代産科婦人科教授清水郁太郎の講義録―(抄)松永勝(1980年)第26巻第3号,
305-307頁
抄録大庭政世の事績(Ⅱ)―島根県における医療組合事業の展開と産青連の運動―(抄)中尾鑛(1980年)第26巻第3号,
308-310頁
抄録日本史における価値観の変化に伴った各種学校、課程制大学、学科制大学、講座制大学の動き(医療関係を中心として)(抄)柴田幸雄(1980年)第26巻第3号,
310-312頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第一報 明治二〇―三〇年代)(抄)清水勝嘉(1980年)第26巻第3号,
313-314頁
抄録岡谷蚕糸博物館所蔵資料にみる製糸工女の医療費負担について(第二報 明治四〇年代)(抄)清水勝嘉(1980年)第26巻第3号,
314-315頁
抄録古代インドの公衆衛生(抄)杉田暉道(1980年)第26巻第3号,
316-318頁
抄録産業医としての先覚者 佐藤英太郎(抄)三浦豊彦(1980年)第26巻第3号,
318-320頁
抄録房楊枝について(抄)中原泉、本間邦則(1980年)第26巻第3号,
321頁
抄録明治期の英文「成医会月報」に投稿している外国人医師たち(抄)蒲原宏(1980年)第26巻第3号,
322-323頁
抄録平治郎解剖について その場所と住民感情(抄)杉立義一(1980年)第26巻第3号,
324-326頁
抄録隋唐時代の歴史書にみられる疾病(抄)山本徳子(1980年)第26巻第3号,
326-328頁
抄録中国伝統医学における季節の問題(抄)丸山敏秋(1980年)第26巻第3号,
329-330頁
抄録曲亭馬琴の義歯について 第三報 予後(抄)本山佐太郎(1980年)第26巻第3号,
330-332頁
抄録ガブリエル・プラバーズとその皮下注射器について(抄)大村敏郎(1980年)第26巻第3号,
332-334頁
抄録「松阪の入目・入歯師」と「明治期医学生の写本について」(抄)拓植三郎(1980年)第26巻第3号,
335頁
抄録横浜外人墓地に眠る医人・薬人(抄)大滝紀雄(1980年)第26巻第3号,
336-338頁
抄録明治初期に於ける入歯細工師の引札(抄)竹内孝一(1980年)第26巻第3号,
338-340頁
抄録肢体不自由児リハビリテーションの先駆者としての高木憲次博士(抄)福嶋正和(1980年)第26巻第3号,
340-342頁
抄録戦前の精神科病院における脚気の発生状況―巣鴨病院―松沢病院の統計を中心に―(抄)岡田靖雄(1980年)第26巻第3号,
343-344頁
抄録比較語学的方法による身体意識史検討の試み(五)成長・増殖(抄)三輪卓爾(1980年)第26巻第3号,
345-347頁
抄録ツユンベリーの来日とその意義(抄)高橋文、川瀬清(1980年)第26巻第3号,
347-349頁
抄録明治時代発刊の医学書に見られる歯科にかかわる医学用語について(抄)岡田治夫(1980年)第26巻第3号,
349-351頁
抄録仙台領の隠れた本草書『賢親本草』(抄)ヒキノヒロシ(1980年)第26巻第3号,
352-353頁
抄録カスパルの江戸での伝習動向について―『阿蘭陀外科医方秘伝』の紹介―(抄)宗田一(1980年)第26巻第3号,
353-354頁
抄録Bonwill 咬合器の史的考察(抄)永田和弘(1980年)第26巻第3号,
355-356頁
抄録緒方洪庵の薬箱について(抄)青木允夫(1980年)第26巻第3号,
356-358頁
抄録山田顕義と公衆衛生(抄)西川●八(1980年)第26巻第3号,
358-360頁
抄録歩兵屯所医師取締手塚良仙知見補遺(抄)深瀬泰旦(1980年)第26巻第3号,
360-362頁
抄録『臨牀歯科』の歴史について(抄)長谷川俊夫(1980年)第26巻第3号,
362-364頁
抄録歯固の変遷について(第一報)(抄)長谷川正康(1980年)第26巻第3号,
364-365頁
抄録伊沢信平閲『小児歯牙衛生論』について(抄)本間邦則、佐藤泰彦(1980年)第26巻第3号,
365-366頁
抄録本邦における医学放射線技術文化の開発者(抄)今市正義(1980年)第26巻第3号,
366-367頁
抄録現代史における日記の文献的利用性の事例研究(第一報-木戸幸一日記と厚生省の創設)(抄)沢井清、清水勝嘉(1980年)第26巻第3号,
368頁
抄録本床義歯の製作法について(抄)新藤恵久(1980年)第26巻第3号,
369頁
抄録佐藤運雄著『歯科診断学』の推移について(抄)新国俊彦、工藤逸郎(1980年)第26巻第3号,
369-371頁
抄録中国で口歯の医療に用いられた塩について(抄)戸出一郎(1980年)第26巻第3号,
372-373頁
抄録一九世紀前・中葉におけるリゾドントリピーの書誌学的研究(抄)森山徳長(1980年)第26巻第3号,
374頁
原著古代における民間医の変遷久米幸夫(1980年)第26巻第2号,
113-142頁
原著『四民月令』の薬品赤堀昭(1980年)第26巻第2号,
143-153頁
原著小関三英と内科学山形敞一(1980年)第26巻第2号,
154-169頁
原著作品をとおしてみる松沢病院一〇〇年史岡田靖雄(1980年)第26巻第2号,
170-188頁
原著Jennerのわが子豚痘接種実験物語りの史実について加藤四郎(1980年)第26巻第2号,
189-203頁
原著『千金方』と其の作者孫思●に関する史的考察趙有臣(1980年)第26巻第2号,
204-211頁
原著阿波漢方受難史―井上肇堂とその時代―福島義一(1980年)第26巻第2号,
212-230頁
原著弘前藩医桐山正哲と天明元年の第一回●寿館薬品会松木明知(1980年)第26巻第2号,
231-237頁
記事日本医史学会例会記事(1980年)第26巻第2号,
238頁
原著Scientization of MedicineShigeru NAKAYAMA(1980年)第26巻第2号,
243-256頁
原著我が国におけるJennerのわが子牛痘接種物語りの由来について加藤四郎(1980年)第26巻第1号,
01-10頁
原著古代国家の医師の診療形態について―往診と宅診―新村拓(1980年)第26巻第1号,
11-16頁
原著ドイツ医学採用前の別な事情(一)―主に太政官公文書よりの引例―原口忠男(1980年)第26巻第1号,
17-32頁
原著青森県における最初の帝王切開術について―田沢多吉のことなど―松木明知(1980年)第26巻第1号,
33-43頁
原著第八師団歩兵五連隊の雪中行軍の医学的考察(二)松木明知(1980年)第26巻第1号,
44-54頁
資料戸塚家の文書から 其二戸塚武比古(1980年)第26巻第1号,
55-60頁
文献目録医史学関係文献目録(1978年)(1980年)第26巻第1号,
61-81頁
雑報日本医史学会広島支部会について藤田尚男(1980年)第26巻第1号,
82頁
記事日本医史学会例会記事(1980年)第26巻第1号,
82頁
雑報横浜山手のヘボン碑大滝紀雄(1980年)第26巻第1号,
83頁
雑報 追悼「呉秀三先生胸像除幕式」挙行蔵方宏昌(1980年)第26巻第1号,
84-85頁
雑報大垣先賢展-江馬蘭斎と細香-および記念講演会開催(1980年)第26巻第1号,
85-87頁
雑報奨進医会創立一〇〇周年「富士川游著作集」発刊記念文化講演会開催(1980年)第26巻第1号,
87-88頁
紹介"論文抄録 Rabaut-Pommier, a Neglected Precursor of Jenner, by Jean Theodorides: Medical History 23:479, 1979 "松木明知(1980年)第26巻第1号,
88頁
原著Competition among Healing Paradigms:an Aspect of the Professionalization of Medicine in AmericaDavid.V.MCQUEEN(1980年)第26巻第1号,
92-112頁
原著富士川游伝の資料二、三富士川英郎(1979年)第25巻第4号,
393-406頁
原著薬王寺及び西悲田院の所在位置について久米幸夫(1979年)第25巻第4号,
407-412頁
原著経験の医学=本居宣長の医史学的考察=(その二)高橋正夫(1979年)第25巻第4号,
413-445頁
原著『続添鴻宝秘要抄』について、付「傷寒」史考三木栄(1979年)第25巻第4号,
446-469頁
原著第八師団歩兵五連隊の雪中行軍遭難の医学的考察(一)松木明知(1979年)第25巻第4号,
470-483頁
原著日本の帝王切開術の歴史-補遺-松木明知(1979年)第25巻第4号,
484-489頁
原著明治前半期における人相書について小関恒雄(1979年)第25巻第4号,
490-501頁
資料今世医家人名録 北部 文政三年版大滝紀雄(1979年)第25巻第4号,
502-511頁
資料戸塚家の文書から戸塚武比古(1979年)第25巻第4号,
511-514頁
記事訃報 和田正系名誉会員逝去(1979年)第25巻第4号,
515頁
記事日本医史学会例会記事(1979年)第25巻第4号,
515頁
雑報日本医史学会編『図録日本医事文化史料集成』に毎日出版文化賞特別賞受賞(1979年)第25巻第4号,
516頁
雑報川喜田愛郎氏 著書『近代医学の史的基盤』で学士院賞受賞(1979年)第25巻第4号,
516頁
原著"The Professonalisation of Medicine in England and Europe:the state,the market and industrial society"J.V.Pickstone(1979年)第25巻第4号,
520-550頁
原著脳と心―中国医学思想における精神の座―加納喜光(1979年)第25巻第3号,
229-243頁
原著経験の医学=本居宣長の医史学的考察(その一)―高橋正夫(1979年)第25巻第3号,
244-259頁
原著小関三英覚書山形敞一(1979年)第25巻第3号,
260-276頁
原著『陰陽十一脈灸経』と『素問』―『素問』の成立についての一考察赤堀昭(1979年)第25巻第3号,
277-289頁
原著歩兵屯所医師取締・手塚良斎と手塚良仙深瀬泰旦(1979年)第25巻第3号,
290-306頁
原著桐山正怡と「学本草随筆」松木明知(1979年)第25巻第3号,
307-314頁
原著C.G.マンスフェルト伝補遺大鳥蘭三郎(1979年)第25巻第3号,
315-317頁
資料今世医家人名録 南部 文政三年版大滝紀雄(1979年)第25巻第3号,
318-327頁
資料宇田川玄随を繞る書簡四通戸塚武比古(1979年)第25巻第3号,
327-328頁
記事日本医史学会例会記事(1979年)第25巻第3号,
329頁
記事関西支部例会(1979年)第25巻第3号,
329頁
雑報北陸医史学会同好会発足(1979年)第25巻第3号,
330-331頁
雑報静岡県医史学懇話会結成土屋伊磋雄(1979年)第25巻第3号,
331頁
紹介ジョセフ・S・フルートン著・水上茂樹訳『生化学史』 矢部一郎(1979年)第25巻第3号,
332-333頁
紹介中野操著『大坂蘭学史話』 (1979年)第25巻第3号,
334頁
原著The Emergence and Development of the Barefoot Doctor in ChinaF.P.LISOWSKI(1979年)第25巻第3号,
339-392頁
抄録脳卒中の病理学説の史的変遷堀江健也(1979年)第25巻第2号,
121-138頁
抄録職業病としての煙毒・塵肺の歴史三浦豊彦(1979年)第25巻第2号,
139-150頁
抄録医史学と私(抄)大鳥蘭三郎(1979年)第25巻第2号,
151-156頁
抄録アンブロアズ・パレの「私が処置をし、神がこれを癒し給う」という言葉について(抄)大村敏郎(1979年)第25巻第2号,
157-158頁
抄録来日宣教医アダムス(Arthur H.Adams 1847-79)研究序説(抄)長門谷洋治(1979年)第25巻第2号,
159-161頁
抄録E・ベルツの脚気伝染病論をめぐって(抄)安井広(1979年)第25巻第2号,
161-163頁
抄録ウィリアム・ウィリスのこと(補遺)(抄)田代逸郎(1979年)第25巻第2号,
163-164頁
抄録ジェンナーの我が子実験の史実に関する研究(抄)加藤四郎、石井道子(1979年)第25巻第2号,
164-165頁
抄録John Goodsir 1814~67について(抄)栗本宗治(1979年)第25巻第2号,
166-167頁
抄録中期大乗『金光明最勝王経』にみる疾病観(抄)関根正雄(1979年)第25巻第2号,
167-169頁
抄録古京出土遺物の医史学的研究(抄)樋口誠太郎(1979年)第25巻第2号,
170-172頁
抄録唐代における医者の社会的地位についての実態(抄)山本徳子(1979年)第25巻第2号,
173-174頁
抄録桐山正怡の「学本草随筆」について(抄)松木明知(1979年)第25巻第2号,
174-175頁
抄録加賀藩御医者溜の「拝診日記」について(抄)津田進三(1979年)第25巻第2号,
175-177頁
抄録福知山藩医有馬文仲とその周辺(抄)福嶋正和(1979年)第25巻第2号,
178-180頁
抄録蘭方医・木下凞について(抄)杉立義一(1979年)第25巻第2号,
181-182頁
抄録宮崎県に於ける先哲追薦会に就いて(抄)内田醇(1979年)第25巻第2号,
182-183頁
抄録富士川游と性科学(抄)江川義雄(1979年)第25巻第2号,
183-185頁
抄録歯みがきのラベル考(抄)鈴木勝、谷津三雄(1979年)第25巻第2号,
185-186頁
抄録「はしか」の語原について(抄)三井駿一(1979年)第25巻第2号,
187-189頁
抄録「人間ドック」前史考(抄)三輪卓爾(1979年)第25巻第2号,
189-191頁
抄録作品でみる松沢病院一〇〇年史(抄)岡田靖雄(1979年)第25巻第2号,
192-193頁
抄録佐賀藩の「医業免札姓名録」について(抄)酒井シヅ(1979年)第25巻第2号,
194-195頁
抄録雲州大塚村「大森奇正軒塾」(抄)末中哲夫(1979年)第25巻第2号,
195-197頁
抄録歩兵屯所医師取締・手塚良斎と手塚良仙(抄)深瀬泰旦(1979年)第25巻第2号,
198-199頁
抄録尾鷲にある解剖図について(抄)茅原弘(1979年)第25巻第2号,
200頁
抄録吉井震太郎・虎之助父子について(抄)玉手英典(1979年)第25巻第2号,
201頁
抄録小関三英と内科書(抄)山形敞一(1979年)第25巻第2号,
202-203頁
抄録松本寛吾(海上隨●門人)について(抄)中野操(1979年)第25巻第2号,
203頁
抄録日本の糖尿病史(抄)大滝紀雄(1979年)第25巻第2号,
204-205頁
抄録同愛記念病院の由来と歴史について(抄)原桃介(1979年)第25巻第2号,
206-208頁
抄録わが国注射療法史の一考察(抄)宗田一(1979年)第25巻第2号,
208-210頁
抄録奥田万里とその木骨について(抄)蒲原宏(1979年)第25巻第2号,
211-213頁
抄録大正期学校衛生史の研究(3)大西永次郎(抄)杉浦守邦(1979年)第25巻第2号,
213-215頁
抄録明治十年前後の医事衛生(抄)鈴木勝、谷津三雄(1979年)第25巻第2号,
216-217頁
抄録徳島医学放射線技術史上の牧野利三郎(抄)今市正義(1979年)第25巻第2号,
218頁
抄録「水嶋流懐婦産記」について(抄)蔵方宏昌(1979年)第25巻第2号,
218-220頁
抄録野口英世博士の肝及び腎の病理組織学的所見(抄)(故)森下薫、加藤四郎、岡野錦弥、E.C.Christian、A.J.Duggan(1979年)第25巻第2号,
221頁
抄録日本に於ける近代麻酔科学の先駆者永江大助について(抄)松木明知(1979年)第25巻第2号,
222頁
抄録麻酔科学史的に見た悪性高熱症(抄)松木明知(1979年)第25巻第2号,
223-224頁
抄録歩兵五連隊雪中行軍山口少佐の死因について(抄)松木明知(1979年)第25巻第2号,
224頁
原著日本の帝王切開術の歴史―伊古田純道の事蹟に関する最初の知見松木明知(1979年)第25巻第1号,
01-13頁
原著中国における解剖とカーニバリズム―中国医学ルーツの一つとして―吉元昭治(1979年)第25巻第1号,
14-31頁
原著悲田院の沿革と終焉―その二~三の疑問―久米幸夫(1979年)第25巻第1号,
32-52頁
資料今世医家人名録 西部 文政三年版大滝紀雄(1979年)第25巻第1号,
53-61頁
資料静海上府懐日記(二)戸塚武比古(1979年)第25巻第1号,
62-71頁
記事日本医史学会例会記事(1979年)第25巻第1号,
71頁
雑報広島大学医学部医学資料館の開館について藤田尚男(1979年)第25巻第1号,
72-75頁
記事和田啓十郎顕彰碑建立蔵方宏昌(1979年)第25巻第1号,
74-75頁
文献目録医史学関係文献目録(1977年)(1979年)第25巻第1号,
76-95頁
原著FROM TRADITION TO PROFESSION―Intellectual and social impulses behind the professionalization of classical medicine in IndiaFrancis ZIMMERMANN(1979年)第25巻第1号,
99-118頁
原著庶民と国医師久米幸夫(1978年)第24巻第4号,
289-299頁
原著William Cadogan の『育児論』深瀬泰旦(1978年)第24巻第4号,
300-311頁
原著本邦における明治前半の帝王切開術-とくに全身麻酔下の帝王切開術について-松木明知(1978年)第24巻第4号,
312-323頁
原著高山文庫-高山尚平旧蔵書について石黒達也 西村敏雄(1978年)第24巻第4号,
324-336頁
原著ニコラ-ス.トゥルプ(Ⅱ)古川明(1978年)第24巻第4号,
337-346頁
原著「瘍医新書」の研究(5)大鳥蘭三郎(1978年)第24巻第4号,
347-351頁
原著記紀神話と医療(下)新村拓(1978年)第24巻第4号,
352-361頁
資料一今世 医家人名録 東大滝紀雄(1978年)第24巻第4号,
362-371頁
資料二静海上府懷日記(一)戸塚武比古(1978年)第24巻第4号,
372-375頁
例会記事アスクレピオスの杖と蛇古川明(1978年)第24巻第4号,
376頁
例会記事ヒポクラテスを追って(旅行報告 資料供覧)緒方富雄(1978年)第24巻第4号,
376頁
例会記事William Harvey the man and his works Dr.Gweneth Whitteridge MA,D.Phil.,FSA,Hon.FRCP.(1978年)第24巻第4号,
376頁
例会記事宇田川玄隨を繞る書簡四通戸塚武比古(1978年)第24巻第4号,
376頁
例会記事中国古代の養生思想大塚恭男(1978年)第24巻第4号,
376頁
雑報 書評角田房子著『碧素・日本ペニシリン物語』深瀬泰旦(1978年)第24巻第4号,
377頁
雑報 訃報小川鼎三(1978年)第24巻第4号,
378頁
雑報 追悼内山孝一先生を偲んで(1978年)第24巻第4号,
379頁
原著The Physician in Imperial China,Medical Ethics and Malpractice SegisrationPaui V.Unschuld(1978年)第24巻第4号,
383-407頁
原著「医の本質」と「医の倫理」史的考察三木栄(1978年)第24巻第3号,
209-213頁
原著佐々木中沢と刺絡山形敞一(1978年)第24巻第3号,
214-223頁
原著ニコラ―ス・トウルプ(Ⅰ)古川明(1978年)第24巻第3号,
224-235頁
原著記紀神話と医療(上)新村拓(1978年)第24巻第3号,
236-245頁
原著本土に最初に麻酔を伝えた島津藩医伊佐敷道興について松木明知(1978年)第24巻第3号,
246-251頁
原著「瘍医新書」の研究(4)大鳥蘭三郎(1978年)第24巻第3号,
252-257頁
原著宇田川榕菴の著書に見られるガス代謝の記載(Ⅱ)矢部一郎(1978年)第24巻第3号,
258-272頁
史料虞列伊氏解剖訓蒙図の洋印大滝紀雄(1978年)第24巻第3号,
273-274頁
例会記事桑田立齋の蝦夷人種痘事業小波宏全(1978年)第24巻第3号,
275頁
例会記事オランダ国歌(補遺)升本清(1978年)第24巻第3号,
275頁
例会記事河本文庫―旧ヒルシュベルグ文庫―について酒井シヅ(1978年)第24巻第3号,
275-278頁
例会記事史学と医学の接点二例―典薬寮と伊賀氏事件―奥富敬之(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事浅田宗伯の書供覧大滝紀雄(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事永富独嘯庵について堀江健也(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事駿東病院のことなど芹沢武男(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事韓国金斗鐘博士の漢方解剖学の研究について矢数道明(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事華岡青州門人中村逸齋肖像画―高橋由一・明治15年作―紹介末中哲夫(1978年)第24巻第3号,
278頁
例会記事「靜海上府懐日記」について戸塚武比古(1978年)第24巻第3号,
278頁
雑報日本学術会議第75回総会報告(1978年)第24巻第3号,
279-280頁
雑報 書評米田正治著「続島根県医家列伝」中尾鑛(1978年)第24巻第3号,
281頁
雑報水原秋桜子の「産論」句碑建立杉立義一(1978年)第24巻第3号,
282頁
雑報沼野玄昌没後百年弔魂碑建立蔵方宏昌(1978年)第24巻第3号,
283頁
一般講演『外科起廃』と『外科起廃図譜』宗田一(1978年)第24巻第2号,
23-25頁
特別講演宮崎県の明治に於ける公立病院田代逸郎(1978年)第24巻第2号,
127-128頁
特別講演真木和泉と西郷南州-その医学との関係王丸勇(1978年)第24巻第2号,
129頁
会長講演宮崎県の医史学散歩内田醇(1978年)第24巻第2号,
130-131頁
一般講演来日宣教医John C・Berryの本国本部あて書簡長門谷洋治(1978年)第24巻第2号,
132-133頁
一般講演駐日イギリス公使館附医師シダ-ル(Joseph Bower Siddall1840-1925)について蒲原宏(1978年)第24巻第2号,
134-135頁
一般講演E・ベルツ『内科病論』について安井広(1978年)第24巻第2号,
136頁
一般講演埼玉医学校と大野秋香について西川 八(1978年)第24巻第2号,
137-138頁
一般講演日本の近代自然科学教育における生理学者橋田邦彦と生化学者荒木寅三郎柴田幸雄 野田啓子 津田弘子 宇賀田みや子(1978年)第24巻第2号,
138-140頁
一般講演高木喜寛伝古川明(1978年)第24巻第2号,
141-142頁
一般講演日本医学放射線技術史上における宮崎今市正義(1978年)第24巻第2号,
143-144頁
一般講演1945年(昭和20年)夏宮崎県延岡市における赤痢大流行について田中助一(1978年)第24巻第2号,
144-145頁
一般講演カドガンの『育児に関するエツセイ』について深瀬泰旦(1978年)第24巻第2号,
146-147頁
一般講演ニウマテイック・メデイシンについて栗本宗治(1978年)第24巻第2号,
148-149頁
一般講演『外科起廢』と『外科起廢図譜』宗田一(1978年)第24巻第2号,
149-151頁
一般講演岡山藩における農家子弟と医業石原力(1978年)第24巻第2号,
152-154頁
一般講演坑夫の互助組織としての友子同盟三浦豊彦(1978年)第24巻第2号,
154-156頁
一般講演眼科御目見医師大森寿安の御用留について玉手英典(1978年)第24巻第2号,
157-158頁
一般講演北賀川家文書について杉立義一(1978年)第24巻第2号,
159-160頁
一般講演佐々木中沢と刺絡山形敞一(1978年)第24巻第2号,
161-162頁
一般講演御薗意齋の系譜高島文一(1978年)第24巻第2号,
164-165頁
一般講演田村藍水伝記資料について-万年帳を中心として-大森実(1978年)第24巻第2号,
166-167頁
一般講演いわゆる「ターヘル・アナトミア」の脚注について(その三)酒井恒(1978年)第24巻第2号,
167-169頁
一般講演江戸期日本におけるミュンチングの書矢部一郎(1978年)第24巻第2号,
170-172頁
一般講演アンブロアズ・パレの外科が日本に渡って来た道-と国語学上の問題について-大村敏郎(1978年)第24巻第2号,
172-174頁
一般講演日本心身障害医学前史(一)古代篇篠田達明(1978年)第24巻第2号,
174-176頁
一般講演石田憲吾遺稿による「芸備医志」補遺江川義雄(1978年)第24巻第2号,
177-177頁
一般講演芭蕉の鹿島紀行自準亭について山中太木(1978年)第24巻第2号,
178-178頁
一般講演鹿児島市における医学関係の史跡について森重孝(1978年)第24巻第2号,
179-180頁
一般講演楊枝について本間邦則(1978年)第24巻第2号,
180-181頁
一般講演『達生図説』にみる産科看護山根信子(1978年)第24巻第2号,
181-181頁
一般講演医の本質と医の倫理三木栄(1978年)第24巻第2号,
182-183頁
一般講演雑阿含にみる小乗仏教の疾病観関根正雄(1978年)第24巻第2号,
183-185頁
一般講演素問の医師たち家本誠一(1978年)第24巻第2号,
186-188頁
一般講演唐代の資料に見られる医療技術者の社会的地位-制度的観点より-山本徳子(1978年)第24巻第2号,
188-190頁
一般講演天平九年の典薬寮の勘文について三井駿一(1978年)第24巻第2号,
191-193頁
一般講演生薬学者 内海蘭渓奥村武(1978年)第24巻第2号,
194-195頁
一般講演近世史料にみる「狂気」-守山領の場合-(その一)昼田源四郎(1978年)第24巻第2号,
195-197頁
一般講演『本草品彙精要』の一未発表本について大塚恭男(1978年)第24巻第2号,
198-200頁
一般講演本邦最初の全身麻酔下帝王切開術について松木明知(1978年)第24巻第2号,
200-201頁
一般講演本土に最初に麻酔を伝えた島津藩医伊佐敷道興について松木明知(1978年)第24巻第2号,
201-201頁
一般講演明治三十五年歩兵第五連隊凍傷患者の治療について松木明知(1978年)第24巻第2号,
202-202頁
一般講演元禄三年に行われた幕府医官の大更迭酒井シヅ(1978年)第24巻第2号,
202-204頁
一般講演華岡青洋門人『中村順助』について末中哲夫(1978年)第24巻第2号,
原著神農本草経に記載された薬効赤堀昭(1978年)第24巻第1号,
001-13頁
原著宇田川榕菴の著書に見られるガス代謝の記載矢部一郎(1978年)第24巻第1号,
014-34頁
原著『愛育茶譚』にみる東西の混淆深瀬泰旦(1978年)第24巻第1号,
035-47頁
原著曲殿考久米幸夫(1978年)第24巻第1号,
048-53頁
原著エルドリッヂの「近世医説」第一号について松木明知(1978年)第24巻第1号,
054-63頁
原著「瘍医新書」の研究(3)大鳥蘭三郎(1978年)第24巻第1号,
064-71頁
史料江戸今世 医家人名録初編大滝紀雄(1978年)第24巻第1号,
72-85頁
例会記事神奈川医学の歴史石原明 大滝紀雄(1978年)第24巻第1号,
117頁
雑報 追悼今田見信先生のご逝去を悼む谷津三雄(1977年)第23巻第4号,
71頁
原著医学者としての建部清庵山形敞一(1977年)第23巻第4号,
429-443頁
原著鈴木祐一とその著書「義手足纂論」武智秀夫(1977年)第23巻第4号,
444-459頁
原著南海寄帰内法伝にみられる医学―特に個人衛生について杉田暉道(1977年)第23巻第4号,
460-466頁
原著岡本一抱子年譜土井順一(1977年)第23巻第4号,
467-480頁
原著「瘍医新書」の研究(2)大鳥蘭三郎(1977年)第23巻第4号,
481-485頁
史料堀内文書の研究片桐一男(1977年)第23巻第4号,
486-496頁
例会記事中国の南北朝時代における医術者山本徳子(1977年)第23巻第4号,
497頁
例会記事中国道教の練丹術に想う吉田一郎(1977年)第23巻第4号,
497頁
例会記事五臓観について酒井シヅ(1977年)第23巻第4号,
497頁
例会記事「維摩詰所説経」問疾品について関根正雄(1977年)第23巻第4号,
497頁
雑報青木記念医科器械史料館開館(1977年)第23巻第4号,
497頁
雑報賀川玄悦没後200年記念行事杉立義一(1977年)第23巻第4号,
498頁
雑報 書評京都外国語大学付属図書館編『対外交捗史文献目録近世編』矢数一郎(1977年)第23巻第4号,
500-501頁
雑報 書評大鳥蘭三郎氏オランダの勲章を受賞(1977年)第23巻第4号,
501頁
原著Social Relations of Curing in Traditional China:Preliminary ConsiderationsNathan SIVIN(1977年)第23巻第4号,
532-505頁
原著平安時代の心身症―藤原道長を中心として服部敏良(1977年)第23巻第3号,
321-330頁
原著ゼンメルワイスとプレンク―ハンガリ―医学史より―安田純一(1977年)第23巻第3号,
331-348頁
原著御雇教師ウイルヘルム・デーニッツ小関恆雄(1977年)第23巻第3号,
349-361頁
原著薬王寺考久米幸雄(1977年)第23巻第3号,
362-369頁
原著「気違いの湯」一定義温泉の歴史聞書昼田源四郎(1977年)第23巻第3号,
370-380頁
史料広瀬元恭の兄和達への書簡前川久太郎 古守豊甫 古守泰典(1977年)第23巻第3号,
381-387頁
例会記事「軍医緒方惟準」中宮安夫(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事「ゲッチンゲン文庫」について高木和男(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事瘍科祕録にみられる痔瘻手術の復元衣笠昭(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事内視鏡の歴史高賀須幸男(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事医療保障史における濟生会の役割酒井シヅ(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事中国古代医学と医療過誤家本誠一(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事「瘍医新書刺絡編」について大鳥蘭三郎(1977年)第23巻第3号,
388頁
例会記事「子玄子産論」について小川鼎三(1977年)第23巻第3号,
388頁
雑報江馬蘭学塾資料展 出品目録青木一郎(1977年)第23巻第3号,
389-394頁
雑報新刊の地方出版医史紹介(1977年)第23巻第3号,
394頁
雑報 書評矢数道明著『ブ―ゲンビル島兵站病院の記録』大塚恭男(1977年)第23巻第3号,
395頁
雑報 書評矢数道明著『臨床45年 漢方治療百話第4集』大塚恭男(1977年)第23巻第3号,
395-396頁
雑報 書評二つのハ―グイ伝矢部一郎(1977年)第23巻第3号,
396-397頁
雑報医学文化館の落成式を挙行(1977年)第23巻第3号,
398頁
原著Rational and Empirical Methods in Early Western and Eastern AnatomyRoger FRENCH(1977年)第23巻第3号,
427-403頁
特別講演内藤記念くすり博物館について青木允夫(1977年)第23巻第2号,
130-132頁
特別講演薬師信仰中沢修(1977年)第23巻第2号,
133-142頁
特別講演濃州蘭学史青木一郎(1977年)第23巻第2号,
143-151頁
会長講演わが国における結核症の変遷―近年を主として―岡田博(1977年)第23巻第2号,
152-153頁
一般講演いわゆるターヘル・アナトミアの脚注について(その2)酒井恆(1977年)第23巻第2号,
154-156頁
一般講演江戸、明治初期の鍼器具の解説と展示竹内孝一(1977年)第23巻第2号,
156頁
一般講演半田地域にみる幕末の村方医師茶谷悟郎(1977年)第23巻第2号,
157頁
一般講演筑前国藩医津田意安によって小児科を開業して300年、又福岡市立伝染病院(荒津病院)の発祥母体となった吉祥寺避病院が設立されて100年を迎えた福岡市奥村武(1977年)第23巻第2号,
158-160頁
一般講演19世紀の新潟県における剖検事蹟蒲原宏(1977年)第23巻第2号,
160-161頁
一般講演伊勢路の売薬―万金丹考宗田一(1977年)第23巻第2号,
162-164頁
一般講演日本散瞳薬伝来史補考―ヒヨス Hyoscyamusについて福島義一(1977年)第23巻第2号,
164-165頁
一般講演古書にみられる歯痛薬について本間邦則(1977年)第23巻第2号,
165-166頁
一般講演フランス医人の蔵書票大矢全節(1977年)第23巻第2号,
167頁
一般講演中国古代医学に於ける医療過誤家本誠一(1977年)第23巻第2号,
167-169頁
一般講演古代医学における帯下について蔵方宏昌(1977年)第23巻第2号,
170頁
一般講演摩訶止観の医学杉田暉道 中田直道(1977年)第23巻第2号,
171-172頁
一般講演中国の諺を通じての医者像―社会風俗史的考察山本徳子(1977年)第23巻第2号,
172-174頁
一般講演日本における中国古代医聖の画像刻像について矢数道明(1977年)第23巻第2号,
172-174頁
一般講演長州藩医としての坪井信道・信友父子田中助一(1977年)第23巻第2号,
177-179頁
一般講演本居宣長筆「和漢本草医薬典」について守屋正(1977年)第23巻第2号,
179-180頁
一般講演大正期学校衛生史の研究(2)最初の学校看護婦 広瀬ます杉浦守邦(1977年)第23巻第2号,
180-182頁
一般講演埼玉県立医学校とその社会的貢献西川 八(1977年)第23巻第2号,
183-185頁
一般講演我が国に於ける結核対策の史的観察永坂三夫(1977年)第23巻第2号,
185-186頁
一般講演星野良悦の手記かと考えられる古文書―木骨製作の由来及び解体新書批判の記載松永勝(1977年)第23巻第2号,
187-188頁
一般講演虞列伊氏解剖訓蒙図にみられる中枢神経系の記載中村和成(1977年)第23巻第2号,
188-189頁
一般講演比較語学的方法による身体意識史検討の試み(4)身体と空間認識三輪卓爾(1977年)第23巻第2号,
190-192頁
一般講演大阪大学初代精神科教授和田豊種博士の蔵書について泰井俊三 内藤正章(1977年)第23巻第2号,
192頁
一般講演明治初期静岡県医事に関する辞令土屋重朗(1977年)第23巻第2号,
193-194頁
一般講演大庭政世の事蹟―島根県の産業組合医療事業の創設者中尾鉱(1977年)第23巻第2号,
195-196頁
一般講演日本細菌学史の中の長与専齋藤野恆三郎(1977年)第23巻第2号,
196-197頁
一般講演日本女医第二号―生沢久乃女史とその父吉田一郎(1977年)第23巻第2号,
198頁
一般講演日本医学放射線技術教育史上の滝内政治郎今市正義(1977年)第23巻第2号,
199-200頁
一般講演メデイカル・プロフェッショウ:コレジ・オブ・フイジシャンズ・オブ・ロンドンの例栗本宗治 (1977年)第23巻第2号,
200-201頁
一般講演神農本經が神農本草經か―『本草經集注』復元への一つの寄与―三井駿一(1977年)第23巻第2号,
202頁
一般講演江馬元恭著『五液診法』について安井広(1977年)第23巻第2号,
203頁
一般講演原松庵とその家系について田辺賀啓(1977年)第23巻第2号,
204-205頁
一般講演三重県下江馬家門人について(中間発表)茅原弘(1977年)第23巻第2号,
205-206頁
一般講演医学者としての建部清庵山形敞一(1977年)第23巻第2号,
206-208頁
一般講演江馬格物堂門人田口鳳介の所蔵医書について中山沃(1977年)第23巻第2号,
209-211頁
一般講演「愛育茶譚」にみる東西の混淆深瀬泰旦(1977年)第23巻第2号,
211-212頁
一般講演YPEY,ADOLPE(1747~1820)について―わが国でライデン学統医学はいつ頃まで受容されたか阿知波五郎(1977年)第23巻第2号,
212-216頁
一般講演『病を医するは自然である』、その『自然』について三木栄(1977年)第23巻第2号,
217-219頁
一般講演同志社病院を中心とした医療・医育制度柴田幸雄・宇賀田みや子・五味照子・津田弘子・中井啓子(1977年)第23巻第2号,
219-221頁
一般講演戦前のわが国の看護婦長門谷洋治(1977年)第23巻第2号,
222-223頁
一般講演病院の歴史(イギリスの場合)小沢吉見(1977年)第23巻第2号,
223頁
一般講演尿検査の歴史と臨床教育寺畑喜朔(1977年)第23巻第2号,
224-225頁
一般講演明治時代の産業医局三浦豊彦(1977年)第23巻第2号,
226-228頁
一般講演金沢市立図書館所蔵の「産科六器」について杉立義一(1977年)第23巻第2号,
228-229頁
一般講演エ―デル麻酔のイギリスへの伝搬に関する一考察―とくに最初の三日間について松木明知(1977年)第23巻第2号,
230頁
原著刺青の資料大矢全節(1977年)第23巻第2号,
231-235頁
史料佐賀県立病院好生舘所蔵書仮目録(幕末~明治初期)(1977年)第23巻第2号,
236-271頁
例会記事アスクレピオス以前の古代医学日野英子(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事エンゲルベルト・ケンペルの署名簿について沼田次郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事オランダ国歌(テ―プ録音)升本清(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事解体新書以前の長崎蘭学小川鼎三(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事奈良時代に来日したペルシャ人宣教医ペルシャ人宣教医「李密」について石原明(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事シーボルト来日の頃の出島建築について菊地重郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事曲直瀬玄琳について阿知波五郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事半井古仙法印療治日記三木栄(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事黄蘗僧了翁禅師と錦袋円宗田一(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事山脇東洋の肖像画について杉立義一(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事熊谷謙齋『生々堂実験稿』から安井広(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事大垣藩医江馬家に関する二、三の資料について青木一郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事水戸学における医先哲(3)本間玄琢、玄有、玄調先生三代と稽医舘の医学教育山中一郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事ハルマ原書(仏蘭・蘭仏)についての一考察岩治勇一(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事石坂空洞賛・佐藤正持画のヒポクラテス像について守屋正(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事岡山蘭学者伝補遺中山沃(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事緒方洪庵の除痘舘の所在地について古西義麿(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事『医戒』漫録末中哲夫(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事近代医学の中の歯科学と抜歯鉗子への理解について杉本茂春(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事指紋法とF・ゴ―ルトン長門谷洋治(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事野口英世博士生誕百年を記念して藤野恆三郎(1977年)第23巻第2号,
272頁
例会記事第25回国際医学史学会(ケベック市)に出席して中沢修(1977年)第23巻第2号,
272頁
雑報 書評改訂増補国立国会図書館支部上野図書館所蔵『本草関係図書目録』矢部一郎(1977年)第23巻第2号,
273-274頁
雑報 書評鍵山栄著『佐賀の蘭学者たち』蔵方宏昌(1977年)第23巻第2号,
274-275頁
雑報 書評『東大第一外科の歩み(第一集)』蔵方宏昌(1977年)第23巻第2号,
275頁
雑報賀川玄悦先生沒後200年記念事業について(1977年)第23巻第2号,
276頁
雑報山陰医史学研究会発足(1977年)第23巻第2号,
277頁
原著A Historical Analysis of Cinese Formularies and Prescriptions:three examples Saburo MIYASHITA(1977年)第23巻第2号,
299-283頁
原著Empiricism and Speculation in Traditional East Asian MedicineHans AGREN(1977年)第23巻第2号,
317-300頁
原著「瘍医新書」の研究(1)大鳥蘭三郎(1977年)第23巻第1号,
001-12頁
原著Epistemological Fashions in Interpreting Disease-The Deleterious Effects of Westrn Terminology on the Application of the Scientific Tradition of Chinese Medicine (illustrated by the Case of diabetes mellitusvs・sitis diffundens 「hsiao-k'o」)Manfred Porkert(1977年)第23巻第1号,
001-18頁
原著佐々木中沢と大槻玄沢山形敞一(1977年)第23巻第1号,
013-24頁
原著愛知県公立医学校におけるフォン・ローレッツの事蹟安井広(1977年)第23巻第1号,
025-42頁
原著古經「治禅病秘要法」とそれが我国の精神医療に及ぼした影響について泰井俊三(1977年)第23巻第1号,
043-50頁
原著漱石の痘瘡深瀬泰旦(1977年)第23巻第1号,
051-69頁
資料東京大学医学部別課生卒業生名簿酒井シヅ 鈴木滋子(1977年)第23巻第1号,
070-79頁
例会記事重訂解体新書付図について酒井シヅ(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事漢洋脚気病院の追加矢数道明(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事江戸時代の鉱山病にかんする一資料『濟生卑言』について立川昭二(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事砂糖その他糖類に関する発祥の挿話瀬戸俊一(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事今世医家人名録について大滝紀雄(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事瘍医新書の研究(1)大鳥蘭三郎(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事ゼンメルワイスとプレンクーハンガリ医学史より-安田純一(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事日本薬園史の沿革木村雄四郎(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事伊藤杢之丞関係文書の一部の紹介緒方富雄(1977年)第23巻第1号,
80頁
例会記事映画「ヒポクラテスの島」青銅プロダクショウ(1977年)第23巻第1号,
80頁
原著A History of Ophthalmology before the Opening of Japan(1977年)第23巻第1号,
原著蘭学期の「自然」と「医ハ自然ノ臣僕ナリ」との出典について-『蘭学期の「自然良能」説研究』補遺-阿知波五郎(1976年)第22巻第4号,
331-345頁
原著明治初年の取種痘の状況深瀬泰旦(1976年)第22巻第4号,
346-359頁
原著江戸時代における梅毒患者の実態-「日本人の病歴」覚書立川昭二(1976年)第22巻第4号,
360-376頁
原著馬琴日記に見る江戸の痘瘡習俗前川久太郎(1976年)第22巻第4号,
377-391頁
原著近年発見されたエルトリッチの書簡六角高雄(1976年)第22巻第4号,
392-427頁
原著仏典のなかの耆婆とその医療関根正雄(1976年)第22巻第4号,
428-444頁
例会記事「看病用心抄」について山根信子(1976年)第22巻第4号,
445頁
例会記事戦後の看護制度の推移について木下安子(1976年)第22巻第4号,
445頁
例会記事吉岡彌生について、映画゛道ひとすじに゛三上昭美(1976年)第22巻第4号,
445頁
例会記事虞列伊氏解剖訓蒙図をめぐって大滝紀雄(1976年)第22巻第4号,
445頁
例会記事女医を描いた切手古川明(1976年)第22巻第4号,
445頁
書評杉浦守邦著「養護教員の歴史」矢部一郎(1976年)第22巻第4号,
445-446頁
書評「始祖法医学 片山国嘉」O・R(1976年)第22巻第4号,
446-447頁
書評日本医学文化保存会編「医学古書目録」矢部一郎(1976年)第22巻第4号,
447頁
雑報中野操氏 大阪府医師会より表彰される(1976年)第22巻第4号,
477頁
雑報大鳥蘭三郎氏 第20回野口英世医学賞受賞(1976年)第22巻第4号,
477頁
原著江戸時代における梅毒患者の実(1976年)第22巻第4号,
原著「医師の誓詞」に見える「自然」(A),「日本国憲法」と「誓詞」との対比(B),「誓詞」の日常談話体文(C)三木栄(1976年)第22巻第3号,
207-214頁
原著幕末明治初期(1840-1887)解剖学書(内外)目録について-とくに19世紀欧米解剖学書目録とその蘭訳書と和訳書との関係-阿知波五郎(1976年)第22巻第3号,
215-236頁
原著榛斎著という「内外要論」について大滝紀雄(1976年)第22巻第3号,
237-243頁
原著近年発見されたエルドリッチの書簡(一)六角高雄(1976年)第22巻第3号,
244-283頁
原著鎭守府医師と大宰府医師について-日本古代医療史の研究(4)新村拓(1976年)第22巻第3号,
284-293頁
原著成説内科撰用について(八・完)大滝紀雄(1976年)第22巻第3号,
294-308頁
寄書外科医アンブロアズ・パレの生地をたずねて大村敏郎(1976年)第22巻第3号,
309-319頁
史料明治29年の東京医学専門学校濟生学舎規則青木充夫 前川久太郎(1976年)第22巻第3号,
320-326頁
史料第一回医史学国際シンボジウム開く(1976年)第22巻第3号,
326頁
史料中野操先生傘寿祝賀 日本医史学会関西支部春季大会(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事東大医学部第一回卒業生室賀録郎について室賀昭三(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事仏典のなかの耆婆とその医療関根正雄(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事明治初期の医家の群像写真酒井シヅ(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事漱石の痘痕深瀬泰旦(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事ライデン民族博物館の沿革-特にその日本関係資料-フアン・グーリック(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事本草から見た生薬薬理-比較薬学史的アプローチ大塚恭男(1976年)第22巻第3号,
327頁
例会記事脳卒中の歴史堀江健也(1976年)第22巻第3号,
327頁
特別講演江戸時代における石川県医学史津田進三(1976年)第22巻第2号,
95-100頁
特別講演富山藩の薬業と本草難波恆雄(1976年)第22巻第2号,
101-103頁
会長講演石川県医学教育における外人招聘教師とその周辺高瀬武平(1976年)第22巻第2号,
104-105頁
一般講演いわゆるターヘル・アナトミアの脚注について(その1)酒井恆(1976年)第22巻第2号,
106-107頁
一般講演セミナーと日本医学小史寺畑喜朔(1976年)第22巻第2号,
107-108頁
一般講演福井藩最初の解剖者半井彦について岩治勇一(1976年)第22巻第2号,
109-110頁
一般講演坪井信良と福井-佐渡家文書を中心として竹内真一(1976年)第22巻第2号,
110-111頁
一般講演加賀藩医・吉田長淑の「和蘭書籍目録」について宗田一(1976年)第22巻第2号,
111-112頁
一般講演アルブレヒト・フォン・ローレツとその顕微鏡学講義藤野恆三郎(1976年)第22巻第2号,
112頁
一般講演江戸時代京都における医家門人帳について(二)杉立義一(1976年)第22巻第2号,
113-114頁
一般講演「瘍医新書」の研究(第一報)(紙上発表)大鳥蘭三郎(1976年)第22巻第2号,
114-115頁
一般講演湯治と薬師信仰中沢修(1976年)第22巻第2号,
115-116頁
一般講演古経「治禅病祕要法」とそれが我国の精神医療に及ぼした影響について泰井俊三(1976年)第22巻第2号,
116-117頁
一般講演弥勒ボサツ下生経と治病信仰関根正雄(1976年)第22巻第2号,
117-118頁
一般講演唐~清間における゛医師゛の官より見た医者の地位について山本徳子(1976年)第22巻第2号,
119頁
一般講演日本古代医療官人の出自について新村拓(1976年)第22巻第2号,
120-121頁
一般講演医学の文芸化について三木栄(1976年)第22巻第2号,
121-122頁
一般講演佐々木中沢と大槻玄沢山形敞一(1976年)第22巻第2号,
123頁
一般講演再び「安産仙翁邦言教喩」について、付・五十嵐紋水の生涯玉手英典(1976年)第22巻第2号,
123-125頁
一般講演Hermann Lebert(1813~1878):Handboek d・Praktische Geneeskunde・Groningen,1861~1863とその訳書(坪井芳州訳述「医療新書」1868、及び「列別児駑氏・窒扶斯病論」、1879)ならびにその意義(最初の病理解剖を基盤として臨牀学の受容阿知波五郎(1976年)第22巻第2号,
126-127頁
一般講演宇田川榕菴の著者に見られる呼吸及び酸素に関する記載矢部一郎(1976年)第22巻第2号,
127-128頁
一般講演京都療病院におけるヨンケル大矢全節(1976年)第22巻第2号,
129頁
一般講演九大初代学長大森治豊先生のスライド宇留野勝弥(1976年)第22巻第2号,
129頁
一般講演邦訳「解体生理図説」とその原著者維廉杜児寧児(ウイリアム・ターナー)について蒲原宏(1976年)第22巻第2号,
130頁
一般講演指紋法の発見をめぐって長門谷洋治(1976年)第22巻第2号,
131-132頁
一般講演アメリカ合衆国の独立二00年と医師ベンジャミン・ラッシュ古川明(1976年)第22巻第2号,
132-133頁
一般講演明治20年代の順天堂における手術酒井シヅ 鈴木滋子(1976年)第22巻第2号,
134-135頁
一般講演大正期学校衛生史の研究(一)北豊吉杉浦守邦(1976年)第22巻第2号,
135-136頁
一般講演スクリーニング史の二、三駒三輪卓爾(1976年)第22巻第2号,
137-138頁
一般講演ヘルス・サービスとモーラルのフイロソフイ栗本宗治(1976年)第22巻第2号,
138-139頁
原著林洞海の晩年の感懐と書簡土屋重朗(1976年)第22巻第2号,
140-156頁
原著酒湯記録より見た痘瘡・麻疹・水痘の大奥への伝播前川久太郎(1976年)第22巻第2号,
157-168頁
原著小浜藩における林野家(小石元俊の祖)の事蹟について田辺賀啓(1976年)第22巻第2号,
169-180頁
原著200年前のアメリカ医学Ilza Veith(1976年)第22巻第2号,
181-194頁
雑報京都に山脇東洋観臓記念碑完成宗田一(1976年)第22巻第2号,
195-197頁
雑報訃報 石田憲吾氏逝く(1976年)第22巻第2号,
198頁
原著徳川時代の鉱山の珪肺三浦豊彦(1976年)第22巻第1号,
001-11頁
原著American Medicine Two Handred Years AgoIlza Veith(1976年)第22巻第1号,
001-12頁
原著「コンスブルック」本について-付・「モスト」の「医学韵府」と「薬学韵府」阿知波五郎(1976年)第22巻第1号,
012-27頁
原著中国中世における医者の地位について山本徳子(1976年)第22巻第1号,
028-38頁
原著江戸幕府における痘瘡・麻疹・水痘の酒場行事の変遷前川久太郎(1976年)第22巻第1号,
039-48頁
原著国医師について-日本古代医療史の研究(3)新村拓(1976年)第22巻第1号,
049-58頁
原著京都の医学史に関する若干の新資料について杉立義一(1976年)第22巻第1号,
059-64頁
原著明治二年版行された民間お産指導書「安産仙翁邦言教諭」に就て玉手英典(1976年)第22巻第1号,
065-71頁
例会記事メキシコ国立心臓病学研究所の壁画について古川明(1976年)第22巻第1号,
72-73頁
例会記事寿徳院曲直瀬玄由家系譜について矢数道明(1976年)第22巻第1号,
73-74頁
例会記事我が国の常民食蕎麦に投影している医学思想三浦三郎(1976年)第22巻第1号,
74-75頁
例会記事メキシコ国立心臓病学研究所の壁画について古川明(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事イリザ・グエイト女史紹介(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事American Medicine 200 Years Agoイルザ・グウイト(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事舎密開宗の原著者ウイリアム・ヘンリーについて渡辺慶昭(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事「寿徳院曲直瀬玄由家系譜について」矢数道明(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事解剖書の銅版画-その初期-菅野陽(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事我が国の常民食蕎麦に投影している医学思想三浦三郎(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事シーボルトの「江戸參府紀行」について斉藤信(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事Nicolaas Tulpの伝記大鳥蘭三郎(1976年)第22巻第1号,
76頁
例会記事立ち遅れた日本の家族計画医学太田典礼(1976年)第22巻第1号,
76頁
原著「ショメール百科」(「厚生新編」)・「植学啓原」・「植学独語」の関連矢部一郎(1975年)第21巻第4号,
317-330頁
原著奥医師保見家累代の記録および四代保見隆敬の肖像写真前川久太郎(1975年)第21巻第4号,
331-345頁
原著シーボルト事件と土生玄碩将軍家紋服贈与について福島義一(1975年)第21巻第4号,
346-351頁
原著プレンキの「産婆術原理」(蘭訳本)について大鳥蘭三郎(1975年)第21巻第4号,
352-360頁
原著医家先哲推薦会について小川鼎三(1975年)第21巻第4号,
361-368頁
雑報 訃報津崎孝道氏逝く(1975年)第21巻第4号,
394頁
雑報文部省科学研究費補助金(学術定期刊行物)の交付(1975年)第21巻第4号,
394頁
例会記事明治前の外国医師と日本の医学緒方富雄(1975年)第21巻第4号,
395頁
例会記事ミュルレルと東京医学校小川鼎三(1975年)第21巻第4号,
395頁
例会記事パレの生地をたずねて大村敏郎(1975年)第21巻第4号,
395頁
例会記事肺循環の発見とセルブエート大島智夫(1975年)第21巻第4号,
395頁
例会記事「植学啓原」の原図について矢部一郎(1975年)第21巻第4号,
395頁
例会記事アーユルグエーダの原典「ススルタ本集」について鈴木正夫(1975年)第21巻第4号,
395頁
雑報 書評大鳥蘭三郎 近世医学史から長門谷洋治(1975年)第21巻第4号,
395-396頁
雑報 書評服部敏良著「王朝貴族の病状診断」大鳥蘭三郎(1975年)第21巻第4号,
396頁
雑報 書評芳賀徹著「封建の異端杉田玄白」大鳥蘭三郎(1975年)第21巻第4号,
396-397頁
雑報 新刊紹介レオポルト・ミュルレル著 石橋長英・小川鼎三・今井正共訳「東京医学」S(1975年)第21巻第4号,
397頁
雑報 新刊紹介Gerhard Vescovi 著 石橋長英・今井正共訳「日本医学の開拓者-エルウイン・ベルツ」S(1975年)第21巻第4号,
397-398頁
雑報 新刊紹介中沢滉・原隆昭編著「ノーベル賞に輝く人々<生理・医学賞>S(1975年)第21巻第4号,
398頁
雑報 新刊紹介土屋重朗著「近代日本造船事始」S(1975年)第21巻第4号,
398頁
雑報 新刊紹介中西啓「長崎のオランダ医たち」(1975年)第21巻第4号,
398頁
原著The History of the South Manchuria Manchuria Medical College of the South Manchrian RailwayJohn Z・Bowers,M・D・,Sc・D・,L・H・D・* and Akiko Kobayashi Bowers**(1975年)第21巻第4号,
424-407頁
原著江戸時代における異常気象とインフルエンザ立川昭二(1975年)第21巻第3号,
191-207頁
原著宮城県における明治初期の医学教育と横山謙介山形敞一(1975年)第21巻第3号,
208-217頁
原著「医師の誓詞」について三木栄(1975年)第21巻第3号,
218-223頁
原著中世における祈祷と医療樋口誠太郎(1975年)第21巻第3号,
224-236頁
原著『遠西医範』と『医範提綱』(二)大鳥蘭三郎(1975年)第21巻第3号,
237-241頁
原著西説内科撰要について(7)大滝紀雄(1975年)第21巻第3号,
242-252頁
原著諸官衛及び諸使医師-日本古代医療史の研究3-新村拓(1975年)第21巻第3号,
253-262頁
原著日本学校保健史杉浦守邦(1975年)第21巻第3号,
263-299頁
史料浅井家文書 その二竹内孝一(1975年)第21巻第3号,
300-307頁
例会記事プリーストリーの酸素発見渡辺慶昭(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事エルドリッチと父六角謙吉六角高雄(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事幕末の陸軍軍楽升本清 若林勅滋 ヤン・デ・フリース(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事石川孟高のヒポクラテス画像緒方富雄(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事腹帯について蔵方宏昌(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事江戸期における陰間(男娼)の生態とその使用薬剤について三浦三郎(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事社会の変革と健康観の変遷杉田暉道(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事桂川家旧蔵の木造人頭模型に関する疑問の解決緒方富雄(1975年)第21巻第3号,
308頁
例会記事森鴎外と呉秀三富士川英郎(1975年)第21巻第3号,
309頁
例会記事最近刊行された拙著「前野良沢」について小川鼎三(1975年)第21巻第3号,
309頁
例会記事木造人頭模型の原型に関するイギリスよりの回答緒方富雄(1975年)第21巻第3号,
309頁
例会記事医師免許制度の変遷酒井シヅ(1975年)第21巻第3号,
309頁
例会記事本邦海軍軍医制度史序説長門谷洋治(1975年)第21巻第3号,
309頁
雑報 追悼富士川游先生顕彰碑建立原田東岷(1975年)第21巻第3号,
309-310頁
雑報 書評青木一郎著「坪井道信詩文及書翰集」あおきいちろうちょ「へいいどうしんしもんおやびしょかんしゅう」矢部一郎(1975年)第21巻第3号,
310-299頁
特別講演日本学校保健史杉浦守邦(1975年)第21巻第2号,
117-120頁
特別講演日本細菌学小史藤野恆三郎(1975年)第21巻第2号,
121-124頁
会長講演大阪にある蘭学史跡中野操(1975年)第21巻第2号,
125頁
一般講演古代インドにおける胎児発育の諸説杉田暉道 中田直道(1975年)第21巻第2号,
126-128頁
一般講演地蔵三部經と民衆の治病希求関根正雄(1975年)第21巻第2号,
128-129頁
一般講演明治二年版行された民間お産指導書「安産仙翁邦言教諭」について玉手英典(1975年)第21巻第2号,
130-131頁
一般講演刺青史の資料大矢全節(1975年)第21巻第2号,
131-132頁
一般講演徳川時代の鉱山の珪肺三浦豊彦(1975年)第21巻第2号,
132-133頁
一般講演日本放射線医学史と技術史の構成私案について今井正義(1975年)第21巻第2号,
133頁
一般講演中国中世における医者の地位について山本徳子(1975年)第21巻第2号,
134頁
一般講演「医師の誓詞」について三木栄(1975年)第21巻第2号,
135-136頁
一般講演ニコラース・トウルプとその医学業績古川明(1975年)第21巻第2号,
136-137頁
一般講演麻酔の初期発展-とくにJohn Brown とThomas Beddoesについて栗本宗治(1975年)第21巻第2号,
137-138頁
一般講演X線による消化管運動の研究者キヤノン教授中山沃(1975年)第21巻第2号,
138-139頁
一般講演土生玄碩のシーボルト散瞳薬伝授に関する一考察福島義一(1975年)第21巻第2号,
139頁
一般講演江戸時代の 葉について矢部一郎(1975年)第21巻第2号,
140-141頁
一般講演最近見出した若干の資料について(京都の医学史展に際して)杉立義一(1975年)第21巻第2号,
141-143頁
一般講演一気留滞論と万病一毒論大塚恭男(1975年)第21巻第2号,
143-144頁
一般講演小浜藩における林野家(小石元俊の相)の事蹟について田辺賀啓(1975年)第21巻第2号,
145頁
一般講演本木庄太夫の医学小川鼎三 酒井シヅ(1975年)第21巻第2号,
146-147頁
一般講演いわゆるターヘル・アナトミア(1743)の相違について酒井恆(1975年)第21巻第2号,
148-149頁
一般講演コンスブルック内科訳書について阿知波五郎(1975年)第21巻第2号,
149-150頁
一般講演プレンキ婦人病論の原書とその日本語訳書と比較検討大鳥蘭三郎(1975年)第21巻第2号,
150頁
一般講演宇田川榛齋著「内外要論」について大滝紀雄(1975年)第21巻第2号,
151頁
一般講演江馬元恭「泰西熱病集訳」について安井広(1975年)第21巻第2号,
152頁
一般講演緒方洪庵の書翰二通岩治勇一(1975年)第21巻第2号,
153頁
一般講演林洞海の晩年土屋重朗(1975年)第21巻第2号,
154頁
一般講演「貌氏成形手術図譜」と小山内建星栄一(1975年)第21巻第2号,
155-156頁
一般講演宮城県における明治初期の医学教育と横山謙介山形敞一(1975年)第21巻第2号,
156-157頁
一般講演吉田顕三(1848・4・8~1924・3・1)のこと丸山博(1975年)第21巻第2号,
157-158頁
一般講演本邦海軍々医制度史序説長門谷洋治(1975年)第21巻第2号,
159頁
原著解体新書について小川鼎三(1975年)第21巻第2号,
160-166頁
原著解体新書出版から二百年緒方富雄(1975年)第21巻第2号,
167-180頁
原著越後の蘭方医森田兄弟について(四)長谷川一夫(1975年)第21巻第2号,
181-185頁
原著佐々木中沢と佐々城朴安-文政壬午女囚解剖をめぐって山形敞一(1975年)第21巻第1号,
001-9頁
原著蘭館長ニーマンと長崎留学生酒井シヅ(1975年)第21巻第1号,
010-18頁
原著済生学舎初期の学舎規則前川久太郎(1975年)第21巻第1号,
019-27頁
原著小絵馬信仰の現状相見三郎(1975年)第21巻第1号,
028-39頁
原著解体記念碑とそのうつりかわり緒方富雄(1975年)第21巻第1号,
040-51頁
原著ススルタ大医典訳業について鈴木正夫(1975年)第21巻第1号,
052-60頁
原著西説内科撰要について(6)大滝紀雄(1975年)第21巻第1号,
061-70頁
原著越後の蘭方医森田兄弟について(3)長谷川一夫(1975年)第21巻第1号,
071-82頁
原著咒禁師及び按摩師について(下)-日本古代医療史の研究(2)新村拓(1975年)第21巻第1号,
083-88頁
例会記事「本草綱目」と俳句の歳時記三浦三郎(1975年)第21巻第1号,
89頁
例会記事明治初期の医学教育太田典礼(1975年)第21巻第1号,
89頁
例会記事祈祷と医療樋口誠太郎(1975年)第21巻第1号,
89頁
例会記事初代曲直瀬道三の没年号矢数道明(1975年)第21巻第1号,
89頁
例会記事近世医書の刊行発禁本の二、三羽倉敬尚(1975年)第21巻第1号,
90頁
例会記事中川家の肖像画について緒方富雄(1975年)第21巻第1号,
90頁
例会記事解体記念碑とそのうつりかわり緒方富雄(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事回向院の縁起について水野了仙(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事回向院出土の江戸時代人骨河越逸作(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事医家先哲推薦会について小川鼎三(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事山谷、吉原、小塚原関根正雄(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事和蘭全駆内外分合図について酒井シヅ(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事中国の麻酔剤「洋金花」とわが華岡青州の麻沸湯吉田一郎(1975年)第21巻第1号,
91頁
例会記事第四回東海医学史研究会総会(1975年)第21巻第1号,
91頁
雑報 寄書解体新書にゆかりある人の署名(記念板)の署名の出所緒方富雄(1975年)第21巻第1号,
92-93頁
雑報 寄書富士川游撰「杏林遺芳」について緒方富雄(1975年)第21巻第1号,
93-94頁
雑報 書評杉本つとむ訳・解説、杉田玄白著「蘭学事始」-鎖国の中の青春群像矢部一郎(1975年)第21巻第1号,
95-97頁
雑報 書評Georage Rosen 著、小栗史郎訳「公衆衛生の歴史」杉田暉道(1975年)第21巻第1号,
97-99頁
雑報 書評藤野恆三郎著「日本近代医学の歩み」蔵方宏昌(1975年)第21巻第1号,
99-100頁
雑報 新刊紹介富士川游著・小川鼎三校註「日本医学史綱要」(1)・(2)酒井シヅ(1975年)第21巻第1号,
100頁
雑報 新刊紹介宗田一著「近代薬物発展史」大塚恭男(1975年)第21巻第1号,
100頁
雑報 新刊紹介「京都の医学史展」のご案内守屋正(1975年)第21巻第1号,
101頁
原著レンブラントの名画「トウルプとデーマンの解剖学講義」古川明(1974年)第20巻第4号,
289-312頁
原著庶民史料にみる江戸時代の疾病立川昭二(1974年)第20巻第4号,
313-335頁
原著医療及び保健衛生面における検査技術者の歴史医療面における発展について谷島清郎(1974年)第20巻第4号,
336-346頁
原著俳句の季語に投影している本草綱目の薬物文化三浦三郎(1974年)第20巻第4号,
347-355頁
原著咒禁師及び按摩師について(上)新村拓(1974年)第20巻第4号,
356-363頁
原著越後の蘭方医森田兄弟について(二)長谷川一夫(1974年)第20巻第4号,
364-369頁
史料伴道与法眼栄藩の家系とその子孫伴七三雄(1974年)第20巻第4号,
370-375頁
史料昭和48年度医史学関係論文目録(1974年)第20巻第4号,
376-389頁
雑報 書評大矢真一著「日本科学史散歩 江戸期の科学者たち」大鳥蘭三郎(1974年)第20巻第4号,
390頁
雑報 書評岡西為人著「中国医書本草考」赤堀昭(1974年)第20巻第4号,
390-391頁
雑報 弔報評議員金城清松氏逝去される(1974年)第20巻第4号,
391-392頁
雑報 会報三浦医学研究振興財団より日本医史学会に助成金でる(1974年)第20巻第4号,
392-393頁
原著Die Beziehungen Japans znr europaischen Medizin im 18・JahrhundertHeinz Goerke(1974年)第20巻第4号,
418-405頁
一般講演クルムス解剖書の脚注と「重訂解体新書」大鳥蘭三郎(1974年)第20巻第3号,
22頁
一般講演解体新書以前に翻訳出版された西洋解剖書酒井シヅ(1974年)第20巻第3号,
199-200頁
一般講演「解体新書」の「西説内科撰要」に及ぼした影響大滝紀雄(1974年)第20巻第3号,
201-202頁
一般講演解体新書訳業の語学的考察佐藤良雄(1974年)第20巻第3号,
203-205頁
一般講演解体新書と越後の国蒲原宏(1974年)第20巻第3号,
205-206頁
一般講演佐々木中沢の解剖と「解体新書」山形敞一(1974年)第20巻第3号,
207頁
一般講演解体新書と家畜関係書について松尾信一(1974年)第20巻第3号,
208-210頁
一般講演八王子で発見された「解体新書」新藤恵久(1974年)第20巻第3号,
210-211頁
一般講演毎年三月四日観臓記念に行われた「医家先哲推薦会」と富士川先生作歌琵琶「蘭学創始」について赤松近芳(1974年)第20巻第3号,
211-212頁
一般講演オランダ航海表大矢全節(1974年)第20巻第3号,
213頁
一般講演栗山孝庵と杉田玄白及び小田野直武田中助一(1974年)第20巻第3号,
213-214頁
一般講演「前野良沢」寸考末中哲夫(1974年)第20巻第3号,
214頁
一般講演小塚原と山谷との管見関根正雄(1974年)第20巻第3号,
215-217頁
一般講演蘭学事始の研究内山孝一(1974年)第20巻第3号,
217-219頁
一般講演クルムス解剖書の脚注と「重訂解体新書」大鳥蘭三郎(1974年)第20巻第3号,
220頁
一般講演いわゆるタ-ヘル・アナトミアについて(その三)序文酒井恆(1974年)第20巻第3号,
221-222頁
一般講演解体新書発刊年時フランスにおいて陶歯創造に着手その後の経緯について瀬戸俊一(1974年)第20巻第3号,
223-225頁
一般講演解体新書出版後の利用石原明(1974年)第20巻第3号,
225-226頁
一般講演享保十四年の蘭書和解「西説伯楽必携」について坂本勇(1974年)第20巻第3号,
227-229頁
一般講演小浜における杉田、中川家の新資料田辺賀啓 河原朝夫 小畑昭八郎(1974年)第20巻第3号,
229-231頁
原著「遠西医範」と「医範提綱」(一)大鳥蘭三郎(1974年)第20巻第3号,
233-241頁
原著越後の蘭方医森田兄弟について(一)長谷川一夫(1974年)第20巻第3号,
242-248頁
原著一資料から見た科学者シーボルト矢部一郎(1974年)第20巻第3号,
249-257頁
原著江馬塾における「扶氏経験遺訓」の需要(下)片桐一男(1974年)第20巻第3号,
258-267頁
原著西洋内科撰要について(五)大滝紀雄(1974年)第20巻第3号,
268-279頁
例会記事越後の蘭方医森田兄弟について片桐一男 長谷川一夫(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事奨進医会のはじまりについて佐藤美実(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事見聞記にみる江戸時代の疾病立川昭二(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事八王子で発見された徳本流進藤恵久(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事江戸幕府侍医伴氏の系図-史料供覧-伴七三雄(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事今日に生きている病気平愈祈願小絵馬奉納の実態調査報告相見三郎(1974年)第20巻第3号,
280頁
例会記事佐藤進の「渡洋之記」(明治二年のドイツ留学日記)小川鼎三(1974年)第20巻第3号,
280頁
雑報 書評精神医療史研究会編「呉秀三先生-その業績」大塚恭男(1974年)第20巻第3号,
281-282頁
雑報 書評佐道正彦著「日本の母子衛生」蔵方宏昌(1974年)第20巻第3号,
282-283頁
雑報 書評増岡敏和著「民主医療運動の先駆者たち」太田典礼(1974年)第20巻第3号,
283-284頁
原著慶長年間の医家肖像二点の考案小川鼎三(1974年)第20巻第2号,
105-116頁
原著江馬塾における「扶氏経験遺訓」の需要(上)片桐一男(1974年)第20巻第2号,
117-124頁
原著江戸時代における西欧遺伝学の受容と紹介矢部一郎(1974年)第20巻第2号,
125-133頁
原著「唐律令」および「養老律令」における有疾獄囚の待遇について新村拓(1974年)第20巻第2号,
134-141頁
原著西説内科撰要について(四)大滝紀雄(1974年)第20巻第2号,
142-150頁
原著絵巻物に描かれた日本の医療樋口誠太郎(1974年)第20巻第2号,
151-197頁
寄書ポール・ストラデイン医学史博物館長ヘルト・ハンセン館長の死を悼んで松木明知(1974年)第20巻第2号,
164-165頁
史料浅井家文書(一)竹内孝一(1974年)第20巻第2号,
166-173頁
史料堀内文書の研究(十)片桐一男(1974年)第20巻第2号,
174-183頁
例会記事来日イギリス人宣教医パームの著作について蒲原宏(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事短命であった大阪舎密局緒方富雄(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事佐藤尚中の「済衆録」自筆原稿小川鼎三(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事脚気病院とその後大塚恭男(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事宇田川榛齋の「遠西医范」と「医范提綱」大鳥蘭三郎(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事「遊相医話」と森立之(枳園)今井久(1974年)第20巻第2号,
184頁
例会記事切手に現れた癌蓮見武爾(1974年)第20巻第2号,
184頁
雑報 書評鮫島近二著「明治維新と英医ウイリス」大塚恭男(1974年)第20巻第2号,
185頁
雑報 書評松木明知著「北海道の医史」蔵方宏昌(1974年)第20巻第2号,
186頁
雑報 書評大城功訳、R・H・シュライオック著「近代医学の発達-その社会的、科学的要因の解釈-」、平凡社、一九七四年一月、A5版、3500円(原著Richard Harrison Shryock:The the Social and Scientific Factors Involved,Aifred A,Knopf,NewYork,1947)矢部一郎(1974年)第20巻第2号,
187-189頁
原著吉益東洞と賀川玄悦-鎮帯・産椅の禁をめぐって-(英文)大塚恭男(1974年)第20巻第2号,
198-193頁
特別講演シーボルトと門人緒方富雄(1974年)第20巻第1号,
1-39頁
特別講演シーボルトの処方小川鼎三(1974年)第20巻第1号,
40-45頁
特別講演画家の眼を開いたシーボルト兼重護(1974年)第20巻第1号,
46-52頁
特別講演シーボルトと長州田中助一(1974年)第20巻第1号,
53-58頁
特別講演シーボルトの治療法中野操(1974年)第20巻第1号,
59-63頁
特別講演蘭学史におけるシーボルトの役割沼田次郎(1974年)第20巻第1号,
64-70頁
特別講演医師としてのシーボルト山形敞一(1974年)第20巻第1号,
71-75頁
特別講演日本眼科史上のシーボルト福島義一(1974年)第20巻第1号,
76-85頁
雑報吉益東洞顯彰碑除墓式が行われる(1974年)第20巻第1号,
85頁
雑報 書評「放射線医学史」舘野之男著堀内淳一(1974年)第20巻第1号,
86頁
特別講演Anatomia Reformata・The Dutch Handbook of Anatomy from the Barojue Period;the Contents and PresetationA・M・LUYENDIJK-ELSHOUT(1974年)第20巻第1号,
104-91頁
原著種子島における江戸時代の人口推移の状況についての一考察河内和夫(1973年)第19巻第4号,
317-332頁
原著西説内科撰要について(三)大滝紀雄(1973年)第19巻第4号,
333-342頁
原著森鴎外の北遊記に見える軍医八木澤正雄松木明(1973年)第19巻第4号,
343-354頁
原著アルブレヒトと「箱館の医学地誌」松木明知(1973年)第19巻第4号,
355-359頁
原著エルドリッジの訃報松木明知(1973年)第19巻第4号,
360-363頁
原著医史学と私小川鼎三(1973年)第19巻第4号,
365-376頁
特別講演バロック時代のオランダ解剖書(いわゆる革新解剖学)その内容と表現A・M・Luyendijk-Elshout(1973年)第19巻第4号,
377-383頁
特別講演ターヘルアナトミアについて(その二)酒井恒(1973年)第19巻第4号,
384-385頁
資料一堀内文書の研究(九)片桐一男(1973年)第19巻第4号,
387-398頁
資料二羽生六郎左衛門著「阿蘭陀館内見物記」-阿蘭陀医者列狄との出逢い河内和夫(1973年)第19巻第4号,
399-404頁
例会記事江川担庵の侍医肥田春安土屋重朗(1973年)第19巻第4号,
405頁
例会記事慶長年間の医家肖像二点小川鼎三(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事先哲・吉益東洞顕彰碑について江川義雄(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事種子島に於ける江戸時代の人口の推移状況について河内和夫(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事宇田川榛斎の「遠田医範」と「医範提綱」(一)大鳥蘭三郎(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事ショーメル異聞宇賀田為吉(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事緒方洪庵の子、緒方惟直のこと緒方富雄(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事絵画資料に見る日本の医師樋口誠太郎(1973年)第19巻第4号,
406頁
例会記事江馬塾における「扶氏経験遺訓」の需要片桐一男(1973年)第19巻第4号,
406頁
記事昭和47年度医史学関係論文目録(二)(1973年)第19巻第4号,
407-419頁
雑報東海医学会研究会総会(1973年)第19巻第4号,
420頁
雑報日本学術会議第64回総会報告日本学術会議広報委員会(1973年)第19巻第4号,
420-422頁
雑報三浦医学研究振興財団より日本医史学会に助成金でる(1973年)第19巻第4号,
422-423頁
雑報 書評中村禎里『生物学の歴史』矢部一郎(1973年)第19巻第4号,
423-424頁
雑報 書評H.E.ジゲリスト著 松藤元訳「病気と文明」蔵方宏昌(1973年)第19巻第4号,
425頁
雑報 書評Paul U.Unschuld:Die Praxis des traditionellen chinesischea Heilsystems,182頁,写真36葉,西独Wiesbaden市,Steiner Verlng刊,1973.大塚恭男(1973年)第19巻第4号,
425-426頁
雑報 書評G.A.Lindeboom,゛De Geschiedenis van de Medische Wetenschap in Nederland・゛(1973年)第19巻第4号,
426-427頁
雑報文部省科学研究費補助金(学術定期刊行物)の交付決定(1973年)第19巻第4号,
427頁
原著Ayurvedic Medicine in PracticePandit Shiv Sharma(1973年)第19巻第4号,
433-454頁
一般講演正骨範の書誌蒲原宏(1973年)第19巻第3号,
269-270頁
一般講演欧亜解剖資料展を観て大矢全節(1973年)第19巻第3号,
270-271頁
一般講演安楽死と合理的自殺について小沢吉見(1973年)第19巻第3号,
272-273頁
一般講演十九世紀における蝦夷地の疾病山形敞一(1973年)第19巻第3号,
273-274頁
一般講演来日宣教医HENRY FAULDSについて長門谷洋治(1973年)第19巻第3号,
274-275頁
一般講演九州における医学放射線技術者の先覚赤間与三次先生今市正義(1973年)第19巻第3号,
276頁
一般講演精得館医学生好本純蔵の長崎通信中山沃(1973年)第19巻第3号,
277-278頁
一般講演橋本宗吉訳未刊の医薬書二点について中野操(1973年)第19巻第3号,
278頁
一般講演高橋重賢の松前及び長崎の勤務について谷沢尚一(1973年)第19巻第3号,
279-280頁
一般講演屯田兵村における医療(第一報)方波見康雄(1973年)第19巻第3号,
280-281頁
一般講演薩摩の洋医学森重孝(1973年)第19巻第3号,
281-282頁
一般講演薬師経と薬師如来瑞応伝とについて関根正雄(1973年)第19巻第3号,
283-284頁
一般講演医学用語に関する研究 「糖尿病」の名称について-第一報-三村悟郎 福満昭二(1973年)第19巻第3号,
284-285頁
一般講演関寛斎の研究 第二報 長崎時代の人物像福島義一(1973年)第19巻第3号,
286-287頁
一般講演広島医学校の学生ノ-ト、明治十六年から太田典礼(1973年)第19巻第3号,
286-287頁
一般講演医療及び保健衛生面における検査技術者の歴史-衛生検査技師から臨床検査技師への史的推移-谷島清郎(1973年)第19巻第3号,
288頁
一般講演種子島住人の出島見聞録-殊にオランダ医官列狄と吉雄幸載を中心として河内一郎(1973年)第19巻第3号,
289頁
一般講演比較語学的方法による身体意識史検討の試み(三)三輪卓爾(1973年)第19巻第3号,
290頁
一般講演明治時代の女子歯科医師教育について本間邦則(1973年)第19巻第3号,
291頁
一般講演本邦における最初の帝王切開術について石原力(1973年)第19巻第3号,
292-293頁
一般講演麻酔の発展に関する考察栗本宗治(1973年)第19巻第3号,
293-294頁
一般講演梅毒の起源についての一考察吉井善作(1973年)第19巻第3号,
295頁
一般講演蘭医学書の原著者としてのフランス医学者古川明(1973年)第19巻第3号,
296-297頁
一般講演ヨーロッパ及びバタビヤからの購入図書から見たシーボルト矢部一郎(1973年)第19巻第3号,
297-298頁
一般講演明治期学校衛生史の研究(十)杉浦守邦(1973年)第19巻第3号,
299-300頁
一般講演江戸時代末期筑前国博多市小路に長崎より蘭学を導入していた医師の町(当時のメヂカルセンタ-)について奥村武(1973年)第19巻第3号,
301-302頁
一般講演開業医として四百年の私の家系-田中了斎とその医史学上の業績田中敬三(1973年)第19巻第3号,
302-303頁
一般講演Philipp F.B.von Siebold and AcupunctureJohn Z.Bowers(1973年)第19巻第3号,
307-313頁
原著『適々斎薬室膠柱方』について大塚恭男(1973年)第19巻第2号,
119-163頁
原著西説内科撰要について(二)大滝紀雄(1973年)第19巻第2号,
165-173頁
原著種子島における痘瘡について河内和夫(1973年)第19巻第2号,
174-192頁
原著華岡青洲による最初の全身麻酔の期日について松木明知(1973年)第19巻第2号,
193-197頁
原著写経生と病気新村拓(1973年)第19巻第2号,
198-212頁
資料一前野良沢・ 同 良庵・ 高山彦九郎書簡千々和実(1973年)第19巻第2号,
213-219頁
抄録マラッカ海峽地方における最初の麻酔(抄)Y.K.Lee(1973年)第19巻第2号,
219頁
資料二虎岩武の履歴書・論説・詩文土屋重朗(1973年)第19巻第2号,
220-225頁
例会記事欧州医学・看護史の旅長門谷洋治(1973年)第19巻第2号,
226頁
例会記事欧州医学・看護史の旅長門谷洋治(1973年)第19巻第2号,
226頁
例会記事種子島の痘瘡について河内和夫 河内一郎(1973年)第19巻第2号,
226頁
例会記事横浜医学の百年石原明(1973年)第19巻第2号,
226頁
例会記事在日宣教医 Theobald Adrian Palm についてのイギリスにおける調査報告蒲原宏(1973年)第19巻第2号,
226頁
例会記事江戸時代の史蹟、「道立橋」、「道三堀」について矢数道明(1973年)第19巻第2号,
226-227頁
例会記事奈良朝の医書について中泉行正(1973年)第19巻第2号,
227頁
例会記事関寛斎の長崎在学日記より小川鼎三(1973年)第19巻第2号,
227頁
例会記事古方派の系譜大塚恭男(1973年)第19巻第2号,
227頁
例会記事江戸東京の医人録中野操(1973年)第19巻第2号,
227頁
例会記事古書の修理方法石原明(1973年)第19巻第2号,
227頁
例会記事近衛家旧蔵古葉篭中の古文書をめぐって矢数道明(1973年)第19巻第2号,
227頁
雑報日本医史学会関西支部大会(1973年)第19巻第2号,
228頁
雑報インド医学講演会(1973年)第19巻第2号,
228-229頁
雑報 追悼岡西為人先生永眠される(1973年)第19巻第2号,
229頁
雑報岡西為人博士と中国医薬書赤堀昭(1973年)第19巻第2号,
229-230頁
雑報 追悼学徳の人 岡西先生をしのぶ三木栄(1973年)第19巻第2号,
231-232頁
雑報 抄録笑気、酸素麻酔の歴史-笑気酸素の発見の歴史-(抄)W.D.A.Smith(1973年)第19巻第2号,
232頁
雑報会員通信(1973年)第19巻第2号,
233頁
原著General Anesthesia and Surgery by Seishu HanaokaAkitomo MATSUKI(1973年)第19巻第2号,
245-237頁
原著Nicolaus Copernicus as Physician-on the fifth Centenary of his Birth-Witold RUDOWSKI(1973年)第19巻第2号,
267-246頁
原著明治初年地方医学校のオランダ語からドイツ語医学移行の研究―山口県.三田尻.華浦医学校の実例について―阿知波五郎(1973年)第19巻第1号,
001-18頁
原著西説内科撰要について(一)大滝紀雄(1973年)第19巻第1号,
019-28頁
原著藤原宮出土の典薬寮関係木簡考新村拓(1973年)第19巻第1号,
029-40頁
原著旧約聖書における衛生状態小沢吉見(1973年)第19巻第1号,
041-49頁
原著正倉院文書より得たる人口ピラミッド日野英子(1973年)第19巻第1号,
050-57頁
原著畠山義綱と医道伝受(二)宮本義己(1973年)第19巻第1号,
059-69頁
原著「【い】斎遺稿」について(六)大鳥蘭三郎(1973年)第19巻第1号,
070-87頁
原著江馬家にある坪井信道のヒポクラテス賛詩青木一郎(1973年)第19巻第1号,
088-90頁
資料堀内文書の研究(八)片桐一男(1973年)第19巻第1号,
091-101頁
例会記事小絵馬に現われている疾病観と治療観三浦三郎(1973年)第19巻第1号,
102頁
例会記事江戸幕府と医師進士慶幹(1973年)第19巻第1号,
102-103頁
例会記事明治年代の歯科麻酔-殊に笑気麻酔小史-谷津三雄(1973年)第19巻第1号,
103-104頁
例会記事幕府医官奈須家資料について鍋島直玄(1973年)第19巻第1号,
104-107頁
例会記事多摩の蘭学新藤恵久(1973年)第19巻第1号,
107頁
例会記事切手でみた救ライと外科蓮見武爾(1973年)第19巻第1号,
107頁
例会記事日本におけるヒポクラテス画像とその後緒方富雄(1973年)第19巻第1号,
107頁
例会記事カピタンの娘、平戸のコルネリアの半生岩生成一(1973年)第19巻第1号,
107頁
例会記事南海寄帰伝にみられる個人衛生杉田暉道(1973年)第19巻第1号,
107頁
例会記事佐藤尚中の長崎留学について小川鼎三(1973年)第19巻第1号,
107頁
記事 書評中川米造著「医学をみる眼」長門谷洋治(1973年)第19巻第1号,
107-108頁
記事昭和47年度医史学関係論文目録(一)(1973年)第19巻第1号,
109-114頁
雑報東海医学史研究会発足す-発会記念講演会印象記-(1973年)第19巻第1号,
114頁
原著出挙稲から眺めた奈良時代農民の死亡日野英子(1972年)第18巻第4号,
237-245頁
原著吾妻鏡を中心として見た鎌倉の医師樋口誠太郎(1972年)第18巻第4号,
246-257頁
原著畠山義綱と医道伝受(1)宮本義己(1972年)第18巻第4号,
258-269頁
原著藤林普山『水腫論』付北山正剛『外科要論』宮下三郎(1972年)第18巻第4号,
270-274頁
原著「植学独語」から見た宇田川榕菴矢部一郎(1972年)第18巻第4号,
275-281頁
原著ロイトルに関する新資料 岡山藩医学館オランダ人教師石田純郎(1972年)第18巻第4号,
282-281頁
原著「【い】斎遺稿」について(五)大鳥蘭三郎(1972年)第18巻第4号,
286-295頁
資料一豊橋浅井家に伝わる資料 豊橋医学舎設立願竹内孝一(1972年)第18巻第4号,
296-303頁
資料二堀内文書の研究(七)片桐一男(1972年)第18巻第4号,
305-312頁
例会記事杉山宗立について-シーボルトの門人-谷沢尚一(1972年)第18巻第4号,
313頁
例会記事古代日本人の体液観-言語学的一考察三輪卓爾(1972年)第18巻第4号,
313頁
例会記事吉益東洞と賀川玄悦-鎭帯産椅の禁をぐって-大塚恭男(1972年)第18巻第4号,
313頁
例会記事明治の漢方月刊誌「春雨雑誌」などについて矢数道明(1972年)第18巻第4号,
313-314頁
例会記事ヨーロッパの医学史跡めぐり-スライド供覧-立川昭二(1972年)第18巻第4号,
314頁
例会記事墮胎と産児調節の歴史太田典礼(1972年)第18巻第4号,
314頁
例会記事吾妻鏡を中心として見た鎌倉の医師樋口誠太郎(1972年)第18巻第4号,
314-315頁
例会記事日本医史学会関西支部秋季大会(1972年)第18巻第4号,
315-316頁
例会記事第23回国際医史学会見聞記蒲原宏(1972年)第18巻第4号,
316-317頁
例会記事昭和46年刊行医史学関係論文目録(2)(1972年)第18巻第4号,
317-326頁
例会記事若越医学史展出品目録(1972年)第18巻第4号,
321-326頁
雑報安芸津記念病院郷土史料室の紹介坂田泰正(1972年)第18巻第4号,
327頁
雑報日本医学文化保存会財団法人として文部省より許さる(1972年)第18巻第4号,
328頁
雑報財団法人「日本医学文化保存会」設立趣意書(1972年)第18巻第4号,
328頁
原著【U】ber die Buchstabierung in den ゛Ontleedkundigen Tafelen゛H.SAKAI(1972年)第18巻第4号,
342-346頁
特別講演仙台と蘭学山形敞一(1972年)第18巻第3号,
165-169頁
特別講演高野長英と蘭学大鳥蘭三郎(1972年)第18巻第3号,
170-172頁
特別講演蘭学と大阪中野操(1972年)第18巻第3号,
173-176頁
一般講演日本医学放射線技術史上の石田熊治郎について今市正義(1972年)第18巻第3号,
177頁
一般講演医学およびパラメディカル教育における制度史-とくに日本における特長柴田幸雄(1972年)第18巻第3号,
177-178頁
一般講演明治期学校衛生史の研究 九 学校身体検査制度杉浦守邦(1972年)第18巻第3号,
178-180頁
一般講演星野良悦の解屍中山沃(1972年)第18巻第3号,
180-181頁
一般講演藤井方亭の生家について茅原弘(1972年)第18巻第3号,
182頁
一般講演七科約説と太田用成土屋重朗(1972年)第18巻第3号,
182-183頁
一般講演佐伯理一郎(1862-1953)留学日記(米・独・墺・英)阿知波五郎(1972年)第18巻第3号,
183-186頁
一般講演日仏医学交流に貢献した茂木蔵之助古川明(1972年)第18巻第3号,
186-187頁
一般講演ターヘルアナトミアについて(その一)酒井恒(1972年)第18巻第3号,
187-189頁
一般講演解体新書と重訂解体新書を比較して酒井シヅ(1972年)第18巻第3号,
189頁
一般講演西説内科撰要について大滝紀雄(1972年)第18巻第3号,
190-191頁
一般講演植学啓原における遺伝学矢部一郎(1972年)第18巻第3号,
191頁
一般講演卯辰山養生所について津田進三(1972年)第18巻第3号,
192-193頁
一般講演古代バビロニアに於ける医療について鈴木哲哉(1972年)第18巻第3号,
193-194頁
一般講演古代印度医学と仏教医学との比較(1)石原明 杉田暉道(1972年)第18巻第3号,
194頁
一般講演日本先史時代の暦法-月名の解明と生産呪術の考察を中心として三輪卓爾(1972年)第18巻第3号,
195-196頁
一般講演奈良時代庶民の人口ピラミッドおよび死亡日野英子(1972年)第18巻第3号,
196-197頁
一般講演「医学天正記」の研究(第二報)矢数道明(1972年)第18巻第3号,
197-198頁
一般講演戦国武将の医学意識と医道伝授宮本義己(1972年)第18巻第3号,
198-199頁
一般講演禅宗僧の延寿堂について関根正雄(1972年)第18巻第3号,
199-200頁
一般講演徳島県における漢方医存續運動について福島義一(1972年)第18巻第3号,
200-201頁
一般講演旧約聖書時代の衛生状態小沢吉見(1972年)第18巻第3号,
201-202頁
一般講演泰西医学と数学大矢全節(1972年)第18巻第3号,
202-203頁
評伝頼山陽の病志(二)富士川英郎(1972年)第18巻第3号,
205-214頁
資料近世日本医学の先覚者-相良知安文書の研究鍵山栄(1972年)第18巻第3号,
215-222頁
原著養老令にみる奈良時代の疾病観と疾病宮崎吉平(1972年)第18巻第2号,
093-106頁
原著瑞方面山の「典座教訓聞解」について関根正雄(1972年)第18巻第2号,
107-118頁
原著坪井信道のヒポクラテス賛の作詩の年代緒方富雄(1972年)第18巻第2号,
119-122頁
原著秋田の蘭医岩谷省達松木明知(1972年)第18巻第2号,
123-126頁
原著「【い】斎遺稿」について(四)大鳥蘭三郎(1972年)第18巻第2号,
127-134頁
原著弘前藩の定府藩医須川隆白-伊沢蘭軒覚之書(三)松木明(1972年)第18巻第2号,
135-138頁
評伝頼山陽の病志富士川英郎(1972年)第18巻第2号,
139-147頁
雑報 新刊紹介三木栄著「体系世界医学史」-書誌的研究(1972年)第18巻第2号,
147頁
雑報 新刊紹介村上忠重校閲川俣建二著 胃外科の歴史(1972年)第18巻第2号,
148頁
資料堀内文書の研究(六)片桐一男(1972年)第18巻第2号,
149-155頁
例会記事瑞方面山の「典座教訓聞解」について関根正雄(1972年)第18巻第2号,
156頁
例会記事切手に表われた細菌学・生物学蓮見武爾(1972年)第18巻第2号,
156頁
例会記事河野通俊の業蹟蓮見武爾(1972年)第18巻第2号,
156-157頁
例会記事華岡青洲の外科道具の比較研究緒方富雄 小川鼎三 中野操 大鳥蘭三郎 谷津三雄 酒井シヅ 市河作之助 松本善次郎(1972年)第18巻第2号,
157頁
例会記事吾妻鏡を中心として見た鎌倉の医師樋口誠太郎(1972年)第18巻第2号,
157頁
特集 堀内文書の研究堀内文書にみる蘭学者の生活と思想-第一回杉田玄白の手紙から―小川鼎三(1972年)第18巻第1号,
1-10頁
研究余滴解体新書に引用された本・タ―ヘル・アナトミアの出版事情酒井シヅ(1972年)第18巻第1号,
10頁
特集 堀内文書の研究堀内文書にみられるオランダ語について大鳥蘭三郎(1972年)第18巻第1号,
11-16頁
特集 堀内文書の研究米沢藩々医,堀内家とその周辺堀内淳一(1972年)第18巻第1号,
17-28頁
特集 堀内文書の研究堀内文書よりみた江戸時代後期の医療(第一報)大塚恭男(1972年)第18巻第1号,
29-37頁
特集 堀内文書の研究堀内文書関係年譜酒井シヅ(1972年)第18巻第1号,
39-50頁
原著弘前における渋江抽斎の遺族と伊沢棠軒-伊沢蘭軒覚之書(二)松木明(1972年)第18巻第1号,
051-54頁
雑報 書評浦和市医師会編纂「物語浦和市医師会史」酒井シヅ(1972年)第18巻第1号,
54頁
資料一堀内文書の研究(五)片桐一男(1972年)第18巻第1号,
55-60頁
史料戸塚静海より兄柳齋宛の書簡の紹介 二戸塚芳男(1972年)第18巻第1号,
61-66頁
例会記事宇田川榕菴の植学独語矢部一郎(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事宇田川榕菴と遠西医方名物考緒方富雄(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事箕作阮甫の訳語「人口」について佐藤良雄(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事坪井信道塾の塾生でつくった二つの医薬品辞典緒方富雄(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事オランダの医学切手古川明(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事堀内文書にみる蘭学者の生活と思想小川鼎三(1972年)第18巻第1号,
67頁
例会記事古川柳より見たる医学山路閑古(1972年)第18巻第1号,
67-68頁
記事昭和46年度医史学関係文献目録(一)(1972年)第18巻第1号,
68-74頁
雑報 新刊紹介森下薫著「ある医学史の周辺」(1972年)第18巻第1号,
74頁
原著Japanische Medizin und DeutschlandTeizo OGAWA(1972年)第18巻第1号,
085-92頁
原著ヘイステル内科書とその中のヒポクラテスの言葉緒方富雄(1971年)第17巻第4号,
273-287頁
原著青森大病院教授 深瀬洋春 伊沢蘭軒覚え書(一)松木明(1971年)第17巻第4号,
288-291頁
原著「【い】斎遺稿」について(三)大鳥蘭三郎(1971年)第17巻第4号,
292-303頁
原著津軽における人体解剖の事蹟(二)松木明知(1971年)第17巻第4号,
304-307頁
原著青森県八戸地方の種痘史に関する一史料松木明知(1971年)第17巻第4号,
308-310頁
資料一戸塚静海より兄柳斎宛の書簡の紹介(一)戸塚芳男(1971年)第17巻第4号,
311-315頁
資料二堀内文書の研究(四)片桐一男(1971年)第17巻第4号,
317-324頁
例会記事ブルク・ワルテンシュタイン・シンポジウム「アジアの医学体系の比較研究」に出席して大塚恭男(1971年)第17巻第4号,
325頁
例会記事父の遺品をめぐって大滝紀雄(1971年)第17巻第4号,
325-327頁
例会記事頼山陽の病志富士川英郎(1971年)第17巻第4号,
327頁
例会記事奈良時代における僧侶の医療について樋口誠太郎(1971年)第17巻第4号,
327-328頁
例会記事吉益東洞門人録について矢数道明(1971年)第17巻第4号,
328-330頁
例会記事日本医史学会関西支部秋季大会(1971年)第17巻第4号,
330頁
雑報伊東玄朴の墓(1971年)第17巻第4号,
331頁
雑報 新刊紹介愛知県医事風土記(1971年)第17巻第4号,
331-332頁
雑報 新刊紹介現代科学思想事典(1971年)第17巻第4号,
332頁
雑報 新刊紹介科学の使徒・レントゲン(1971年)第17巻第4号,
332頁
雑報 新刊紹介馬詰嘉吉著 恩師井上誠夫先生(1971年)第17巻第4号,
332頁
雑報 新刊紹介ススルタ大医典 全三巻(1971年)第17巻第4号,
332-333頁
雑報 新刊紹介スシュルタ本集 全一巻(1971年)第17巻第4号,
333頁
雑報 新刊紹介吉川芳秋著 本草蘭医科学郷土史考(1971年)第17巻第4号,
333頁
雑報 新刊紹介松木明 松木明知著 津軽の医史(1971年)第17巻第4号,
333-334頁
雑報 書評青木一郎著「年譜で見る坪井信道の生涯」 付美濃蘭学者の動静酒井シヅ(1971年)第17巻第4号,
334頁
雑報 書評昭和46年度日本医史学会寄贈本リスト(1971年)第17巻第4号,
334-335頁
雑報 書評世界の医史学雑誌-ニ-(1971年)第17巻第4号,
336頁
原著Uber den Vornamende GraafsH.SAKAI(1971年)第17巻第4号,
343-347頁
原著The Traditional System of Indian Medicine (Ayurveda)-the Background-V.V.Gokhalc(1971年)第17巻第4号,
348-362頁
原著欧州における人痘接種法の歴史、 とくにトルコ式接種法の西欧へのひろがり古川明(1971年)第17巻第3号,
165-179頁
原著奈良時代に於ける僧侶の才芸としての医療樋口誠太郎(1971年)第17巻第3号,
180-189頁
原著「【い】斎遺稿」について(二)大鳥蘭三郎(1971年)第17巻第3号,
190-205頁
原著明治前北海道疾病史(2)松木明知(1971年)第17巻第3号,
206-212頁
原著北海道における人体解剖の事蹟-追補-松木明知(1971年)第17巻第3号,
213-215頁
雑報 抄録Discovery of the Pulmonary Circulation by an Arad in the Thirteenth Century・(抄)松木明知(1971年)第17巻第3号,
215頁
評伝伊東玄朴の人と交友緒方富雄(1971年)第17巻第3号,
216-230頁
資料 一堀内文書の研究 三片桐一男(1971年)第17巻第3号,
233-246頁
資料 二高橋由一筆 川本幸民像緒方富雄(1971年)第17巻第3号,
247-248頁
雑報 抄録A.E.Best:Pourfour du Petit´s Experiments on the orgin of sympathetic nerve medical History、Vol、13 No、2、1969 p.154―174(抄)Medical History,(1971年)第17巻第3号,
248頁
例会記事ヘイステル内科書のなかのヒポクラテス緒方富雄(1971年)第17巻第3号,
249頁
例会記事日本における甘草の歴史大塚恭男(1971年)第17巻第3号,
249頁
例会記事上下肢反射に関連した文化史的並びに生物学的象徴性-豊倉教授への追加として三輪卓爾(1971年)第17巻第3号,
249-250頁
例会記事川本幸民歿後百年記念  川本幸民の理化学書-二、三の書誌学的考察―宗田一(1971年)第17巻第3号,
251-253頁
例会記事川本幸民歿後百年記念  日本学士院所蔵 川本幸民関係資料-語学関係-片桐一男(1971年)第17巻第3号,
253-256頁
例会記事川本幸民歿後百年記念  川本幸民歿後百年におもうこと井上悌雄(1971年)第17巻第3号,
256-258頁
例会記事川本幸民歿後百年記念  川本幸民と蘭学者たち緒方富雄(1971年)第17巻第3号,
258-263頁
例会記事日本医史学会関西支部例会記事(1971年)第17巻第3号,
264頁
新刊紹介日本思想大系63「近世科学思想下」(1971年)第17巻第3号,
264頁
新刊紹介日本思想大系55「渡辺崋山、高野長英、佐久間象山、横井小楠、橋本左内」(1971年)第17巻第3号,
264-265頁
新刊紹介児玉作左衛門著「明治前日本人類学史・先史学史アイヌ民族史の研究(黎明前)(1971年)第17巻第3号,
265頁
新刊紹介内田守著「光田健輔」(1971年)第17巻第3号,
265頁
新刊紹介松井喜三編集・解説 レオナルド・ダ・ヴィンチ解剖図集(1971年)第17巻第3号,
265頁
雑報「医学文化保存事業部」を開設(1971年)第17巻第3号,
268頁
雑報「医学古書目録」を刊行(1971年)第17巻第3号,
268頁
雑報金原出版(株)創業百年を迎えて 画期的記念事業(1971年)第17巻第3号,
268頁
例会記事川本幸民歿後百年記念 蘭学資料研究会共催(1971年)第17巻第3号,
原著江戸時代に作製された木製人体骨骼模型(木骨)について蒲原宏(1971年)第17巻第2号,
051-73頁
原著加賀藩最初の人体解剖酒井恒(1971年)第17巻第2号,
074-83頁
原著「【い】斎遺稿」について(一)大鳥蘭三郎(1971年)第17巻第2号,
084-99頁
原著明治前北海道疾病史(一)松木明知(1971年)第17巻第2号,
100-110頁
原著秋田藩医斎藤養達-とくに白鳥雄蔵との関係―松木明知(1971年)第17巻第2号,
111-117頁
資料堀内文書の研究(2)片桐一男(1971年)第17巻第2号,
119-127頁
例会記事ドイツ大教師ミュルレルの著述「東京医学」(2)小川鼎三(1971年)第17巻第2号,
128-129頁
例会記事十九世紀後半のドイツ医学教育を探る岡島道夫(1971年)第17巻第2号,
130頁
例会記事お玉ケ池種痘所と種痘法の伝来小川鼎三(1971年)第17巻第2号,
130-134頁
例会記事伊東玄朴の人と交友緒方富雄(1971年)第17巻第2号,
134頁
例会記事蘭学とその周辺司馬遼太郎(1971年)第17巻第2号,
134頁
例会記事戸塚柳溪と静甫(静海より兄柳斎への手紙)戸塚芳男(1971年)第17巻第2号,
134頁
例会記事平田篤胤の「志都乃石室」を読んで酒井シヅ(1971年)第17巻第2号,
134-136頁
例会記事「【い】斎遺稿」について(一)大鳥蘭三郎(1971年)第17巻第2号,
136頁
例会記事富士川游を語る(4)その生活、趣味、嗜好、娯楽佐藤美実(1971年)第17巻第2号,
136-138頁
記事第72回日本医史学会総会追加討論(1971年)第17巻第2号,
139-140頁
書評緒方富雄氏著『日本におけるヒポクラテス賛美』を読みて大塚恭男(1971年)第17巻第2号,
142-143頁
書評変貌する労働環境(労働科学叢書28) 三浦豊彦著杉田暉道(1971年)第17巻第2号,
143頁
書評片桐一男氏著『杉田玄白』を読む大塚恭男(1971年)第17巻第2号,
143-144頁
雑報 新刊紹介安西安周先生遺稿「日本医道論」矢数道明(1971年)第17巻第2号,
145頁
書評川本裕司・中谷一二共著「近世日本の化学の始祖 川本幸民伝」宗田一(1971年)第17巻第2号,
146頁
書評石原明、杉田暉道、長門谷洋治共著 看護史-系統看護学講座 別巻5-酒井シヅ(1971年)第17巻第2号,
146-147頁
雑報第23回国際医史学会について(1971年)第17巻第2号,
147頁
原著The Role of Organized Research Units in Development of the NeurosciencesH.W.Magoun(1971年)第17巻第2号,
150-160頁
特別講演医学とは何か、医学史とは何か。三木栄(1971年)第17巻第1号,
1-8頁
特別講演吉益東洞の医説について大塚敬節(1971年)第17巻第1号,
9-16頁
一般講演明治三年の加賀藩の人体解剖酒井恒(1971年)第17巻第1号,
17頁
一般講演江戸時代に作製された木製人体骨骼模型(木骨)について蒲原宏(1971年)第17巻第1号,
18-19頁
一般講演矼斎改訳の「人身究理小解序」について大内弘(1971年)第17巻第1号,
19-20頁
一般講演杉田玄白著「【い】斎遺稿」歌之一、同詩之二について大鳥蘭三郎(1971年)第17巻第1号,
20頁
一般講演坪井信道の「五液診法」中山沃(1971年)第17巻第1号,
21-22頁
一般講演司馬凌海の「七新薬説」と゛化学゛宗田一(1971年)第17巻第1号,
22-22頁
一般講演明治初期の医学書について阿知波五郎(1971年)第17巻第1号,
22-23頁
一般講演緒方郁蔵訳、富士川洽筆写の「薬性新論」について赤松金芳(1971年)第17巻第1号,
23-24頁
一般講演秋田藩医斎藤養達-とくに白鳥雄蔵との関係―松木明知(1971年)第17巻第1号,
24-25頁
一般講演『遁花秘訣』の一写本について安井広(1971年)第17巻第1号,
25-26頁
一般講演花野井有年と医方正伝土屋重朗(1971年)第17巻第1号,
26頁
一般講演関寛斎の研究 (第一報)福島義一(1971年)第17巻第1号,
27頁
一般講演同一年中に二種類版行された大阪医師番付について中野操(1971年)第17巻第1号,
27-28頁
一般講演阿波における医学者の墓所と墓碑銘米田賀子(1971年)第17巻第1号,
28-29頁
一般講演久居藩における蘭医木村家について茅原弘(1971年)第17巻第1号,
29-30頁
一般講演越後国新発田藩の口科医佐藤家の記録について本間邦則(1971年)第17巻第1号,
30頁
一般講演第22回国際医史学会の報告大矢全節(1971年)第17巻第1号,
30-31頁
一般講演ダランベールの業蹟について巴陵宣祐(1971年)第17巻第1号,
31-32頁
一般講演ペスト菌の発見と北里柴三郎藤野恒三郎(1971年)第17巻第1号,
32-33頁
一般講演パピルス.エドウイン―スミスからヒポクラテスへの外科学の変遷鈴木哲哉(1971年)第17巻第1号,
33-34頁
一般講演「増壱阿含経」などにみられる看護行為関根正雄(1971年)第17巻第1号,
34-35頁
一般講演東大初期の看護教育長門谷洋治(1971年)第17巻第1号,
35-36頁
一般講演明治期学校衛生史の研究(八)-学校看護婦の出現―杉浦守邦(1971年)第17巻第1号,
36-37頁
一般講演日本医学放射線技術史上における医学放射線技術論の発生点今市正義(1971年)第17巻第1号,
37-38頁
一般講演医科器械カタログよりみた歯科器械の変遷鈴木勝・谷津三雄(1971年)第17巻第1号,
38-39頁
一般講演明治以前の検疫山下喜明(1971年)第17巻第1号,
39-40頁
一般講演小石川養生所について津田進三(1971年)第17巻第1号,
40-41頁
一般講演第三高等中学校医学部の講義内容(予報)大滝紀雄(1971年)第17巻第1号,
41-42頁
一般講演日本の医師免許制度安芸基雄(1971年)第17巻第1号,
42-43頁
一般講演「医学天正記」の研究矢数道明 矢数圭堂(1971年)第17巻第1号,
43-44頁
一般講演「千金要方」の研究(第二報)大塚恭男(1971年)第17巻第1号,
44-45頁
原著ホルマリンの歴史 その発見より防腐注入剤への応用酒井恒(1970年)第16巻第4号,
231-250頁
原著前田信輔筆「モーニケ談話筆記(仮称)」緒方富雄(1970年)第16巻第4号,
251-259頁
原著瑞方面山の「経行軌聞解」について関根正雄(1970年)第16巻第4号,
260-270頁
原著仏教における身体観杉田暉道(1970年)第16巻第4号,
271-277頁
原著松前藩医桜井小膳の塋域松木明知(1970年)第16巻第4号,
278-284頁
原著北海道における人体解剖の事蹟-補遺-ビッサリオン.サルトフの墓松木明知(1970年)第16巻第4号,
285-287頁
資料堀内文書の研究 一片桐一男(1970年)第16巻第4号,
289-297頁
資料堀内家略系図(1970年)第16巻第4号,
297-298頁
例会記事富士川游を語る その(三)…性格と性癖佐藤美実(1970年)第16巻第4号,
299-301頁
例会記事チベット医学とラマの秘薬(実物供覧)石原明(1970年)第16巻第4号,
301頁
例会記事山崎文庫所蔵の「緒方洪庵先生行実」緒方富雄(1970年)第16巻第4号,
301-302頁
例会記事大槻玄幹の蘭学事始附記について緒方富雄(1970年)第16巻第4号,
302-303頁
例会記事江戸時代の囚人給食日野英子(1970年)第16巻第4号,
303-304頁
例会記事レンブラントの名画「解剖」に描かれた医師古川明(1970年)第16巻第4号,
304-305頁
例会記事軍医の徽章太田臨一郎(1970年)第16巻第4号,
305-308頁
例会記事洋風画と浮世絵に反映した西洋画家坂本満(1970年)第16巻第4号,
308-309頁
雑報日本医史学雑誌総索引の作製を望む松木明知(1970年)第16巻第4号,
319-320頁
雑報再び「桂川の人々」を推奨する(1970年)第16巻第4号,
321頁
雑報福島義一著「阿波の医学史」(1970年)第16巻第4号,
321頁
原著坪井信道塾の研修記録としての前田信輔筆「日習堂医按」緒方富雄(1970年)第16巻第3号,
147-166頁
原著吉益東洞の天命説をめぐって大塚敬節(1970年)第16巻第3号,
167-179頁
原著江戸時代の精神病学における一本堂-「行余医言」巻五-山田光胤(1970年)第16巻第3号,
180-189頁
原著種痘法の移入と弘前藩の態度松木明知(1970年)第16巻第3号,
190-196頁
原著「胡地養生考」と壊血病松木明知(1970年)第16巻第3号,
197-200頁
原著鴎外の史伝「渋江抽齋」の校勘記(完)松木明(1970年)第16巻第3号,
201-204頁
資料 一堀内文書目録稿酒井シヅ(1970年)第16巻第3号,
205-213頁
資料 二三宅秀回顧談大滝紀雄.酒井シヅ(注)(1970年)第16巻第3号,
214-221頁
例会記事インド東北部の民間医療石原明(1970年)第16巻第3号,
222頁
例会記事富士川游を語る  その二佐藤美実(1970年)第16巻第3号,
222-223頁
例会記事嶺春泰筆の蘭文写本の原典緒方富雄(1970年)第16巻第3号,
223-224頁
例会記事瑞方面山の「經行軌聞解」関根正雄(1970年)第16巻第3号,
224-225頁
例会記事仏教と解剖学杉田暉道(1970年)第16巻第3号,
225頁
例会記事緒方洪庵「適々斎薬室膠柱方」と「解剖略式」緒方富雄(1970年)第16巻第3号,
225-226頁
雑報日本医史学会関西支部例会(1970年)第16巻第3号,
227頁
雑報世界の医学雑誌-一-(1970年)第16巻第3号,
227頁
原著緒方洪庵,青木周弼,伊東南洋共訳の「袖珍内外方叢」とその原著中山沃(1970年)第16巻第2号,
081-87頁
原著「異形頚骨記」と各務文献-整形外科史におけるその意義蒲原宏(1970年)第16巻第2号,
088-92頁
原著下北疫癘史松木明知(1970年)第16巻第2号,
093-97頁
原著北海道における人体解剖の事蹟松木明知(1970年)第16巻第2号,
098-103頁
原著加賀藩の「キンストレーキ」酒井恒(1970年)第16巻第2号,
104-115頁
原著瑞方面山『釈氏洗浄法』について関根正雄(1970年)第16巻第2号,
116-124頁
原著前田信輔自筆「客窓漫筆」緒方富雄(1970年)第16巻第2号,
125-131頁
原著鴎外の史伝「渋江抽斎」の校勘記( 四)松木明(1970年)第16巻第2号,
132-134頁
例会記事シーボルトに贈られた日本の針石原明(1970年)第16巻第2号,
135-136頁
例会記事富士川游を語る-その一-佐藤美実(1970年)第16巻第2号,
136頁
例会記事西洋の文献にみえる甘草大塚恭男(1970年)第16巻第2号,
137頁
例会記事ウエルカム医学史博物館について大鳥蘭三郎(1970年)第16巻第2号,
137-138頁
例会記事「釈氏洗浄法」について関根正雄(1970年)第16巻第2号,
138頁
例会記事ドイツ人教師ミュルレルの著述「東京医学」小川鼎三(1970年)第16巻第2号,
138頁
例会記事蘭館長ニーマンについて酒井シヅ(1970年)第16巻第2号,
139頁
例会記事東洋の文献にみえる甘草大塚恭男(1970年)第16巻第2号,
139頁
例会記事欧州の医史学界瞥見小川鼎三(1970年)第16巻第2号,
139-140頁
例会記事前田信輔「客窓漫筆」の中の「日習堂医按」と「モーニケ説控帳(仮称)」の紹介緒方富雄(1970年)第16巻第2号,
140頁
雑報日本医史学会関西支部大会(1970年)第16巻第2号,
141頁
雑報医学史関係論文目録(続き)(1970年)第16巻第2号,
141頁
雑報 論文抄読James H.Cassedy:History of medicine and related siences in Europe.on teaching and study. Bulletin of the History of Medicine,Vol.43,No.3,pp.270-283,1969.R・O・抄(1970年)第16巻第2号,
142頁
雑報訃報 長岡博男氏 長門谷丈一氏(1970年)第16巻第2号,
143頁
特別講演近代日本における外人宣教医の研究長門谷洋治(1970年)第16巻第1号,
1-44頁
特別講演ススルタ・サムヒータを訳して鈴木正夫(1970年)第16巻第1号,
45-48頁
会長講演糖尿病による視力障害についての史的考察鈴木宣民(1970年)第16巻第1号,
49-50頁
一般講演「千金要方」の研究(第一報)大塚恭男(1970年)第16巻第1号,
51頁
一般講演明治初期漢洋脚気病院設立の裏面史について矢数道明(1970年)第16巻第1号,
51-52頁
一般講演帆足万里の「医学啓蒙」について小川鼎三(1970年)第16巻第1号,
52-53頁
一般講演ポンペの脚気論並麻疹説大滝紀雄(1970年)第16巻第1号,
53頁
一般講演岡山地方の種痘と適塾門人守屋庸庵中山沃 石田純郎(1970年)第16巻第1号,
53-54頁
一般講演ベルツと日本学校衛生杉浦守邦(1970年)第16巻第1号,
54-55頁
一般講演フイシスと陰陽三木栄(1970年)第16巻第1号,
55-56頁
一般講演藤井方亭に関する研究―特に諏訪俊に関する新資料について津田進三(1970年)第16巻第1号,
56-57頁
一般講演パラメデイカル教育史の一面(明治初期の看護婦教育)柴田幸雄(1970年)第16巻第1号,
57-58頁
一般講演コス島のヒポクラテス財団の現況蒲原宏(1970年)第16巻第1号,
58頁
一般講演外科手術無菌法の開拓者テリヨン古川明(1970年)第16巻第1号,
58-59頁
一般講演坪井信道の日習堂塾平面図青木一郎 中野操(1970年)第16巻第1号,
59頁
一般講演加賀藩の人体解剖学模型酒井恒(1970年)第16巻第1号,
59-60頁
一般講演『眼科新書』中の「眼球略図」をめぐって片桐一男(1970年)第16巻第1号,
60頁
一般講演「蝦夷地異疾考」と壊血病松木明知(1970年)第16巻第1号,
60-61頁
一般講演比較語学的方法による身体意識史検討の試み(2)三輪卓爾(1970年)第16巻第1号,
61頁
一般講演明治時代の鉱夫共済組合病院三浦豊彦(1970年)第16巻第1号,
61-62頁
一般講演愛知県病院教師ヨングハンスについて中野操(1970年)第16巻第1号,
62頁
一般講演アグノーの著書について大矢全節(1970年)第16巻第1号,
62-63頁
一般講演酒湯(ささゆ)の行事記録からみた阿波藩主(峰須賀家)とその家族の疫史的考察福島義一(1970年)第16巻第1号,
63頁
一般講演江戸時代の精神病学書としての一本堂-行余医言巻五-山田光胤(1970年)第16巻第1号,
64頁
一般講演医学教育史について阿知波五郎(1970年)第16巻第1号,
64-65頁
一般講演蘭学事始への大槻玄沢の寄与緒方富雄(1970年)第16巻第1号,
65-66頁
一般講演西域医薬の東漸史考吉田一郎(1970年)第16巻第1号,
66頁
一般講演室町・戦国時代における曲直瀬道三の史料考証今市正義(1970年)第16巻第1号,
66-67頁
一般講演享保十五年の製剤記録赤松金芳(1970年)第16巻第1号,
67頁
一般講演川本幸民の化学書についての一考察宗田一(1970年)第16巻第1号,
68頁
一般講演陶斎雑録(河口信順)川島恂二(1970年)第16巻第1号,
68-69頁
一般講演仏像・仏画におけるBabinskiの足ゆび現象豊倉康夫(1970年)第16巻第1号,
69頁
一般講演小森桃塢著「蘭方枢機」について大鳥蘭三郎(1970年)第16巻第1号,
69-70頁
一般講演温室経疏にみられる医学思想杉田暉道(1970年)第16巻第1号,
70-71頁
一般講演銅人と石経石原明(1970年)第16巻第1号,
71頁
一般講演大槻玄沢の産科書について酒井シヅ(1970年)第16巻第1号,
72頁
一般講演ギプス包帯技術の日本への輸入について蒲原宏(1970年)第16巻第1号,
72-73頁
一般講演明治前における北海道・青森の狂犬病史松木明知(1970年)第16巻第1号,
73-75頁
原著福沢諭吉の「牛痘再種之説」大滝紀雄(1969年)第15巻第4号,
191-195頁
原著利光仙庵著「引痘夜話」について川島恂二(1969年)第15巻第4号,
196-204頁
原著生きた歴史-内分泌学者、シーハン博士小伝中江孝治(1969年)第15巻第4号,
205-208頁
原著適塾門下生坪井信立に就て青木一郎(1969年)第15巻第4号,
209-213頁
原著嶺春泰伝追加緒方富雄(1969年)第15巻第4号,
214-217頁
原著鴎外の史伝「渋江抽斎」の校勘記(3)松木明(1969年)第15巻第4号,
218-221頁
例会記事福沢諭吉の種痘再種の説大滝紀雄(1969年)第15巻第4号,
222頁
例会記事利光仙庵著  引痘夜話について川島恂二(1969年)第15巻第4号,
222頁
例会記事欧州ホメオパシー医薬の今昔吉田一郎(1969年)第15巻第4号,
222頁
例会記事歯科の古画と処方広木彦吉(1969年)第15巻第4号,
222頁
例会記事アンブロアズ.パレ―について佐藤美実(1969年)第15巻第4号,
222頁
例会記事日蘭交渉史に関するシンポジウムの成果緒方富雄(1969年)第15巻第4号,
223頁
例会記事解体新書の付図とライデン大学教授ビドロー小川鼎三(1969年)第15巻第4号,
223-224頁
例会記事Willaim Smellie とわが国の西洋産科との関係酒井シヅ(1969年)第15巻第4号,
224頁
例会記事吉益東洞と亀井南溟大塚恭男(1969年)第15巻第4号,
224頁
例会記事シーボルトの墓菊地重郎(1969年)第15巻第4号,
224頁
例会記事日本におけるヒポクラテスの画像と賛-その後の研究―緒方富雄(1969年)第15巻第4号,
224頁
雑報日本医事新報社社長 日本医史学会理事 故梅沢彦太郎さんを悼む今田見信(1969年)第15巻第4号,
225-226頁
雑報最後に梅沢さんの略歴を掲げておこう今田見信(1969年)第15巻第4号,
226頁
原著Detachments to the Isle of Yezo and ScurvyAkitomo Matsuki(1969年)第15巻第4号,
238-242頁
原著華岡青州と門人杉立以成蒲原宏(1969年)第15巻第3号,
135-142頁
原著鴎外の史伝「渋江抽斎」の校勘記(2)松木明(1969年)第15巻第3号,
143-145頁
原著Samuel D・Gross について小野譲(1969年)第15巻第3号,
146-158頁
原著河口信任と隠れキリシタン川島恂二(1969年)第15巻第3号,
159-163頁
原著肖像異変-山県大弐か香川修徳か若尾隣平(1969年)第15巻第3号,
164-171頁
例会記事河口信任と隠れキリシタン川島恂二(1969年)第15巻第3号,
172頁
例会記事小森桃塢の「蘭方枢機」とブカンの家庭医学(予報)大鳥蘭三郎(1969年)第15巻第3号,
172頁
例会記事寺門静軒と安藤文沢小川鼎三(1969年)第15巻第3号,
172頁
例会記事古医書二種(写本)「口中療治俗書」、「小児方録」小川鼎三(1969年)第15巻第3号,
172-173頁
例会記事跡尋社長  吉益四峰の業績について矢数道明(1969年)第15巻第3号,
173-174頁
雑報 論文抄読ウイリアム・ジュームス不在の米国精神病学T・O生(1969年)第15巻第3号,
174頁
雑報 論文抄読Reginald S.A.Load:The White Veins:Conceptual difficulties in the History of the Lymphatics,Medical History,Vol.12,No.2,pp.174-184,1968.S・S抄(1969年)第15巻第3号,
177-178頁
雑報 論文抄読Alexander Borodin,the Scientist,the Musician,the man.Janies,CCole,M,D.JAMA April 7,1969 Vol208,No.1 129-130A・M(1969年)第15巻第3号,
178-179頁
雑報 論文抄読Mary A.B.Brazier:the History of the Electrical Activity of the Brain as a Method for Localizing Sensory Function.Medical History,Vol.7,pp.199-211,1963S・S抄(1969年)第15巻第3号,
179頁
書評阿知波五郎著 ヘルマン・ブールハーヴェーその生涯、思想、そして蘭医学への影響-長門谷洋治(1969年)第15巻第3号,
180-182頁
書評阿知波五郎著「ブールハーヴェーその生涯、思想、そして蘭医学への影響」R.O(1969年)第15巻第3号,
182頁
原著Abraham Lincolns Family DoctorsE.F.Pe,arson(1969年)第15巻第3号,
187-190頁
例会記事寺門静軒と安藤文沢(1969年)第15巻第3号,
雑報 追悼故鮫島近二先生略歴(1969年)第15巻第3号,
特別講演蕃書調所について沼田次郎(1969年)第15巻第2号,
1-10頁
特別講演日本におけるヒポクラテスの画像と賛緒方富雄(1969年)第15巻第2号,
11-15頁
特別講演明治初期の日本歯学山田平太(1969年)第15巻第2号,
16-18頁
特別講演明治維新前後の医学-とくにお雇い外人について-小川鼎三(1969年)第15巻第2号,
19-24頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演中天游訳<引律>について吉田忠(1969年)第15巻第2号,
25頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演安懐堂と日習堂片桐一男(1969年)第15巻第2号,
25-26頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演写本和蘭会話書(【てい】斎進印あるものおよび河東館・小関氏等の印あるもの)について佐藤良雄(1969年)第15巻第2号,
26-27頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演江馬元益著「藤渠漫筆」をめぐって (2)末中哲夫(1969年)第15巻第2号,
27-28頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演平井海蔵安井広(1969年)第15巻第2号,
28-29頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演Gomezの天球論とClavius(2)今井(1969年)第15巻第2号,
29-30頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演適塾門下生井上主水について茅原弘(1969年)第15巻第2号,
30-31頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演新元会員中の西哲像について中野操(1969年)第15巻第2号,
31-36頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演宇田川玄真『小児諸病』、坪井信道『診候大概』、箕作阮甫『斯微甸・発斑熱』について阿知波五郎(1969年)第15巻第2号,
36-37頁
第11回蘭学資料研究大会一般講演司馬江漢の「天地理談」神田茂(1969年)第15巻第2号,
37-38頁
一般講演杉田玄白先生解体図と記銘のある平次郎解剖図について蒲原宏(1969年)第15巻第2号,
39頁
一般講演ジョージ・ワシントンの義歯と当時の日本義歯新藤恵久(1969年)第15巻第2号,
39-40頁
一般講演大槻玄沢著「西【ひん】対語」について大鳥蘭三郎(1969年)第15巻第2号,
40頁
一般講演第一回、内国勧業博覧会における歯科と医科の主品について鈴木勝 谷津三雄(1969年)第15巻第2号,
41-42頁
一般講演大阪の蘭学者橋本宗吉の年譜について中野操(1969年)第15巻第2号,
42頁
一般講演四世紀(古墳時代)代の洞穴遺跡より堀出された齲蝕歯牙について瀬戸俊一 小出義治 高橋和人(1969年)第15巻第2号,
42-43頁
一般講演明治初年京都医史資料として『京都府政治部衛生類』について阿知波五郎(1969年)第15巻第2号,
43-44頁
一般講演日本の義歯に関する医史学的研究筒井正弘(1969年)第15巻第2号,
44-45頁
一般講演切手で見る種痘の歴史古川明(1969年)第15巻第2号,
45-46頁
一般講演蘭医ボードインの胎児解剖松木明知(1969年)第15巻第2号,
46-47頁
一般講演アイヌ医療政策史の研究松木明知(1969年)第15巻第2号,
47-48頁
一般講演放射線医家浦野多門治と装置製作者福田雋一・室馨造について今市正義(1969年)第15巻第2号,
49頁
一般講演ロンドノウ著 医事法規について大矢全節(1969年)第15巻第2号,
49頁
一般講演「千金要方」に関する二、三の問題点大塚恭男(1969年)第15巻第2号,
50頁
一般講演西域医療の東漸史考吉田一郎(1969年)第15巻第2号,
50-51頁
一般講演わが国における歯科診療報酬の変遷、とくに主要歯科診療行為間の報酬のバランスの変遷について高木圭二郎(1969年)第15巻第2号,
51-52頁
一般講演栗崎家系譜およびニ代道喜等の書簡について竹内真一(1969年)第15巻第2号,
52頁
一般講演備前藩主を診察した名医達中山沃(1969年)第15巻第2号,
52-54頁
一般講演江戸時代における京都・大阪の歯科医について杉本茂春(1969年)第15巻第2号,
54-55頁
一般講演湊長安の「丹【せい】堂隨口任筆」について赤松金芳(1969年)第15巻第2号,
55頁
一般講演宇田川蘭方医学の問題点 秘められた諏訪俊士徳と藤井方亭藤井亭巳(1969年)第15巻第2号,
55-56頁
一般講演足立長雋の訳著「女科集成」と「産科礎」酒井シヅ(1969年)第15巻第2号,
56-57頁
一般講演中川五郎治の系譜松木明知(1969年)第15巻第2号,
57-58頁
一般講演華岡青洲の麻酔剤の蘭学史上における位置宗田一(1969年)第15巻第2号,
58頁
一般講演適塾門生と加賀藩津田進三(1969年)第15巻第2号,
59-60頁
一般講演新発田にウイリスの跡を訪ねて鮫島近二(1969年)第15巻第2号,
60頁
一般講演クラスブを応用した木彫部分床義歯の一例中沢勇 平田幹男 佐藤裕(1969年)第15巻第2号,
60-61頁
一般講演軍医総監森鴎外の業績-その試論1-伊達一男(1969年)第15巻第2号,
61頁
一般講演幕末の生野銀山における煙毒とその対策三浦豊彦(1969年)第15巻第2号,
61-62頁
一般講演陸軍衛生材料厰で行った民間医科器械の委託検査制度について会田恵(1969年)第15巻第2号,
62-63頁
一般講演明治時代における日本歯学雑誌について高麗日出男(1969年)第15巻第2号,
63-64頁
一般講演公衆衛生面よりみた横浜医学史杉田暉道(1969年)第15巻第2号,
64-66頁
一般講演本邦医学教育制度史序説長門谷洋治(1969年)第15巻第2号,
66-67頁
一般講演十七-十九世紀日鮮麻疹流行史 流行周期則三木栄(1969年)第15巻第2号,
67頁
雑報第70回日本医史学会総会展示品目録(1969年)第15巻第2号,
67-69頁
原著栗崎道有伝補遺大鳥蘭三郎(1969年)第15巻第1号,
001-5頁
原著安懐堂をめぐる二・三の問題片桐一男(1969年)第15巻第1号,
006-8頁
原著安懐堂と日習堂片桐一男(1969年)第15巻第1号,
009-11頁
原著烏山松円ははたして庄内藩医か―「蘭東事始」覚え書(三)―松木明知(1969年)第15巻第1号,
012-15頁
原著山鳴大年にあてた洪庵と郁蔵の書簡小田晧二(1969年)第15巻第1号,
016-20頁
学会記事伊藤圭介翁の旭園趾碑建碑除幕式について吉川芳秋(1969年)第15巻第1号,
21-30頁
資料明治・大正医師会史略塩沢香(1969年)第15巻第1号,
031-47頁
雑報臨床家・薬理学者としてのシドニ―・リンケルA.H(1969年)第15巻第1号,
47頁
例会記事Abraham Lincoln and His DoctorsEmmet F.Pearson(1969年)第15巻第1号,
48頁
例会記事Samuel D・Gross について小野譲(1969年)第15巻第1号,
48頁
例会記事ポンペ来日直前の長崎の蘭学大滝紀雄(1969年)第15巻第1号,
48頁
例会記事日本薬理学の誕生及びその後の展開原三郎(1969年)第15巻第1号,
48-49頁
例会記事江戸期の中国系薬物書概観吉田一郎(1969年)第15巻第1号,
49-50頁
例会記事インドにアユール・ヴエーダを訪ねて石原明(1969年)第15巻第1号,
50-51頁
書評ドナルドキーン著、芳賀徹訳『日本人の西洋発見』T・O(1969年)第15巻第1号,
51-52頁
書評万年甫訳編『神経学の源流1』を読んで大鳥蘭三郎(1969年)第15巻第1号,
52頁
書評矢数道明著『明治百年漢方略史年表』大塚恭男(1969年)第15巻第1号,
53頁
雑報 論文抄読Francisco Guerra:Juan de Valverde de Amusco.Clio Medica Vol.2,pp.339-362,1967.T・O生(1969年)第15巻第1号,
54頁
雑報 論文抄読Edith Heischkel―Artelt:The Concept of Barogue Medicine in the Development of Medical Historiography.Actes du dixieme congres international d Histoire des Sciences.Hermann,Paris,1964,pp.913-926.T・O生(1969年)第15巻第1号,
54-55頁
雑報 論文抄読Richard Pankhurst;The History and Traditional Treatment of Smallpox in Ethiopia,Medical History,Vol.9,pp.343-355.S・S抄(1969年)第15巻第1号,
55頁
雑報 論文抄読G.Seiffert u.Du Dscheng-Hsing:Zur Geschichte der Pocken und Pockenimpfung,Sudhoffs,Archiv Bd.30,1937,S.26-34.S・S抄(1969年)第15巻第1号,
55-56頁
雑報日本医史学会関西支部講演会(1969年)第15巻第1号,
56頁
原著緒方洪庵墓の整理緒方富雄(1968年)第14巻第4号,
271-274頁
原著鴎外の史伝「渋江抽斎」の校勘記(1)松木明(1968年)第14巻第4号,
275-278頁
原著「甲状腺」の語史学的考察松木明知(1968年)第14巻第4号,
279-284頁
原著石川大浪筆ヒポクラテス像の蘭文書き入れ片桐一男(1968年)第14巻第4号,
285-287頁
例会記事近代医家の位地羽倉敬尚(1968年)第14巻第4号,
288頁
例会記事日本医史学会の沿革について小川鼎三 酒井シヅ(1968年)第14巻第4号,
288頁
例会記事ナイチンゲールと日本長門谷洋治(1968年)第14巻第4号,
289頁
例会記事日本における医聖崇拝緒方富雄(1968年)第14巻第4号,
289-290頁
例会記事中国における水銀利尿剤の濫觴と神仙流医学大塚恭男(1968年)第14巻第4号,
290頁
例会記事藤井方亭の生家をたづねて藤井亭巳(1968年)第14巻第4号,
291頁
例会記事わが国における初期歯科医師団体の成立並びにその発展過程の展望高木圭ニ郎(1968年)第14巻第4号,
291-292頁
例会記事司馬江漢の銅版画技法の原典について菅野陽(1968年)第14巻第4号,
293頁
例会記事「解体新書」の原書供覧大鳥蘭三郎(1968年)第14巻第4号,
293-294頁
雑報 論文抄読Gyula Reg【o】ly-Merei;P【a】laopathologische und epigraphische Angabenzur Frage der Pocken in Alt【a】gypten,Sudhoffs Archiv,Bd.50,S.411-417S・S抄(1968年)第14巻第4号,
294頁
雑報第21回 国際医史学会に参加して大矢全節(1968年)第14巻第4号,
295頁
雑報日本法医学総会50回の歩み酒井シヅ(1968年)第14巻第4号,
295頁
原著嶺春泰伝緒方富雄(1968年)第14巻第3号,
201-249頁
原著典薬諸家の概説 その一家福井家について羽倉敬尚(1968年)第14巻第3号,
250-257頁
例会記事明治百年漢方略史年表作成余話矢数道明(1968年)第14巻第3号,
258頁
例会記事「蘭館日誌」に見える日本人科学者医学者を中心として大鳥蘭三郎(1968年)第14巻第3号,
258-259頁
例会記事幕末における宮中の御出産について石原明(1968年)第14巻第3号,
259頁
例会記事忍性の医療社会事業とくにその思想的背景について杉田暉道(1968年)第14巻第3号,
259-260頁
例会記事近刊「解体新書」の自評小川鼎三(1968年)第14巻第3号,
260-262頁
雑報 論文抄読Die franzosische Revolution und die Medizin Eberhard Stubler (Sudhoffs Archiv Bd.37 p.131-139)S・S(1968年)第14巻第3号,
262頁
雑報小川鼎三著「解体新書-蘭学をおこした人々-」片桐一男(1968年)第14巻第3号,
263頁
雑報 論文抄読Charles Coury;Sir William Osler and French medicine,Medical History,Vol.XI.No.1(1967)pp.1-14大鳥蘭三郎(1968年)第14巻第3号,
264頁
雑報 論文抄読EDWARD JENNER;The History of a medicalmyth by P.E.Razzell,Medical History,Vol.9.p.216-229・1965S・S抄(1968年)第14巻第3号,
264-265頁
雑報 論文抄読Joseph Needham;Science and Society in Eastand West,Centaurus.Vol.10,No.3(1994)pp.174-197T・O(1968年)第14巻第3号,
265-266頁
雑報 論文抄読Martin Sudhoffsarchiv,Bd・51,H・2(Juli・1967)・S・165-183T・O(1968年)第14巻第3号,
266頁
雑報実験生理学の祖伏屋素狄の建碑羽倉敬尚(1968年)第14巻第3号,
267頁
原著緒方洪庵の贈位とその前後緒方富雄(1968年)第14巻第2号,
123-130頁
原著緒方洪庵の贈位記念碑建設の前後緒方富雄(1968年)第14巻第2号,
131-139頁
原著大正三年の「所謂伝研移管問題」について 其の3安芸基雄(1968年)第14巻第2号,
140-189頁
例会記事横浜市立大学病院の沿革及び看護業務の歴史的考察杉田暉道 野口美和子(1968年)第14巻第2号,
190頁
例会記事「伝研移管と森鴎外」安芸基雄(1968年)第14巻第2号,
190-191頁
例会記事佐藤泰然と種痘小川鼎三(1968年)第14巻第2号,
191頁
例会記事「蘭館日誌」に見える西洋人科学者大鳥蘭三郎(1968年)第14巻第2号,
191-192頁
例会記事杉田玄白と直宿物語、フェイトなど片桐一男(1968年)第14巻第2号,
192頁
例会記事嬰児殺しに関する医史学的一考察石山【いく】夫(1968年)第14巻第2号,
192-193頁
例会記事故宮博物院の医学史料石原明(1968年)第14巻第2号,
193-194頁
例会記事江戸時代精神病治療史の梗概山田光胤(1968年)第14巻第2号,
194-195頁
例会記事日本医史学会新潟地方会の創立蒲原宏(1968年)第14巻第2号,
195頁
雑報寺院の過去帳からみた岩手県の飢饉青木大輔(1968年)第14巻第2号,
196頁
雑報 論文抄読Francisco Guerra:Juan de Valverde de Amusco・ Clio Medica Vol 2,pp 339-362,1967T・O・生(1968年)第14巻第2号,
196-197頁
雑報 論文抄読The Prevention of smallpox:From Edward Jenner to Monckton Copeman by Sir Arthur Salusbury MacNalty,K.C.B.medical Histoty,Vol.XII.1-18・1968・S・S(1968年)第14巻第2号,
197頁
特別講演日本検疫史山下喜明(1968年)第14巻第1号,
1-34頁
シンポジウム「北裏日本における種痘伝播について」金沢地方における種痘伝播について津田進三(1968年)第14巻第1号,
35-37頁
シンポジウム「北裏日本における種痘伝播について」越後佐渡種痘史蒲原宏(1968年)第14巻第1号,
38-43頁
シンポジウム「北裏日本における種痘伝播について」秋田におけるロシア伝来の種痘法吉成直太郎(1968年)第14巻第1号,
44-47頁
シンポジウム「北裏日本における種痘伝播について」青森県における種痘の歴史松木明知(1968年)第14巻第1号,
47-51頁
一般講演衛生検査技師教育の史的観察柴田幸雄(1968年)第14巻第1号,
51-53頁
一般講演わが国における血球計算法の使用について会田恵(1968年)第14巻第1号,
53-54頁
一般講演徳島医学放射線文化史年表(完)今市正義(1968年)第14巻第1号,
55頁
一般講演古代医学史上の甲状腺腫大塚恭男(1968年)第14巻第1号,
55-58頁
一般講演医学用語辞典の歴史大矢全節(1968年)第14巻第1号,
58-59頁
一般講演再び「体系・世界医学史」について三木栄 阿知波五郎(1968年)第14巻第1号,
60-61頁
一般講演アカクネヒトのパリ病院医学(1794-1848)山城正之(1968年)第14巻第1号,
61-64頁
一般講演比較語学的方法による身体意識史検討の試み(一)三輪卓爾(1968年)第14巻第1号,
64-66頁
一般講演仏典にみられる社会政策杉田暉道(1968年)第14巻第1号,
66-67頁
一般講演外国看護史書における本邦看護史に関する記述について長門谷洋治(1968年)第14巻第1号,
68-70頁
一般講演中国医学に関する医学全書岡西為人(1968年)第14巻第1号,
70-73頁
一般講演循環生理学の歴史内山孝一(1968年)第14巻第1号,
73-77頁
一般講演備作医史補遺中山沃(1968年)第14巻第1号,
77-80頁
一般講演「タバコ」の功罪について(大槻盤水「篶録」を中心に)中沢修(1968年)第14巻第1号,
80-82頁
一般講演加州家三世藤井方亭(方省)の主なる経歴について藤井亭巳(1968年)第14巻第1号,
83-84頁
一般講演川柳等より見たる「腑分け」と「解剖」山本成之助(1968年)第14巻第1号,
84-86頁
一般講演清亮寺の「解剖人墓」について松木明知(1968年)第14巻第1号,
87-89頁
一般講演三重県にある寛政十二年女屍解体図について報告茅原弘(1968年)第14巻第1号,
90-91頁
一般講演緒方洪庵の備前藩主診察と尺牘二通中山沃(1968年)第14巻第1号,
91-94頁
一般講演杉田玄白著未刊随筆三種大鳥蘭三郎(1968年)第14巻第1号,
94-97頁
一般講演蘭学医学思想の受容と抵抗―河野省庵の「医則発揮」を中心として阿知波五郎(1968年)第14巻第1号,
97-100頁
一般講演傍観機関における森鴎外安芸基雄 藤村英子(1968年)第14巻第1号,
100-103頁
一般講演別天氏と鴎外と―衛生学の医史学的試論―丸山博 松田武(1968年)第14巻第1号,
103-104頁
一般講演日本医学史上の明治20年宗田一(1968年)第14巻第1号,
104-107頁
一般講演医療の分科史をどう考えるか中川米造(1968年)第14巻第1号,
107-108頁
一般講演良寛をめぐる医師達藤井正宣(1968年)第14巻第1号,
109-111頁
一般講演新潟における外人宣教医長門谷洋治(1968年)第14巻第1号,
111-112頁
一般講演戌辰越後戦争と加賀藩津田進三(1968年)第14巻第1号,
112-115頁
一般講演越後の産んだ仁医、尾台榕堂翁について吉田一郎(1968年)第14巻第1号,
115-118頁
一般講演新潟県北部の歯の民俗について本間邦則(1968年)第14巻第1号,
118-119頁
一般講演遁花秘訣(二種)と魯西亜牛痘全書と村山七郎訳ロシア原書の内容比較小川鼎三 酒井シヅ(1968年)第14巻第1号,
119-122頁
原著Kurze Geschichte von einem chinesischen Heilkraut Tu Fu Ling 土茯苓 (Chinawurzel)大塚恭男(1968年)第13巻第4号,
001-15頁
原著杉田玄白の女「八百」緒方富雄(1968年)第13巻第4号,
001-18頁
原著大正3年の所謂「伝研移管問題」について 其の2安芸基雄(1968年)第13巻第4号,
019-40頁
原著比良野貞彦と解剖図譜松木明知(1968年)第13巻第4号,
041-48頁
原著わが国近世の手紙の読み方羽倉敬尚(1968年)第13巻第4号,
049-51頁
雑報例会記事(1968年)第13巻第4号,
52-54頁
雑報国際医史学会のお知らせ(1968年)第13巻第4号,
54-55頁
雑報「日本医史学雑誌」投稿規定(1968年)第13巻第4号,
55頁
原著大正三年の所謂「伝研移管問題」について 其の一安芸基雄(1967年)第13巻第3号,
001-25頁
原著中川五郎治に関する最近の知見松木明知(1967年)第13巻第3号,
026-32頁
原著白鳥雄蔵と白鳥家の塋域松木明知(1967年)第13巻第3号,
033-37頁
雑報例会記事(1967年)第13巻第3号,
38-45頁
雑報山崎佐、藤井尚久、青木大輔三博士の逝去大鳥蘭三郎(1967年)第13巻第3号,
46頁
雑報伏屋琴坂の記念碑について(1967年)第13巻第3号,
47-48頁
特別講演町医者としての本居宣長と上田秋成服部敏良(1967年)第13巻第2号,
1-18頁
特別講演伊藤圭介翁の生涯とその業績吉川芳秋(1967年)第13巻第2号,
19-28頁
会長講演現代日本の医育史戸苅近太郎(1967年)第13巻第2号,
29-44頁
原著ロシアにおける牛痘種痘法の起源-中川五郎治の種痘法に関連して-松木明知(1967年)第13巻第2号,
045-48頁
原著津軽における人体解剖の事蹟松木明知(1967年)第13巻第2号,
049-53頁
原著琉球に於ける牛痘の始祖仲地紀仁の種痘に就て金城清松(1967年)第13巻第2号,
054-58頁
一般講演癌という漢字について中野操(1967年)第13巻第2号,
59頁
一般講演日本における歯科法医学の歩み鈴木勝 谷津三雄(1967年)第13巻第2号,
59-60頁
一般講演我が国における口腔外科史(第三報)谷津三雄 岩瀬一也(1967年)第13巻第2号,
60-62頁
一般講演日本における歯科医学分科史の研究(補遺)鈴木勝 谷津三雄 石橋直(1967年)第13巻第2号,
62-64頁
一般講演わが国における歯科麻酔史について(第二報)谷津三雄 佐藤巖(1967年)第13巻第2号,
64-66頁
一般講演わが国における救急蘇生法の歩み(第三報)谷津三雄 西山伸二(1967年)第13巻第2号,
66-68頁
一般講演越後長岡藩における人屍解剖事蹟について蒲原宏 藤井正宣(1967年)第13巻第2号,
68-69頁
一般講演金元本草の特徴とその成立の過程岡西為人(1967年)第13巻第2号,
69-70頁
一般講演欧州へ留学した最初の日本人鮫島近二(1967年)第13巻第2号,
70-71頁
一般講演阿波の戦国時代における武将が軍陣に用いた薬方米田賀子 今市正義(1967年)第13巻第2号,
71頁
一般講演欧州への東洋医学紹介者としての蘭医ウイレム・テン・リーネの業蹟について大塚恭男(1967年)第13巻第2号,
72-73頁
一般講演稀本、英文「ヘルマン、ブールハーヴェ伝」(1743)について阿知波五郎(1967年)第13巻第2号,
74頁
一般講演ゲーテの医道観とその背景藤森速水(1967年)第13巻第2号,
75頁
一般講演栗崎正羽道有伝補遺大鳥蘭三郎(1967年)第13巻第2号,
75-76頁
一般講演南蛮栗崎流の一学系について-愛知県碧海郡高浜町山脇家所蔵古文書の紹介-安井広(1967年)第13巻第2号,
76-77頁
一般講演南蛮、紅毛流医学受容過渡期における、いわゆるカスパル流医学の位置づけについて宗田一(1967年)第13巻第2号,
77-78頁
一般講演河口信任の長崎遊学寸見川島恂二(1967年)第13巻第2号,
78-79頁
一般講演東北地方における安政のコレラ流行について青木大輔(1967年)第13巻第2号,
79-80頁
一般講演杵築藩医井坂玄琳の診療簿について小川鼎三(1967年)第13巻第2号,
80-81頁
一般講演黒川良安について津田進三(1967年)第13巻第2号,
81-82頁
一般講演江戸時代行刑にみられる囚人の給食木村英子 杉田暉道 宍戸昌夫 石原明(1967年)第13巻第2号,
82-83頁
一般講演蘭方禁止の幕令と藤井方朔藤井亭巳(1967年)第13巻第2号,
83-84頁
一般講演西郷隆盛と医学王丸勇(1967年)第13巻第2号,
84-85頁
一般講演九大医学部の前進「福岡医学校」について奥村武(1967年)第13巻第2号,
85頁
一般講演田代文基、竹崎藤樹、纂補の「組織図」に書かれた術語について森優(1967年)第13巻第2号,
86頁
一般講演学校給食の史的考察(明治より昭和の戦前まで)杉田暉道 宍戸昌夫 石原明(1967年)第13巻第2号,
86-87頁
一般講演日赤病院の発展長門谷洋治(1967年)第13巻第2号,
87-88頁
一般講演日本医学会の歩み第一回日本医学会と(1890)第一回日本聊合医学会(1902)について谷津三雄 岩瀬一也(1967年)第13巻第2号,
88-89頁
一般講演大正三年所謂「伝研移管問題」について安芸基雄(1967年)第13巻第2号,
89頁
一般講演第20回国際医史学会に出席しての報告大矢全節(1967年)第13巻第2号,
90頁
原著ドイツ医学採用についてのフルベッキの証言とその時代的背景安芸基雄(1967年)第13巻第1号,
001-32頁
原著禅僧鈴木正三の唱えた医者の倫理観杉田暉道(1967年)第13巻第1号,
034-37頁
原著吉川宗元宛前野良沢書状と石川大浪筆ヒポクラテス像片桐一男(1967年)第13巻第1号,
038-53頁
原著「白鳥雄蔵種痘之書」について-中川五郎治の種痘法に関連して松木明知(1967年)第13巻第1号,
054-60頁
雑報例会記事(1967年)第13巻第1号,
61-62頁
雑報雑誌文籍(1967年)第13巻第1号,
63頁
原著わが国外科に及ぼしたヨーロッパ医学の影響(4)阿知波五郎(1966年)第12巻第4号,
002-76頁
原著杵築藩侍医佐野家遺文集と藤井方亭藤井亭巳(1966年)第12巻第4号,
077-96頁
雑報第67回総会記事(1966年)第12巻第4号,
97-99頁
雑報雑誌文籍(1966年)第12巻第4号,
100-101頁
雑報例会記事片桐一男(1966年)第12巻第4号,
102-103頁
特別講演薬の生いたち清水藤太郎(1966年)第12巻第3号,
1-6頁
特別講演生命体験、その自覚と反省内山孝一(1966年)第12巻第3号,
7-11頁
会長講演明治初期横浜医学史稿石原明(1966年)第12巻第3号,
13-22頁
一般講演初代曲直瀬道三の書翰及び九世道三自筆方凾について矢数道明 矢数圭堂(1966年)第12巻第3号,
23-24頁
一般講演医学の合理的性格羽倉敬尚(1966年)第12巻第3号,
24頁
一般講演「世界医学史」書誌阿知波五郎 三木栄(1966年)第12巻第3号,
24-26頁
一般講演明治初年頃の歯牙養生法(口腔衛生)について鈴木勝 谷津三雄 西山伸二(1966年)第12巻第3号,
26-27頁
一般講演我が国における救急蘇生法の歩みと口腔外科史(第二報)谷津三雄 佐藤巌 阿部富雄(1966年)第12巻第3号,
27頁
一般講演我が国における歯科麻酔史について谷津三雄 高橋清一郎 川畑紀義(1966年)第12巻第3号,
27-28頁
一般講演歯科レントゲンの歩みについて鈴木勝 谷津三雄 武田充弘(1966年)第12巻第3号,
28-29頁
一般講演日本の放射線医学と技術を発達させた成書について今市正義(1966年)第12巻第3号,
29-30頁
一般講演寺院の過去帳に現われた岩手県の飢饉の様相青木大輔(1966年)第12巻第3号,
30-31頁
一般講演ゲーテ家系を血液型不適合と考える学説について藤森速水(1966年)第12巻第3号,
31頁
一般講演「砂蝨療治方」と「恙毒治方考」について蒲原宏(1966年)第12巻第3号,
31-32頁
一般講演「南海寄帰伝」に見られる衛生学的事項について杉田暉道(1966年)第12巻第3号,
33頁
一般講演疫神平塚俊亮(1966年)第12巻第3号,
34頁
一般講演琉球本草史の一考察宗田一(1966年)第12巻第3号,
34-35頁
一般講演蘭方莨宕考佐藤文比古(1966年)第12巻第3号,
35-36頁
一般講演来日外人医学関係者名簿の作成について中川米造 長門谷洋治(1966年)第12巻第3号,
36頁
一般講演杵築藩侍医佐野家遺文集と藤井方亭藤井亭巳(1966年)第12巻第3号,
36-37頁
一般講演宇田川玄真訳「印度備要方」について津田進三(1966年)第12巻第3号,
37-38頁
一般講演「瘍科新選」の原書大鳥蘭三郎(1966年)第12巻第3号,
38-39頁
一般講演1800~1850年間のフランス衛生学と法医学-明治期近代医学受容過程の解析のための-山城正之(1966年)第12巻第3号,
39-40頁
一般講演パイエル氏板の発見者は誰か小川鼎三(1966年)第12巻第3号,
40頁
原著我が国外科に及ぼしたヨーロッパ医学の影響(3)阿知波五郎(1966年)第12巻第2号,
002-65頁
原著蘭館医デ・ホウトの死について大鳥蘭三郎(1966年)第12巻第2号,
066-69頁
会告例会記事(1966年)第12巻第2号,
71頁
原著我が国外科に及ぼしたヨーロッパ医学の影響(2)阿知波五郎(1965年)第12巻第1号,
002-53頁
史料新刊紹介石原明(1965年)第12巻第1号,
54頁
原著『蘭学事始』福沢本の筆者富田正文(1965年)第12巻第1号,
055-57頁
会告例会記事(1965年)第12巻第1号,
58-59頁
原著The Past 100 Years,A Century of Japanese Medicine石原明(1965年)第12巻第1号,
060-66頁
原著我が国外科に及ぼしたヨーロッパ医学の影響阿知波五郎(1965年)第11巻第4号,
001-26頁
原著杉田玄白述『犬解嘲』について片桐一男(1965年)第11巻第4号,
027-39頁
資料寄贈図書紹介大鳥蘭三郎 (1965年)第11巻第4号,
039頁
原著『童子經』と『救療經』にみられる鬼神について杉田暉道(1965年)第11巻第4号,
040-44頁
原著『庶物類纂』の成立と伝本福井保(1965年)第11巻第4号,
045-53頁
史料寄贈図書紹介小川鼎三(1965年)第11巻第4号,
53-54頁
資料東京医大蔵貴重古医書解題矢数道明 石原明(1965年)第11巻第4号,
055-58頁
資料例会記事(1965年)第11巻第4号,
059-60頁
特別講演日本製薬技術史の研究宗田一(1965年)第11巻第3号,
3-137頁
一般講演1061年に沈括が製造した性ホルモン剤について宮下三郎(1964年)第11巻第2号,
01頁
一般講演我が国における救急蘇生法の歩みについて谷津三雄 武田充弘(1964年)第11巻第2号,
02頁
一般講演禅僧鈴木正三の唱えた医師の倫理観杉田暉道(1964年)第11巻第2号,
02-3頁
一般講演十日町の名医服部家吉田一郎(1964年)第11巻第2号,
03-4頁
一般講演我が国の歯科医学分科史について (一)本間玄調の歯科(口腔)外科 (二)名古屋玄医の歯口科鈴木勝 谷津三雄(1964年)第11巻第2号,
04-5頁
一般講演「読腹証奇覧」を読んで矢数道明(1964年)第11巻第2号,
05-6頁
一般講演「臟画」森優(1964年)第11巻第2号,
06-7頁
一般講演「蘭学事始」の写本についての諸問題内山孝一(1964年)第11巻第2号,
07-8頁
一般講演大槻玄澤著「西賓対晤」に関する研究大鳥蘭三郎(1964年)第11巻第2号,
08-9頁
一般講演藤井方亭と加賀藩津田進三(1964年)第11巻第2号,
09頁
一般講演藤井方亭の資料『柿園文鈔』について藤井亭巳(1964年)第11巻第2号,
10-11頁
一般講演『依百乙薬性論』について佐藤文比古(1964年)第11巻第2号,
11-12頁
一般講演ポムペの梅毒学講義について中野操(1964年)第11巻第2号,
12頁
一般講演Comerfordの日本印象記鮫島近二(1964年)第11巻第2号,
12頁
一般講演封建制下の農民の保健状態(第二報)松田武(1964年)第11巻第2号,
13頁
一般講演田口和美と明治の解剖事始め小川鼎三(1964年)第11巻第2号,
13-14頁
一般講演日米医学の関連長門谷洋治(1964年)第11巻第2号,
14-15頁
一般講演金井泉博士著「臨牀検査法提要」の初版刊行について会田恵(1964年)第11巻第2号,
15-16頁
一般講演富士川游先生の別号・筆名について-富士川先生生誕百年に因みて-赤松金芳(1964年)第11巻第2号,
16-17頁
一般講演歴史的人間、特に日本生理学の伝統と創造について内山孝一(1964年)第11巻第2号,
17-18頁
一般講演切手で見るオランダの医学史古川明(1964年)第11巻第2号,
18-19頁
一般講演ゲーテの「ファウスト」に於ける医学的事項について藤森速水(1964年)第11巻第2号,
19-20頁
一般講演一元的体系による医学史研究、東西医学一元論三木栄(1964年)第11巻第2号,
20-21頁
一般講演第十九回国際医史学会の報告大矢全節(1964年)第11巻第2号,
21-22頁
一般講演日本医学放射線科学・技術史年表今市正義 笠原和賀江 米田賀子(1964年)第11巻第2号,
22頁
特別講演日本整形外科発達史蒲原宏(1964年)第11巻第1号,
01-2頁
会長講演大学東校生徒大野九十九と「解体学語箋」小川鼎三(1964年)第11巻第1号,
03-5頁
一般講演「童子經」と「救療小児疾病經」にみられる鬼神について杉田暉道(1964年)第11巻第1号,
06頁
一般講演西域出土医学関係文献解説目録三木栄(1964年)第11巻第1号,
06-7頁
一般講演いわゆる落人部落における保健薬今市正義 今市賀子(1964年)第11巻第1号,
07頁
一般講演山脇東洋の「外台秘要」の出版羽倉敬尚(1964年)第11巻第1号,
07-8頁
一般講演並河天民自筆稿雑療方について赤松金芳(1964年)第11巻第1号,
08-9頁
一般講演吉田長淑と加賀藩津田進三(1964年)第11巻第1号,
09-10頁
一般講演本間玄調の伝記について大鳥蘭三郎(1964年)第11巻第1号,
10-11頁
一般講演トーマス・バルトリン著、解剖学書の一六五三年版と一六五六年版の図譜の比較森優(1964年)第11巻第1号,
11頁
一般講演郵便切手に描かれたオーストリアの医学者古川明(1964年)第11巻第1号,
11-12頁
一般講演「カスパル十七方」について(蘭方製薬史第8報)宗田一(1964年)第11巻第1号,
12-13頁
一般講演扶歇蘭度「原病学」と利摂蘭度「人身窮理書」阿知波五郎(1964年)第11巻第1号,
13-14頁
一般講演未知のシーボルト関係資料について中野操(1964年)第11巻第1号,
14-15頁
一般講演尾台榕堂の生い立ち(第一報)吉田一郎(1964年)第11巻第1号,
15-16頁
一般講演明治初年における皇漢医道御用掛の医史学的意義石原明(1964年)第11巻第1号,
16-17頁
一般講演同志社におけるベリーとリチャーズ長門谷洋治(1964年)第11巻第1号,
17-18頁
一般講演明治期輸入医学の研究様式(Weise)と研究手段(Mittel)との関係-比較医学史の方法のための試み-衛生学(ペツテンコーフアー学派)の場合について-野村拓 山城正之(1964年)第11巻第1号,
18-19頁
一般講演明治前期における衛生行政の展開過程松田武(1964年)第11巻第1号,
19-20頁
一般講演アメリカの医史学者を訪ねて鮫島近二(1964年)第11巻第1号,
20頁
一般講演封建制下の農民の保健状態(第1報)-過去帳その他古文書利用による畿内-山村の人口変遷-松田武(1964年)第11巻第1号,
20-21頁
原著「蘭館日誌」の医史学的研究大鳥蘭三郎(1963年)第10巻第2・3号,001-12頁
原著桐山家について-主として桐山正哲永世-羽賀与七郎(1963年)第10巻第2・3号,013-32頁
原著中井厚沢とその著書「粥離力考」赤松金芳(1963年)第10巻第2・3号,033-40頁
原著江戸時代蘭医方癌史佐藤文比古 安田史郎(1963年)第10巻第2・3号,041-47頁
例会記録 追悼富士川游先生を憶う鮫島近二(1963年)第10巻第2・3号,47頁
例会記録晩年の緒方洪庵緒方富雄(1963年)第10巻第2・3号,47頁
例会記録 追悼入沢達吉先生の思い出羽倉敬尚(1963年)第10巻第2・3号,47頁
例会記録赤門と育徳園緒方富雄(1963年)第10巻第2・3号,47頁
例会記録生理学者としての大沢謙二(一)内山孝一(1963年)第10巻第2・3号,48頁
例会記録コンラード・ゲスナーについてトーマス・フレミング(1963年)第10巻第2・3号,48頁
例会記録歯科医パ-キンスの日本滞在とその子孫石原明(1963年)第10巻第2・3号,48頁
例会記録奈良時代の薬学と正倉院薬物清水藤太郎(1963年)第10巻第2・3号,48頁
例会記録鑑真の医学とその史料石原明(1963年)第10巻第2・3号,48頁
原著フルベッキ小伝小川鼎三(1963年)第10巻第2・3号,049-55頁
雑報国際ヒポクラテス財団への寄附(1963年)第10巻第2・3号,56頁
雑報イルザ・ヴェース女史の近况(1963年)第10巻第2・3号,56頁
雑報三枝評議員死去(1963年)第10巻第2・3号,56頁
原著シーボルトと熊谷五右衛門田中助一(1963年)第10巻第2・3号,057-59頁
原著沢野忠庵伝補遺大鳥蘭三郎(1963年)第10巻第2・3号,061-64頁
研究余禄永富独嘯庵著「漫遊雑記」の初版本宗田一(1963年)第10巻第2・3号,65-66頁
記事第65回日本医史学会総会予告(1963年)第10巻第2・3号,66頁
原著江戸時代酒石考佐藤文比古(1963年)第10巻第4号,
061-63頁
雑報第16回日本医学会総会記念展示石原明(1963年)第10巻第4号,
63頁
雑報日本医史学会会則(改正案)(1963年)第10巻第4号,
64頁
一般講演寺院の過去帳は疫史の研究に役立つか青木大輔(1963年)第10巻第4号,
65-66頁
一般講演宗教家の寿命の年代的考察-特に浄土宗を中心として-杉田暉道(1963年)第10巻第4号,
66頁
一般講演敦煌医薬文書の研究の二、三三木栄(1963年)第10巻第4号,
66頁
一般講演「運気論」について岡西為人(1963年)第10巻第4号,
66-67頁
一般講演「医学天正記」における福島正則と淀君の症状について王丸勇(1963年)第10巻第4号,
67頁
一般講演阿波藩医師学問所創設者小原春造の事績福島義一(1963年)第10巻第4号,
67-68頁
一般講演杉本周徳翁とその学統吉田一郎(1963年)第10巻第4号,
68頁
一般講演浅田宗伯の学統について森田幸門(1963年)第10巻第4号,
68頁
一般講演沢野忠庵伝補遺大鳥蘭三郎(1963年)第10巻第4号,
68-69頁
一般講演ウイリアム・スメリーの産科学書の紹介森優(1963年)第10巻第4号,
69頁
一般講演一ノ関(岩手県)の解剖供養碑青木大輔 長田勝郎(1963年)第10巻第4号,
69-70頁
一般講演シーボルトと熊谷五右衛門田中助一(1963年)第10巻第4号,
70頁
一般講演日本整形外科史上における「折肱要訣」と著者加賀良玄蒲原宏(1963年)第10巻第4号,
70-71頁
一般講演小石元瑞の究理堂と蘭方医学中野操(1963年)第10巻第4号,
71-72頁
一般講演小川含章の著「生野銀山孝義伝」について小川鼎三(1963年)第10巻第4号,
72頁
一般講演日本塵肺小史(その2)三浦豊彦(1963年)第10巻第4号,
73頁
一般講演わが国における化学の認識(蘭方製薬史第七報)宗田一(1963年)第10巻第4号,
73-75頁
一般講演洪庵の二子と大野藩岩治勇一(1963年)第10巻第4号,
75-76頁
一般講演十九世紀、アメリカの東洋における医療伝道長門谷洋治(1963年)第10巻第4号,
76-77頁
一般講演生麦事件におけるウイリス、ヘボン両氏の活躍鮫島近二(1963年)第10巻第4号,
77頁
一般講演オランダの旅に得た印象内山孝一(1963年)第10巻第4号,
77-78頁
雑報編集後記石原明(1963年)第10巻第4号,
78頁
原著European Impression of Japanese Medicine during the Tokugawa PeriodIlza Veith,Ph・D・(1963年)第10巻第4号,
079-94頁
特別講演日本眼科史中泉行正(1962年)第10巻第1号,
01-9頁
雑報蘭学事始記念会開催(1962年)第10巻第1号,
09頁
雑報順天堂医大に医史学教室設置(1962年)第10巻第1号,
09頁
雑報内閣文庫国書目録完成(1962年)第10巻第1号,
09頁
雑報山脇東洋二百年忌記念行事(1962年)第10巻第1号,
09-10頁
雑報「日本科学技術史」出版(1962年)第10巻第1号,
10頁
雑報医史学雑誌発行について(1962年)第10巻第1号,
10頁
会長講演「蘭館日誌」の医史学的研究大鳥蘭三郎(1962年)第10巻第1号,
11-12頁
一般講演本邦史上に見る薬効認識の変遷吉田一郎(1962年)第10巻第1号,
17頁
一般講演禹余粮小考三木栄(1962年)第10巻第1号,
17頁
一般講演江戸時代の食療書と「食道記」赤松金芳(1962年)第10巻第1号,
18頁
一般講演初期蘭医方の薬品佐藤文比古(1962年)第10巻第1号,
18頁
一般講演蘭方製薬史(第六報)-江戸後期の反訳医書にみられる製薬技術-宗田一(1962年)第10巻第1号,
18-19頁
一般講演郵便切手でみるフランスの医学史古川明(1962年)第10巻第1号,
19-20頁
一般講演日本におけるヒポクラテス画像について中野操(1962年)第10巻第1号,
20-21頁
一般講演解剖学ジアムバチスタ・カナーノの事蹟小川鼎三(1962年)第10巻第1号,
21頁
一般講演典薬諸家の概観-福井家-羽倉敬尚(1962年)第10巻第1号,
21-22頁
一般講演京都にウイリスの跡を訪ねて鮫島近二(1962年)第10巻第1号,
22頁
一般講演尾州蕃医「浅井氏家譜大成」と「浅井系図」及び国幹の「墓に告ぐる文」について矢数道明(1962年)第10巻第1号,
22頁
一般講演オランダ伝来の生理学書とその和訳本についての研究内山孝一(1962年)第10巻第1号,
22-24頁
一般講演わが国初期のアメリカ医学長門谷洋治(1962年)第10巻第1号,
24-25頁
一般講演鉱山における友子同盟について(第二報)三浦豊彦(1962年)第10巻第1号,
25-26頁
一般講演法賢が訳した小児科の仏典について杉田暉道(1962年)第10巻第1号,
26頁
一般講演「素問」の成立について丸山昌朗(1962年)第10巻第1号,
26-27頁
一般講演八丈島医学史石原明(1962年)第10巻第1号,
27頁
原著日本眼鏡史の研究福島義一(1962年)第9巻第3・4号,071-80頁
一般講演第61回日本医史学会総会一般講演要旨 昭和35年5月15日、東京大学医学部本館小講堂において開催(1962年)第9巻第3・4号,81頁
一般講演偽書「薬經太素」と和気広世石原明(1962年)第9巻第3・4号,81頁
一般講演「家法難波骨継秘伝」について蒲原宏(1962年)第9巻第3・4号,81-82頁
一般講演明治初期医学校の教科書について阿知波五郎(1962年)第9巻第3・4号,82-83頁
一般講演ベルツ博士の序文のある著書-江馬賎男の「新薬説約」について安西安周(1962年)第9巻第3・4号,83頁
一般講演「蘭館日誌」中のシーボルト関係記事について大鳥蘭三郎(1962年)第9巻第3・4号,83頁
一般講演小石元俊著「背部十対二十穴図」について大塚敬節(1962年)第9巻第3・4号,84頁
一般講演アルバート・ウイリス(帰化名、宇利有平)のことども鮫島近二(1962年)第9巻第3・4号,84-85頁
一般講演広島における蘭学の始祖中井厚沢赤松金芳(1962年)第9巻第3・4号,84-85頁
一般講演大阪町人の合理主義と西洋医学への理解中野操(1962年)第9巻第3・4号,85頁
一般講演和蘭伝来ルザラシについて伊良子光義(1962年)第9巻第3・4号,85頁
一般講演蘭方製薬史(第四報)宗田一(1962年)第9巻第3・4号,86頁
一般講演日本における膵臟の認識(予報)矢数道明(1962年)第9巻第3・4号,86頁
一般講演記主禅師の看護観杉田暉道(1962年)第9巻第3・4号,86-87頁
雑報学会刊行物一覧(1962年)第9巻第3・4号,87頁
一般講演第62回日本医史学会総会一般講演要旨 昭和36年11月11・12日、京都市立植物園会館講堂において開催(1962年)第9巻第3・4号,88頁
一般講演Avicennaの゛医術の詩゛について巴陵宣祐(1962年)第9巻第3・4号,88頁
一般講演東西医学の源流と交流三木栄(1962年)第9巻第3・4号,88頁
一般講演「医家千字文註」が中世医学に占める地位について石原明(1962年)第9巻第3・4号,89頁
一般講演中華共和国における最近の李時珍研究石原明(1962年)第9巻第3・4号,89頁
一般講演「杏隠斎正骨要訣」について蒲原宏(1962年)第9巻第3・4号,90頁
一般講演京都における駆梅用水銀剤製造研究史-蘭方製薬史第五報-宗田一(1962年)第9巻第3・4号,90-91頁
一般講演「蘭館日誌」中に見られるいわゆるシーボルト事件関係記事について大鳥蘭三郎(1962年)第9巻第3・4号,91頁
一般講演幕末における外国船々員患者の治療について中野操(1962年)第9巻第3・4号,91頁
一般講演福沢諭吉と蘭学事始内山孝一(1962年)第9巻第3・4号,91-92頁
一般講演わが国における初期結核療養所長門谷洋治(1962年)第9巻第3・4号,92頁
一般講演尾州藩医浅井氏家譜大成と浅井系図について矢数道明(1962年)第9巻第3・4号,93頁
一般講演野口英世の邦文著書「十二指腸虫病」について安西安周(1962年)第9巻第3・4号,93頁
一般講演日本放射線医学史上における室馨造と福田雋一の業績今市正義(1962年)第9巻第3・4号,94頁
雑報編集後記石原明(1962年)第9巻第3・4号,94頁
原著カスパル流外科の流祖について大鳥蘭三郎(1958年)第9巻第2号,
031-34頁
雑報医学古典集刊行予告(1958年)第9巻第2号,
34頁
原著蘭方薬ミリンカ考佐藤文比古(1958年)第9巻第2号,
035-37頁
原著江戸時代精神病の治療に用いられた吐方(その二 喜多村良宅の治療について)山田照胤(1958年)第9巻第2号,
038-46頁
研究余禄元禄九年の官医名簿石原明(1958年)第9巻第2号,
48-51頁
雑報人事消息(1958年)第9巻第2号,
51頁
史料錦小路家文書(三)山崎佐(1958年)第9巻第2号,
52-58頁
新刊紹介概説産婦人科学史(1958年)第9巻第2号,
59頁
新刊紹介志賀潔(1958年)第9巻第2号,
59頁
新刊紹介正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究(1958年)第9巻第2号,
59頁
新刊紹介明治前日本薬物学史(1958年)第9巻第2号,
59頁
新刊紹介校訂・解説・勧医抄(1958年)第9巻第2号,
60頁
新刊紹介外科学序説(1958年)第9巻第2号,
60頁
新刊紹介紙魚のむかし語り(1958年)第9巻第2号,
60頁
新刊紹介鑑真(1958年)第9巻第2号,
60頁
新刊紹介修訂本・中国医学史(1958年)第9巻第2号,
60頁
雑報編集後記(1958年)第9巻第2号,
61頁
雑報日本医史学会小誌(中国語・英文)(1958年)第9巻第2号,
62頁
史料室町末期以降海外交通資料解説-内外主要海図-中村拓(1958年)第9巻第2号,
63-70頁
雑報日本医史学会沿革(1958年)第9巻第1号,
0頁
特別講演幕末における蘭学医家の語学研究安田竜夫(1958年)第9巻第1号,
1-6頁
特別講演(第60回)日蘭医学交流史-十七世紀における日蘭医学の交渉-大鳥蘭三郎(1958年)第9巻第1号,
7-12頁
一般講演仏典に見られる古代印度医学-特に治療医学の変遷について-杉田暉道(1958年)第9巻第1号,
13頁
一般講演チャラカ本集に見られる医学(その二)杉田暉道(1958年)第9巻第1号,
13頁
一般講演三焦の諸問題吉田一郎(1958年)第9巻第1号,
13-14頁
一般講演金匱要略の流伝と傷寒論との関係大塚敬節(1958年)第9巻第1号,
14-15頁
一般講演古代印度医学を唐に伝えた善無畏三蔵石原明(1958年)第9巻第1号,
15頁
一般講演奈良時代の名僧鑑真の伝えた医学について石原明(1958年)第9巻第1号,
16頁
一般講演軍陣衛生史ノート-衛生史の研究 その二十三浦豊彦(1958年)第9巻第1号,
16-17頁
一般講演アラビア痘瘡胎毒説東漸考三木栄(1958年)第9巻第1号,
17頁
一般講演産科学の独立とAmbroise Pare並にJack Guillemeau佐藤美実(1958年)第9巻第1号,
17-18頁
一般講演全九集について中泉行正(1958年)第9巻第1号,
18頁
一般講演蘭医方癌史佐藤文比古(1958年)第9巻第1号,
18-19頁
一般講演病家要論の著者伊藤玄恕安西安周(1958年)第9巻第1号,
19頁
一般講演高血圧の史的展望大矢全節(1958年)第9巻第1号,
20頁
一般講演骨継治療重宝記について石原昂・蒲原宏(1958年)第9巻第1号,
20-21頁
一般講演吐方と吐方家に関する一考察山田照胤(1958年)第9巻第1号,
21頁
一般講演ポンペ来朝後最初に出版した種痘書について中野操(1958年)第9巻第1号,
21頁
一般講演鹿児島市在の赤倉病院考鮫島近二(1958年)第9巻第1号,
22頁
一般講演明治時代初期における日本の生理学内山孝一(1958年)第9巻第1号,
22-23頁
一般講演明治女医の始、生沢クノとその生涯吉田一郎(1958年)第9巻第1号,
23-24頁
一般講演中共における医学史教育について石川光昭(1958年)第9巻第1号,
24頁
一般講演蘭方製薬史(第二報)宗田一(1958年)第9巻第1号,
24-25頁
一般講演与石考赤松金芳(1958年)第9巻第1号,
25-26頁
一般講演ニンニクの民間薬史平塚俊亮(1958年)第9巻第1号,
26頁
雑報西洋医学教育発祥百年記念祭(1958年)第9巻第1号,
27頁
雑報医学古典集発刊(1958年)第9巻第1号,
27-28頁
雑報蘭学創始地標識設置と顕彰日本医史学会(1958年)第9巻第1号,
28-29頁
雑報第十七回国際医史学会議津崎孝道(1958年)第9巻第1号,
29頁
杉田玄白140年忌記念特集号まえがき日本医史学会(1957年)第8巻第3・4号,1-2頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(一) 著述(1957年)第8巻第3・4号,3-14頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(二) 遺墨および肖像(1957年)第8巻第3・4号,14-26頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(三) 関係文献(1957年)第8巻第3・4号,27-33頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(四) 関係史料(1957年)第8巻第3・4号,33-40頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(五) 遺蹟(1957年)第8巻第3・4号,41-42頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白史料解題(附)玄白関係研究概説書および主要研究論文一覧(1957年)第8巻第3・4号,43-45頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白年譜(1957年)第8巻第3・4号,46-54頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白の学統(1957年)第8巻第3・4号,55-56頁
杉田玄白140年忌記念特集号杉田玄白の家系(1957年)第8巻第3・4号,57-64頁
杉田玄白140年忌記念特集号編集後記(1957年)第8巻第3・4号,65頁
杉田玄白140年忌記念特集号学界消息、関西支部創立二十年祝賀会、歯科医事衛生史後編完成、再度杉田玄白展開催(1957年)第8巻第3・4号,65頁
西洋医育創始百周年記念特集号緒方富雄(1957年)第8巻第1・2号,1頁
西洋医育創始百周年記念特集号ポンペが日本文化に与えた功績内山孝一(1957年)第8巻第1・2号,2頁
西洋医育創始百周年記念特集号北村精一(1957年)第8巻第1・2号,3-4頁
西洋医育創始百周年記念特集号長崎ことにその医学校に関する知見報告ポムペ・フアン・メールデルフオールト著 荒瀬進訳(1957年)第8巻第1・2号,5-87頁
西洋医育創始百周年記念特集号あとがき荒瀬進(1957年)第8巻第1・2号,88頁
西洋医育創始百周年記念特集号編集後記石原明(1957年)第8巻第1・2号,89頁
西洋医育創始百周年記念特集号学界消息、杉田玄白展、藤林普山百二十年祭、日本医史学会関東地方会、関西地方会(1957年)第8巻第1・2号,89頁
西洋医育創始百周年記念特集号ポンペ肖像(1957年)第8巻第1・2号,頁
西洋医育創始百周年記念特集号長崎養生所全景(1957年)第8巻第1・2号,頁
特別講演江戸幕府時代における朝廷の医療制度山崎佐(1957年)第7巻第4号,
187-198頁
特別講演宋代の医書校勘について岡西為人(1957年)第7巻第4号,
199-201頁
一般講演メソポタミアの文明史における医事事項巴陵宣祐(1957年)第7巻第4号,
203-204頁
一般講演十誦律に見られる医学杉田暉道(1957年)第7巻第4号,
204-205頁
一般講演医学史料の分類法に関する私案石原明(1957年)第7巻第4号,
205-207頁
一般講演「医心方をめぐる諸問題」安田竜夫(1957年)第7巻第4号,
207頁
一般講演室町時代堺医事管見(竹門文明口決・蔗軒日録・医書大全など)三木栄(1957年)第7巻第4号,
207頁
一般講演「解体新書」に引用されたる漢訳西洋医書渡辺幸三(1957年)第7巻第4号,
208頁
一般講演「解体新書」と「解体発蒙」との差異について吉田一郎(1957年)第7巻第4号,
208頁
一般講演橋本宗吉のパルヘイン解剖書訳稿について中野操(1957年)第7巻第4号,
209頁
一般講演江戸時代精神病治療に用いられた吐方について山田照胤(1957年)第7巻第4号,
209-210頁
一般講演蘭方腸虫史佐藤文比古(1957年)第7巻第4号,
210-211頁
一般講演蘭方製薬史(第一報)宗田一(1957年)第7巻第4号,
212-213頁
一般講演朝廷医官の習俗故実について伊良子光義(1957年)第7巻第4号,
213頁
一般講演ポンペの生理学講義内山孝一(1957年)第7巻第4号,
213-214頁
一般講演ポンペの外科学説について大鳥蘭三郎(1957年)第7巻第4号,
214頁
一般講演青蓮院療病仮院開業当日の光景川井銀之助(1957年)第7巻第4号,
214-215頁
一般講演H.B.Scheubeについて横田穣(1957年)第7巻第4号,
215頁
一般講演栗山孝庵の遺墨田中助一(1957年)第7巻第4号,
215頁
一般講演伊賀藩井上貞重の資料を通して見た長崎・吉雄門の和蘭流外科について阿知波五郎(1957年)第7巻第4号,
215-216頁
一般講演淡輪元潜及び養子元朔の全国医業行脚(特に北海道渡島)羽倉敬尚(1957年)第7巻第4号,
216-217頁
一般講演二宮彦可先生事跡小考蒲原宏・中山沃(1957年)第7巻第4号,
217-218頁
一般講演儒者近藤篤山と蘭医野村良哲の関係について宮内孝夫(1957年)第7巻第4号,
218-219頁
一般講演中村信斎と伊藤道斎安西安周(1957年)第7巻第4号,
219-220頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号清涼寺釈迦胎内五蔵研究序説(清涼寺釈迦胎内五蔵研究 第一報)森田幸門(1956年)第7巻第1~3号,1-4頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号五蔵入胎の意義について(清涼寺釈迦胎内五蔵研究 第二報)石原明(1956年)第7巻第1~3号,5-29頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号清涼寺釈迦胎内五蔵の解剖学的研究-中国伝統医学よりの研究-(清涼寺釈迦胎内五蔵研究 第三報)渡辺幸三(1956年)第7巻第1~3号,30-63頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号印度解剖学の成立とその流伝(清涼寺釈迦像胎内五蔵研究 第四報)石原明(1956年)第7巻第1~3号,64-87頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号現存する中国近世までの五蔵六府図の概説(清涼寺釈迦像胎内五蔵研究 第五報)渡辺幸三(1956年)第7巻第1~3号,88-182頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号附図(1956年)第7巻第1~3号,頁
清涼寺釈迦像胎内五蔵研究特集号特集号発行について、附図説明(第1~12図)(1956年)第7巻第1~3号,頁
原著元禄前後における医学教育の一端伊良子光孝(1956年)第6巻第4号,
133-138頁
原著梶原性全の生涯とその著書(二)石原明(1956年)第6巻第4号,
139-160頁
雑報人事消息(1956年)第6巻第4号,
161頁
雑報新刊紹介 内閣文庫漢籍分類目録、明治前日本医学史第三巻、朝鮮医書誌(1956年)第6巻第4号,
161頁
報告蕃書取調所旧蔵和蘭医書目録大鳥蘭三郎(1956年)第6巻第4号,
163-167頁
史料錦小路家文書(二)山崎佐(1956年)第6巻第4号,
168-170頁
特別講演大阪蘭学史中野操(1956年)第6巻第3号,
91-95頁
特別講演黎明期の日本解剖学小川鼎三(1956年)第6巻第3号,
96-98頁
一般講演世界皮膚科学史大矢全節(1956年)第6巻第3号,
99-102頁
一般講演古代エジプトの医術について巴陵宣祐(1956年)第6巻第3号,
102-104頁
一般講演「正法念処経」に見られる病因論の虫について杉田暉道(1956年)第6巻第3号,
104-105頁
一般講演上世期の仏教医学思想-当時の呪禁療法の一資料供覧-阿知波五郎(1956年)第6巻第3号,
106頁
一般講演カンフル考赤松金芳(1956年)第6巻第3号,
106-107頁
一般講演王清任の「医林改錯」の解剖図について渡辺幸三(1956年)第6巻第3号,
107-108頁
一般講演甲比丹クライエルの「支那医学軌範」について石原明(1956年)第6巻第3号,
109-110頁
一般講演文化六・七年の「蘭館日誌」の医学関係記事について大鳥蘭三郎(1956年)第6巻第3号,
110頁
一般講演福沢本、幸田本及び内山本「和蘭事始」についての研究内山孝一(1956年)第6巻第3号,
110頁
一般講演「泰西眼科全書」について鮫島近二(1956年)第6巻第3号,
111頁
一般講演日本における労働衛生学発達小史(その二)三浦豊彦(1956年)第6巻第3号,
111-112頁
一般講演佐藤応渠(文政元年-明治三十年)について安西安周(1956年)第6巻第3号,
112-114頁
一般講演温知社遺品の解説と供覧矢数道明(1956年)第6巻第3号,
114-117頁
一般講演秩父、落合家の医薬史的資料吉田一郎(1956年)第6巻第3号,
117頁
一般講演欧米の医史学研究者を訪ねて石川光昭(1956年)第6巻第3号,
117頁
付録国際医史学会規約 国際医史学会議規約石原明 訳(1956年)第6巻第3号,
118-121頁
雑報医家先哲祭、三木栄博士出版記念講演会、眼科に関する古医書展示会石原明(1956年)第6巻第3号,
132頁
原著中神琴溪の精神病の治療に就て山田照胤(1956年)第6巻第2号,
049-55頁
雑報Ⅰ第58回総会予告(1956年)第6巻第2号,
55頁
雑報人事消息(1956年)第6巻第2号,
55頁
原著梶原性全の生涯とその著書(一)石原明(1956年)第6巻第2号,
057-68頁
史料錦小路家文書(一)山崎佐(1956年)第6巻第2号,
69-89頁
雑報Ⅱ新刊紹介 朝鮮医学史疾病史、正倉院薬物、尾張医科学史考及拾遺(1956年)第6巻第2号,
90頁
原著江戸時代のサントニン佐藤文比古(1955年)第6巻第1号,
001-3頁
研究餘録日本中世古版醫書年表(二)石原明(1955年)第6巻第1号,
3-4頁
原著敦煌本食療本草に対する文獻學的研究(二)渡辺幸三(1955年)第6巻第1号,
004-11頁
報告第十四回國際醫史學大会に列して小川鼎三(1955年)第6巻第1号,
12-21頁
原著朝鮮疾病史(四)三木榮(1955年)第6巻第1号,
022-25頁
雑報醫学史料展観二つ、醫学に関する美術資料展、富士川本の展観(1955年)第6巻第1号,
22頁
雑報總会議事・役員推擧.ソ連醫史學者來朝(1955年)第6巻第1号,
26頁
史料緒方洪庵歌集(完)(1955年)第6巻第1号,
26-48頁
雑報医史学講座開設要望についての建議内山孝一(1955年)第5巻第4号,
203-204頁
シンポヂウム第57回日本医史学会総会講演要旨 シンポヂウム「医学教育の歴史」講演要旨(1955年)第5巻第4号,
205-215頁
特別講演わが国における医学教育の歴史,朝鮮医育史緒方富雄,三木栄(1955年)第5巻第4号,
216-224頁
一般演題清凉寺釈迦像に収められた五藏の研究森田幸門(1955年)第5巻第4号,
225頁
一般講演中国史料に見られる解剖渡辺幸三(1955年)第5巻第4号,
225-226頁
一般講演五蔵入胎の意義石原明(1955年)第5巻第4号,
226頁
一般講演江戸時代における不食病の研究大塚敬節(1955年)第5巻第4号,
226頁
一般講演中神琴溪の精神病の治療山田照胤(1955年)第5巻第4号,
227頁
一般講演仏教経典にみられる胎児発育説杉田暉道(1955年)第5巻第4号,
227-228頁
一般講演医学史における思想史的背景巴陵宣祐(1955年)第5巻第4号,
228-229頁
一般講演医は仁術に関する興味ある文献の二・三鈴木宜民(1955年)第5巻第4号,
229頁
一般講演史的人物の性行の変動について王丸勇(1955年)第5巻第4号,
229頁
一般講演王義之の健康について和田正系(1955年)第5巻第4号,
229-230頁
一般講演菅公の死因を修正す川井銀之助(1955年)第5巻第4号,
230-231頁
一般講演曲直瀬道三正盛に関する二つの新史料田中助一(1955年)第5巻第4号,
231-232頁
一般講演田中華城について安西安周(1955年)第5巻第4号,
232頁
一般講演京都の古薬園について岡西為人(1955年)第5巻第4号,
232-233頁
一般講演医薬分業の史的考察清水藤太郎(1955年)第5巻第4号,
233-234頁
一般講演和漢癌史料大矢全節(1955年)第5巻第4号,
234頁
一般講演蘭学勃興期における京阪洋学者たちの交遊について中野操(1955年)第5巻第4号,
234-235頁
一般講演江戸時代における生理学の独創的研究内山孝一(1955年)第5巻第4号,
235-236頁
一般講演寺院の過去帳に現れた天明・天保飢饉の様相-特に仙台を中心とした東北地方について-青木大輔(1955年)第5巻第4号,
236-237頁
一般講演創生期の日本の労働衛生学三浦豊彦(1955年)第5巻第4号,
237-238頁
紙上発表賀川南龍の「南陽館一家言」の独創性について小川鼎三(1955年)第5巻第4号,
238-239頁
紙上発表本邦女子医学教育の歴史吉岡博人(1955年)第5巻第4号,
239-240頁
原著敦煌本食療本草に對する文獻學的研究(1)渡邊幸三(1955年)第5巻第3号,
153-160頁
原著徳川時代の救急法書三浦豊彦(1955年)第5巻第3号,
161-164頁
雜報 1北宗の5藏模型発見・幕府舊藏の蘭書出現(12)(1955年)第5巻第3号,
164頁
原著永富獨嘯庵の師蘭陵禅師田中助一(1955年)第5巻第3号,
165-167頁
雜報 2伏屋素狄資料の発見・億川理事逝去(1955年)第5巻第3号,
167頁
原著和蘭醫話の研究(3)内山孝一(1955年)第5巻第3号,
167-175頁
研究餘録日本中世古版醫書年表(1)石原明(1955年)第5巻第3号,
176-177頁
原著朝鮮疾病史(三)三木栄(1955年)第5巻第3号,
177-188頁
史(資)料緒方洪庵歌集(3)(1955年)第5巻第3号,
188-201頁
雜報例會記事(1955年)第5巻第3号,
202頁
雜報日本醫學總會豫告(1)(1954年)第5巻第2号,
85頁
原著一節截考(2)山崎佐(1954年)第5巻第2号,
086-90頁
原著江戸時代の眼科書に於ける灸法について長濱善夫(1954年)第5巻第2号,
091-97頁
雜報 1本号執筆者紹介(1954年)第5巻第2号,
97頁
雜報山崎博士出版祝賀會・小川教授壮行會・国寶「太秦經」現状變更決定・日本醫學会總會準備打合せ・東大に醫史學講座開講(1954年)第5巻第2号,
98頁
原著古代印度の僧團生活に於ける個人衛生について杉田暉道(1954年)第5巻第2号,
099-112頁
雜報 2第56回日本醫史學会總會(1954年)第5巻第2号,
104頁
報告第56回日本醫史學會總會講演要旨(1954年)第5巻第2号,
105-112頁
原著和蘭醫話の研究(2)内山孝一(1954年)第5巻第2号,
112-129頁
研究餘録丹波康頼の遺墨石原明(1954年)第5巻第2号,
130頁
原著朝鮮疾病史(二)三木榮(1954年)第5巻第2号,
130-137頁
史(資)料緒方洪庵歌集(2)(1954年)第5巻第2号,
138-151頁
雜報關西支部近況(1954年)第5巻第2号,
152頁
巻数変更について(1954年)第5巻第1号,
0頁
復刊の辞内山孝一(1954年)第5巻第1号,
1頁
日本医史学会役員(1954年)第5巻第1号,
2頁
総会予告(1954年)第5巻第1号,
2頁
雜報醫史學會役員・總會豫告(1954年)第5巻第1号,
2頁
原著奇樓(ゲール)管考小川鼎三(1954年)第5巻第1号,
003-12頁
原著一節截考山崎佐(1954年)第5巻第1号,
013-19頁
雜報例會記事・明治前日本醫學史刊行の計画(1954年)第5巻第1号,
18頁
原著堺縣醫學校と校長森鼻宗次中野操(1954年)第5巻第1号,
019-25頁
雜報關西支部近況(1954年)第5巻第1号,
26頁
報告明治初期の日本の醫學(第13回日本醫學會課題報告要旨)小川鼎三(1954年)第5巻第1号,
27-41頁
雜報執筆者紹介(1954年)第5巻第1号,
41頁
雜報第14回國際醫医史学會会議開催・新指定の醫史學関係文化財・「江戸期前日本醫事法制の研究」出版(1954年)第5巻第1号,
42頁
原著和蘭醫話の研究(1)内山孝一(1954年)第5巻第1号,
043-50頁
原著朝鮮疾病史(一)三木榮(1954年)第5巻第1号,
051-56頁
史(資)料緒方洪庵歌集(1954年)第5巻第1号,
57-83頁
雜報醫史學講座設置校一覽(1954年)第5巻第1号,
84頁
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