目次
プログラム
教育講演
一隅を照す、医学の輝き
特別講演
中国医学における経路経穴の変遷
会長講演
『医心方』の伝来から見た日本医学史の一側面
一般口演
「聖済総録」口歯門における口腔軟組織疾患の分類について
『飲膳正要』に関する考察―聚珍意饌を中心として―
中国医学と道教(ⅩⅠ 金瓶梅から)
療術としての按腹(腹とり)の歴史
19世紀末から20世紀初頭の中国における女子医学教育について
伝記『青木周弼』の補訂
『医心方』所引の『延寿赤書』について
現存する『啓迪集』の古鈔本について
松下見林とその師古林見宜
曲直瀬道三の『薬性能毒』について
『本草綱目』の伝来と金陵本
小野蘭山・蕙畝と幕府医学館薬園
吉田長淑『駒谷吉田方鑑』と蘭館医レッツケとについて
桂川甫筑と御蔵島
原沢文仲『青洲先生聞書』と伊藤震山『春林軒随筆』による華岡青洲乳癌手術記録の再検討
『及彼』(豚解剖書)の研究について
藤林普山訳『解屍篇』について―森田千庵署名(印)入り写本より―
『真斎謾筆』の小児門について
『仁助咄』にみられる医学
『福岡藩奥御番医亀鑑』について
広瀬旭荘門人「古谷道庵」
『回生録』の研究(1)
坪井芳洲と薩摩藩
米沢藩北条郷における安政2年の種痘実施―『諸事記録』より―
江戸時代(末期)の白内障手術症例報告―『白内翳手術人名実験録』から―
福山藩医学校並びに同仁病院と医人たち
島邨俊一小伝―悲運の精神病学者―
日本とフランスのアンブロアズ・パレ400年祭を巡って
蘭学のルーツについて―オランダ外科医界由来の医学―
シドニ・リンガーと治療学
ヘルマン・ブショフの生涯とその業績
「狂気の石」について―15~17世紀オランダ、フランドル地方の絵画に基づく一考察―
『導引口訣鈔』にみる病伝の文献的解釈について
『横浜軍陣病院の日記』を再読して
明治天皇の大坂行幸で始まった洋式病院と西洋医学講義録の出版
明治初期の御雇外国人医学教師関係法について
岡山における明治初期の病理解剖
「京都看病婦學校設立趣旨」について
「京都看病婦學校設立の演説」について
陸軍看病人について
創立時の「済生学舎」の人脈
夏目漱石の胃病とその文学―修善寺の大患を中心として―
野口英世の師、渡辺鼎の業績
佐伯理一郎・再論
草壁系諸帝の病迹
尿蛋白定量末吉法について
京都における近代麻酔科学への道程
高比重液による脊椎麻酔の先駆者朴蘭秀の生涯
島村鼎甫―その業績と記録―
眼科医 丸尾興堂の家系
日本の大気汚染の歴史
じん肺史の一断面―ウィルヒョウ説を中心に―
人工心肺の発達史
暉峻義等没後25年に寄せて
戦中戦後の医学教育史―医学専門学校―
占領期における医薬分業論争史(第1報)―GHQ文書による検証―
過去45年間の一精神病院における入院患者の死亡率および死因について
The 92nd General Meeting of the Japan Society of Medical HiStory
日本医史学会会則抄
投稿規定
編集後記
日本医史学会役員氏名・奥付